ビッグロンドン・ダービー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ビッグロンドン・ダービー
都市、地域 イングランドの旗(イギリスの旗) ロンドン
チーム アーセナルFC
チェルシーFC
最多勝利 アーセナル(72勝)

ビッグロンドン・ダービー : Big London Derby)は、イングランドイギリス)のロンドンに本拠地を置くサッカークラブ、アーセナルFCチェルシーFCが対戦するローカル・ダービーのことである。ロンドン・ダービーのひとつに数えられる。

背景[編集]

両クラブにとってビッグロンドン・ダービーの対戦相手はクラブ最大のライバルではないが、1930年代以降、ロンドンにおける2大クラブの対戦は常に両クラブのサポーターを刺激し、多くの観客を集めている。アーセナルとチェルシーの間のライバル意識は、近年の重要な対戦でいっそう激しさを増している。チェルシーは2000年代に第一級のクラブとなり、両クラブが絶えずリーグ優勝を争うようになった。2003年12月に実施されたインターネットでの調査によれば、アーセナルのサポーターはマンチェスター・ユナイテッドFCをクラブ最大のライバルとみなし、それに続いてトッテナム・ホットスパーFCを、3番目のライバルとしてチェルシーを挙げている[1]。この調査では、チェルシーのサポーターは最大のライバルをアーセナルだとみなしているが、より伝統的なライバルにはトッテナムやフラムFCが挙げられる[1]。2009年にフットボール・ファンズ・センサスが実施した調査では、アーセナルのサポーターは最も嫌う相手として、伝統的なライバルのトッテナムではなくチェルシーを挙げている。一方のチェルシーはリヴァプールFCを最も嫌う相手に挙げており、アーセナルがリヴァプールに続いている[2]

通算成績ではアーセナルがチェルシーを上回っている。2014-15シーズン終了時点でアーセナルが71勝、チェルシーが59勝、引き分けが54試合である[3]。アーセナルの最大得点差勝利は1930年11月29日にスタンフォード・ブリッジで行われたファーストディヴィジョンの試合で、5-1で4点差の勝利を収めた。チェルシーの最大得点差勝利は2014年3月22日にスタンフォード・ブリッジーで行われたリーグ戦の第31節で、6-0で勝利を収めた。2004年から2012年にチェルシーに在籍したディディエ・ドログバがダービー史上最多の13得点を挙げている。

歴史[編集]

1907年11月9日、スタンフォード・ブリッジでリーグ戦初のダービーが行われた。このシーズンはファーストディヴィジョンの第1回大会であり、リーグ記録となる65,000人を集めた試合は引き分けに終わった。1935年にスタンフォード・ブリッジで行われた試合では、イングランドにおけるリーグ戦の観客数としては歴代2位の82,905人を動員。1950年代のFAカップでは準決勝での対戦が2度あったが、2度ともアーセナルの勝利に終わった。1960年代のダービーはチェルシーが支配し、この10年間では14勝2分2敗と圧倒的な対戦成績を残した[4]

2000年代にはカップ戦決勝で2度のビッグロンドン・ダービーが実現。2002年のFAカップ決勝ではアーセナルが2-0で勝利し、2007年のフットボールリーグカップ決勝ではチェルシーが2-1で勝利した。2003-04シーズンにはUEFAチャンピオンズリーグ準々決勝で対戦し、スタンフォード・ブリッジでのファーストレグは1-1の引き分けに終わったが、ハイベリーでのセカンドレグはアウェーのチェルシーが2-1で勝利し、チェルシーが準決勝に勝ち上がった。2006年にはアーセナルのアシュリー・コールがチェルシーに移籍したが、移籍合意の何ヶ月も前にチェルシーの首脳陣と会合を持っていたことが両クラブのサポーターを焚きつけた[5]。2007年のフットボールリーグカップ決勝はダービー史上最高の試合のひとつとして語り継がれている。試合終了間際に多数の選手が絡んだ乱闘騒ぎが起こり、アーセナルのコロ・トゥーレエマニュエル・アデバヨール、チェルシーのミケル・ジョン・オビの計3人にレッドカードが提示された。試合後、ミケルには4試合の出場停止処分が、コロとアデバヨールには3試合の出場停止処分が下された。これらのことから、メディアは「スナーリングカップ決勝」(snarlは「混乱」や「紛糾」の意味)であったと試合を揶揄した。2011年10月29日にスタンフォード・ブリッジで行われた試合も、手に汗握る素晴らしい試合となった。アーセナルはロビン・ファン・ペルシーがハットトリックを達成し、アンドレ・サントステオ・ウォルコットが1点ずつ決めた。チェルシーはフランク・ランパードジョン・テリーフアン・マヌエル・マタが1点ずつ決め、ランパードの得点はチェルシーのクラブ史上6000点目のゴールとなったが[6]、アーセナルが5-3で激しい撃ち合いを制した[7]

双方のクラブでプレーした選手・監督[編集]

選手として[編集]

名前 アーセナル在籍 チェルシー在籍 備考
スコットランドの旗 サンディ・マクファーレン 1896-1897 1913-1914
スコットランドの旗 ジミー・シャープ 1905-1908 1912-1915
スコットランドの旗 ボブ・ターンブル 1923-1924 1925-1928
イングランドの旗 テッド・ドレーク 1934-1945 1952-1961
イングランドの旗 トミー・ロートン 1945-1947 1953-1955 1961-1967にチェルシー監督
北アイルランドの旗 ビル・ディクソン 1953-1956 1947-1953
スコットランドの旗 トミー・ドハーティ 1958-1961 1961-1962
イングランドの旗 アラン・ヤング 1959-1961 1961-1969
イングランドの旗 トミー・ボールドウィン 1964-1966 1966-1974
スコットランドの旗 ジョージ・グレアム 1966-1972 1964-1966 1986-1995にアーセナル監督
イングランドの旗 アラン・ハドソン 1976-1978 1968-1974
1983-1984
イングランドの旗 グラハム・リックス 1975-1988 1995 1993-1996にチェルシーのユースチーム監督
1996-1999にチェルシーのアシスタントコーチ
2000にチェルシーの暫定監督
イングランドの旗 ジョン・ホリンズ 1979-1983 1963-1975
1983-1984
1985-1988にチェルシー監督
イングランドの旗 コリン・ペイツ 1990-1993 1979-1988
イングランドの旗 クライヴ・アレン 1980 1991-1992
ウェールズの旗 ピーター・ニコラス 1981-1983 1988-1991 1990年代にチェルシーのユースチーム監督
フランスの旗 エマニュエル・プティ 1997-2000 2001-2004
フランスの旗 ニコラ・アネルカ 1997-1999 2008-2012
イングランドの旗 アシュリー・コール 1999-2006 2006-2014
フランスの旗 ウィリアム・ギャラス 2006-2010 2001-2006
フランスの旗 ラッサナ・ディアッラ 2007-2008 2005-2007
イスラエルの旗 ヨッシ・ベナユン 2011-2012 2010-2011
2012-2013
チェルシーからアーセナルにレンタル移籍
スペインの旗 セスク 2003-2011 2014-
チェコの旗 ペトル・チェフ 2015- 2004-2015

監督として[編集]

名前 アーセナル指揮 チェルシー指揮 備考
イングランドの旗 レスリー・ナイトン 1919-1925 1933-1939

その他に、スチュワート・ホーストンは1967年から1972年にチェルシーに選手として在籍し、1995年と1996年にアーセナルの暫定監督を務めた。

タイトル[編集]

※2015年8月2日現在

国際大会 アーセナル チェルシー
インターコンチネンタルカップ /
FIFAクラブワールドカップ
- -
UEFAチャンピオンズリーグ - 1
インターシティーズ・フェアーズカップ /
UEFAカップ /
UEFAヨーロッパリーグ
1 1
UEFAカップウィナーズカップ 1 2
UEFAスーパーカップ - 1
国内大会 アーセナル チェルシー
ファーストディヴィジョン /
プレミアリーグ
13 5
FAカップ 12 7
フットボールリーグカップ 2 5
FAコミュニティ・シールド 14 4
フル・メンバーズ・カップ - 2
通算 43 28

統計[編集]

※2015年8月2日現在[3]

クラブ 試合数 勝利 引分 敗北
国内リーグ
アーセナル 156 61 47 48
チェルシー 156 48 47 61
FAカップ
アーセナル 19 8 6 5
チェルシー 19 5 6 8
フットボールリーグカップ
アーセナル 6 2 0 4
チェルシー 6 4 0 2
UEFAチャンピオンズリーグ
アーセナル 2 0 1 1
チェルシー 2 1 1 0
FAコミュニティ・シールド
アーセナル 2 1 0 1
チェルシー 2 1 0 1
通算
アーセナル 185 72 54 59
チェルシー 185 59 54 72

脚注[編集]

  1. ^ a b Rivalry Uncovered!”. The Football Fans Census. p. 3 (2003年12月). 2008年2月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年3月1日閲覧。
  2. ^ London Football Report
  3. ^ a b Soccerbase
  4. ^ DERBY DEBATE
  5. ^ “The Ashley Cole transfer saga”. The Times (London). (2006年9月8日). http://www.timesonline.co.uk/tol/sport/football/article632948.ece 2010年4月25日閲覧。 
  6. ^ “アーセナル、チェルシーとの打ち合いを制す”. Goal.com. (2011年10月29日). http://www.goal.com/jp/match/60254/%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%83%BC-vs-%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%82%BB%E3%83%8A%E3%83%AB/report 2013年1月3日閲覧。 
  7. ^ “Chelsea 3-5 Arsenal”. BBC. (2011年10月29日). http://news.bbc.co.uk/sport1/hi/football/15413593.stm 2011年10月30日閲覧。 

外部リンク[編集]