パリの恋人

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パリの恋人
Funny Face
監督 スタンリー・ドーネン
脚本 レナード・ガーシェ
製作 ロジャー・イーデンス
出演者 オードリー・ヘプバーン
フレッド・アステア
ケイ・トンプスン
ミシェル・オークレール
ロバート・フレミング
音楽 ジョージ・ガーシュウィン
ロジャー・イーデンス
撮影 レイ・ジューン
編集 フランク・ブラクト
配給 パラマウント映画
公開 アメリカ合衆国の旗 1957年2月13日
日本の旗 1957年9月28日
上映時間 103分
製作国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
言語 英語
製作費 $3,000,000(見積値)[1]
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パリの恋人』(ぱりのこいびと Funny Face)は、1957年アメリカ合衆国ミュージカル映画。主演はオードリー・ヘプバーンフレッド・アステア。監督は後の『シャレード』と『いつも2人で』で三たびヘプバーンと組むことになり、『恋愛準決勝戦』でアステアと組んだスタンリー・ドーネン

解説[編集]

パリを舞台に繰り広げられるジョーとディック2人のラブ・ストーリー。オードリー・ヘプバーンにとっては初めてのミュージカル映画。

フレッド・アステアが演じるカメラマンのディックは当時ファッション写真家として全盛期にあったリチャード・アヴェドンの半生がモデルになっている[2][3][4]。この映画では実際にアヴェドンがビジュアル・コンサルタントとして関わっている[2][5][6][7]

ケイ・トンプソン演じるファッション雑誌編集長マギーは、『ヴォーグ』の編集長ダイアナ・ヴリーランド[2][5][8]、あるいは『ハーパース・バザー』の編集長カーメル・スノウをモデルにしており[3]、作家でありキャバレーのスターでもあるケイ・トンプソン自身を念頭に置いて創られている[2][5]

あらすじ[編集]

小さな本屋で働くジョー(オードリー)は、共感主義かぶれ。ひょんな事からファッション雑誌のモデルを依頼される。撮影はパリ。パリには行きたいけれど、モデルなんて……。でも、パリに行けば共感主義の元祖フロストル教授にきっと会える!。雑誌の編集長マギー、カメラマンのディックと共にジョーはパリへ飛び立つ。

製作[編集]

ベースになったのは脚本家のレナード・ガーシュが1951年、ブロードウェイのために書いた『結婚の日』という台本である[2][9][3]。ガーシュが親しい友人になった写真家リチャード・アヴェドンの半生をもとに書いたもので[2]、最初は別の音楽が付いていた[3][6]。それがMGMミュージカル制作の第一人者ロジャー・イーデンスの目にとまり、『踊る大紐育』で一緒に仕事をしたスタンリー・ドーネンが監督をすることになった[3][6]

ガーシュがドーネンにシナリオを読んでいると、暗室の場面で「これじゃモデルなんかになれない。変な顔(Funny Face)」という部分でガーシュとドーネンの目が合い、ドーネンが「ここであの歌を使える!」と叫び、ガーシュも「ガーシュウィン!」と叫んだ[6]。二人は1927年にフレッド・アステアが出演した舞台『ファニー・フェイス』のためのジョージ・ガーシュウィンアイラ・ガーシュウィンのスコアから歌を探したところ、「我々が設定した新しい場面に合うように初めからできていたのではないかと思えるほど」だったという[6]

題名を『Funny Face(『パリの恋人』の原題)』と変え、新曲をロジャー・イーデンスとレナード・ガーシュで追加し、オードリー・ヘプバーンフレッド・アステアに出演依頼がなされた[5][3]。ヘプバーンは重厚な『戦争と平和』の次の作品のため軽い作品を望んでおり[5][6][10]、フレッド・アステアと踊れるということで大喜びで出演を引き受けた[3][5][2][10]

当初パラマウントは契約していたヘプバーンの貸し出しを拒否[9][6]。そのため、将来ヘプバーンがMGMのために1本出演するという契約で企画全体がパラマウントに売られ、パラマウントで製作されることとなった[9][10][2][11]

エピソード[編集]

  • この映画ではオードリー・ヘプバーン自身が歌っている[5]。そのため録音前に4週間に渡り発声訓練が続けられた[5]。MGMでジュディ・ガーランドなどの歌手兼女優の発声コーチをした経験のあるケイ・トンプソンも応援で駆り出され、ヘプバーンをコーチしている[5]
  • この映画を見てデザイナーになったデザイナーは、ほかのどの映画よりも多いと言われている[12]。影響を受けたデザイナーにはジェフリー・バンクス[12]、アイザック・ミズラヒ[5][12]などがいる。
  • 神経衰弱ぎりぎりの女たち』のタイトルバックに関して、手掛けたファン・ガッティは「『パリの恋人』をベースにしている」と語っている[13]

キャスト[編集]

役名 俳優 日本語吹替
東京12チャンネル ソフト版 機内上映版
ジョー・ストックトン オードリー・ヘプバーン 阪口美奈子 池田昌子 勝生真沙子
ディック・エイブリー フレッド・アステア 家弓家正 小川真司 富山敬
マギー・プレスコット ケイ・トンプソン 来宮良子 谷育子
エミール・フロストル教授 ミシェル・オークレール 石塚運昇 小島敏彦
ポール・デュバル ロバート・フレミング 稲葉実 池田勝
マリオン ドヴィマ 内川藍維
バブス バージニア・ギブソン 斎藤恵理
レティ ルータ・リー 佐藤しのぶ 滝沢久美子
ドヴィッチ アレックス・ゲリー 辻親八 村松康雄
アルマンド イフィジェニー・カスティグリオニ 福田如子 さとうあい
神父 宝亀克寿 石森達幸
ラファルジュ 片岡富枝
ガイド 星野充昭
マルセル 吉田孝 小室正幸
メリッサ ナンシー・キルガス 服部真季
  • 東京12チャンネル版吹替 - 初回放送1970年11月19日『木曜洋画劇場』。
  • ソフト版吹替 - 2001年発売のDVDに初収録。後に発売されたBDにも収録。

スタッフ[編集]

賞歴[編集]

アカデミー賞[編集]

ノミネート
アカデミー脚本賞:レナード・ガーシュ
アカデミー撮影賞 :レイ・ジューン
アカデミー美術賞:ハル・ペリーラ、ジョージ・W・デーヴィス、サム・カマー、レイ・モイヤー
アカデミー衣装デザイン賞イディス・ヘッドユベール・ド・ジバンシィ

カンヌ国際映画祭[編集]

ノミネート
パルム・ドール:スタンリー・ドーネン

全米監督協会賞[編集]

ノミネート
全米監督協会賞 長編映画監督賞:スタンリー・ドーネン

ナショナル・ボード・オブ・レビュー[編集]

受賞
トップ10フィルム賞
特別賞(フォトグラフィックの革新に対して)

バンビ賞[編集]

ノミネート
主演女優賞:オードリー・ヘプバーン

ローレル賞(en:Laurel Awards[編集]

ノミネート
ミュージカル男優賞:フレッド・アステア(4位)

全米脚本家組合賞[編集]

ノミネート
アメリカンミュージカル賞:レナード・ガーシュ

サテライト賞[編集]

ノミネート(2007年)
ベストクラシックDVD賞:50周年記念バージョンに対して

脚注[編集]

  1. ^ Funny Face (1957) - Box office / business” (英語). IMDb. 2011年5月18日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h チャールズ・ハイアム (1986年3月15日初版発行). 『オードリー・ヘプバーン 映画に燃えた華麗な人生』. 近代映画社. 
  3. ^ a b c d e f g ロビン・カーニー (1994年1月20日). 『ライフ・オブ・オードリー・ヘップバーン』. キネマ旬報社. 
  4. ^ 日本コロムビアや20世紀フォックスからDVDが発売され、BS11でも放送された『想い出のオードリー・ヘプバーン』でオードリー・ヘプバーンもそう発言している。
  5. ^ a b c d e f g h i j バリー・パリス (1998年5月4日初版発行). 『オードリー・ヘップバーン』上巻. 集英社. 
  6. ^ a b c d e f g アレグザンダー・ウォーカー (2003年1月20日). 『オードリー リアル・ストーリー』. アルファベータ. 
  7. ^ Richard Avedon, Avedon Fashion 1944-2000, Harry N. Abrams:2009, p19
  8. ^ ヘプバーンの伝記では「ヴォーグ」の編集長と書かれているが、『パリの恋人』撮影時のヴリーランドはまだ「ヴォーグ」の編集長ではなく、「ハーパース・バザー」の編集者である。ただし、アヴェドンと組んで仕事をしていたのはヴリーランドである。(「20世紀ファッション界の女帝、ダイアナ・ヴリーランドの秘密に迫る映画『ダイアナ・ヴリーランド 伝説のファッショニスタ』」ファッションポストニュース.2012年11月26日.)
  9. ^ a b c ジェリー・バーミリー (1997年6月13日). 『スクリーンの妖精 オードリー・ヘップバーン』. シンコー・ミュージック. 
  10. ^ a b c イアン・ウッドワード (1993年12月25日初版発行). 『オードリーの愛と真実』. 日本文芸社. 
  11. ^ MGMとの契約が後の『緑の館』になる(チャールズ・ハイアム『オードリー・ヘプバーン 映画に燃えた華麗な人生』)
  12. ^ a b c パメラ・クラーク・キオ (2000年12月18日). 『オードリー・スタイル』. 講談社. 
  13. ^ pen[ペン]p44. 阪急コミュニケーションズ. (2004年No.139 10月15日号). 

外部リンク[編集]