トーマス・ムーア

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キャプテンサー
Tom Moore
Tom Moore (soldier).jpg
イギリス陸軍に所属していた1941年頃撮影。
生誕 (1920-04-30) 1920年4月30日
イギリスの旗 イギリス ウエスト・ライディング・ヨークシャー英語版 キースリー英語版
死没 (2021-02-02) 2021年2月2日(100歳没) [1][2][3][4]
イギリスの旗 イギリス ベッドフォードシャー ベッドフォード
出身校Keighley Grammar School英語版
職業
著名な実績NHS Charities Together英語版
子供2
受賞
公式サイトThe Captain Tom Foundation
兵役経験
所属組織イギリスの旗 イギリス
部門 イギリス陸軍
軍歴1939–1946
最終階級
部隊
戦闘

トム・ムーア: Tom Moore)、キャプテン・トム: Captain Tom)としても知られる[2]トーマス・ムーア英語: Thomas Moore1920年4月30日 - 2021年2月2日)は、イギリス陸軍士官、ビジネスマンである。COVID-19が広まる中迎えた、センテナリアンとなる100歳の誕生日の際、NHS Charities Together英語版に賛同し、自宅の庭を100往復したことで知られる[1][2][4]

若年期[編集]

トーマス・ムーアは1920年4月30日に、イングランドウエスト・ライディング・ヨークシャー英語版キースリー英語版において、父ウィルソン(Wilson)と母イザベラ(Isabella)との間に生まれた[5]。ウィルソンは建築家[6][7]、イザベラは校長であった[8]。彼はKeighley Grammar School英語版において教育を受けた後、土木工学の見習いを開始した[9]

軍人として[編集]

第二次世界大戦勃発後の1940年9月、ムーアは徴兵され、当時ドイツの侵攻に備えてコーンウォールの沿岸防備についていたウェリントン公爵連隊第8大隊英語版(8th Battalion, Duke of Wellington's Regiment; 8DWR)に入隊する[10][11]。そこで彼は士官訓練を受ける人員に選ばれ、士官候補生学校で教育を受けて少尉に昇進した[9][12]

8DWRは1941年10月22日第145王立装甲連隊英語版(145RAC)という機甲部隊へ改編されたのでムーアも王立装甲軍団英語版(RAC)の一員になった。その後1941年末にインド第146王立装甲連隊英語版(146RAC)として活動していた第9大隊(9DWR)に転属された[注釈 1][13]。ムーアは後年、「我々のほとんどは車を運転したことがなかったし、まして戦車などは考えたこともなかった」と回想している[14]。インドではバイクの知識を買われ新兵へのバイク運転の訓練コースの開設を担当している[11][13]

ムーアは1942年10月1日に中尉1944年10月11日に大尉(キャプテン)に、それぞれ戦時限定で昇進した[注釈 2][15]

その後の日本への反攻作戦が行われたビルマの戦いには、ムーアはビルマ(現在はミャンマーと呼ばれている地域のこと)西部ラカインでの作戦に従軍した[11]。彼はデング熱に罹患したが生還し、戦争が未だ続く1945年2月、イギリス本土に帰還した。イギリス本土では戦車の教官としてドーセットボービントンの戦車集積所で働いて、軍を退官した[10][注釈 3]

キャプテン・トムは60年にわたって、DWRの戦友会を開催してきた。彼の開いていた戦友会は、DWRで最も長く続いたものであった[16]

キャリアと趣味[編集]

彼は退役したのち、故郷ヨークシャーの屋根材会社において営業部長として働いた[17]。その後フェンズ英語版シンプル英語版に本拠を置くコンクリート企業の常務取締役(managing director)を務め[18]1983年には買収を率いて、そのコンクリート企業「Concrete Products Ltd.」を「March Concrete Products Ltd.」へ改名した[19]。その企業は1987年アマルガメイテッド・ロードストーン・コーポレーションへ売却された[20]

また彼はオートバイで競走を行うことを好んだ。初めてのオートバイを購入したのは彼が12歳の時であった[18]。その後いくつかレースに出場するまでになり、スコット・モーターサイクル・カンパニー英語版のオートバイを使用し、いくつかのトロフィーも獲得した[21]。彼が着用した番号の「23番」は、2020年になってもイギリス陸軍耐久レースチームにより使われている[22]

私生活においては、戦後にBillieと結婚したが、その後離婚した。二人の間に子供はいなかった。しかし1968年、ムーアはPamela Paullと結婚した。事務所長として働いていた彼女はムーアの15歳年下で、LucyとHannahの二人の子供をもうけた[16]。Pamelaとは彼女が2006年に他界するまで連れ添った[16]

100歳の誕生日と歩行チャレンジ[編集]

2020年4月6日新型コロナウイルス(COVID-19)パンデミックを起こす中、彼の100回目の誕生日が、同月30日に近づいていた。彼はイギリスの国民保健サービス(NHS)のスタッフなどを支援する慈善団体の「NHS Charities Together英語版」のための募金活動を開始した。彼は歩行器を用いつつ、25 mの長さがある自宅の庭を、一日10回、計100回歩くことを目標とし、「Tom's 100th Birthday Walk for the NHS」と、その募金活動に名前を付けた[18][23]

当初1000ポンドを目標金額としていたが、彼の挑戦は多くの人の注目を集め、これを遥かに上回る金額を集めた。4月10日に1000ポンドの目標が達成され、目標は5000ポンドへ引き上げられた[24]。その後世界中の多くの人々に支援されるようになり、目標が50万ポンドまで引き上げられた[25]

寄付が500万ポンドに達した際、彼はBBCの取材に対して、以下のようにコメントした[26]

私がこの運動を始めたとき、こんなにもたくさんのお金が集まるとは思いもしませんでした。実に驚くべきことです。NHSの皆さん全てが、私たちが彼らの代わりができるあらゆるものの価値に値します。彼らは皆たいへん勇敢です。毎朝あるいは毎晩、自らを危険にさらしているのですから、そして私は彼らの努力に対して完全な形で評価を差し上げないといけないと思うんです。いま私たちは戦争をしているようなものです。しかし医師や看護師は前線にいて、私たち全員はその後方にいる。私たちは彼らが必要とするものを調達して、上手くいくようにしなければいけないのです。彼らがいましている以上にその職務を果たせるようにするためにです。


When we started off with this exercise we didn't anticipate we'd get anything near that sort of money. It's really amazing. All of them, from top to bottom, in the National Health Service, they deserve everything that we can possibly put in their place. They're all so brave. Because every morning or every night they're putting themselves into harm's way, and I think you've got to give them full marks for that effort. We're a little bit like having a war at the moment. But the doctors and the nurses, they're all on the front line, and all of us behind, we've got to supply them and keep them going with everything that they need, so that they can do their jobs even better than they're doing now. — トーマス・ムーア、BBC

100回の歩行は4月16日に達成された。この日のチャレンジの模様はヨークシャー連隊第1大隊英語版儀仗兵に見守られ[注釈 4]、テレビで生中継された[27]。ヨークシャー連隊には彼の古巣、DWRが2006年に合流している[28]。寄付は、彼の誕生日に終了した。最終的に32,796,475ポンド[29]、日本円にして約47億円が集まった[4]。150万人以上がこの寄付に参加し[29]en:JustGivingで行われた寄付の最高額を500万ポンド更新した[30]

彼は一躍時の人となり[1]、イギリスの英雄であると称えられた。東京新聞は、イギリスではNHS退役軍人は尊敬すべき対象として広く浸透していると指摘した上で、「この二つを体現するムーアさんは、ジョンソン首相が新型コロナで入院し集中治療室に入った数日後に登場した。(中略) 指揮官を失った国民は不安の中にいた。敬愛の象徴として現れたムーアさんを共に英雄視することで団結し、将来への希望を見いだそうとしたのかもしれない。」と分析している[31]

シングルの発表[編集]

歌手のマイケル・ボールBBCブレックファストにおいてムーアに対し、「あなたの功績は並外れたものだ。あなたの功績と、あなたが私達にしてくれたことをまとめられる曲を作りたい」と語った[32]。曲は、新型ウイルス感染症対応に当たる人々へ応援するための、象徴として使われていた[33]ユール・ネヴァー・ウォーク・アローン』が選ばれた。ボールの提案から24時間以内にムーアも参加しての収録が行われ、4月17日、デジタルでこの曲のシングルが発売された[34]。曲はムーアとマイケル・ボールのデュエットで、ボールがリード・ボーカルを務めた。また、NHS Voices of Care Choirも収録に参加した[34]。曲は全英シングル・チャートで一位を獲得、ムーアは99歳と11カ月という歴代最年長で全英一位を獲得した人物になった。このシングルで得られた利益は全額、NHS Charities Togetherに寄付される[35]

死去[編集]

2021年2月2日、彼はCOVID-19によってベドフォードの病院で亡くなった[36]1月31日にはCOVID-19の陽性が確認されていた。高齢者のため、COVID-19ワクチンを最優先で接種されることは可能であったが、1月中旬に新型コロナウイルスは陰性であったものの、発症した肺炎の治療の関係上、接種は行われていなかった[2]

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ デイリー・メール紙は、ムーアがまずイギリス・ウィンチカムの9DWRに転属されたのちに9DWRが146RACに改編、その後146RACがインドへ送られたとしている[12]
  2. ^ それぞれ“war-substantive lieutenant”及び“temporary captain”
  3. ^ BBCは、ムーアは1960年まで戦車の教官として軍で働いていたとしている[16]。一方で、ワシントン・タイムズを含め多くのメディアでは1946年にムーアは退役したことになっていて[14][10]、筆者は非常に混乱している。ともかく、ムーアが戦車の教官として第二次世界大戦終結の日を迎えたことは確かである。
  4. ^ もちろん、ソーシャルディスタンスが保たれていた。

出典[編集]

  1. ^ a b c 緒方賢一 (2021年2月3日). “医療従事者への寄付金46億円集めた100歳男性、コロナに感染し肺炎で死去”. 読売新聞 (ロンドン). オリジナルの2021年2月4日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20210204052109/https://www.yomiuri.co.jp/world/20210203-OYT1T50097/ 2021年2月4日閲覧。 
  2. ^ a b c d 横山三加子 (2021年2月3日). “「キャプテン・トム」のトム・ムーアさん、コロナで死去 100歳 歩いて支援47億円”. 毎日新聞 (ロンドン). オリジナルの2021年2月4日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20210204013543/https://mainichi.jp/articles/20210203/k00/00m/030/028000c 2021年2月4日閲覧。 
  3. ^ “医療支援呼び掛けた100歳の英男性が死去、英雄との賞賛相次ぐ”. ロイター. (2021年2月4日). https://jp.reuters.com/article/health-coronavirus-britain-captaintom-death-idJPKBN2A30F6 2021年2月4日閲覧。 
  4. ^ a b c “医療支援の100歳男性が死去 コロナ感染、「世界の希望の光」―英”. 時事通信 (ロンドン). (2021年2月3日). オリジナルの2021年2月4日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20210204052235/https://www.jiji.com/jc/article?k=2021020300356 2021年2月4日閲覧。 
  5. ^ Kelly, Eddie (1 May 2020). "Captain tom's family business in keighley". keighleyhistory.org.uk. 2020年10月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年2月3日閲覧
  6. ^ "Coronavirus: Veteran from Keighley raises over £2 million for NHS". Stray FM News. 12 April 2020. 2020年4月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年4月15日閲覧
  7. ^ Murray, Jessica (14 April 2020). "War veteran, 99, raises £4m for NHS by walking lengths of back garden". ガーディアン. 2020年4月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年4月15日閲覧
  8. ^ Mintz, Luke (30 April 2020). "Captain Tom's century: 100 years through the eyes of the NHS's fundraising hero". デイリー・テレグラフ. 2020年5月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年5月8日閲覧
  9. ^ a b Nicholls, Dominic (14 April 2020). "Captain Tom Moore: WW2 veteran who raised millions for the NHS". デイリー・テレグラフ. 2020年4月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年4月15日閲覧
  10. ^ a b c Brown, Faye (2020年4月16日). “The story behind the 99-year-old legend who raised £14m for the NHS”. Metro. オリジナルの2020年4月21日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20200421154729/https://metro.co.uk/2020/04/16/tom-moore-story-behind-14000000-nhs-legend-12565964/ 2021年2月6日閲覧。 
  11. ^ a b c Mark Landler (2021年2月5日). “Tom Moore, 100, Dies; Inspired Covid-Ravaged U.K. With Charity Walks”. ニューヨーク・タイムズ. https://www.nytimes.com/2021/02/02/world/europe/captain-tom-moore-dead.html 2021年2月6日閲覧。 
  12. ^ a b “FROM YORKSHIRE TO BURMA: CAPTAIN TOM'S MILITARY CAREER”. デイリー・メール. (2020年4月23日). https://www.dailymail.co.uk/femail/article-8248813/Captain-Tom-Moore-TV-star-Former-Army-officer-given-ITV-documentary-aired-VE-Day.html 2021年2月6日閲覧。 
  13. ^ a b Captain Tom's War” (2020年5月8日). 2020年5月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年5月8日閲覧。
  14. ^ a b Tom Moore, British army officer knighted for charitable work, dies at 100 of coronavirus”. ワシントン・タイムズ (2021年2月3日). 2021年2月7日閲覧。
  15. ^ The Quarterly Army List (August 1946 – Part I). London: HM Stationery Office. (1946). p. 385a. https://archive.org/details/armylistaugpart121946grea/page/398/mode/2up 
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  31. ^ 沢田千秋 (2020年5月18日). “<特派員の眼>キャプテン・トムの奇跡”. 東京新聞. https://www.tokyo-np.co.jp/article/25790。 2021年2月7日閲覧。 
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  33. ^ The classic hits that are now coronavirus anthems”. BBC News (2020年3月27日). 2021年2月11日閲覧。
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  35. ^ 全英シングル・チャート、医療従事者を支援し歩き続けた退役大尉が最高齢の99歳で1位”. Barks (2020年4月25日). 2021年2月11日閲覧。
  36. ^ 医療支援の100歳男性が死去(福島経済新聞、2021年2月3日)

関連項目[編集]

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外部リンク[編集]