ダク・パワーズ

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ダク・パワーズ
Doc Powers
Doc Powers.jpg
フィラデルフィア・アスレチックス時代(1902年頃)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 マサチューセッツ州ピッツフィールド
生年月日 1870年4月22日
没年月日 1909年4月26日(満39歳没)
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 捕手
プロ入り 1896年
初出場 1898年7月12日
最終出場 1909年4月12日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

マイケル・ライリー・パワーズMichael Riley "Doc" Powers , 1870年4月22日 - 1909年4月26日)は、アメリカ合衆国マサチューセッツ州ピッツフィールド出身のプロ野球選手捕手)。右投げ右打ち。

1909年4月12日の試合でファウルボールを追った際に壁に激突。腹部を損傷して激痛に苦しみ、2週間後の26日に死亡した。MLB史上初の試合中の事故によって負った損傷が最終的に死に繋がった選手である(2013年シーズン終了時点でも他にレイ・チャップマンのみ)[1]

経歴[編集]

アイルランド出身の夫婦の息子として生まれた[2]ホーリークロス大学を卒業した後にノートルダム大学医学の授業を受けた。幾つかの情報源では、子供が生まれた後にルイジアナ州の大学に通っていたという主張もされている[2]

1898年7月12日にルイビル・カーネルズMLBデビュー[3]ダク・パワーズ愛称は医師免許を取得していた事から名付けられた[4]。守備位置は捕手であり、ニューヨーク・ハイランダーズに在籍した1905年には、同じく医師免許を持つ投手ダク・ニュートンとMLB史上で唯一知られている医師同士のバッテリーを組んでいる[5]

1899年9月16日にカーネルズからワシントン・セネタースへ売却された[2][3]

1901年コニー・マック監督を務めるフィラデルフィア・アスレチックスへ移籍して正捕手として起用された[4]。以後は1905年7月13日から8月7日までのハイランダーズでの1ヶ月足らずの在籍を除き、1909年までアスレチックスでプレーした[2][3]

11シーズンのうち100試合以上に出場したのは1901年のみで、基本的には控え捕手として起用された[2][6]。しかし、647試合に出場しながら通算打率.216という内容に示されるように、打者としてよりも卓越した守備力を持つ捕手として評価されていた[4][5]。マック監督は知的な選手としてパワーズを好み、後年にアメリカ野球殿堂入りを果たしたエディ・プランクの専用捕手でもあった[2][5]

事故の発生[編集]

1909年4月12日ボストン・レッドソックスとの開幕戦でアスレチックスの新本拠地球場シャイブ・パークが開場した。パワーズはこの試合の7回に深刻な腹痛に苦しみ[5][6]ダッグアウトに崩れ落ちた[2]。これより前にファウルゾーンに上がったポップフライを捕ろうと追い掛けて壁に激突した際に負傷していたのが腹痛の原因とされた[2][5](試合中に食べたサンドイッチによる食中毒も疑われた[2][6])。9回まで出続けて試合を終えた[2]

試合終了後にクラブハウスで着替えをしている最中に倒れ、直ぐに総合病院に収容された[2]。入院当初は胃炎及び、または腹膜炎と診断された[2]。最初の手術は14日朝に行われ、腸に窪みが出来ている事が判明した[2]。その後に腸に壊疽が生じたのが致命的だった[2]。食事も自分で摂れなかった。そして、3度目の手術が行われた後、4月26日感染症が直接の原因となって死亡した[7]。39歳没。妻のアーマンと5歳になる娘が残された[8]。MLB史上初めて試合中の事故によって負った損傷が最終的に死に繋がった選手となった[1]

29日のパワーズの葬式には1万人以上が参列した[6]。アスレチックスやセネタースの多数の関係者だけで無く、他の4球団からのかなりの数の代表者も含まれていた。この日はアメリカンリーグ8球団のうち、ハイランダーズとレッドソックスのみがハンティントン・アベニュー・グラウンズで試合を行った[2]

1910年7月1日にハイランダーズ、レッドソックス、セネタースの選手も出場するアスレチックスが主催する一種のオールスターゲームが開催され、イベントはダク・パワーズデーと呼ばれた[2][6]。このイベントで8000ドル以上の資金が集められ、アーマン未亡人と娘に寄付された[6]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
1898 LOU 34 107 99 13 27 4 3 1 40 19 1 -- 3 -- 5 -- 0 13 -- .273 .308 .404 .712
1899 49 182 169 15 35 8 2 0 47 22 1 -- 6 -- 6 -- 1 8 -- .207 .239 .278 .517
WSH1 14 41 38 3 10 2 0 0 12 3 0 -- 2 -- 1 -- 0 3 -- .263 .282 .316 .598
'99計 63 223 207 18 45 10 2 0 59 25 1 -- 8 -- 7 -- 1 11 -- .217 .247 .285 .532
1901 PHA 116 457 431 53 108 26 5 1 147 47 10 -- 1 -- 18 -- 7 55 -- .251 .292 .341 .633
1902 71 266 246 35 65 7 1 2 80 39 3 -- 3 -- 14 -- 3 26 -- .264 .312 .325 .637
1903 75 262 247 19 56 11 1 0 69 23 1 -- 10 -- 5 -- 0 35 -- .227 .242 .279 .521
1904 57 196 184 11 35 3 0 0 38 11 3 -- 5 -- 6 -- 1 27 -- .190 .220 .207 .426
1905 21 63 60 6 10 0 0 0 10 5 2 -- 2 -- 0 -- 1 12 -- .167 .180 .167 .347
NYY 11 34 33 3 6 1 0 0 7 2 0 -- 0 -- 1 -- 0 6 -- .182 .206 .212 .418
PHA 19 68 61 2 8 0 0 0 8 5 2 -- 4 -- 3 -- 0 7 -- .131 .172 .131 .303
'05計 51 165 154 11 24 1 0 0 25 12 4 -- 6 -- 4 -- 1 25 -- .156 .182 .162 .345
1906 58 192 185 5 29 1 0 0 30 7 2 -- 4 -- 1 -- 2 42 -- .157 .170 .162 .332
1907 59 180 159 9 29 3 0 0 32 9 1 -- 14 -- 7 -- 0 28 -- .182 .217 .201 .418
1908 62 186 172 8 31 6 1 0 39 7 1 -- 6 -- 5 -- 3 35 -- .180 .217 .227 .443
1909 1 4 4 1 1 0 0 0 1 0 0 -- 0 -- 0 -- 0 0 -- .250 .250 .250 .500
通算:11年 647 2238 2088 183 450 72 13 4 560 199 27 -- 60 -- 72 -- 18 297 -- .216 .248 .268 .516

脚注[編集]

  1. ^ a b Major leaguers who died in-season” (英語). ESPN.com. 2013年8月6日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p Doc Powers, Baseball-related Death, Perhaps” (英語). Baseballhistoryblog.com. 2014年2月8日閲覧。
  3. ^ a b c Doc Powers Statistics and History” (英語). Baseball-Reference.com. 2014年2月9日閲覧。
  4. ^ a b c Doc Powers - BR Bullpen” (英語). Baseball-Reference.com. 2014年2月8日閲覧。
  5. ^ a b c d e Diamond Docs” (英語). SABR.org. 2013年8月2日閲覧。
  6. ^ a b c d e f Setting The Story Straight On Doc Powers” (英語). Philly.com. 2014年2月8日閲覧。
  7. ^ Stew Thornley (英語). Land of the Giants: New York's Polo Grounds. Temple University Press. p. 75. ISBN 1-56639-796-0. 
  8. ^ Michael Riley "Doc" Powers” (英語). Findagrave.com. 2014年2月9日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]