ジョージ・ケナン

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ジョージ・フロスト・ケナン

ジョージ・フロスト・ケナン: George Frost Kennan1904年2月16日 - 2005年3月17日)は、アメリカ合衆国外交官政治学者歴史家。1940年代から1950年代末にかけての外交政策立案者で、ソ連封じ込めを柱とするアメリカの冷戦政策を計画したことで知られる。プリンストン高等研究所名誉教授を務めた。ピューリツァー賞を受賞した。探検家で作家の大叔父も、同姓同名のジョージ・ケナン(1845年 - 1924年)である。

経歴[編集]

ウィスコンシン州ミルウォーキーでコシュート・ケナンおよびフローレンス・ジェームズ・ケナン夫妻の間に生まれた。聖ヨハネ陸軍士官学校に入学、続いてプリンストン大学1925年に卒業し、国務省に入省した。

初任地はジュネーヴで、1927年ハンブルク1928年タリンに転勤。翌年バルト海沿岸共和国担当の三等書記官として任命。1931年にはノルウェー人のアネリーズ・ゾーレンセンと結婚し、同年国務省のソ連研究の一部としてベルリンロシア語と文化について学び始めた。のちにはドイツ語フランス語ポーランド語チェコ語ポルトガル語ノルウェー語も習得した。

1933年モスクワのアメリカ大使館が業務を再開すると、ウィリアム・ブリット大使と共に1937年まで勤務した。翌年は本国勤務、その翌年プラハ、続いてベルリンのアメリカ大使館勤務となる。1940年にはサムナー・ウェルズの第一秘書として平和的決着の支援を行った。ナチス・ドイツがアメリカ合衆国に宣戦布告したときはベルリンで数ヶ月間抑留され、1942年5月に帰国した。

第二次世界大戦中はポルトガル駐在のアメリカ代表を務め、ヨーロッパ諮問委員会への代表団の一員であった。1944年にはモスクワの大使館に代理大使として再任した。

1946年には、本国に送った通称「長文電報」でソ連の行動を分析した。この「長文電報」は、トルーマン政権内で回覧され、アメリカの冷戦外交の基本方針となる「封じ込め」政策につながった。ケナンは、ジョージ・マーシャル国務長官によって国務省に新設された政策企画本部の初代本部長に抜擢された。また1947年、「X」という匿名で同様の内容を記した「ソ連の行動の源泉」を『フォーリン・アフェアーズ』に発表(「X論文」)。しかし東西対立の激化に伴って、「封じ込め」政策が次第にグローバル化、また軍事化することに憂慮を抱き、政権の主流派と見解を異にするようになった。ケナンがアメリカの対外政策の形成に大きな役割を果たしたのは、ジョージ・マーシャルが国務長官に在職し、ケナンを重用した、1947,1948年の2年間とされる。1949年にディーン・アチソンが国務長官になってからは、ケナンの影響力は低下した[1][2]。1950年、本部長のポストをポール・ニッツェに譲る。1952年に駐ソ連大使としてモスクワに赴任するが、10月にベルリンに於いてナチス・ドイツとソ連を比較した発言によってソ連からアグレマンを取り消されペルソナ・ノン・グラータ宣告。これによりソ連大使を解かれ、翌1953年には国務省も辞職し1974年までプリンストン高等研究所にて学究生活を送った。その間、1957年にバンクロフト賞コロンビア大学)受賞、1961年から1963年までユーゴスラヴィア駐在大使を務める。1981年にはアルバート・アインシュタイン平和賞、1982年にはドイツ出版協会平和賞1984年にアメリカ芸術文化アカデミーから歴史の金メダルを受賞し、また大統領自由勲章を受章した。

2005年3月17日に101歳でニュージャージー州プリンストンで死去。グレース、ジョアン、ウェンディおよびクリストファーの4子があった。

脚注[編集]

  1. ^ ジョージ・ケナン『アメリカ外交50年』、岩波現代文庫、2000年、242,278ページ
  2. ^ ハワード・ショーンバーガー、「占領1945〜1952 戦後日本をつくりあげた8人のアメリカ人』、時事通信社、1994年、205,206,218,220,248,291,293ページなど

著書[編集]

  • Russia and the United States, (Overbrook Press, 1950).
  • American Diplomacy, 1900-1950, (University of Chicago Press, 1951).
近藤晋一飯田藤次訳『アメリカ外交50年』(岩波書店, 1952年)
  • Realities of American Foreign Policy, (Princeton Univsersity Press, 1954).
  • Soviet-American Relations, 1917-1920, 2 vols., (Princeton University Press, 1956).
村上光彦訳『ソヴェト革命とアメリカ――第一次大戦と革命』(みすず書房, 1958年)
  • Russia, the Atom and the West, (Oxford University Press, 1958).
長谷川才次訳『ロシア・原子・西方――リース卿記念講演』(時事通信社, 1958年)
  • Russia and the West under Lenin and Stalin, (Little, Brown, 1960).
川端末人尾上正男武内辰治訳『レーニン・スターリンと西方世界――現代国際政治の史的分析』(未來社, 1970年)
  • On Dealing with the Communist World, (Harper & Row, 1964).
高橋正訳『共産世界とどうつき合うか――新時代の東西関係』(弘文堂, 1964年)
  • 『アメリカ外交の基本問題』(松本重治編訳、岩波書店、1965年)。日本版オリジナル
  • Memoirs, 2 vols., (Little, Brown, 1967).
清水俊雄・奥畑稔訳『ジョージ・F・ケナン回顧録――対ソ外交に生きて』(読売新聞社(上・下), 1973年/中公文庫(全3巻), 2016年12月-2017年2月)
  • Democracy and the Student Left, (Hatchinson, 1968).
  • From Prague after Munich: Diplomatic Papers, 1938-1940, (Princeton University Press, 1968).
  • The Marquis de Custine and his Russia in 1839, (Princeton University Press, 1971).
  • The Cloud of Danger: Current Realities of American Foreign Policy, (Little, Brown, 1977).
秋山康男訳『危険な雲』(朝日イブニングニュース社, 1979年)
  • Soviet Foreign Policy, 1917-1941, (Greenwood Press, 1978).
  • The Decline of Bismarck's European Order : Franco-Russian Relations, 1875-1890, (Princeton University Press, 1979).
  • The Nuclear Delusion: Soviet-American Relations in the Atomic Age, (Pantheon Books, 1982).
佐々木坦佐々木文子訳『核の迷妄』(社会思想社, 1984年)
  • The Fateful Alliance: France, Russia, and the Coming of the First World War, (Pantheon Books, 1984).
  • American Diplomacy, Expanded ed., (University of Chicago Press, 1984).
近藤晋一・飯田藤次・有賀貞訳『アメリカ外交50年』(岩波書店, 1986年/岩波現代文庫, 2000年)
  • Sketches from a Life, (Pantheon Books, 1989).
  • Around the Cragged Hill: A Personal and Political Philosophy, (W. W. Norton, 1993).
関元訳『20世紀を生きて――ある個人と政治の哲学』(同文書院インターナショナル, 1994年/中央公論新社中公クラシックス〉, 2015年7月)。解説佐々木卓也
  • At A Century's Ending: Reflections, 1982-1995, (W. W. Norton, 1996).

ケナンに関する評伝・研究[編集]

  • Barton Gellman, Contending with Kennan: Toward a Philosophy of American Power, (Praeger, 1984).
  • John Lamberton Harper, American Visions of Europe: Franklin D. Roosevelt, George F. Kennan, and Dean G. Acheson, (Cambridge University Press, 1994).
  • Walter L. Hixson, George F. Kennan: Cold War Iconoclast, (Columbia University Press, 1989).
  • Kenneth M. Jensen (ed.), Origins of the Cold War: The Novikov, Kennan, and Roberts "Long Telegrams" of 1946, (Rev. ed., U.S. Institute of Peace, 1993).
  • John Lukacs, George Kennan: a Study of Character, (Yale University Press, 2007).
  • David Mayers, George Kennan and the Dilemmas of US Foreign Policy, (Oxford University Press, 1988).
  • Wilson D. Miscamble, George F. Kennan and the Making of American Foreign Policy, 1947-1950, (Princeton University Press, 1992).
  • Richard L. Russell, George F. Kennan's Strategic Thought: the Making of an American Political Realist, (Praeger, 1999).
  • Anders Stephanson, Kennan and the Art of Foreign Policy, (Harvard University Press, 1989).
  • 佐々木卓也 『封じ込めの形成と変容――ケナン、アチソン、ニッツェとトルーマン政権の冷戦戦略』(三嶺書房, 1993年)
  • 鈴木健人 『「封じ込め」構想と米国世界戦略――ジョージ・F・ケナンの思想と行動、1931年-1952年』(渓水社, 2002年)
  • 外交フォーラム』、2006年2月号「特集 歴史から外交を考える――ケナンが残した教訓」

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

死亡広告:

ケナンの死に関する報告:

その他:

公職
先代:
チャールズ・E・ボーレン
アメリカ合衆国国務省参事官
1949年8月4日 - 1951年7月11日
次代:
チャールズ・E・ボーレン
先代:
アラン・G・カーク
在ソヴィエト連邦アメリカ合衆国特命全権大使
1952年3月14日 - 1952年9月19日
次代:
チャールズ・E・ボーレン