逆コース

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

逆コース(ぎゃくコース、: reverse course)とは、戦後日本における、「日本の民主化・非軍事化」に逆行するとされた政治・経済・社会の動きの呼称である[1][2][3][4]。この呼称は『読売新聞』が1951年11月1日から連載した特集記事「逆コース」に由来する[5]

解説[編集]

第二次世界大戦で敗北した日本は、1945年から1952年まで、ポツダム宣言降伏文書に基づき連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の占領下に入った。当初、GHQは「日本の民主化・非軍事化」を進めていたが、1947年日本共産党主導の二・一ゼネストに対し、GHQが中止命令を出したのをきっかけに、日本を共産主義の防波堤にしたいアメリカ政府の思惑でこの対日占領政策は転換された。GHQのポツダム命令(「公職追放令」「団体等規正令」「占領目的阻害行為処罰令」など)は、前身を含めて占領初期には非軍事化・民主化政策を推進したが、占領後期には社会主義運動を取り締まるようになった。

この意向を受けた第3次吉田内閣中央集権的な政策を採った。1949年中華人民共和国の誕生や、翌1950年朝鮮戦争勃発以後に行われた公職追放指定者の処分解除とその逆のレッドパージにより、保守勢力の勢いが増した。

総司令官マッカーサー民政局局長ホイットニー、局長代理ケーディスはこの対日政策の転換に反対したが、本国の国務省が転換を迫ったという[6]。この転換は、1948年に設立されたアメリカ対日協議会の圧力による。

なお、1948年にはヨーロッパでも反共政策がとられている。ナチス関係者がいた国際決済銀行の廃止が立ち消えとなり、反共政策としてマーシャルプランが実施されている。

「逆コース」といわれるもの[編集]

1945年
1947年
1948年
1949年
1950年
1951年
1952年
  • 警察予備隊に、陸軍省参謀本部大本営陸軍部)の中枢において太平洋戦争の指導的立場にあった、杉田一次元陸軍大佐(陸軍士官学校第37期)や井本熊男元陸軍大佐(陸軍士官学校第37期)などを筆頭とする、元陸軍大佐10名および元海軍大佐1名が入隊(軍備増強)[21]
  • 旧海軍軍人主導で海上警備隊が創設される。海上警備隊は幹部の99%以上と下士官の98%以上が旧海軍軍人で構成された(軍備増強)[22]
1955年
1956年
  • 自治庁、建設省などを統合する内政省設置法案を提出(内務省復活の動き)[24]
1960年
  • 自治庁が省に昇格し自治省となり、国家消防本部は国家公安委員会から分離し、自治省の外局である消防庁に改組された(内務省復活の動き)[25]
1963年
  • 臨時行政調査会(第一次臨調)第1専門部会第1班の報告書に、自治省と警察庁を統合して、自治公安省または内政省を設置し、国家公安委員会を外局(行政委員会)とし、自治公安大臣または内政大臣が国家公安委員会委員長を兼務することが盛り込まれた(内務省復活の動き)[26][27]

作品[編集]

  • 映画
    • カルメン純情す』(1952年、松竹木下惠介監督、高峰秀子主演):「逆コース」の社会における再軍備派と反対派の対立が描かれている。
    • 女の園』(1954年、松竹、木下惠介監督、高峰秀子主演):再軍備で儲ける資本家とつながる封建的な女子大のあり方に、学生たちが反発する。

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ 下山事件では他殺か自殺かの結論を公式発表しないまま、捜査は打ち切られた。三鷹事件では国鉄労働組合員11人が逮捕起訴され、裁判では10人の共産党員に無罪判決が出て1人の非共産党員に死刑判決が確定したが、有罪が確定した1人(獄中で病死)についても冤罪疑惑が指摘されている。松川事件では国鉄労働組合員10人と東芝松川工場労働組合員10人の計20人が逮捕・起訴されたが、裁判ではアリバイが成立して全員の無罪判決が確定した。
  2. ^ 国務大臣たる法務総裁の下の職で他に法制意見と民事法務の2長官、計3人がいた

出典[編集]

  1. ^ Michael Schaller,The American Occupation of Japan:The Origins of the Cold War in Asia(Oxford University Press,1985),p122
  2. ^ ハワード・ショーンバーガー著、「占領1945~1952 戦後日本をつくりあげた8人のアメリカ人」、時事通信社、1994年(原作1989年)、13ページ
  3. ^ ジョン・ダワー著、「敗北を抱きしめて」、岩波書店、2001年(原作1999年)、上巻6,370ページ、下巻244,370,399,422
  4. ^ エドウィン・ライシャワー著、「ライシャワーの日本史」、講談社学術文庫、2001年(原作1981年)、286,310ページ
  5. ^ 『読売新聞百二十年史』読売新聞社。2022年5月13日閲覧。
  6. ^ 古関彰一による「マスコミ九条の会」市民セミナーの「対米従属の起源をたずねる」より。桂敬一の報告
  7. ^ 荻野 2012, p. 221.
  8. ^ 歴史学研究会 1990, p. 193.
  9. ^ 読売新聞戦後史班 1981, p. 260.
  10. ^ 憲法教育研究会 1987, p. 33.
  11. ^ 東京護憲弁護士団 1967, p. 93.
  12. ^ 歴史学研究会 1990, p. 194.
  13. ^ 「共犯の同盟史 日米密約と自民党政権」、豊田祐基子、岩波書店、2009年、19ページ
  14. ^ 「岸 信介 権勢の政治家」、原 よし久、岩波新書、1995年、135ページ
  15. ^ 「トレイシー 日本兵捕虜秘密尋問所」、中田整一、講談社、2010年、372ページ
  16. ^ 安藤 1993, p. 48.
  17. ^ 平田 1993, pp. 179–180.
  18. ^ 荻野 1999, p. 63.
  19. ^ 荻野 2012, p. 230.
  20. ^ a b 防衛庁「自衛隊十年史」編集委員会 1961, p. 32.
  21. ^ 永野 2003, p. 187-192.
  22. ^ NHK報道局自衛隊取材班 2003, p. 259-260.
  23. ^ アメリカ合衆国国務省発行『米国の外交』第29巻第2部 2006年7月18日(Foreign Relations of the United States, 1964-1968, Vol. XXIX, Part 2, Japan
  24. ^ 毎日新聞社社会部 1956, p. 36.
  25. ^ 神 1986, p. 124.
  26. ^ 中央公論』第96巻 第7号 中央公論社 p180~182
  27. ^ 田原総一朗 『警察官僚の時代』 講談社文庫 p.106~107

参考文献[編集]

  • 安藤良雄 『昭和史への証言 5』原書房、1993年、48頁。ISBN 978-4787220431 
  • NHK報道局自衛隊取材班 『海上自衛隊はこうして生まれた―「Y文書」が明かす創設の秘密』日本放送出版協会、2003年、259-260頁。ISBN 978-4140807927 
  • 神一行 『自治官僚』講談社、1986年、124頁。ISBN 978-4062025225 
  • 永野節雄 『自衛隊はどのようにして生まれたか』学研プラス、2003年、187-192頁。ISBN 978-4054019881 
  • 荻野富士夫 『戦後治安体制の確立』岩波書店、1999年、63頁。ISBN 978-4000236126 
  • 荻野富士夫 『特高警察』岩波書店、2012年。ISBN 978-4004313687 
  • 東京護憲弁護士団 編 『公安条例』三一書房、1967年、93頁。ASIN B000JA8QE8 
  • 憲法教育研究会 編 『検証・日本国憲法―理念と現実』法律文化社、1987年、33頁。ISBN 978-4589013330 
  • 平田哲男 『大学自治の危機―神戸大学レッド・パージ事件の解明』白石書店、1993年、179-180頁。ISBN 978-4786602719 
  • 防衛庁「自衛隊十年史」編集委員会 編 『自衛隊十年史』1961年、32頁。国立国会図書館書誌ID:000001019376 
  • 歴史学研究会 編 『占領政策の転換と講和』青木書店〈日本同時代史〉、1990年、193頁。ISBN 978-4250900297 
  • 毎日新聞社社会部 編 『官僚にっぽん』毎日新聞社、1956年、36頁。ASIN B000JAZ81C 
  • 読売新聞戦後史班 編 『「再軍備」の軌跡―昭和戦後史』中央公論新社、1981年、260頁。ASIN B000J7W6JM 

関連項目[編集]