クラス (バンド)

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クラス(CRASS)
Crass2.jpg
基本情報
出身地 エセックス、イギリスの旗 イギリス
ジャンル パンク、アートパンク、アナルコパンク、ハードコアパンク
活動期間 1977–1984
メンバー ペニー・ランボー、スティーブ・イグノラント、イヴ・リバティーン、ジョイ・デ・ヴィーヴル、ピート・ライト、N・A・パーマー、ギ―・バウチャー

クラス(Crass)は、イギリスの芸術集団パンク・ロックバンド。1977年から1985年にかけて活動した[1]。政治思想、ライフスタイル、抵抗運動としてのアナキズムを実践した。またアナルコ・パンクムーブメントを一般化し、直接行動、動物の権利フェミニズム環境保護を主張した。アルバム、サウンド・コラージュ、フライヤー、映像にDIY(Do It Yourself)の倫理的アプローチを提唱した。

ステンシルをつかったグラフィティで地下鉄を広告塔にした。不法占拠(スクワット)に協調し、政治行動を組織した。黒づくめのアーミーファッションに、キリストの十字架、ハーケンクロイツユニオンジャックウロボソスなどの権威のアイコンを融合させ、彼らの理念を表現した。

クラスはパンクやユースカルチャーに批判的だった[2]。それにもかかわらず、彼らが推進したアナキストのアイデアはパンクのジャンルをより持続的なものとした。その自由な実験とテープコラージュ、グラフィック、言葉、詩と即興表現から、アバンギャルドパンク[3][4][5]、アートパンク[6]として知られる。

バンドの中心的なメンバー、ペニー・ランボー(Penny Rimbaud)。

またヒッピーとパンクに共通するマイノリティのインディペンデント精神を取り出して、融合させてみせたバンドでもある。

概要[編集]

ポイズン・ガールズ。ポイズン・ガールズはイギリス、ブライトンのアナルコ・パンクバンド。 ボーカル/ギタリストのヴィ・サブバーズはバンドの設立時、2歳の子を持つの中年の母親だったが、しばしばアナキストの観点からセクシュアリティとジェンダーの役割を探求した曲を書いた

1977年にセックス・ピストルズが巻き起こしたロンドン・パンク・ムーブメントはメジャーシーンではすぐに終息したが、やがてアンダーグラウンドシーンで復活した。その代表的なバンドである。

イギリスの政権が労働党から保守党(サッチャー首相)に移ってからは、とくに反戦反核フェミニズム動物愛護環境保護等について強力なメッセージを発信し、フォークランド戦争の際は激しい反対運動をおこなった。

アナルコ・パンク(無政府主義パンク)の代表的バンドとして知られる。その人気と影響力の強さにより、左翼右翼の双方から仲間になって欲しいと求められたが、「左翼でも右翼でもなく、アナーキストである」と第3の立場を打ち出し、両翼から少なくとも敵と見なされることを逃れた。

1977年ヒッピー世代の元パフォーマンス・アーティストのペニー・ランボー(ドラムス、作詞。19世紀フランスの詩人アルチュール・ランボーを私淑していた)と、彼より20歳も若いパンクスのスティーヴ・イグノラント(ボーカル、作詞)が出会うことにより生まれた。ふたりは互いの詩を見せ合って共鳴し、ランボーが住んでいたコミューン(自給自足の農場と廃屋で、「ダイアル・ハウス」と命名された)で"So What?" と "Do They Owe Us A Living?"のデモを録音し、共同生活を始めた。この「バンド」の噂を聞きつけ、のちのメンバーとその家族たちが集まった。最終的に、ここには12人の人間と20匹の猫が住んだ。

当時、パンク・バンドの発掘に熱心だったスモール・ワンダー・レーベルからファースト・アルバム「The Feeding of the 5000」をリリースした。しかし1曲目の「Asylum(収容所)」の歌詞が問題となり、2分間の無音トラックとして収めた。この反省から、個人レーベル「クラス・レコード」を設立。これは当時としては前人未踏の冒険であり、ジャケットの印刷はどの印刷所からも引き受けてもらえず、高価な印刷機を自分たちで調達するなど、後のパンクにおける「DIY精神(自分たちでやること)」の手本となった。

このレーベルからは、自分たちの作品のほかに、後続バンドといえるポイズン・ガールズザ・モブザウンズコンフリクトキャプテン・センシブル(元ダムド)、ククル(ビョークが在籍)ら、100組近いバンドを紹介している。

クラスの歴史[編集]

クラス(Crass)は、「ダイヤルハウス」の創設者であるペニー・ランボーとスティーブ・イグノラント(当時この家に滞在していた)とJAMセッションをした時からはじまった[7]

イグノラントはブリストルでパンクバンド、ザ・クラッシュの公演を見て[8]、バンドを結成したいと思っていた。ランボーは前衛芸術グループのベテランであり、彼の本「Reality Asylum」に取り組んでいた。 ふたりは"So What?" と "Do They Owe Us A Living?"の二曲 をドラムとヴォーカルのデュオで制作した。ちなみに「クラス」になる以前には、デヴィッド・ボウイのアルバム「ジギースターダスト」のなかの曲にちなんで、自身たちのコトを「Stormtrooper」とよんでいた[9]

他の友人や家族が参加し(ギー・バウチャー、ピート・ライト、N・A・パーマー、スティーブ・ハーマンらを含む)、クラスは北ロンドンのストリートで不法占拠のストリートフェスティバルで最初のライブをおこなった。彼らは5曲を演奏することを計画していたが、地域住民が3曲目のあとで、「プラグを引っこ抜いてしまった[10]」。

ギタリスト、スティーブ・ハーマンがすぐにバンドを去り、後任にフィル・フリーが参加した。ジョイ・デ・ヴィーヴル、イブ・リバティーンがこの頃に参加した。初期公演には、ニューヨーク4日間のツアー、コヴェントガーデンフェスティバルでの演奏、ロンドン中心部のライブハウスでの定期出演などがある。後者のパフォーマンスはしばしば休みがちだった。

あるとき、クラスはロンドンのコベント・ガーデンにあるロキシ―・クラブで2度のライブ演奏をおこなった[11]。ランボーによると、バンドは2度目のショーに酔って到着し、ステージから追い出された。このことは彼らの曲 「Boxy from the Roxy[12]」 とランボーの自費出版雑誌のエッセイ[13]に影響を与えた。事件ののち、バンドはショーの前のアルコールと大麻を避け、ステージでも普段着でも黒づくめのアーミースタイルの服を着用するようになった[14]

クラスは、ランボーの友人の手でデザインされたロゴによってバンドの背景を表現した。このロゴはバンドに軍事的なイメージを与え、ファシズムの告発をあらわした。彼らのユニフォーム的なルックスは、「個性という名のカルト」に対する意見だったので、多くのロックバンドとは対照的に、クラスの 「リーダー」は特定されることはないだろう[15]

「現実の収容所キリスト(Christ's Reality Asylum)」は自己出版パンフレットのためのカバーアートワークとして考案され、意図された。 そのロゴは、「権力のイコン」=キリスト教の十字架、ハーケンクロイツ、ユニオンジャック、 ウロボソス(権力が最終的にそれ自体を破壊するという考えを象徴する)の融合だった。意図的に混在したメッセージを使うことは、クラスの戦略の一部であり彼ら自身「矛盾の弾幕[16]」と表現していた。「観客への挑戦(ランボーの言葉)」、「自分自身で決める」。これにはラウドで刺激的な音楽やランボーのダダイスト的なパフォーマンスアートと状況主義的なアイデアをもちいて、平和主義のメッセージを宣伝することだった[17]

彼らは40ワットの家庭用電球の下で演奏し、ステージ照明を避けた。この照明条件下での撮影は技術的に困難であり、クラスのライブ映像がほとんどないのはそのためである[18]。また、ビデオ技術(ミック・ダフィールドとギー・バウチャーによる逆投影された映像やビデオコラージュ)を使って、パフォーマンスを向上させるためのマルチメディアプレゼンテーションを始めたパイオニアだった。また、アナキストのアイデアを説明するパンフレットや資料をオーディエンスに配布した。

1978-1979 アシュラム事件[編集]

1978年、クラスは初EP「The Feeding of the 5000(スモール・トラッカー・レーベル)」をリリースした。レコード制作工場の工員は「Asylum」の詞のキリストに対する冒涜的な内容[19]から作業を拒否した[20][21]。結局レコードはその曲なし(かわりに2分間の沈黙)でのリリースとなった。 この事件により、クラスは、レーベルに妥協させられる立場に置かれ、その素材に対する編集権限を保持するため、独立したレコードレーベル「クラス・レコード」を設立することとなった[22]

再録音された「Asylum」の拡張バージョンは、「Reality Asylum」と改名され、その後、自身のレーベル「クラス・レコード」からリリースされた。そののち、クラスと7インチシングルは警察によって調査された。さらに「ダイヤル・ハウス」にまでロンドン警視庁(スコットランドヤード)の風紀取り締まり班が来て、訴追を脅したが、結局、その事件は棄却された[23]。 「Reality Asylum」は普通のレコードの半額の値段で販売され、クラスのできるだけ安くレコードをリリースするというポリシーの最初の例となったが、バンドは付加価値税を費用に分配することができず、売れたぶんのお金をそっくり失ってしまう。 1年後、「The Feeding of the 5000」(「The Second Sitting」)の新作を発表し、元のバージョンの「Asylum」を復元した。

1980 血みどろ革命[編集]

1979年、バンドはポイズンガールズからのローンで資金を調達したセカンドアルバム(Stations of the Crass)を発表した[24]。これは2枚組のアルバムで、3面が新素材で4面がライブで録音だった。

1980年代のつぎのシングル曲「血みどろ革命―Bloody Revolutions」はポイズン・ガールズ[25]の慈善リリースで、「Wapping Autonomy Center[26]」の資金として2万ポンドを調達した。この「血みどろ革命」とは、革命闘争の伝統的なマルクス主義観に対するアナーキスト - 平和主義の視点からの批判であり、1979年9月にふたつのバンドがパフォーマンスをした、ロンドンのコンウェイホールでの暴力への対応であった。 このショーは、陰謀告発に直面しているアナキストのグループである「人物不明―Persons Unknown」のための利益として意図された。パフォーマンスの間、社会主義の労働者党支持者やその他の反・ファシストたちは、ネオ・ナチスを襲い、暴力を引き起こした[27]

その後、クラスは、左翼が戦闘の責任を負っていると主張し、「Rock Against Racism」のような組織は、観客が左翼と右翼とに分化するようになっていった。他の人々(アナキストが組織する「階級闘争」を含む)はクラスの位置を批判し、「クロポトキンのように、彼らは政治をどうしたらいいのかわからないでいる[28]」と述べた。パンク・フォロワーのおおくは、彼らが右翼から受ける暴力を理解できないと感じていた[29]

ソノシート「ライバル・トライバル・レベル・レベル―Rival Tribal Rebel Revel」は、コンウェイホールでおこったユースカルチャーの心ない暴力と部族的側面に対しての意見だった[30]。つづいて、「長崎ナイトメア/ビッグ・ア・リトルA」というシングルがリリースされた。 最初の曲の強烈な反核の歌詞は、折りたたみ式スリーブのアートワークによって補強された。 核エネルギー産業と核兵器製造をむすびつけるピースニュース誌のマイク・ホルダーネスによる記事、イギリスの原子力施設の大きな地図ポスターなどが紹介された[31]。 レコードの反対面の「ビッグ・ア・リトル・A」は、バンドの反国家主義者主義者で個人主義的なアナキスト哲学の声明だった。

「マジであんたは誰になりたいんだ、あんたがしたいことをする、オレは彼と彼女で彼女は彼女、だけどあんたはあんただけだろ[32]

1981 ペニス羨望[編集]

イブ・リヴァティーン。彼女たちは19世紀の女性解放主義者ウルストンクラフトのように、「結婚」と「女性抑圧」を攻撃した。

1981年に3枚目のアルバム「ペニス羨望―Penis Envy」をリリースした。これはハードコアパンク風のアルバムだった。ファーストアルバムはクラスをグループに変えた。 イヴ・リバティーンとジョイ・デ・ヴィヴールによって、より複雑なアレンジと女性ヴォーカルをフューチャーできるようになった。アルバムは「結婚」と「性的抑圧」を攻撃するフェミニストの問題に取り組んだ

アルバム最後の「わたしたちの結婚」と題されたラブソングのパロディ曲は、10代のロマンス雑誌Loving誌の読者にソノシ―ト(薄いレコード)として提供された。クラスはこの曲を「クリエイティブな録音とサウンドサービス」として提案した。Loving誌は提案を受け入れ、この無料のソノシ―トが「あなたの結婚式の日をちょっと特別なものにするだろう[33]」と読者に伝えた。が、タイトルが「あまりにも猥褻[34]」と言うニュースとともにその偽装が暴かれたとき、タブロイド上での論争が起きた。Loving誌の苛立ちにもかかわらず、クラスは法には触れていなかった。

このアルバムはHMVでは販売禁止にされた[35]。そして1984年、マンチェスター警察によって東ブロックのレコード店から押収され、店主は「利益のために猥褻物を展示した」と訴えられた。裁判官は、決定が控訴裁判所によって覆された(「性的に挑発的かつ猥褻」とされた「Bata Motel」の歌詞を除いて[36])にもかかわらず、その後の訴訟で判決を下した[37]

1982-1983 キリスト[編集]

1982年、バンドの通算4枚目の2枚組LP「キリスト―Christ - The Album」は、レコード、プロダクション、ミックスのために(あいだにフォークランド紛争が起こり、終わった)ほぼ一年かかった。クラスは自身たちのレコード制作の方法に疑問を呈した。独自の視点による政治解説を主な目的とするグループとして、彼らは世界の出来事によって追い抜かれ、冗長になってしまった。

フォークランド紛争が起こった速度と、サッチャーが国内外で作り出した荒廃は、これまでよりはるかにスピーディーに対応する必要があった。「キリスト」 - このアルバムは、その中の何曲かに、かなり時間がかかっていたが、暴動と戦争の差し迫ったことを警告した曲はほとんど冗長になってしまった。トックステス、ブリストル、ブリクストン、そしてフォークランドは、オレたちがアルバムをリリースするまでは激しかった。 自分たちの力不足に謙虚になり、その対応の遅さを恥ずかしいと感じた[38]

それ以降のリリース(「How Does It Feel? (to Be the Mother of a Thousand Dead)」と「Sheep Farming in the Falklands」とアルバム「Yes Sir、I Will」)は、バンドの音がベーシックにもどって、政治情勢に対する「戦術的対応」としてリリースされている。彼らは「Sheep Farming ...」のライブ録音をした2万枚のソノシートを匿名で製作し、「ラフ・トレード・レコード」の流通倉庫の仲間たちによって他のレコードのスリーブに無作為に挿入された[39]

メンバーの不一致と自己内省[編集]

ロンドンの地下鉄に、「反=戦争」、「アナキスト」、「フェミニスト」、「反=消費主義」のグラフティメッセージをスプレーした初期時代から、クラスは政治的な意志を持つ直接行動と音楽活動に関わってきた。 1982年12月18日、バンドは西ロンドン「ジグザグ・クラブ」での24時間の不法占拠に協力し、「アンダーグラウンド・パンク・シーンは自身で責任を持って、音楽を本当に楽しみ、企業の拘束や無理強いから自由であることができる」と述べた。

1983年と1984年、反=グローバリゼーション集会の前身「ロンドン・グリーンピース」企画の「ストップ・ザ・シティ・アクション」に参加した。この活動は、バンドの最後のシングル「You're Already Dead」の歌詞とスリーブ・ノートに示され、「非=暴力的コミットメントへの疑い」を表明している。それはまた、ランボーが説明したように、グループ内の意見の不一致を反映していた。

「バンドの半分が平和主義を支持し、もう半分が必要に応じた暴力的な直接行動を支持していた。オレたちは混乱していた。それはウカツにも、レコードのなかに見てとれる」。

これはバンド内の内省につながった。一部のメンバーは激怒して、ポジティブな姿勢を見失った。この論争を通じて、クラス名義の次のリリース「Acts of Love」は、クラシック音楽にペニー・ランボーの50もの詩(「わたしの他の自己への歌」)をあわせて、「他の自己の中に存在する団結、平和、愛の深い感覚」を称えるものとなった[40]

サッチャーゲート・テープ[編集]

もう一つのクラスの偽装は、「サッチャーゲート・テープ」と呼ばれた[41]

そこには、明らかに電話線のアクシデントから洩れた会談が記録されていた。テープは、マーガレット・サッチャーロナルド・レーガンを素材として、クラスによってつくられた。このやや不器用なテープでは、フォークランド紛争中のHMS駆除艦の沈没について議論し、米国とソ連の紛争によってヨーロッパが核兵器の標的になることに同意している。

1983年の総選挙期間中、オランダの通信社を通じて報道機関にコピーが流出した[42]。米国国務省と英国政府は、このテープがKGBのプロパガンダ工作だと信じていた(San Francisco Chronicle[43]とThe Sunday Times[44]に報告されている)。テープは匿名で製作されたが、イギリスの新聞紙The Observerはテープをバンドと結びつけた。

英国の「30年ルール」に基づき、2014年1月に公表された以前に分類された政府文書は、首相が個人的にテープを認識し、それを内閣と話し合ったことを明らかにしている[45]

1984 分裂[編集]

英国議会でバンドについての質問がなされ、「わいせつ出版法(日本のわいせつ物頒等の罪)」下で保守党のティモシー・エガール(Timothy Eggar)による彼らのシングル曲「How It It Feel ...[46]」の訴追が試みられた。

「私たちは奇妙で恐ろしい舞台で自分自身を見つけた。自分たちの意見を一般公開したいと思っていた。それを同じような気持ちの人々と分かち合いたいと思っていたが、今、この意見は権力の回廊に住む暗い影たちによって分析されている(...)私たちは政治的な力を得て、声を出し、少し畏敬の念をもって扱われていたが、それは本当に私たちが望んでいたものなのだろうか? それは何年も前に達成したことだったのだろうか?[47]

さらに、バンドはアルバム「ペニス羨望」の多額の訴訟費用を負っていた[48]。これは疲労やプレッシャーとともに共同生活や活動を続けることを強いるものだったで、最終的に持ちこたえられなくなった[49]。 1984年7月7日、バンドはウェールズで鉱山労働者に慈善ギグをおこなった後、ギタリストN. A. パーマーがグループを離れると発表、バンドは分裂した[50]

クラス・コレクティヴ, クラス・アジェンダ、ラスト・アメンドメント[編集]

2002年11月、なんにんかの元メンバーは、クラス・コレクティヴとして「戦争に反対する声」を伝える「Your Country Needs You」のコンサートをロンドンのエリザベス・ホールでおこなった。ベンジャミン・ブリテンの「戦争レクイエム」や他のパンクロックアーチスト、元クラスのピーター・ライトのバンド「Judas2」などが演奏した。 2003年10月、クラス・コレクティヴは、ランボー、リバティーン、バウチャーといった元メンバー、Coldcutレーベルのマット・ブラックなどのジャズミュージシャンと協力して、クラス・アジェンダに名前を変更した[51]

2004年、クラス・アジェンダは北ロンドンでボルテックス・ジャズ・クラブを救うキャンペーンを主導した[52]。 2005年6月、クラス・アジェンダは「No More」を宣言、そのグループ名を「ラスト・アメンドメント―(Last Amendment)」に変更した[53]。 5年の休息の後、バンドは2012年6月にボルテックスでライブパフォーマンスをおこなった。また、ランボーはザ・シャーラタンズやジャパンサ―ともセッションし、録音している。

2007 イグノラント「The Feeding of 5000」[編集]

2007年11月24、25日、スティーブ・イグノラントは「The Feeding of 5000」を「シェパーズ・ブッシュ・エンパイア」の「選ばれたゲスト」でライブ演奏した[54][55]。クラスの他のメンバーはこのコンサートに参加しなかった。当初、ランボーは彼が書いたクラスの曲をイグノラントが演奏することを拒否したが、あとで心を変えた。「イグノラントの権利を認め、尊重するが、私はそれをクラスの精神の裏切りとみなす[56]」。イグノラントは別の視点から語る。 「オレは自分のしていることを正当化する必要はないね...さらに今でも歌詞のほとんどは妥当だ。そして3文字の単語、「楽しむ(FUN)」って覚えてる?[57]

2010 クラッシック・コレクションの再発行[編集]

2010年、クラスは「クラシック・コレクション[58]」をリリースすると発表し、カタログの再発行をリマスタリングした。元メンバー3人が反対し、法的措置をとると脅した[59][60]。彼らの懸念にもかかわらず、プロジェクトが進行し、リマスターは最終的にリリースされた。シリーズの最初は2010年8月にリリースされた「The Feeding of the 5000」で、10月に「ペニス羨望」と「キリスト」の新しいエディションがリリースされた。批評家は、リマスタリングされたアルバムの音質の向上と新しいパッケージングを賞賛した[61][62]

2011 最後の晩餐[編集]

2011年、スティーブ・イグノントは「最後の晩餐」と題する国際ツアーにでた。彼は11月19日の「シェパード・ブッシュ・エンパイア」を最終地として、ツアーではクラスの曲を演奏した[63]。イグノラントは「これがランボーのサポートを受けてクラスの曲を歌う最後になるだろう」と言った。後半ではランボーが「Do They Owe Us A Living」のドラム演奏のためにステージに加わった。34年後、バンドがキャリアが一周した。

 「そしてランボーがやってきたんだ...それでオレたちは曲を演奏した。何年も前にこれをやってた時みたいに。スタートみたいな終わりだったな」

イグノラントのツアーではギズ・バット、キャロル・ホッジ、ピート・ウィルソン、スパイク・T・スミスがラインナップされ、イヴ・リヴァティーンが数多くの曲で加わった[64]

ディスコグラフィ[編集]

LP盤[編集]

コンピレーション、レマスター盤[編集]

  • Best Before 1984 (1986 – CATNO5; compilation album of singles) (UK Indie – No. 7)
  • The Feeding of the 5000 (The Crassical Collection) (2010 – CC01CD remastered edition)
  • Stations of the Crass (The Crassical Collection) (2010 – CC02CD remastered edition)
  • Penis Envy (The Crassical Collection) (2010 – CC03CD remastered edition)
  • Christ – The Album (The Crassical Collection) (2011 – CC04CD remastered edition)
  • Yes Sir, I Will (The Crassical Collection) (2011 – CC05CD remastered edition)
  • Ten Notes on a Summer's Day (The Crassical Collection) (2012 – CC06CD remastered edition)

シングル[編集]

  • "Reality Asylum" / "Shaved Women" (CRASS1, 7", 1979) (UK Indie – No. 9)
  • "Bloody Revolutions" / "Persons Unknown" (421984/1, 7" single, joint released with the Poison Girls, 1980) (UK Indie – No. 1)
  • "Rival Tribal Rebel Revel" (421984/6F, one-sided 7" flexi disc single given away with Toxic Grafityママfanzine, 1980)
  • "Nagasaki Nightmare" / "Big A Little A" (421984/5, 7" single, 1981) (UK Indie – No. 1)
  • "Our Wedding" (321984/1F, one-sided 7" flexi-disc single by Creative Recording And Sound Services made available to readers of teenage magazine Loving)
  • "Merry Crassmas" (CT1, 7" single, 1981, Crass' stab at the Christmas novelty market) (UK Indie – No. 2)
  • "Sheep Farming in the Falklands" / "Gotcha" (121984/3, 7" single, 1982, originally released anonymously as a flexi-disc) (UK Indie – No. 1)
  • "How Does It Feel To Be The Mother of 1000 Dead?" / "The Immortal Death" (221984/6, 7" single, 1983) (UK Indie – No. 1)
  • "Whodunnit?" (121984/4, 7" single, 1983, pressed in "shit-coloured vinyl") (UK Indie – No. 2)
  • "You're Already Dead" / "Nagasaki is Yesterday's Dog-End" / "Don't Get Caught" (1984, 7" single, 1984)

その他[編集]

  • Penny Rimbaud Reads From 'Christ's Reality Asylum' (Cat No. 10C, C90 cassette, 1992)
  • Acts of Love – Fifty Songs to my Other Self by Penny Rimbaud with Paul Ellis, Eve Libertine and Steve Ignorant (Cat No. 1984/4 , LP and book, 1984. Reissued as CD and book as Exitstencilisms Cat No. EXT001 2012)
  • EXIT The Mystic Trumpeter – Live at the Roundhouse 1972, The ICES Tapes (pre Crass material featuring Penny Rimbaud, Gee Vaucher, John Loder and others) (Exit Stencil Music Cat No. EXMO2, CD and book, 2013)

ライブレコーディング[編集]

  • Christ: The Bootleg (recorded live in Nottingham, 1984, released 1989 on Allied Records)
  • You'll Ruin It For Everyone (recorded live in Perth, Scotland, 1981, released 1993 on Pomona Records)

ビデオ[編集]

Crass
  • Christ: The Movie (a series of short films by Mick Duffield that were shown at Crass performances, VHS, released 1990)
  • Semi-Detached (video collages by Gee Vaucher, 1978–84, VHS, 2001)
  • Crass: There Is No Authority But Yourself (documentary by Alexander Oey, 2006) documenting the history of Crass and Dial House.
Crass Agenda
  • In the Beginning Was the WORD – Live DVD recorded at the Progress Bar, Tufnell Park, London, 18 November 2004

参考図書[編集]

脚注[編集]

  1. ^ "In August 1977 Dave King went (...) As Dave exits stage left, Steve Ignorant returns to Dial House and (...) Crass was born."
  2. ^ Rimbaud, Penny (2004). Love Songs. Pomona Publishing. p. xxiv. ISBN 1-904590-03-9. We believed that you could no more be a socialist [band] and signed to CBS (The Clash) than you could be an anarchist and signed to EMI
  3. ^ Graham, Josh (3 December 2010). "Crass, the Anarcho-Punk Fountainhead, Is Coming to S.F. in March -- Sort Of"
  4. ^ "Reading And Rioting: A Louder Than Words Walk Through". The Quietus. 11 November 2014.
  5. ^ Gonsales, Erica (25 May 2011). "Smoke Gets In Your Eyes: Anthony McCall's Enchanting Film Installations". VICE. Creators.
  6. ^ Lynskey, Dorian (28 September 2007). "Jeffrey Lewis, 12 Crass Songs". The Guardian. London.
  7. ^ Sleeve note on Bullshit Detector Volume 1 (Crass Records, cat no.421984/4); "Sometime in 1977 Rimbaud and Ignorant started messing around with a song called 'owe us a living'. They ran through it a few times and decided to form a band consisting of themselves. They called themselves Crass" 「1977年、ランボーとイグノラントは、「owe us a living」という曲から楽しくヤリはじめた。何回かやってみて、バンドを結成することに決めた。自分たちのことをクラスと呼んだ。」Bullshit Detector Volume 1のスリーブノート(Crass Records、cat no.421984 / 4)
  8. ^ "At the end of the Clash gig there was all these people shouting and saying 'your shit!' and Joe Strummer stood there and said 'if you think you can do any better go ahead and start your own band.' And I was like what a great idea!" 「ザ・クラッシュのギグの終わりに、観客みんなが「your shit!」とシャウトしたんだ。そしたら、ボーカルのジョー・ストラマーがステージに立って「もしお前らがなんかイイことしようとすんなら、自分のバンドをヤんのがいいぜ」って言った。 それはオレにはすげえアイデアって感じだったぜ! 」(スティーブ・イグノラント・インタビューより「Punk77」)
  9. ^ Rimbaud 1999, p. 99.
  10. ^ Berger 2006, p. 83.
  11. ^ "Steve Ignorant interviewed". Punk 77. 2007.
  12. ^ ""Banned from the Roxy" from Feeding the 5000". Small Wonder Records. 1978.
  13. ^ Rimbaud, Penny (1977). ""Crass at the Roxy" fromInternational Anthem 1". Archived from the originalon 1 December 2005.
  14. ^ Berger 2006, p. 103.
  15. ^ Berger 2006, p. 104.
  16. ^ "Crass interview". The Leveller (25). April 1979.
  17. ^ McKay 1996, p. 88.
  18. ^ Berger 2006, p. 108: "They were very difficult to film, because with Super-8 you needed far more light than was available at a Crass gig – all you'd get was shadows and light – that would be about it. So it was a bit pointless filming the gigs. I did try asking for maybe 60 watt bulbs instead of 40 but there was no deal" – Mick Duffield
  19. ^ ASYLUM I am no feeble Christ, not me. He hangs in glib delight upon his cross. Upon his cross. Above my body. Lowly me. Christ forgive, forgive. Holy he, he holy, he holy. Shit he forgives. Forgive, forgive. I, I, Me, I. I vomit for you, Jesu. Christi-Christus. Puke upon your papal throne. Wrapped you are in the bloody shroud of churlish suicide. Wrapped I am in the bloody cloud of hellish genocide. Petulant child. I have suffered for you, where you have never known me. I too must die. Will you be shadowed in the arrogance of my death? Your valley truth? What lights pass those pious heights? What passing bells for these in their trucks? For you Lord, you are the flag-bearer of these nations, One against the other, that die in the mud. No piety, no deity. Is that your forgiveness? Saint, martyr, goat, billy. Forgive? Shit he forgives. He hangs upon his cross in self-righteous judgment, Hangs in crucified delight, nailed to the extent of his vision. His cross, his manhood, his violence, guilt, sin. He would nail my body upon his cross, As if I might have waited for him in the garden, As if I might have perfumed his body, washed those bloody feet? This woman that he seeks, suicide visionary, death reveller, Rape, rapist, grave-digger, earth-mover, life-fucker. Jesu. You scooped the pits of Auschwitz. The soil of Treblinka is rich in your guilt, The sorrow of your tradition, Your stupid humility is the crown of thorn we all must wear. For you? Ha. Master? Master of gore. Enigma. Stigma. Stigmata. Errata. Eraser. The cross is the mast of our oppression. You fly their vain flag. You carry it. Wear it on your back Lord. Your back. Enola is your gaiety. Suffer little children, suffer in that horror. Hiro-horror, horror-hiro, hiro-shima, shima-hiro, Hiro-shima, hiro-shima, Hiroshima, Hiroshima. The bodies are your delight. The incandescent flame is the spirit of it. They come to you Jesu, to you. The nails are the only trinity. Hold them in your corpsey gracelessness. The image that I have had to suffer. These nails at my temple. The cross is the virgin body of womanhood that you defile. In your guilt, you turn your back, nailed to that body. Lamearse Jesus calls me sister! There are no words for my contempt! Every woman is a cross in his filthy theology! He turns his back on me in his fear. His vain delight is the pain I bear. Alone he hangs, his choice, his choice. Alone, alone, his voice, his voice. He shares nothing, this Christ; sterile, impotent, fuck-love prophet of death. He is the ultimate pornography. He! He! Hear us, Jesus! You sigh alone in your cock fear! You lie alone in your cunt fear! You cry alone in your woman fear! You die alone in your man fear! Alone Jesu, alone, in your cock fear, cunt fear, woman fear, man fear. Alone in you fear, alone in your fear, alone in your fear. Your fear, your fear, your fear, your fear, your fear, your fear, your fear, Warfare, warfare, warfare, warfare, warfare! JESUS DIED FOR HIS OWN SINS. NOT MINE.
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  25. ^ ポイズン・ガールズは、イギリス、ブライトンのアナルコ・パンクバンド。 ボーカル/ギタリストのヴィ・サブバーズはバンドの設立時、2歳の子を持つの中年の母親だったが、しばしばアナキストの観点からセクシュアリティとジェンダーの役割を探求した曲を書いた。
  26. ^ 1981年後半から1982年にかけてロンドンドックランドのワッピング地区にあるメトロポリタンワーフの賃貸されたスペースに設置されたソーシャルセンター。「アナーキストセンター」ともよばれていた。
  27. ^ Lux, Martin (2006). Anti-Fascist. Phoenix Press. p. 89. ISBN 978-0-948984-35-8.
  28. ^ Home, Stewart (1988). The Assault on Culture – Utopian Currents From Lettrisme to Class War. Aporia Press. p. 96. ISBN 978-0-948518-88-1. like Kropotkin, their politics are up shit creek
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