キングスシアター

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キングスシアター
欧字表記 King's Theatre
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 1991年5月1日
死没 2011年6月13日(20歳没)
Sadler's Wells
Regal Beauty
生国 アイルランドの旗 アイルランド
生産 Michael Poland
馬主 ゴドルフィン
調教師 ヘンリー・セシルイギリス)→
サイード・ビン・スルール (UAE)
競走成績
生涯成績 17戦5勝
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キングスシアター (King's Theatre) はアイルランドで生産され、イギリスUAEで調教を受けた競走馬。イギリス、アイルランド、フランスアメリカイタリアで走り通算17戦5勝。1994年キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスを勝ち、同年のカルティエ賞最優秀3歳牡馬を受賞。現役引退後種牡馬となった。

※文中の馬齢は当時の日本で一般的であった数え年ではなく、現在使用されている方法に換算して表記する。

戦績[編集]

シェイク・モハメドのゴドルフィンの持ち馬として、2歳時の1993年にデビュー。 2戦目から3連勝し、10月23日にG1レーシングポストトロフィー[1]を制した。 2歳時の4戦は、騎手はいずれもW.ライアンであった。

明け3歳となった1994年からは騎手がマイケル・キネーンとなり、G3クレイヴァンステークスを勝つ。 本命に挙げられたクラシック第一戦2000ギニーは距離不足もあって勝ったミスターベイリーズから7馬身差の13着(23頭立て)と惨敗。 続いて出走したエプソムダービー前哨戦・ダンテステークスエルハーブの4着に終わるが、評価を落としたエプソムダービーではエルハーブから2馬身4分の1差の2着。 さらにアイリッシュダービーに出走。ここでも牝馬バランシーンから4馬身1/2離されたものも2着を確保。 そして、春の大一番キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスで古馬に初挑戦すると、武豊騎乗の4歳馬ホワイトマズルに1馬身4分の1差をつけて優勝[2]。 さらに年内は2戦し、いずれも本命に推されるが、チャンピオンステークスエズードの3着、凱旋門賞カーネギーの10着に終わるが、「キング・ジョージ」の勝利が評価されてクラシックレースの勝者をおさえてこの年のカルティエ賞最優秀3歳牡馬に選出された。

4歳となった1995年は、この年よりゴドルフィンの専属調教師となったサイード・ビン・スルールの厩舎に移籍。 アメリカで芝のG1レースに出走するが、3回出走して8着、3着、7着に終わる。5歳となった1996年にはイギリス、イタリアで各1戦するが勝利は挙げられず、ミラノ大賞典3着を最後に現役を引退した。

種牡馬として[編集]

1997年よりアイルランドで種牡馬となる。G1を勝った産駒はキングスドラマ(アメリカG1ソードダンサー招待ステークス勝ち、2005年ジャパンカップに出走)のみと、種牡馬成績は振るわなかった。後年は障害競走用種牡馬として供用され、2010/2011年シーズンのイギリス・アイルランド障害リーディングサイアーランキングで3位となっている。2011年6月13日疝痛手術後の回復がおもわしくなく、繋養先のバリーリンチスタッドで安楽死された[3]

血統表[編集]

キングスシアター血統サドラーズウェルズ系ノーザンダンサー系 / インブリード Native Dancer4×4=12.50%、Hyperion5×5=6.25% (血統表の出典)
父系

Sadler's Wells
1981 鹿毛
父の父
Northern Dancer
1961 鹿毛
Nearctic Nearco
Lady Angela
Natalma Native Dancer
Almahmoud
父の母
Fairy Bridge
1975 鹿毛
Bold Reason Hail to Reason
Lalun
Special Forli
Thong

Regal Beauty
1981 鹿毛
Princely Native
1971 栗毛
Raise a Native Native Dancer
Raise You
Chario Francis S.
Nuetron
母の母
Dinnis Belle
1960 黒鹿毛
Crafty Admiral Fighting Fox
Admiral's Lady
Evasion Spy Song
Alnaire F-No.9-b
母系(F-No.)
5代内の近親交配
出典

脚注[編集]

  1. ^ ドンカスター競馬場で行われるイギリスの2歳王者決定戦(芝8ハロン)で、日本でいうと朝日杯フューチュリティステークスに相当する。
  2. ^ エズードの騎手ウォルター・スウィンバーンがスタート直後に落馬。エズードはそのままいわゆる「カラ馬」で走り続け、直線で内に刺さって他馬の進路を妨害。これが勝敗の綾になったとも言われている。なお、エズードはカラ馬のまま先頭で入線している(記録上は競走中止)。
  3. ^ Irish Stallion King's Theatre Dies

外部リンク[編集]