ムトト

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
ムトト
欧字表記 Mtoto
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 1983年
死没 2011年????日(28歳没)
Busted
Amazer
母の父 Mincio
生国 イギリスの旗 イギリス
生産 John L. Moore
馬主 Ahmed Al Maktoum
調教師 Alec Stewart(イギリス
競走成績
生涯成績 17戦8勝[1]
獲得賞金 600,626ポンド
+2,400,000フラン
テンプレートを表示

ムトト (Mtoto) はイギリスで競走生活を送った競走馬、および種牡馬古馬になってからイギリスの中距離路線で活躍し、キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス優勝やエクリプスステークス連覇などの戦績を残した。馬名はスワヒリ語に由来し、単数形の「子供」を意味する言葉である。

経歴[編集]

2歳時の1985年より競走馬としてデビューしているが、2歳時は1戦のみで終わり、また3歳になってヘイドックパーク競馬場の未勝利戦で初勝利を挙げているが、そのほかの競走ではぱっとした成績ではなかった。

しかし4歳となった1987年から、その成績はどんどんと好転した。まず5月にその年の初戦である、サンダウンパーク競馬場のブリガディアジェラードステークス (G3) に出走、ここで優勝して初の重賞勝ちを収めた。翌戦プリンスオブウェールズステークス(当時G2)も勝ち、さらにG1エクリプスステークスでも優勝し、戴冠とともに3連勝を飾った。続くキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス重馬場を嫌って出走回避[2]。この年フランス凱旋門賞にも遠征しているが、トランポリーノの4着に敗れている。

5歳シーズンは1988年5月の準重賞から始動して1位に入線したが、出走全馬がコースを間違えていたことでレースが無効(不成立)となる[1]。しかしプリンスオブウェールズステークスとエクリプスステークスではそれぞれ連覇を飾り、さらにキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスでもスローペースのなか追い込み[3]が決まり、連勝記録を伸ばした。そのあとセレクトステークス (G3) を勝ってから挑んだ同年の凱旋門賞では、直線で内に閉じ込められるロスがあり[4]優勝したトニービンクビ差届かず2着に終わったが、同年はこれ以外負けなしという内容の濃い成績を残した。それが評価され、イギリスの競馬雑誌『ペースメイカー・インターナショナル』主催の表彰において欧州年度代表馬の座に加え、古馬部門と中距離部門のタイトルも獲得した[1]

ムトトは5歳シーズンを最後に競走生活を引退し、以後はアストンアプソープスタッドに繋養される種牡馬となった[1]。初年度の種付け料は18000ポンドであった。

現代の流行からはかけ離れた血統背景を持つが、ダービーステークス優勝馬シャーミット(Shaamit 1993年生、牡馬)やアスコットゴールドカップ優勝馬セレリック(Celeric 1992年生、せん馬)など、おもに中長距離で活躍馬を出した。しかし、牡馬で唯一のG1勝ち馬であるシャーミットはG1勝ち馬を1頭出すにとどまり、それ以外の後継種牡馬もこれといった産駒を出せず、父系は勢力を失いつつある。

2011年、28歳で死亡した[5]

おもな産駒[編集]

競走成績[編集]

出走日 競馬場 競走名 距離 着順 騎手 着差 1着(2着)馬
1985.08.07 ヨーク ファミリーリゾートS 芝7f 3着 3馬身 Queen's Soldier
1986.05.08 サンダウン 未勝利S 芝10f 2着
1986.06.06 ヘイドック 未勝利S 芝10.5f 1着 M.ロバーツ[6] 2馬身 (Top Range)
1986.06.17 アスコット キングエドワード7世S G3 芝12f 5着 Bonhomie
1986.07.17 ヨーク コンウェイS 芝11f110y 2着 1馬身 Magic Slipper
1986.08.20 ヨーク アンディキャップH 芝9f 2着 2馬身 My Generation
1986.09.27 アスコット クイーンエリザベス2世S G1 芝8f 4着 5馬身 Sure Blade
1987.05.26 サンダウン ブリガディアジェラードS G3 芝10f 1着 M.ロバーツ 2 1/2馬身 (Allez Milord)
1987.06.16 アスコット プリンスオブウェールズS G2 芝10f 1着 M.ロバーツ 2 1/2馬身 (Amerigo Vespucci)
1987.07.04 サンダウン エクリプスS G1 芝10f 1着 M.ロバーツ 3/4馬身 (Reference Point)
1987.10.04 ロンシャン 凱旋門賞 G1 芝2,400m 4着 M.ロバーツ 5馬身 Trempolino
1987.10.17 ニューマーケット 英チャンピオンS G1 芝10f 8着 Triptych
1988.05.18 グッドウッド フェスティバルS 芝10f 無効 M.ロバーツ 1馬身 (Media Starguest)
1988.06.14 アスコット プリンスオブウェールズS G2 芝10f 1着 M.ロバーツ クビ (Broken Hearted)
1988.07.02 サンダウン エクリプスS G1 芝10f 1着 M.ロバーツ クビ (Shady Heights)
1988.07.23 アスコット キングジョージ G1 芝12f 1着 M.ロバーツ 2馬身 (Unfuwain)
1988.09.09 グッドウッド セレクトS G3 芝10f 1着 M.ロバーツ 2 1/2馬身 (Hibernian Gold)
1988.10.02 ロンシャン 凱旋門賞 G1 芝2,400m 2着 M.ロバーツ クビ Tony Bin

血統表[編集]

ムトト血統ブランドフォード系 / Donatello3×4=18.75% (血統表の出典)
父系

Busted
1963 鹿毛
父の父
Crepello
1954 栗毛
Donatello Blenheim
Delleana
Crepuscule Mieuxce
Red Sunset
父の母
Sans le Sou
1957 鹿毛
*ヴィミー
Vimy
Wild Risk
Mimi
Martial Loan Court Martial
Loan

Amazer
1967 鹿毛
*ミンシオ
Mincio
1957 鹿毛
Relic War Relic
Bridal Colors
Merise Le Pacha
Miraflore
母の母
Alzara
1961 栗毛
Alycidon Donatello
Aurora
Zabara Persian Gulf
Samovar F-No.1-k
母系(F-No.)
5代内の近親交配
出典

脚注[編集]

  1. ^ a b c d 日本中央競馬会優駿』1989年2月号、pp.121-122
  2. ^ 『優駿』1987年9月号、p.125
  3. ^ 『優駿』1988年9月号、p.125
  4. ^ 『優駿』1988年11月号、pp.114-115
  5. ^ James Burn (2011年5月24日). “Historic dual Eclipse winner Mtoto dies at 28” (英語). RACING POST.com. 2011年5月29日閲覧。
  6. ^ King George road trip” (英語). RACING POST (2009年7月20日). 2011年5月29日閲覧。

外部リンク[編集]