フェアリーブリッジ
| フェアリーブリッジ | |
|---|---|
| 品種 | サラブレッド |
| 性別 | 牝 |
| 毛色 | 鹿毛 |
| 生誕 | 1975年 |
| 死没 | 1991年 |
| 父 | Bold Reason |
| 母 | Special |
| 生国 |
|
| 生産者 | Claiborne Farm |
| 競走成績 | |
| 生涯成績 | 2戦2勝 |
フェアリーブリッジ (Fairy Bridge) はアメリカ合衆国で生産された牝のサラブレッドである。母スペシャルは繁殖牝馬として活躍した。半弟にヌレイエフ、近親にエルコンドルパサーなどがいる。
競走馬時代
[編集]繁殖牝馬時代
[編集]繁殖牝馬として活動し始めたフェアリーブリッジは、競走馬時代を遥かに越える影響を競馬界に与えることになった。
競走馬の母として
[編集]サドラーズウェルズがイギリス・アイルランドでG1を計3勝、全弟テートギャラリー (Tate Gallery) もナショナルステークスを勝ち、2頭の産駒がG1を制した。
種牡馬の母として
[編集]サドラーズウェルズがイギリス・アイルランドのリーディングサイアーを合計14回獲得した。またサドラーズウェルズの全弟フェアリーキングもフランスリーディングサイアーを獲得する活躍をした。さらにペルジノ (Perugino) もオーストラリアで活躍馬を送り出している。サドラーズウェルズ、フェアリーキングともに、後継種牡馬に恵まれており、さらにサドラーズウェルズはイギリス・アメリカでリーディングブルードメアサイアーも獲得するほどの成功を収めた。かくしてフェアリーブリッジの血脈は世界中に広がっていった。
日本への影響
[編集]日本へ輸入が決まっていたテートギャラリーは、輸送中に急死してしまい、リースされたペルジノも活躍馬は送り出せなかった。またサドラーズウェルズも日本での直子の活躍はサージュウェルズが唯一の重賞優勝であり、国内GIを制覇する産駒を出せたのはフェアリーキングただ1頭だけだった。しかし、サドラーズウェルズはブルードメアサイアーとして、フサイチコンコルド、エルコンドルパサーなど、多数の活躍馬を輩出しており、またフサイチコンコルド、エルコンドルパサーともに種牡馬としても活躍馬を出すなど、代を経てフェアリーブリッジの影響は増している。 サドラーズウェルズの直系としては、オペラハウスから、テイエムオペラオーとメイショウサムソンが出た。
血統表
[編集]| フェアリーブリッジの血統(ヘイルトゥリーズン系) | (血統表の出典) | |||
父 Bold Reason 1968 鹿毛 |
父の父 Hail to Reason |
Turn-to | Royal Charger | |
| Source Sucree | ||||
| Nothirdchance | Blue Swords | |||
| Galla Colors | ||||
父の母 Lalun |
Djeddah | Djebel | ||
| Djezima | ||||
| Be Faithful | Bimelech | |||
| Boodroot | ||||
母 Special 1969 鹿毛 |
Forli | Aristophanes | Hyperion | |
| Commotion | ||||
| Trevisa | Advocate | |||
| Veneta | ||||
母の母 Thong |
Nantallah | Nasrullah | ||
| Shimmer | ||||
| Rough Shod | Gold Bridge | |||
| Dalmary F-No.5-H | ||||
外部リンク
[編集]- 競走馬成績と情報 netkeiba、JBISサーチ、Racing Post