エルロッド (フリゲート)

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USS Elrod FFG-55
艦歴
発注: 1981年5月22日
起工: 1983年11月21日
進水: 1984年5月12日
就役: 1985年5月18日
退役: 2015年1月30日
除籍:
その後: 台湾海軍への売却待ち
要目
排水量 基準: 3,225 t
満載: 4,100 t
全長 453 ft (138 m)
全幅 45.4 ft (13.8 m)
吃水 24 ft (7.3 m)
機関 COGAG方式
LM2500-30ガスタービンエンジン (20,500hp) ×2基
可変ピッチプロペラ(5翔)×1軸
非常用旋回式スラスタ(350hp)×2基
最大速 29ノット以上
航続距離 4,500 海里(20ノット巡航時)
乗員 206名(士官13名)
兵装 Mk.75 76mm単装速射砲×1基
Mk.38 25mm単装機銃×2基
Mk.15 20mmCIWS×1基
M2 12.7mm単装機銃×4基
Mk.13 mod.4単装ミサイル発射機×1基
* SM-1MR SAM
* ハープーンSSM を発射可能

※2003年以降撤去
Mk.32 mod.17 3連装短魚雷発射管×2基
艦載機 SH-60B LAMPSヘリコプター×2機
C4ISTAR NTDS (JTDSリンク 11/14)
Mk.92 FCS (SM-1MR, 76mm砲用)
AN/SQQ-89 ASWCS
センサ AN/SPS-49 対空捜索レーダー
AN/SPS-55 対水上捜索レーダー
AN/SQS-56 船底装備ソナー
AN/SQR-19 曳航ソナー
電子戦 AN/SLQ-32(V)5 ESM/ECM装置
Mk.36 デコイ発射装置
モットー: War ready to preserve peace

エルロッド (USS Elrod, FFG-55) は、アメリカ海軍のミサイルフリゲートオリバー・ハザード・ペリー級ミサイルフリゲートの45番艦。艦名はウェーク島の戦いで戦死し、名誉勲章を受章したパイロットのヘンリー・T・エルロッド英語版海兵隊少佐(1905 - 1941)に因む。

艦歴[編集]

エルロッドはメイン州バスバス鉄工所で1983年11月21日に起工する。1984年5月12日に進水し、1985年5月18日にリチャード・W・ムーア艦長の指揮下就役した。最初の母港はサウスカロライナ州チャールストンに設定され、その後1995年3月にバージニア州ノーフォークに変更された。エルロッドはペルシャ湾に5回、地中海に3回、アラビア海に1回の配備を完了し、大西洋、地中海、黒海およびカリブ海での数多くの作戦に参加した。

3度目のペルシャ湾配備ではデザート・ストーム作戦に続いて航空及び地上攻撃支援を行った。エルロッドはデザート・ストーム作戦およびデザート・シールド作戦の間に湾岸協力会議諸国との共同演習を行い関係を強化した。その後エルロッドはNATOの北極海における対潜演習、チームワーク '92および国連によるバルカン半島への武器禁輸、制裁作戦のシャープ・ガード作戦に参加した。またエンデュアリング・フリーダム作戦においては、エルロッドを地中海常設海軍部隊大西洋常設海軍部隊に派遣することでアメリカはNATOに対するその献身を示した。

2004年にはテロとの戦いの一環であるアクティブ・エンデバー作戦英語版の支援に当たる。同じ年、アテネオリンピックの開催に伴い、ディスティンギッシュド・ゲームズ作戦(Operation Distinguished Games)としてギリシア近海で警戒態勢を取った。

2008年、2010年、2012年にも作戦に従事した。特に2012年のカリブ海での行動では、記録的な量の違法麻薬を押収。

2014年、最後の任務に当たるため地中海に赴く。無人偵察機MQ-8 ファイアスカウトと共同で海上安全活動に従事した。この任務により、ヨーロッパ・アフリカ地域におけるアメリカの安全保障上の利益が増大した。そして再びアクティブ・エンデバー作戦に参加して中央地中海をパトロールし、商船モーニング・グローリー号の護衛や強襲揚陸艦バターンの難民救助の援護にあたった。

2014年12月4日、アメリカ上院は本艦を含む4隻のオリバー・ハザード・ペリー級台湾へ売却する内容を含む法案を可決した[1]

2015年1月30日にヴァージニア州ノーフォーク海軍基地で退役。現在は台湾海軍への売却を待つ状態である。

脚注[編集]

  1. ^ 米国、台湾にミサイルフリゲート4隻売却へ 中央社フォーカス台湾, 2014/12/06

関連項目[編集]

外部リンク[編集]