バターン (強襲揚陸艦)

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バターン
USSバターン(1999年)
USSバターン(1999年)
基本情報
建造所 インガルス造船所
運用者 アメリカ合衆国の旗 アメリカ海軍
艦種 強襲揚陸艦
級名 ワスプ級強襲揚陸艦
モットー Courage, Commitment, Honor
母港 バージニア州 ノーフォーク
艦歴
発注 1991年12月20日
起工 1994年6月22日
進水 1996年3月15日
就役 1997年9月20日
要目
満載排水量 41,005 トン
全長 257 m
吃水 8.5 m
主機 蒸気タービン 2機、2軸
出力 70,000 hp
最大速力 22 ノット
航続距離 9,500 海里(18ノット時)
乗員
  • 乗組員:士官・104名、下士官兵・1004名
  • 上陸部隊:1894名
兵装
搭載艇 LCAC-1級揚陸艇×3隻 / LCU上陸用舟艇×2隻 / 機動揚陸艇×12隻
以上、作戦内容により変化。
搭載機 標準構成
AV-8B ハリアーII / F-35B ライトニングII ×6機
AH-1W スーパーコブラ / AH-1Z ヴァイパー ×4機
MV-22B オスプレイ ×12機
CH-53 シースタリオン ×4機
UH-1Y ヴェノム ×3 - 4機
強襲作戦時
MV-22B オスプレイ ×22機
制海作戦時
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バターン(USS Bataan, LHD-5)は、アメリカ海軍強襲揚陸艦ワスプ級強襲揚陸艦の5番艦。ミシシッピ州パスカグーラインガルス造船所で建造された。

艦歴[編集]

バターンは、第二次世界大戦におけるフィリピンバターン半島における戦いに因んで命名された。その名を持つ艦としては2隻目である。艦のスポンサー、元海兵隊司令官カール・E・マンディJr.将軍の夫人、リンダ・スローン・マンディは「アメリカ合衆国の名の下に、そして、バターン半島での勇敢な戦いの下に」艦に命名を行った。バターンの命名式では国防副長官ジョン・P・ホワイト英語版が演説を行った。

バターン半島の戦いおよびその後の「バターン死の行進」から生還した者や、空母バターン」に関係した100名以上の退役兵が命名式に参加した。

2023年パレスチナ・イスラエル戦争の発生に伴いカーター・ホールメサ・ヴェルデと共に紅海沖に派遣された[1]

ハリケーン・カトリーナ[編集]

2005年ハリケーン・カトリーナの上陸に先立ってニューオーリンズ沖に待機して、8月30日より被災者に対する救援作業に参加した。バターンの艦載ヘリコプターは被災規模確認のための最初の飛行を行った。続いて1600名以上の難民輸送し、被災地区に100,000ポンド(45メートルトン)以上の積荷および8,000ガロン(30,000リットル)の真水を供給した。艦は、84人の医学専門家から成る2つの飛行医療チームの基地として機能し、チームは被災地で救急医療を提供した。

脚注[編集]

  1. ^ 米国、紅海に新たな部隊と軍艦を派遣”. Arab News. 2024年2月17日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]