アルファロメオ・155

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アルファロメオ・155は、イタリアの自動車会社アルファロメオ1992年から1997年まで製造、販売していたセダン型の自動車75の後継にあたり、156にバトンタッチして引退した。アルファ155とも呼ばれる。

概要[編集]

アルファロメオ・155
フロント
Alfa Romeo 155 front 20070321.jpg
リア
Alfa Romeo 155 rear 20070321.jpg
乗車定員 5人
ボディタイプ 4ドアセダン
エンジン 2.0L DOHC 直4 NA
2.0L DOHC 直4 ターボ
2.5L SOHC V6 NA
駆動方式 FF/4WD
変速機 5速MT
サスペンション 前:ストラット
後:トレーディングアーム
全長 4,445mm
全幅 1,695mm(V6モデルは1,730mm)
全高 1,440mm(V6モデルは1,425mm)
ホイールベース 2.540mm
車両重量 1,310~1,490kg
姉妹車 フィアット・テムプラ
ランチア・デドラ
先代 アルファロメオ・75
後継 アルファロメオ・156
-自動車のスペック表-

フィアット系3社のセダン開発プロジェクト「ティーポ3」により開発されたものであるが、当初から小型ハッチバック開発プロジェクト「ティーポ2」とともに進められ、基本骨格の共通化が図られた。そのためフィアット・ティーポとシャーシを共有するフィアット・テムプラランチア・デドラとは兄弟車種にあたり駆動方式も基本的にFFである。ボディはセダン型のみで兄弟車種のような多彩なラインナップとは無縁であった。操作系に関しても、MTのみで生涯を通した。当初はATも投入する予定であったが、DTM参加によるレース車両開発が影響し断念した。
イタリア・ツーリングカー選手権やDTM、BTCCなどレース用車両としても使われ、1992年にはイタリア・ツーリングカー選手権を制覇し、1993年にはDTMを1994年にはBTCCを制している。

デザインは、内外装共にイタリアのデザイン会社I.DE.Aが担当した。イタリア・ツーリングカー選手権用に開発されボディ下半分の形状が異なるGTAはイタリアのデザイン会社シンテシス・デザインが担当した。

販売的には兄弟車種との差別化が不十分とみなされ、余りふるわなかった 。

日本の155[編集]

日本では1992年に発売。フィアット・テムプラランチア・デドラは輸入はされていたものの不人気で台数が出ていなかったため、十分個性的と受け止められ、他の国と異なり、日本での販売は良好であった。日本仕様車はオールアルミ製2リッター直列4気筒DOHC8バルブエンジンを搭載した2.0L ツインスパーク8Vと、デルタ・HF・インテグラーレのエンジン(2リッター + ターボ)と四輪駆動の駆動系を移植したQ4の2種類。1993年にABSを、1994年にはエアバッグとサイドインパクトバーが装備された。 尚、ヘッドライトは本来、プロジェクター式であるが、当初は運輸省の認可が下りず、1992年に販売された物にはハロゲン式が装着されていた。(1993年1月に認可が下り、その際にキャンペーンとしてプロジェクター式に換装された)

1995年に大幅なマイナーチェンジを受け、全車ワイドボディーとし、各グレードにラグジュアリー仕様のスーパーとスポーティ仕様のスポルティーバが設定された。(これに合わせ、それまでのボディーをナローボディーと呼ぶ) 同時に2.0L ツインスパーク8Vは、鋳鉄製のフィアット系モジュラーエンジンに伝統のツインスパーク仕様のシリンダーヘッドを搭載、マルチバルブ化した2.0L ツインスパーク16Vに変更された。 日本仕様車は2.0L ツインスパーク16Vスーパーとオールアルミ製2.5リッターV型6気筒のエンジンを搭載した2.5L V6スポルティーバ、及びワイドボディー化されたQ4の3車種となった。(Q4はその後、販売台数の減少に伴い、廃止となった)また、1996年には2.0L ツインスパーク16Vスーパーに変えて2.0L ツインスパーク16Vスポルティーバが導入された。 その他、限定車として1996年に250台限定のV6リミテッドバージョン(2.5L V6スポルティーバをベースにツェンダー社製エアロパーツ、レカロ社製シートを装備。ホイールを白色。ボディーカラーはアルファレッドのみ)、1998年にはさようならの意味を持つ最終限定車(それぞれのベース車にシリアルプレートを付けた物)としてV6-250台、ツインスパーク-500台が販売された。

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