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箒(下鴨神社・京都市左京区)

(ほうき)は、主に掃除清掃)に使用する道具の一つで、植物の枝や繊維などを束ねたものを棒の先につけたブラシまたは大型の状や刷毛状を呈し、それにより面やなどの塵やごみを掃くものである。大きさや材質には種々のものがある。

日本においては、魂を「掃き集める」ことや邪を「払う」ことなどと結びついた民間信仰などがみられる。

種類

箒の種類には、主に以下のようなものがある。形状としてみた場合、竹箒とホウキギを用いたものを除き、筆でいう平筆状である。日本以外では、用いられる材質が異なる場合があるが、基本的な構造などは同じである。日本の伝統的な形状のものは和箒(わぼうき)と一括して表現することもある。なお、呼び方は製作元・販売元、あるいは地域によって異なることがある(棕櫚箒を座敷箒の代名詞的に用いたりするなど)。

目的別

庭箒の一種
座敷箒(ざしきぼうき)
主に旧来からのによる座敷の清掃を目的としたものだが、畳でなくとも用いる。室内向け。
土間箒(どまぼうき)
下記のパームやシダを用いた屋外向けの箒(万年箒)をこのように言うことがある。庭箒の一種ともいえる。外箒や玄関箒ともいう。
庭箒(にわぼうき)
など屋外にて用いるもの。主に地面の上の落ち葉を集めるなどの目的のため、穂先の目の粗い竹箒が用いられる。広義では上の土間箒等も含む。
荒神箒(こうじんぼうき)
本来は(かまど)の周囲などの清掃に用いる小型のものだが、下記の手箒の代名詞的にも用いられる。荒神とは火神であり、かまど神である。そのため、荒神箒で他所を掃くのは忌み嫌われ、罰があたるなどのことも言われた。

形式別

手箒(てぼうき)
箒の柄が短いもの。または小型なもの。ハンド箒・小箒とも。下記の短柄の箒を手箒ということもある。
長箒(ながぼうき)
箒の柄が長いもの。主に立ったまま床などを掃けるような長さのもの。長柄と短柄のように区別することもある。長柄は左右両用の平筆状だが、短柄は形をしていることが多く、やや腰をかがめて用いなければいけないこともある。短柄は半柄ともいう。

材質(材料)別

草箒(くさぼうき)
狭義の草箒
ホウキギアカザ科)の植物体を乾燥させてそのまま、あるいは枝を束ねて庭箒などとして用いるもの。なお、ホウキギの実はとんぶりである。
広義の草箒
上記のホウキギを含め、いわゆる「」を利用したもの。座敷箒として広く用いられているものには、ほうき草ともいうホウキモロコシイネ科)の花穂を乾燥したものが用いられる。ホウキモロコシは秋口、ピンク色に変化する。アシイグサなども用いられる。本来の意味の荒神箒は、稲藁を束ねて作るものといい、これも草箒である。
竹箒(たけぼうき)
タケの枝を束ねたもの。孟宗竹や寒小竹などが用いられる。材質が固いため、主に庭箒として使われる。高箒(たかぼうき)とも慣用される。柄も竹である。竹枝箒ともいう。似たものに枝を密に束ねたササラ箒がある。
棕櫚箒・棕呂箒(しゅろぼうき)
シュロヤシ科)の幹の繊維(シュロ皮・鬼毛)を用いたもの。主に座敷箒・手箒として用いられる。鬼毛箒とも。地域によっては座敷箒の代名詞的に言われる。
万年箒・萬年箒(まんねんぼうき)
水に強く、耐久性に富むことから万年箒と呼ばれる。土間箒とほぼ同義。下記のもののほか、ポリプロピレンなどのプラスチック素材もよく用いられる。シュロを用いることもある。
パーム箒
タワシと同様、ヤシの実の繊維を用いたもの。手箒にもよく用いられる。ヤシの葉の葉脈を用いたものもある。
シダ
ヒタムファイバーと呼ばれる熱帯原産のニガシダ(苦シダ)の繊維を用いたもの。黒シダや赤シダなどのように品質が異なるものがある。万年シダ箒ということもある。一般に万年箒というと、このシダ箒を指す。

特殊なもの

自在箒(じざいぼうき)
ブラシ箒。穂先が付けられている部分が板状になっており、柄にネジで取り付けられているため、その向き(傾き)が自在に変わり、長柄の箒のように掃くことができる。和箒とは仕組みが異なるが、考案したのは日本人である。自由箒ともいう。ポリプロピレンやパーム、シダ、などの素材が用いられ、磨り減ったら交換できる。30・45・60センチの幅のものが主に用いられる。床に穂先を押し付けたまま滑らすように掃く。「ほうき型掃除機」などという場合の「ほうき」はこの箒である。なお、ブラシ部分が動かない押し箒というものもある。押し箒、自在箒とも、フロアブラシと呼ばれる。凹凸がある床面には適さない。

そのほか、手箒と表現するのがためらわれるような、机上専用の小さなブラシ状・刷毛状のものなども箒と称することがある。実際に刷毛や筆が清掃用途に転用される場合も見られる。小さなものは洋服ブラシとして使われることがある。天井専用の箒もある。

柄の材質はおおむね竹が用いられることが多いが、木の丸棒、金属パイプなども用いられる。とくに自在箒には伸縮式のものがあり、ヘッドをブラシではなくゴムスクイジーワイパー)に交換できるものもある。

用途が限定される特殊なものとして羽箒(はぼうき・はねぼうき)がある。製図やイラストの製作時、消しゴムのカスなどを払う際に用いる羽ぼうきのほか、茶道具としての羽箒がある。座箒(ざぼうき)や炉箒(ろぼうき)ともいい、インコオウムなどので作る。茶室にて炉から炭の灰が飛び散ったり、少々の茶がこぼれた際、それを払うのに用いる。香道にても用いる。羽箒のことを毛箒(けぼうき)ということもある。

ワラビの茎葉やシュロの葉を束ねて作る葉箒(はぼうき)というものもある。茶道において露地(茶室の庭)にかけられるもので、実際の掃除には用いられない。棕櫚箒や蕨箒(わらびぼうき)と呼ばれる。露地箒(ろじぼうき)と総称される。

伝統的な煤払いの際には、特別にそのための大型の箒がや藁などで新調され、役目が終わった箒はに流されたり小正月のときに燃やされたりする。この際の箒は、天井をはじめとした家屋の構造物、器物の掃除などにハタキのごとく用いられる。

箒の歴史

日本において現存する最古の箒は、古墳時代中期(5世紀後半)のものといわれる。しかしながら、それは小枝を束ねた「箒状のもの」であり、清掃用具として用いられたかどうかは定かではない。

「箒」の語は『古事記』中に「玉箒」や「帚持(ははきもち)」として登場する。ここでいう「玉」は人間の霊魂)のことを指す。「帚持」とは、葬列を組む際に箒を持って加わった人(またはその役目)のことを指す。すなわち、奈良時代における箒は、祭祀用の道具として用いられるなど宗教的な意味があったといえる。

平安時代には、掃き掃除の道具として使用されたことが記録に残っている。室町時代には箒売りという職業が登場するが、ここでいう箒は掃除用具としての箒であり、その需要が高まったことを示唆する。

このときの箒は庭箒や竹箒であるといい、また、庭箒の材質はシュロであったという。江戸末期からはホウキモロコシを用いたものが出てきたとされるが、長らく地域により好んで用いるものが異なっていた。第二次世界大戦ごろまでは、とくに京都以西における座敷箒の材質はシュロであり、ホウキモロコシを用いたものは関東箒、江戸箒、東京箒などと呼ばれた。江戸箒、東京箒などの語は現在でも用いられることがある。

いつごろから竹箒のような丸いものから、今の座敷箒のような平坦な形状になったのかはわかっていない。

現在では、電気掃除機の普及や畳部屋の減少により、屋内で使用されることは少なくなっている。さらに、各種アレルギーとの関連で、ほこりをたてる掃除の方法は推奨されなくなりつつある。座敷箒や庭箒は、浜松市にてその70%が生産されている。

使用方法など

手にもって床面や地面などを掃くほか、ハタキのように壁面や器物のホコリを払うことにも用いる。柄の長いものは両手で持つ。じゅうたんなどの掃除には適さない。平面のフローリング(板の間)には、箒というよりブラシといったほうがいい自在箒が適する場合がある。掃き集めたホコリ等は、塵取り(ちりとり)にて集め、廃棄する。室外にそのまま廃棄してかまわない場合は、掃き出し窓などから外に掃き出す。

畳を掃く際には、畳の目に沿った方向に掃くと、イグサの目に詰まったホコリをかき出しながら掃除ができる。湿った殻やちぎった新聞紙などを撒いてから掃くと、ほこりが立ちにくい。

箒の穂先が斜めになっていない(扇状になっていない)長柄の箒では、左右を相互に持ち替えて用いる。穂先の減りが均等になり、クセもつきにくい。

収納する際にはぶら下げるなどする。穂先を床につけたまま保管するとクセがつく。ホウキモロコシを用いたものは、クセがついた場合は霧吹き等で濡らし、垂直にぶら下げておく。手グシにてやや整えるとよい。

畳の床などで用いて磨り減ったら、やや固い穂先でもかまわない板の間に用い、さらに磨り減ったら玄関周りや土間に、さらには庭箒にするとよい。

自在箒や箒は一般的な掃除用具として学校の備品にされている。しかし、掃除用具として以外に即席遊具として使用されるケースも多く、一例を列挙すると、廊下などで生徒のホッケー遊びのラケット、チャンバラ野球遊びのバット、掌の上に逆さに立ててバランス感覚を競ったり、ギター風に構えて演奏の真似事など、多様なバリエーションが見られる。無論、どれも本来の用途ではない。

語源

「ほうき」は「ははき」の音が変化したものである。「ははき」は、古くは鳥の羽を用いたところから「羽掃き」の意とされる。

古い中国では、棒の先端に細かい枝葉などを束ねて取り付けたもの(箒の形にしたもの)を「帚(そう)」といい、酒をふりかけるなどして、廟(びょう)の中を祓い清めるのに使用した。この字に竹を冠したものが「箒」である。異体字として「草」を冠した「菷」の字もある。それを「手」にとって廟の中を祓い清めることを「掃」といい、「掃除」の語源となった。「婦」の字は「付」「服」などと同様に付き添うさまを表すといい、「帚」を持つ「女」だからといって、「掃除を担当する者が女である」との意ではないともいうが定かではない。

民間信仰等

菷は掃除の道具ではあるが、前述のように祭祀等にて用いられてきた神聖な道具でもあり、日本の庶民の間においても菷神(ははきがみ・ほうきがみ)という神が宿るとされた。

菷神は産神(うぶがみ)のひとつである。掃除の行為である「掃き出す」ということが出産と結びついたためといわれるが、古名である「ははき」が「母木」に通じるところからともいわれる。また箒の形が依代(よりしろ。神道において神事の際に一時的に神が宿るもの。たとえばの束)に似ているために信仰対象になったともいわれる。

妊婦の枕もとに立てて安産を祈ったり、産気づいたときに燈明を点けて妊婦に拝ませる、そしてその箒で妊婦の腹をなでるということも行われた。新品の菷で妊婦の腹をなでることが安産につながるとも信じられた。

このように、菷は神聖なものであるため、それを跨いだり踏みつけるなどのことを忌み、罰があたるなどと考える風習は各地に伝わっている。

菷を玄関などに逆さに立てかけると、長居の客を帰すことができるとのまじないも伝わる。これは「掃き出す」のほか、「払う」ことからきていると考えられる。逆さにするということは、前述の「帚持」のスタイルを想起させる。

煤払いのときに用いた菷の扱いも地方により異なる。翌年まで神棚に納めておく地域もあれば、使用後に屋外に立て、神酒(みき)などを備える地方もあった。

なお、高野箒(コウヤボウキ)というキク科の小低木があるが、これは高野山にて竹などがなかったため、この木の枝を用いて箒を作ったことからといわれる。玉箒(タマボウキ)の異名もあり、これは本種の枝を束ねて作った箒に玉飾りを付け、正月の最初の子の日に飾ったことから来たといわれる。この際の「玉」が前述の「魂」に通じているといい、魂を掃き寄せること、すなわち延命長寿の願いが込められているとされる。養蚕におけるカイコの繭の象徴とする見方もある。

日本以外

とくにヨーロッパにおいては、箒は魔女などの魔法使い達がそれに乗って飛行し、移動に使う道具であると信じられてきた。形状は日本の竹箒と同じであるが、竹製ではない。空想物語である「ハリー・ポッター」シリーズに出てくるクィディッチ用箒もその一つ。

アメリカ海軍では、新しい軍艦の試運転が問題なく終了する(スラングで「掃除が済む」と言う)と、巨大な箒をマストに掲げる。

スラヴ文化

ロシアの農村のしきたりでは、部屋を掃くとき、戸口から奥へ向かって掃く。「敷居へ向かって掃くな。福を家の中へ掃き集めよ」と言う。冬の夕べ、娘たちが集う娘宿では、戸口の敷居から聖なるコーナーへ向かって掃く。「敷居から掃け。求婚者を掃き集めよ」という諺もあるので、娘たちは求婚者を獲得するために自ら率先してこの仕事を引き受けたにちがいない。

ふだんの掃除と違うのは葬儀の後の掃除である。死者を家から運び出した直後にいつもとは逆に家の奥から戸口へ向けて掃き清め、集めた塵と使用した箒は、死者の魂が家に戻ってこないように、家からできるだけ離れた場所、または流水に捨てる。死者の魂がずっと墓にいるように、塵と箒を墓地へ持っていって捨てる地方もある。家の中に死者の遺体がある間や、家に重病人がいるときは家の中を掃くのはタブーとされている。塵といっしょに家の福運や病人の魂を掃き出すことになったらたいへんだからである。ポーランドウクライナでは、死者の魂は塵の中に隠れている、あるいは箒の中にひそんでいると言う。これらの伝承を見れば、塵とは単なるゴミではなく、そこにはこの家で暮らす人間の魂やこの家の福運が秘められていることがわかり、塵をけっして粗末に扱うことはできない。とくに妊婦はその扱いにじゅうぶん注意する必要がある。うっかりごみをまたいだり、ごみを敷居の外に掃きだしたりすると、おなかの子に影響すると考えられている。また、妊婦がお産をする風呂小屋の隅にお祈りして箒を立てかけておくと、箒が悪霊から守ってくれるともいう。

「ごみは家の外へ持ち出すものではない」とロシアの諺がいうように、掃き集めた塵は屋外には出さず、一時かまどの下や部屋の隅などにためておいて、後でかまどに入れて焼却した。とくに日没後はごみを捨ててはいけない。そんなことをすると家族の間でいさかいが起きるとか、病人が出るとかいう。それに、その家に悪意を抱いている人がそのごみを使って呪詛を掛ける可能性もある。

それとは逆に、家のごみが家族のお守りになることもあった。カルパチア山脈に住むウクライナ人は新年に菜園のごみを燃やして一年の福運を祈った。チェコの主婦はクリスマスの晩に敷居のそばにごみを置き、魔女から家を守った。ポレーシエ地方ではクリスマス週間にたまった塵を果樹の根元にまくと、塵の数だけ果実が実ると言われている。塵には人間に危害を加える虫や蛇、それに病魔や悪魔を追い払う呪力があるとも言い、春の一連の祭日に集めた塵を焼却したり、村はずれへ持っていって捨てたりした。これなどは日本の虫送りの行事を連想させる。ごみを隣の敷地にこっそり捨てると、ノミが隣家に移るという言い伝えもある。夜泣きをする赤ん坊の揺り籠の下にごみをいれておくと、夜泣きが治る。呪詛を掛けられて病気になった人を治療するには、家の四隅のごみを集めて燃やし、その煙を病人に浴びさせた。

このように、呪力を持つとみなされているごみは占いにも用いられた。娘は自分の結婚を占うために、自分で集めたごみを庭にばらまき、その上にひざまずいて空を見上げ、星がたくさん出ている方角を確認し、仲人がやってくる方角を知った。ごみを入れた壷を庭に運び出し、その上に腰掛けてどっちの方角から犬の吠える声が聞こえるかによって、花婿がやってくる方角を知る方法もある。

スラヴの民間信仰によれば、ごみには魔物を呼び寄せる力があるので、どこの家の庭にもあるごみの山には魔物や死者の霊が集まるのだという。モンテネグロでは魔女の集会が行なわれる三月一日にはどの家でも庭でごみを燃やした。この火で「魔女が焼け死ぬ」と信じられていた。

一般にロシアの農村では、家の中の掃き掃除は毎日午前中に済ませるべきで、午後になって部屋の掃除をするのは好ましくないとされている。午後の時間はゆったりとした気分で縫い物や機織などをする。

ロシア語で「箒」を意味する単語はいくつかある。屋内の床を掃いたり、衣服の塵を払ったり、風呂で蒸気を浴びたりするのに使うのをヴェーニクといい、庭箒をメトラー (ru:Метла)、炉箒をポメローという。ロシアの魔法昔話の中で、臼に乗ったヤガーばあさんが手に持って自分の足跡を消すのに使っているのはメトラーかポメローである。魔女や妖術師がまたがって空を飛ぶのに使うのはどの箒でもいい。ポメローは炉床に燃え残った炭や灰を掃き取るのに使う箒だが、日常の用途以外にもさまざまな儀礼の場で使われる。クリスマス週間の仮装では、毛皮のコートを裏返しに着て角と尻尾をつけ、手にポメローを持った若者が村の中を歩き回る。このポメローは邪を払う呪具である。

ヴェーニク (ru:Веник)
ヴェーニクの材料には乾燥しても葉が落ちにくい白樺の枝が使われる。スラヴ人の観念では、ヴェーニクは単なる掃除道具ではなく、呪力が宿るものとされ、全世界を包括する「生命の木」と結びついている。生の世界と死の世界のはざまで行なわれる種々の儀礼にヴェーニクが用いられるのはそのためだろう。
塵と同じくヴェーニクは両義的で、家族や家畜を悪霊から守り、福をもたらす一方、人間に危害を及ぼすこともある。スラヴ諸民族の間では、家や家畜小屋の戸口にヴェーニクを立てかけて、悪霊を追い払う習俗が広く知られている。庭の果樹をヴェーニクでたたくと、実りがよくなるという。これなどは日本の小正月に行なわれる成木責めに通じる。家畜をヴェーニクでたたくのは家畜を呪詛から守る手段である。妊婦や赤ん坊を悪霊から守るには、枕の下や枕元にヴェーニクを置く。火事のときは古いヴェーニクを手に持ち、燃えている家の周囲を回る。鶏小屋の周囲を三度掃き、メトラーを土に埋めると、鶏泥棒にはいられないともいう。泥棒はさらにその上をいき、死者の遺体を運び出した後で室内を掃くのに使った箒を手に入れ、泥棒にはいる家の周囲を三度回る。そうするだけでその家の人たちを「死の眠り」に就かせることができ、仕事ができる。
こうしてさまざまな役に立ってきたヴェーニクはたとえ古くなって使えなくなっても、無造作に捨ててはならない。ヴェーニクは家の精ドモヴォイがひそんでいる場所でもあるので、ドモヴォイまでいっしょに捨ててしまうことになるからだ。不要になったヴェーニクは人間や家畜が足を踏み入れない、人里離れた場所に捨てるか、川に流すのがいい。さもなければ、家の屋根の上に投げあげるか、祭りの日の焚き火で焼く。
ポメロー
炉箒のポメローもさまざまな悪霊から身を守るために使われる。復活祭前の木曜日には日の出前に衣服を脱いで裸になった主婦が炉箒にまたがって家の周囲を一周し、悪霊から家を守った。土地によっては、こうすると南京虫やゴキブリやノミが家に寄り付かないという。
特筆に価するのは、ポメローが疫病から家畜を守る手段としても使われたことである。夜中に村の女たちが白いシャツだけを身に着け、お下げ髪をほどき、犂を曳いて村の周りを一周する。そのとき、鎌や炉口の蓋や鍋などをたたいて騒々しい音を立てなければならない。ポメローはこの儀礼に欠かせない道具で、女たちは各自ポメローを手に持つか、あるいはだれか一人がポメローにまたがって村を一周した。この儀礼に参加できるのは女だけで、男は参加できなかった。ニージニー・ノヴゴロド県では引越しをするとき、家の精ドモヴォイをポメローに乗せて新居に移した。ドモヴォイはかまどの火と関係が深く、かまどの陰にひそんでいることが多いので、この精霊の乗り物として炉箒が使われるのは自然である。

菷の付く語

  • 形が似ていることから、彗星のことを「箒星(ははきぼし・ほうきぼし)」という。そもそも「彗」は古代中国における箒(帚)のことであった。
  • 遊郭などが多い遊里にて次々に芸妓と関係することや、そのようなことをする男を「菷客」という。浮気者の意にても用いられる。
  • 香辛料としても用いるバジリコは目菷(めぼうき)の和名がある。
  • 古典文学などにおいて、「箒木の(ははきぎの)」は「母」にかかる枕詞となっている(または母のことを指す)。「ははきぎ」は「ホウキギ」の古語であるともいわれるが、箒のように枝が広がったヒノキの老木を指していうこともあった。源氏物語の「箒木の巻」でいう箒木は後者である。

関連項目

外部リンク