懲役

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懲役(ちょうえき)とは自由刑のひとつであり、受刑者を刑事施設に拘置して所定の作業を行わせる刑罰のことである(日本刑法12条2項を参照)。

日本においては自由刑として他に禁錮拘留が存在する。

懲役の目的

懲役刑の特色としては、以下の目的が挙げられる。

隔離
犯罪者を一定期間社会から隔離することにより社会の安寧を図る。また犯罪者を被害者による報復や社会の疎外から保護する。
抑止
長期間自由を奪うペナルティーを科すことにより、犯罪を割に合わないものとする。
矯正
強制労働という苦痛を与えることによって再犯防止を図るとともに、生活習慣などの健全化や職業訓練ともなるため社会復帰に役立っている。

日本の懲役

日本の現行刑法では、懲役は刑の満期がある有期懲役と、刑の満期が存在しない無期懲役に分類され、有期懲役は原則として1ヶ月以上20年以下の期間が指定される(同法12条1項)。ただし、併合罪などにより刑を加重する場合には最長30年まで、減軽する場合は1ヶ月未満の期間を指定することができる(同法14条2項)。

したがって、ある条文において「2年以上の有期懲役に処する」と刑の短期のみが規定されている場合には、裁判所は、原則として「2年以上20年以下」(加重した場合や死刑・無期懲役を減軽した場合には30年以下)の範囲内で量刑を行うこととなる[1]

懲役刑の内容

懲役には炊事・洗濯など刑務所運営のための作業である経理作業と、財団法人矯正協会が国に材料を提供し靴・家具などを製作させたり、民間企業と刑務作業契約をして民間企業の製品を製作させたりする生産作業の2種類がある。

法律上、刑期の3分の1を経過することが仮釈放の期間的な条件となっており(刑法28条)、最短ではその期間の経過後に出所することもあり得るものとされているが、近年においては、刑期の長短にかかわらず、実際には受刑態度が良好な場合であっても、刑期の7割以上経過した後でなければ、仮釈放が認められない事例が多い[2]

なお、2007年度(平成19年度)の犯罪白書によれば、2006年(平成18年)に刑務所から出所した者の内、仮釈放を許された者は52.6%、仮釈放を許されず満期まで服役した者は47.4%である[3]

懲役の問題点

生産作業の中でも民間企業の製品を製作させる行為はILO条約が禁止する強制労働に当たるとの批判がある[4]。ILO条約である「強制労働に関する条約」第4条[5]では、権限ある機関が私人、会社、団体の利益のために強制労働を課したり、課すことを許可することを禁止したりしていることを理由とする。

諸外国では、民間企業の製品を製作させる行為は労働者の雇用を奪い、一般向けに製品を製作させる行為は民業圧迫になるとも考えられており、刑務作業で製作された製品は官庁向けに限定している国もある[6]

また、作業報奨金は作業を行った受刑者に対して、釈放の際にその時における報奨金計算額に相当する金額の作業報奨金を支給するものとされている。労働の対価とは考えられておらず、2008年度では1人当たり月平均約4200円となっている[7]。これは刑罰の内容として労働については対価という概念を想定し得ないことによるが、作業報奨金は出所直後の生活基盤となる資金でもあることから、矯正効果の向上や再犯防止の観点から増額を期待する意見もある。

刑務作業は景気の変動に左右されやすく、不況になると民間企業からの受注が減り、作業を満足に実施できないことがある[8]。また、2003年平成15年)には高松刑務所で中国製の手袋を受刑者ラベルを張り替えさせて日本製と偽るという不祥事[9]も発覚している。

短期の懲役刑(6ヶ月程度)では、受刑者に施設内処遇者というレッテルを貼られることによるデメリットが、懲役期間中の教育効果を上回るのではないかともいわれており、出所後の再犯率が高いことから教育刑としての効果が認められないのではないかとの指摘もある。

元刑務官の坂本敏夫は 1965年ころ、受刑者が一般の工場で働く構外作業が廃止されたことを例に挙げ、責任回避のために事故を起こさないことが刑務官の目標となり、受刑者は技術を身につけることができず、社会復帰ができなくなったと指摘している[10]

無期懲役

概念

無期刑」とは、刑期に「期」限が「無」いこと[11]、刑期の終わりが無い、つまり刑期が一生涯にわたること(受刑者が死亡するまでその刑を科すということ)を意味し[12][13][14]、有期懲役より重い刑罰であり、死刑に次ぐものとされており、英語では「Life(一生涯の) imprisonment(拘禁)」との語が充てられている[15]。これは刑期、あるいは刑期の上限をあらかじめ定めない絶対的不定期刑とは異なり、不定期刑では刑がいつかは終了することが想定されているのに対し、無期刑では刑が終了することは想定されていない。 ただし、現在の刑法28条では無期刑の受刑者にも仮釈放(刑期の途中において一定の条件下で釈放する制度)によって社会に復帰できる可能性を認めており[16]、同法の規定上10年を経過すればその可能性が認められる点で、現行法制度に存在する無期刑は、仮釈放による社会復帰の可能性が無い終身刑(絶対的無期刑)とは異なる。

仮釈放中の処遇

日本では、仮釈放中の者は残りの刑の期間について保護観察に付される残刑期間主義が採られており、無期懲役の受刑者は、残りの刑期も無期であるから、仮釈放が認められた場合でも、恩赦などの措置がない限り、一生涯観察処分となり、定められた遵守事項[17]を守らなかったり、犯罪を犯したりした場合には、仮釈放が取り消されて刑務所に戻されることとなる[18]。なお、法律上は仮釈放の再申請は可能だが、再犯者については恩赦等を除いて原則としてどのような事由でも申請そのものが却下されるので、実質的にその一生を刑務所の中で終えることになるし、殺人等の重犯罪者になれば無期懲役よりも重い死刑の判決が言い渡される場合も多い(仮釈放中の時点で無期懲役なので事実上死刑以外の選択肢がなくなるためという説もある)。ただし、少年のときに無期懲役の言渡しを受けた者[19]については、仮釈放を許された後、それが取り消されることなく無事に10年を経過すれば、少年法59条の規定により刑は終了したものとされる考試期間主義が採られている。

仮釈放の運用状況

無期刑仮釈放者における刑事施設在所期間について、従前においては、十数年で仮釈放を許可された例が少なからず(特に1980年代までは相当数)存在したが、1990年代に入ったころから次第に運用状況に変化が見られた。

2003年以降では、仮釈放を許可され出所した者全員が20年を超える期間刑事施設に在所しており、それに伴って、仮釈放を許可された者における在所期間の平均も、1980年代までは15年-18年であったものの、1990年代から20年、23年と次第に伸長していき、2004年以降では、現在までのところ一貫して25年を超えるものとなっている[20]

仮釈放の許可基準

仮釈放が許可されるための条件については、刑法28条が「懲役又は禁錮に処せられた者に改悛の状があるときは、有期刑についてはその刑期の三分の一を、無期刑については十年を経過した後、行政官庁の処分によって仮に釈放することができる。」と規定しているが、「改悛の状があるとき」は必ず仮釈放しなければならないものではなく、行政官庁の裁量となっている。更生保護法は刑法28条の規定を受けて、更生保護法39条「刑法第二十八条 の規定による仮釈放を許す処分及び同法第三十条 の規定による仮出場を許す処分は、地方委員会(地方更生保護委員会)の決定をもってするものとする。」と定めてはいるが、許可の基準は示していない。法務省令である「犯罪をした者及び非行のある少年に対する社会内における処遇に関する規則」28条は「法第三十九条第一項 に規定する仮釈放を許す処分は、懲役又は禁錮の刑の執行のため刑事施設又は少年院に収容されている者について、悔悟の情及び改善更生の意欲があり、再び犯罪をするおそれがなく、かつ、保護観察に付することが改善更生のために相当であると認めるときにするものとする。ただし、社会の感情がこれを是認すると認められないときは、この限りでない。」と定めており、これが仮釈放の許可基準とされている。

しかし、更生保護法39条は法務省令への許可基準の委任規定を置いておらず、更生保護法99条に「この法律に定めるもののほか、この法律を実施するため必要な事項は、法務省令で定める。」という一般規定はあるものの、「犯罪をした者及び非行のある少年に対する社会内における処遇に関する規則」28条の法的有効性には、地方更生保護委員会の裁量を大きく制限するものであるだけに、疑問が残る。このため、法務省令の許可基準に該当するのに地方更生保護委員会が仮釈放を許可しなかった場合、逆に法務省令の許可基準に該当しないのに仮釈放を許可した場合、その処分が違法かは疑問が残るところである。

なお、仮釈放の許可の「審理」を開始させる要件の一つである刑事施設の長の申出の基準については、更生保護法34条に「刑事施設の長又は少年院の長は、懲役又は禁錮の刑の執行のため収容している者について、前条の期間が経過し、かつ、法務省令で定める基準に該当すると認めるときは、地方委員会に対し、仮釈放を許すべき旨の申出をしなければならない。 」と定められており、この法務省令への委任規定を受け「犯罪をした者及び非行のある少年に対する社会内における処遇に関する規則」12条で引用される同規則28条が「仮釈放許可の審理の申出の基準」となっている。

更生保護法の施行以前は「仮釈放、仮出場及び仮退院並びに保護観察等に関する規則」32条が同様の規定を置いていたが、そこでは、悔悟の情及び改善更生の意欲、再び犯罪をするおそれ、相当性、社会の感情の4つを「総合的に判断」するものとされていた。

また、「犯罪をした者及び非行のある少年に対する社会内における処遇に関する規則」18条では「仮釈放の審理にあたっては、犯罪又は非行の内容、動機及び原因並びにこれらについての審理対象者の認識及び心情、共犯者の状況、被害者等の状況、審理対象者の性格、経歴、心身の状況、家庭環境及び交友関係、矯正施設における処遇の経過及び審理対象者の生活態度、帰住予定地の生活環境、審理対象者に係る引受人の状況、釈放後の生活の計画、その他審理のために必要な事項」をそれぞれ調査すべき旨が規定されている。 ここで審理における調査事項のひとつされている「被害者等の状況」については、従来は必ずしも十分な調査が行なわれておらず、被害者側に意見表明の権利もない状況にあった。しかし、被害者保護の社会的要請(国民世論)の高まりを受け、2005年の更生保護法の成立を契機に、被害者が希望すれば仮釈放の審理の際に被害者側が口頭や書面で意見を述べることが可能となり、2009年度からは被害者側が拒否しない限りにおいて必要的に調査を行なう方針が取られるようになった。

仮釈放の判断過程

仮釈放は法務省管轄の地方更生保護委員会の審理によってなされ、そこで「許可相当」と判断された場合にはじめて実際の受刑者の仮釈放が行なわれるものであって、すべての受刑者に仮釈放の可能性はあっても、将来的な仮釈放が保証されているというわけではない。 このため、本人の諸状況から、仮釈放が認められず、30年を超える期間刑事施設に在所し続けている受刑者や刑務所内で死を迎える受刑者も存在しており、2009年4月1日現在では刑事施設在所期間が30年以上となる者は80人、また1999年から2008年までの刑事施設内死亡者(いわゆる獄死者)は121人となっている[21]。1985年の時点では刑事施設在所期間が30年以上の者は7人であったため[22]、このことから、当時と比較して仮釈放可否の判断が慎重なものとなっていることがうかがえる。

風説

前述のように、現在の制度上、無期刑に処せられた者も、最短で10年を経過すれば仮釈放を許可することができる規定になっており、この規定と、過去において10数年で仮釈放を許可されたケースが実際に相当数存在していたこと、また仮釈放の運用状況が1990年代から次第に変化したものの最近になるまであまり公にされてこなかったことから、無期刑に処された者でも、10年や10数年、または20年程度の服役ののちに仮釈放されることが通常であるといった風説が1990年代から2000年代において広まりを見せていった。しかし、このとき既に仮釈放の判断状況や許可者の在所期間などの運用は変化を示しており、そうした風説と現実の運用状況との乖離が高まったため、法務省は、2008年12月以降、無期刑受刑者の仮釈放の運用状況等について情報を公開するようになった[23]。また、同時に運用・審理の透明性の観点から、検察官の意見照会を義務化[24]、複数の委員による面接[25]、刑執行開始後30年を経過した時点において必要的に仮釈放審理の実施[26]、および前述の被害者意見聴取の義務化という4つの方針が採られることとなった[27][28]

ただ、その一方で、近年、無期刑受刑者における仮釈放について、困難性を強調しすぎる風説も見受けられる。たとえば、「千数百人の無期刑受刑者が存在するにもかかわらず、近年における仮釈放は年間数人であるから、仮釈放率は0%台であり、ほとんどの受刑者にとって仮釈放は絶望的である」「2005年の刑法改正で、有期刑の上限が20年から30年となったため、無期刑受刑者は仮釈放になるとしても30年以上の服役が必定である」といったものがそれである。[要出典]

たしかに、2008年末時点において、1711人の無期刑受刑者が刑事施設に在所しており、同年における仮釈放者は4人であったが[29]、近年無期刑の判決を受ける者自体が増加しており、そのため、その約56%にあたる911人は仮釈放が可能となる10年を経過していない者であり、これに現実に仮釈放の対象になりにくい20年を経過していない者を加えると全体の約77%にあたるため、これらの者(特に10年を経過していない者)を対象に加えるのは計算手法的に問題があり、また死亡や新規確定、年数経過による入れ替わりはあるものの、ある受刑者がその年に仮釈放とならなくても、その受刑者が生存する限りにおいて連続的に、仮釈放となる可能性は存し続けるため、単純な計算手法によって算定できる性質のものではないことを留意しなければならない。

また、刑法改正によって有期刑の上限が30年に引き上げられたといえども、仮釈放は無期刑・有期刑の区別にかかわらず存在しているため、現制度における懲役30年も絶対的な懲役30年ではなく、前述の規則28条の基準に適合すれば、30年の刑期満了以前に釈放することが可能であり、刑法の規定上はその3分の1にあたる10年を経過すれば仮釈放の可能性があることを留意しなければならない。仮に、重い刑の者は軽い刑の者より早く仮釈放になってはならないという論法を採れば、30年の有期刑は、29年の有期刑より重い刑であるから、29年未満で仮釈放になってはならないということになり、その場合、仮釈放制度そのものの適用が否定されてしまうからである。無期懲役と懲役30年の受刑者において、両者とも仮釈放が相当と認められる状況に至らなければ、前者は本人が死亡するまで、後者は30年刑事施設に収監されることになり、片方が矯正教育の結果仮釈放相当と判断され、もう片方はその状況に至らなければ、片方は相当と判断された時点において仮釈放され、もう片方は刑期が続く限り収監されることになるし、両者とも顕著な矯正教育の成果を早期に示せば、理論的にはともに10年で仮釈放が許可されることもありうるのであり、矯正教育の成果や経緯において場合によっては刑事施設の在所期間が逆転しうることは仮釈放制度の本旨に照らしてやむをえない面もある[30][31]もっとも、有期刑の受刑者については、過去では長期刑の者を中心として、刑期の6-8割あるいはそれ未満で仮釈放を許可された事例も相当数存在していたが、近年においては多くが刑期の8割以上の服役を経て仮釈放を許可されており[32]、このことからも、当該状況の継続を前提とすれば、将来において、無期刑受刑者に対して過去のような仮釈放運用は行い難いという間接的影響は認められるが、それ以上の影響を有期刑の引き上げに根拠づけることは理論的に不十分といえる。

仮釈放のない無期懲役(終身刑)の導入

議論と主張

無期懲役で服役し、その仮釈放中に強盗殺人や殺人、強盗傷害といった重大な犯罪に及ぶ事例があることや、現行刑法制度では、無期刑といえども仮釈放による出所の可能性が認められているため、その運用の如何にかかわらず、再犯の可能性自体を否定できないこと、さらにはその生命をもって罪を購う死刑に対して、社会復帰の可能性の有無という点でもギャップがあるということから、仮釈放制度のない無期懲役刑の導入の是非が議論されている。 終身刑と呼ばれているものがそれにあたり、死刑に並存させて導入すべきという主張、死刑を廃止した上で導入すべきという主張がある[33]

この制度のメリットとしては、再犯防止という特別予防効果を保証できること、刑事施設において生涯罪を償うことが保証されていること、デメリットとしては、出所の可能性がある場合と比較して、受刑者が自暴自棄になり人格が崩壊しやすくなるおそれがあること、受刑者が従順さを失い強圧的になり管理が困難になることが一般的に挙げられているほか、個人の刑罰観に応じて様々な主張が存在する。

この制度をめぐっては、前述のような効果を重視する立場の者から支持する意見が表明されている一方、死刑廃止派の一部から死刑と同様に人道上問題が大きいという意見が表明されているほか、死刑存置派の一部からも、「人を一生牢獄につなぐ刑は死刑よりも残虐な刑である」といった意見[34]や刑務所の秩序維持や収容費用といった面からその現実性を疑問視する意見[35]が表明されている。 一方で、受刑者が自暴自棄になり人格が崩壊されるという主張について、それは程度はともあれ、仮釈放の可能性がある現行制度下における無期刑や30年の有期刑においても起こる可能性があり、終身刑の場合のみこの点を殊更強調することは必ずしも適切ではないという見方もある。

風説

ただ、議論の中で前提的な面における誤りも見受けられ、その例としては、海外では終身刑が一般的な制度であるという認識がまず挙げられている。

前述のように、無期刑とは、刑期が一生涯にわたり、受刑者が死亡するまで刑事施設に拘禁するというものであり、英語では「Life(一生涯の) imprisonment(拘禁)」との語が充てられるが、「一生涯にわたって拘禁する」というのは、あくまでその刑のそもそもの性質(名目)であり、刑法に仮釈放の規定が存在しなければ実際に一生涯拘禁されるが、仮釈放の規定があれば実際に一生涯拘禁されるとは限らないため、日本の現在の刑法制度における無期刑は本当の意味で受刑者を一生涯拘禁するものとはいえない。そこで、日本語では、これまで本当の意味で受刑者を一生涯拘禁するものを終身刑・絶対的無期刑などと表現し区別を図ってきたが、英語では一般的に「Life imprisonment without parole」(LWOP)との表現によって区別が図られている[36]。すると、日本語の「終身刑」を英語にすれば「Life imprisonment without parole」が充てがわれるべきであるが、多くの日本人は、これまで「Life imprisonment」を直訳的に「終身刑」と翻訳してきたため[37]、それが伝え広げられ、海外(特にヨーロッパ語圏)では、終身刑が一般的に採用されているとの風説が広まることにつながった[38]。また、そのような中で、「Life imprisonment without parole」を直訳的に「仮釈放のない終身刑」と翻訳することと、海外の仮釈放などの情報を容易に取得できるようになった情報網の発達が相まって、海外には「仮釈放のある終身刑」というものが存在するといった言説も拡大し、概念的な混乱は一段と広がることになった。近年時折使用されるようになった相対的終身刑・絶対的終身刑といった表現は、その派生である。

しかし、現実に海外の刑法典や仮釈放法典を見れば、仮釈放資格を得るまでの期間は日本より長い場合が多いものの、比較的多数の国において、すべての無期刑受刑者において仮釈放の可能性が認められており[39]、たとえば、大韓民国刑法72条1項[40]は10年、ドイツ刑法57条a[41]、オーストリア刑法46条5項[42]は15年、フランス刑法132-23条[43]は18年[44]、ルーマニア刑法55条1項[45]は20年、ポーランド刑法78条3項[46]、ロシア刑法79条5項[47]、カナダ刑法745条1項[48][49]、台湾刑法77条[50]は25年、イタリア刑法176条[51]は26年の経過によってそれぞれ仮釈放の可能性を認めている。一方で、中国や米国、オランダ等においては終身刑制度が現に存在している[52]。これら諸外国の状況について、法務省は国会答弁や比較法資料において、「諸外国を見ると(絶対的でない相対的な)無期刑の例が多く、終身刑(絶対的な無期刑)を採用している国は比較的少数にとどまっている」とかねてからしばし説明してきたが[53]、この事実は現在でもあまり周知されていない状況にある。 とはいえ、海外の例は議論における絶対的事情ではなくひとつの事情であって、このことが日本における終身刑の価値判断に直結するわけでもない。

展望

結局は、さまざまな論点について、緻密な検証と正確な認識の下で、国民世論や現場の意見にも注意を払いながら、多角的かつ十分な議論を行なった上で、社会的に妥当な刑罰政策を展開していくことが求められる。

特記事項

なお、懲役刑の執行を法律上管理し、仮釈放の運用にあたり意見を述べる立場にある検察庁は、特定の無期懲役案件に関して、仮釈放の申請がなされた場合、安易に同意しないための通達(いわゆるマル特無期)[54]を行っているものとされている。

執行猶予

原則として、3年以下の懲役刑を言い渡す場合においては、情状によって、その刑の執行を猶予することができる(執行猶予)。

そこで、しばしば実刑判決を必ずさせるための立法技術として、懲役刑の短期を5年ないし7年に設定する場合がある。特に、短期を7年とすると、法律上の減軽の適用が無い通常の事例において、酌量減軽(刑法66条)を適用しても短期が3年6月となるため、執行猶予を法律上適用することができなくなる。

短期を7年とした犯罪としては、強盗強姦罪がある(かつては、強盗致傷罪もそうであったが、酷であるとして刑法改正により短期が6年に引き下げられ、酌量減軽による執行猶予の余地を認めた)。

刑務所で製作された製品

刑務所において製作された製品は、「キャピック展」(「矯正展」とも呼ばれる)において展示即売がなされる(キャピックとは、「矯正協会刑務作業協力事業」―Correctional Association Prison Industry Co-operationの略である)。

脚注

  1. ^ 2005年(平成17年)1月1日の改正刑法の施行前は、有期懲役は原則として1ヶ月以上15年以下、刑を加重する場合においては最長20年までと定められていた。
  2. ^ 110号までの矯正統計年報による。
  3. ^ 出所受刑者数・仮出獄率の推移法務省
  4. ^ 井口克彦日本の刑務作業は「強制労働」か?」『CPR News Letter』第8巻、監獄人権センター、1996年2月、2009年3月2日閲覧 
  5. ^ 強制労働ニ関スル条約(第29号)”. 国際労働基準 - ILO条約・勧告. ILO駐日事務所 (2005年7月25日). 2009年3月2日閲覧。
  6. ^ 荒木伸怡 (2004年6月24日). “施設内処遇 - その2”. サイバーラーニング. 立教大学. 2009年3月2日閲覧。
  7. ^ 刑務作業のあらまし 矯正局
  8. ^ 石川淳一 (2009年2月28日). “刑務作業:企業の発注、相次ぐ解約 不況余波、刑務所にも”. 毎日新聞. http://mainichi.jp/select/wadai/news/20090228k0000e040035000c.html?link_id=RSH04 2009年2月28日閲覧。 
  9. ^ 高松刑務所で中国製手袋を日本製に四国新聞、2003年7月30日。
  10. ^ 森達也『死刑 人は人を殺せる。でも人は、人を救いたいとも思う』(初版)朝日出版社(原著2008年1月20日)、p. 218頁。ISBN 9784255004129 
  11. ^ 「無期」「無期限」という言葉には「期限が不確定である」という意味と、「期限が無く永続的に続く」との2つの意味がある。一般的に、無期謹慎・無期限活動中止といった言葉では期限が不確定なさまを表すが、無期懲役・無期公債・無期限在留カードといった言葉においては永続的に続くさまを表す。「大言海」を参照。
  12. ^ 無期刑及び仮釈放制度の概要について
  13. ^ 「条解刑法」弘文堂(第2版、2007年12月)p.27。ISBN 978-4-335-35409-0。清原博「裁判員 選ばれる前にこの1冊」自由国民社(初版、2008年12月4日)p.153。ISBN 978-4-426-10583-9。司法協会「刑法概説」(第7版)p.155。
  14. ^ 大辞泉「無期懲役
  15. ^ 平成21年3月改訂版法令用語日英標準対訳辞書」p.282
  16. ^ 同条は、「懲役又は禁錮に処せられた者に改悛の状があるときは、有期刑についてはその刑期の3分の1を、無期刑については10年を経過した後、行政官庁の処分によって仮に釈放することができる」と規定しており、この文面が示すとおり、仮釈放は義務的なものではなく、可能性にとどまるものであって、制度上将来的な仮釈放が前提として保証されているわけではなく、また「10年」「3分の1」とは最短の場合を表すものである。
  17. ^ 仮釈放の際の遵守事項には、各対象者に共通する一般遵守事項(更生保護法51条)と個別に定められる特別遵守事項(更生保護法52条)とがある。
  18. ^ 無期懲役の仮釈放が取り消されるのであるから、もちろん無期懲役の受刑者として刑務所に戻されることとなる。なお、刑法28条所定の期間は初度の仮釈放の条件と解されており、仮釈放の取り消しによって収監されている無期懲役受刑者は、再収監の時点で刑事施設の通算在所期間が既に10年以上となっているため、(仮釈放の取り消しに加えて新たな刑を受けている場合を除いて)法務省令所定の仮釈放の許可基準に適合すれば、理論上はいつでも再度の仮釈放が可能である。110号までの矯正統計年報と森下忠「刑事政策大綱 新版第2版」(成文堂、1996年7月)。ISBN 4-7923-1411-9を参照。
  19. ^ 同条はその対象を「罪を犯すとき」ではなく「少年のとき」と規定しており、このことから、犯時ではなく判時が基準となり、判時に成人に達している場合は対象外となる。「注釈少年法 第3版」(有斐閣、2009年06月)。ISBN 978-4-641-04259-9
  20. ^ 110号までの矯正統計年報と法務省保護局の資料による。具体的には、2004年は25年10月、2005年は27年2月、2006年は25年1月、2007年は31年10月、2008年は28年7月、2009年は30年2月であった。
  21. ^ 法務省保護局の資料による。
  22. ^ 1985年5月31日付中日新聞社会面による。
  23. ^ 無期刑受刑者の仮釈放の運用状況等について
  24. ^ 法務省保護局の資料によると、1999年から2008年までの無期刑受刑者の仮釈放審理件数91件に対し、検察官の意見照会がなされた事例は83件であり、必ずしもすべてのケースにおいて検察官の意見照会がなされていたわけではなかった。
  25. ^ 法務省保護局の資料によると、1999年から2008年までの無期刑受刑者の仮釈放審理件数91件に対し、複数委員による面接が行なわれたのは4件にとどまり、1人の委員による面接が通常であった。
  26. ^ 従前から、仮釈放の申出は刑事施設の長の申出のほかに、申出によらない地方更生保護委員会の独自権限の行使によってもできるものとなっていたが、実際は刑事施設の長の申出のみによって審理が行なわれていた。それゆえ、申請が刑事施設側の恣意に委ねられていた面があり、審理の機会の保証という面に欠けていたとされる。[要出典]
  27. ^ 無期刑受刑者の仮釈放審理に関する事務の運用について(法務省保護観第134号)」
  28. ^ なお、有期刑の受刑者の仮釈放審理にあたっては、このような事務の運用に関する通達がなされていないため、単独の委員による面接で仮釈放を許可することもできるし、被害者や検察官への意見照会を行なわず仮釈放を許可することもできる。
  29. ^ 法務省保護局の資料および110矯正統計年報による。
  30. ^ それを認めない場合、仮釈放制度をともに廃止するか、無期刑受刑者を仮釈放できるまでの期間を30年に引き上げるかの選択となる。ここで後者を選択する場合、無期刑と30年の有期刑で仮釈放を許可できる最短期間に20年の差異が生じ、仮にこの差異を解消しようとすると、「3分の1」という有期刑の仮釈放の条件を引き上げることが考えられるが、その場合短期の刑を含む有期刑全体の整合性を考慮する必要が生じ、議論はもはや無期刑だけの問題にとどまらなくなり、刑事拘禁政策全体の議論となる[要出典]
  31. ^ なお、有期刑の上限引き上げの立法趣旨については、近年の犯罪情勢や国民感情の変化や平均寿命の延びなどを踏まえ、適切な刑を科すことができるようにするために必要であるという説明に加え、有期刑と無期刑との間で、仮釈放の資格が得られるまでの期間に連続性を持たせることにも配慮したとの説明がなされている(第161回国会 法務委員会第5号)。
  32. ^ 110号までの矯正統計年報による。
  33. ^ これに関連した動向としては、2003年に「死刑廃止を推進する議員連盟」によって、終身刑として仮釈放のない重無期懲役刑および重無期禁錮刑を導入するとともに、死刑の執行を一定期間停止し、衆参両院に死刑制度調査会を設けることを趣旨とする「重無期刑の創設及び死刑制度調査会の設置等に関する法律案」が発表され、国会提出に向けた準備がなされたが、提出が断念された。しかし、2008年4月には同議連によって、再度「重無期刑の創設および死刑評決全員一致法案」が発表され、同5月には、同議連と死刑存続の立場から終身刑の創設を目指す者とが共同して超党派の議員連盟「量刑制度を考える会」を立ち上げ、終身刑の創設に向けた準備を進めたが、現在では活動が休息している。[要出典]
  34. ^ 朝日新聞2008年6月5日掲載の保岡興治元法務大臣の発言。他にも、たとえば、朝日新聞2008年6月8日の『耕論』の中で元刑務官で作家の坂本敏夫が「(終身刑の受刑者は)仮釈放の希望もなく死を待つだけの存在。彼らの処遇は死刑囚並に難しく、刑務官の増員がなければ対応は困難」と主張し、終身刑は精神面からも対応困難な受刑者を増やすだけとしている。
  35. ^ 前述の坂本の記事によれば、国家が負担する受刑者一人当たりの年間予算は50万円であり、高齢化すれば嵩んでくる終身刑受刑者の医療費も、また死後の埋葬料も全額国家負担の必要が生じるなどに関して、具体的な議論が必要であるとしている。また、河上和雄毎日新聞の論説において「(死刑廃止に伴う)絶対的無期刑は、脱獄の為(ため)に人を殺しても死刑にならないから、刑務官を殺す可能性もある」と主張している。
  36. ^ 仏語圏では「Reclusion criminelle a perpetuite」に対し「Reclusion criminelle a perpetuite reelle」と表記して区別が図られる。オランダでは有期刑の受刑者にしか仮釈放の可能性が認められていないため、「Life imprisonment」は実際上の意味を持つため国内では特に区別されないが、議論の際などにおいては区別される。[要出典]
  37. ^ もっとも、そのような翻訳は報道機関や十分な概念理解を有しないものによってなされており、法務省刑事局「法律用語対訳集-英語編」p.179、ベルンド・ゲッツェ「和独法律用語辞典」成文堂(2007年10月)p.379。ISBN 978-4-7923-9166-9 、直野敦「ルーマニア語分類単語集」大学書林 (1986年08月) p.144、山口俊夫編「フランス法辞典」東京大学出版会(2002年3月)p.715。ISBN 978-4-13-031172-4、法務省刑事局外国法令研究会「法律用語対訳集-フランス語編」p.190、稲子恒夫「政治法律ロシア語辞典」ナウカ出版(1992年2月20日)p.302。ISBN 9784888460279、などにおいてはいずれも「無期懲役」「無期刑」「無期拘禁」「無期自由刑」と訳されている。最高裁判所発行の「法廷通訳ハンドブック 」でも同様であり、たとえば米国人が日本の裁判所で無期懲役の判決を受ける場合、通訳から「Life imprisonment」と告げられる。
  38. ^ ヨーロッパ語圏では、英語の「Life」にあたる語が用いられている。[要出典]
  39. ^ ただし、これはあくまで可能性であり、制度上将来的な仮釈放が前提として保証されているわけではない。[要出典]
  40. ^ 大韓民国刑法典」(韓国語)
  41. ^ ドイツ刑法典」(ドイツ語)
  42. ^ オーストリア刑法典」(ドイツ語)
  43. ^ 法務大臣官房司法法制調査部 「フランス新刑法典」法曹会(1995年)
  44. ^ ただし、特別の判決により22年まで延長することができる(同条但書)。また、15歳未満の者を殺害し、その前後または最中に強姦等の野蛮行為を行った者に限っては特別の判決をもってこれを最大30年まで延長でき、また仮釈放を認めない旨の決定もできるという特例がある(221-3条但書、221-4条但書)。ただし、後者の場合でも30年を経過した時点で裁判所組織の頂点に位置する破棄院に医学の専門家による鑑定を申請し、この決定を取消すことができる(フランス刑訴法720条)。
  45. ^ ルーマニア刑法典」(英語)
  46. ^ A・Jシュヴァルツ著/西原春夫監訳「ポーランドの刑法とスポーツ法」成文堂(2000年5月)。ISBN 978-4-7923-1525-2
  47. ^ ロシア刑法典」(英語)
  48. ^ カナダ刑法典」(フランス語)
  49. ^ ただし第1級殺人および再度の第2級殺人の場合である。第2級殺人の場合は、仮釈放申請の資格を得る期間を裁判所が10年から25年の範囲内において決定するものとされている。[要出典]
  50. ^ 台湾刑法典」(台湾語)
  51. ^ イタリア刑法典」(イタリア語)
  52. ^ たとえば、中国刑法81条は、無期刑の仮釈放条件期間を10年としているが、1997年の刑法改正により暴力犯罪および累犯により無期懲役または10年以上の有期懲役に処せられた者に関しては、仮釈放を許すことはできないとする規定が設けられているし(不得假釋无期徒刑)、オランダにおいては有期刑の受刑者にしか仮釈放の可能性を認めていない。米国においては、多数の州において、終身刑(Life imprisonment without parole)が存在し、また、英国においても、量刑ガイドライン附則21章により、極めて重大な謀殺であると認められる事案について、生涯仮釈放資格を得ることができない旨の言渡しをすることができると規定されている。
  53. ^ たとえば、第165回国会法務委員会第3号、2008年6月5日付朝日新聞「あしたを考える」掲載の法務省資料。
  54. ^ 『凶悪無期事件:仮釈放「慎重審理を」 検察マル特指定』毎日新聞2009年10月18日配信。

関連項目

参考文献

  • 森下忠「刑事政策大綱 新版第2版」成文堂、1996年7月。ISBN 4-7923-1411-9
  • 森下忠「刑事政策の論点Ⅱ」成文堂、1994年09月01日。ISBN 9784792313456

外部リンク