刑務官

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

刑務官(けいむかん)は、法務省矯正局国家公務員であって、一般職の職員の給与に関する法律(昭和25年法律第95号)別表第4イ公安職俸給表(一)の適用を受ける法務事務官で、法務大臣刑事施設の職員のうちから刑務官として指定したもの(刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律第13条及び刑事施設及び被収容者の処遇に関する規則第7条)をいう。被収容者の処遇に関する種々の所掌事務を取り扱う。

刑務官の階級[編集]

刑務官の階級は、刑事施設及び被収容者の処遇に関する規則第8条において矯正監を最高位とする7階級が定められている。所長には矯正監又は矯正長が充てられる。「主任看守」は正式な階級ではなく、警察官の階級における巡査長に相当する一種の名誉階級で、看守部長に昇任していないベテランの看守が任じられる(かつては同様に「看守部長」の上に「主任看守部長」が存在したが、現在は事実上廃止されている[1])。

刑務官の階級
序列 階級 役職
1 矯正監 矯正管区長、 所長
2 矯正長 所長、部長
3 矯正副長 部長、調査官、首席矯正処遇官、課長及び支所長
4 看守長 首席矯正処遇官、統括矯正処遇官、課長、課長補佐、支所長、支所次長及び支所課長

(検察庁法第18条第2項の規定により、副検事選考資格が付与される)

5 副看守長 初等科グループ一般職員の矯正処遇官または係長及び主任矯正処遇官
(-) (主任看守部長) (初等科グループ一般職員または矯正処遇官)
6 看守部長 初等科グループ一般職員または矯正処遇官
(-) 主任看守 一般職員
7 看守 一般職員

刑務官の制服及び階級章[編集]

刑務官の制服及び階級章の形式は「刑務官の服制及び服装に関する規則」(昭和59年3月21日 矯保訓第539号 法務大臣訓令)で定められている。

また、警備服と称される警備出動または警備訓練の際に着用することを主目的とした被服の形式は「刑務官の警備服の製式制定について(依命通達)」(平成11年7月22日付け 矯保第2264号 矯正局長依命通達)で定められている。

専門官制度[編集]

専門官制度も階級類似の構造となっている。

首席矯正処遇官
大規模施設の矯正副長、中小規模施設の看守長のうち上席の者が任命される。
次席矯正処遇官
黒羽刑務所府中刑務所横浜刑務所名古屋刑務所大阪刑務所福岡刑務所東京拘置所及び大阪拘置所の処遇部並びに喜連川社会復帰促進センターの矯正処遇部に、それぞれ一人が配置される。処遇担当の首席矯正処遇官を助け、その事務のうち、所長の指定に係る事務を整理する。
上席統括矯正処遇官
統括矯正処遇官のうち、特に複雑困難な事務を統括する者を上席統括矯正処遇官とする。
統括矯正処遇官
看守長が任命される。
主任矯正処遇官
副看守長の中から任命される。
矯正処遇官
副看守長及び看守部長が任命される。

待遇[編集]

刑務官採用試験は高校卒業程度の難易度とされる。

給与・諸手当
刑務官には、一般の国家公務員に適用される行政職俸給表(一)に比べて12%程度給与水準の高い公安職俸給表(一)(平成18年度現在,東京都特別区内に勤務する場合の初任給の例は、180,348円)が適用される。このほかに、各種手当(扶養手当、住居手当、通勤手当、期末・勤勉手当、超過勤務手当等)が支給される。
勤務時間・休暇
1週当たりの勤務時間は、40時間(週休2日制)であり、1日8時間の勤務を行う場合と、交替制勤務を行う場合がある。休暇制度としては、年次休暇(年間20日間)の外に病気休暇、特別休暇(夏季休暇、結婚・出産に伴う休暇等)、および介護休暇等の制度が設けられている。
法務省 刑務官採用試験より

なお、国家公務員試験総合職合格のキャリア組が刑務官を志願した場合は副看守長、同試験一般職合格の準キャリア組が刑務官を志願した場合は看守部長の階級からスタートする。これはキャリア組・準キャリア組が警察庁警察官を志願した場合、それぞれ警部補巡査部長の階級からスタートするのに対応した制度である。

労働基本権[編集]

刑務官は公安職であるため、国家公務員法労働基本権が認められておらず、労働組合を結成することはできない。

同じく法務省の施設等機関である少年院少年鑑別所に勤務する法務教官は労働基本権のうち、団結権及び団体交渉権が認められている。

刑務官の抱える諸問題[編集]

2002年の名古屋刑務所での事件を皮切りに、刑務官による受刑者への暴力や虐待、不正行為が次々と明らかになっており、問題になっている。同様の問題は、日本国外でも見られる。また、逆に受刑者側が刑務官に暴行を加える事例も発生している。

元刑務官の坂本敏夫は、生まれた所から塀の際で育ちもずっと官舎であり、小学生時代は東京拘置所の官舎に住んでいることを友人に中々いえなかった、本当は教師になりたかったのだが、父が亡くなったので一家を支えるために刑務官になったと述べている[2]

また、坂本は、1965年ころから、一般の工場で受刑者が働く構外作業の廃止など責任回避のため事故を起こさないことに刑務官の意識が変わっていき、犯罪者の矯正や更生援助の意識が消えていったと指摘している[3]

心理的な要因[編集]

刑務官の暴行事件の原因として、強い権力を与えられた刑務官と力を持たない受刑者が、狭い空間である刑務所に常に一緒にいると、刑務官は次第に理性の歯止めが利かなくなり、暴走してしまう可能性のあることが挙げられている。

実際に、1971年アメリカスタンフォード大学で行われた「スタンフォード監獄実験」(Stanford prison experiment)においてそのような状況が多数見られたことから、そのような傾向があることが実証されたと主張する者もいる。

不正の隠蔽[編集]

刑務官による(騒擾行為に対する正統な制圧行為等の限度を超えた)暴行、不当な処遇(食中毒のような懈怠によるものを含む)が発生した場合、これを組織ぐるみで隠蔽しようとする事例もあった(あるいは今なおある)とされる。在監中の受刑者の自殺についても、そのような刑務官による不当な扱いが主因と疑われる事例もあると一部で指摘されている。 

暴行事件の実例[編集]

名古屋刑務所放水死事件
2001年、刑務官数人が消防用ホースで、43歳の男性受刑者の肛門に水を放水して死亡させ、特別公務員暴行陵虐致死などの罪に問われた事件。被告の刑務官らは「懲罰における身体の清掃」が目的と証言したが、地裁はこれを否定し、執行猶予付きの有罪判決を下した。

刑務官への人権教育[編集]

東京拘置所を相手取って行われた国家賠償請求訴訟(被収容者への絵入りTシャツ差し入れ拒否)で国側証人の富山という東京拘置所の幹部職員は「有罪率99%だから未決者でも(有罪と)認定された人々……、非拘禁者は一般国民と違う」と証言(言うまでもないことだが、有罪の宣告を受けるまでは無罪の推定をしなければならないのであり、また、「過去の」有罪率が99%だろうが100%だろうが、「現時点における特定の被拘禁者の」有罪の可能性とは関係がない)したという[4]

坂本敏夫は、「長い刑務所と拘置所の体験で、こいつだけは殺すしかない、生きるに値しないという被収容者はいたか」という森達也(ドキュメンタリー監督)の質問に対し、「そういう被収容者はいなかったが、薬物中毒者は社会に帰せないと思った」と答えている。また、坂本は「矯正の余地がない」という死刑判決の理由は論理的に変だとも述べている[5]

脚注[編集]

  1. ^ 昭和59年制定の制服の服制の図には主任看守部長の階級章があるが、平成11年制定の警備服の服制の図には主任看守部長の階級章は無い
  2. ^ 『死刑』 217-218頁。
  3. ^ 『死刑』 218頁。
  4. ^ 「拝啓、これが私の拘置所生活です。」
  5. ^ 『死刑』 217頁。

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  • 丸岡修 「拝啓、これが私の拘置所生活です。」『実録!ムショの本』 宝島社別冊宝島〉、1992年8月24日、174-176頁。
  • 森達也 『死刑 人は人を殺せる。でも人は、人を救いたいとも思う』 朝日出版社(原著2008年1月20日)、初版。ISBN 97842550041292008年10月24日閲覧。
  • 『図鑑 日本の監獄史』(雄山閣、1985年)

外部リンク[編集]