グリシン

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グリシン[1]
識別情報
略称 Gly, G
CAS登録番号 56-40-6 チェック
PubChem 750
ChemSpider 730 チェック
UNII TE7660XO1C チェック
EC番号 200-272-2
E番号 E640 (調味料)
KEGG C00037 チェック
ChEMBL CHEMBL773 チェック
727
特性
化学式 C2H5NO2
モル質量 75.07 g mol−1
外観 白色の固体
密度 1.1607 g/cm3
融点

233 °C (分解)

への溶解度 25 g/100 mL
溶解度 エタノールピリジンに可溶。エーテルには不溶。
酸解離定数 pKa 2.34 (カルボキシル基), 9.6 (アミノ基)[2]
危険性
半数致死量 LD50 2600 mg/kg (マウス;経口)
特記なき場合、データは常温 (25 °C)・常圧 (100 kPa) におけるものである。
グリシン開裂、1はテトラヒドロ葉酸、2は5,10-メチレンテトラヒドロ葉酸
テトラヒドロ葉酸(THF)による代謝とビタミンB12によるTHFの再生産、de:Folsäure=葉酸、DHF=ジヒドロ葉酸、THF=テトラヒドロ葉酸、Vit.B12=ビタミンB12、Methyl-Vit.B12=メチルコバラミン、Methionin=メチオニン、Methionin Syntase=5-メチルテトラヒドロ葉酸-ホモシステインメチルトランスフェラーゼ、Homocystein=ホモシステイン、N5-Methyl-THF=5-メチルテトラヒドロ葉酸、N5,N10-Methylene-THF=5,10-メチレンテトラヒドロ葉酸、N10-Formyl-THF=10-ホルミルテトラヒドロ葉酸、dUMP=デオキシウリジン一リン酸NADPHDNA

グリシン (glycine) とは、アミノ酢酸のことで、タンパク質を構成するアミノ酸の中で最も単純な形を持つ。別名グリココル。糖原性アミノ酸である。 示性式は H2NCH2COOH、アミノ酸の構造の側鎖が –H で不斉炭素を持たないため、生体を構成する α-アミノ酸の中では唯一 D-, L- の立体異性がない。非極性側鎖アミノ酸に分類される。

多くの種類のタンパク質ではグリシンはわずかしか含まれていないが、ゼラチンエラスチンといった、動物性タンパク質のうちコラーゲンと呼ばれるものに多く(全体の3分の1くらい)含まれる。

1820年にフランス人化学者アンリ・ブラコノーによりゼラチンから単離された。 甘かったことからギリシャ語で甘いを意味する glykys に因んで glycocoll と名付けられ、後に glycine に改名された。

生合成・代謝

グリシン開裂系テトラヒドロ葉酸により以下の反応でグリシンを開裂する[3][信頼性要検証]

テトラヒドロ葉酸 + グリシン + NAD+ = 5,10-メチレンテトラヒドロ葉酸+ NH3 + CO2 + NADH + H+

グリシン開裂系とは別に、グリシンヒドロキシメチルトランスフェラーゼセリンヒドロキシメチルトランスフェラーゼ)(EC 2.1.2.1)の働きにより、可逆的にグリシンをL-セリンに相互に変換し、5,10-メチレンテトラヒドロ葉酸テトラヒドロ葉酸に変換する反応が触媒される[4][5]

5,10-メチレンテトラヒドロ葉酸+ グリシン + H2O = テトラヒドロ葉酸 + L-セリン [6]

グリシン開裂系とセリンヒドロキシメチルトランスフェラーゼによる2つの反応を複合すると以下の反応式が示めされる。また、その全容は図の通りである。

2 グリシン + NAD+ + H2O → セリン + CO2 + NH3 + NADH + H+

グリシンが仮に脱アミノ化を受けるとグリコール酸が生成し、酸化を受けるとグリオキシル酸が生成するが、グリオキシル酸はヒトではエチレングリコールからシュウ酸に代謝される際の中間体で、酸化を受けると有害なシュウ酸が生成されることになる[7][8]。その反応を回避する観点から、グリシンの代謝は重要な意義がある。

生体内での利用

グリシンは様々な生体物質の原料として利用されている。一部を以下に示す。

コラーゲンタンパク質のペプチド鎖を構成するアミノ酸は、"―(グリシン)―(アミノ酸X)―(アミノ酸Y)―" と、グリシンが3残基ごとに繰り返す一次構造を有する。この配列は、コラーゲン様配列と呼ばれ、コラーゲンタンパク質の特徴である。
動物においてはグリシンおよびスクシニルCoAからアミノレブリン酸合成酵素EC 2.3.1.37)の作用でアミノレブリン酸が合成され、これを原料にポルフィリンが合成され、ヘムとして利用される。
グルタチオンはグルタミン酸システイン、グリシンが、この順番でペプチド結合したトリペプチドである 。生体内で抗酸化物質として機能する。
アルギニンとグリシンから、グリシンアミジノトランスフェラーゼ(EC 2.1.4.1)、グアニジノ酢酸-N-メチルトランスフェラーゼ (EC 2.1.1.2) 、クレアチンキナーゼ (EC 2.7.3.2)の作用により、クレアチンリン酸として合成される。この反応は腎臓肝臓にて行われる。クレアチンは、筋肉中に存在しエネルギー源として貯蔵される。

物性

神経伝達物質と高グリシン血症

中枢神経系においてグリシンはGABAに次いで重要な抑制性神経伝達物質である。今のところグリシンの受容体として知られているものは全てイオンチャネル型であり、グリシンが結合すると内蔵しているClチャネルの透過性が増えてClが細胞内に流れ込み抑制性シナプス後電位(IPSP)を発生させる。痙攣誘発剤であるストリキニンはグリシン受容体に対する特異的な阻害薬である。一方で、興奮性神経伝達物質としての役割も知られている。グリシンはNMDA受容体に存在するグリシン結合部位に作用し、チャネルの開口を補助する。グリシン受容体に対しては約100uM, NMDA受容体に対しては約100nM~1uMのED50を示すとされている。

葉酸の触媒過程の全容において、平衡がテトラヒドロ葉酸側に偏っており、テトラヒドロ葉酸から5,10-メチレンテトラヒドロ葉酸を供給するグリシン開裂系は葉酸系の代謝過程で重要な役割を果たしている。

高グリシン血症

高グリシン血症は、脳や肝臓に存在するグリシン開裂系の酵素の遺伝的な欠損により、体液中や脳にグリシンが大量に蓄積することにより発症する先天性アミノ酸代謝異常症のひとつである。グリシンは中枢神経系で神経伝達物質として働くため、グリシン蓄積が重篤な神経障害をもたらす[9]

出典

  1. ^ The Merck Index: An Encyclopedia of Chemicals, Drugs, and Biologicals (11th ed.), Merck, (1989), ISBN 091191028X , 4386.
  2. ^ Dawson, R.M.C., et al., Data for Biochemical Research, Oxford, Clarendon Press, 1959.
  3. ^ アミノ酸の分解 講義資料のページ
  4. ^ Appaji Rao N, Ambili M, Jala VR, Subramanya HS, Savithri HS (April 2003). “Structure-function relationship in serine hydroxymethyltransferase”. Biochim. Biophys. Acta 1647 (1-2): 24–9. PMID 12686103. 
  5. ^ Stover P, Schirch V (August 1990). “Serine hydroxymethyltransferase catalyzes the hydrolysis of 5,10-methenyltetrahydrofolate to 5-formyltetrahydrofolate”. J. Biol. Chem. 265 (24): 14227–33. PMID 2201683. 
  6. ^ http://www.genome.jp/dbget-bin/www_bget?enzyme+2.1.2.1
  7. ^ 実験的蓚酸カルシウム結石症における蓚酸前駆物質に関する研究、諸角 誠人、小川 由英、日本泌尿器科学会雑誌、Vol.86 (1995) No.5, JOI:JST.Journalarchive/jpnjurol1928/78.311
  8. ^ Carney, E.W. (1994) An integrated perspective on the developmental toxicity of ethylene glycol. Reprod. Toxicol. 8, 99-113
  9. ^ 高グリシン血症 (難病情報センター)

関連項目

外部リンク