オニヤンマ
オニヤンマ | ||||||||||||||||||||||||
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分類 | ||||||||||||||||||||||||
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学名 | ||||||||||||||||||||||||
Anotogaster sieboldii Sélys, 1854 | ||||||||||||||||||||||||
英名 | ||||||||||||||||||||||||
Golden-ringed dragonfly |
オニヤンマ(鬼蜻蜓、馬大頭)、学名 Anotogaster sieboldii は、トンボ目・オニヤンマ科に分類されるトンボの一種。日本最大のトンボとして知られる。学名の種名"sieboldii" は、日本の生物研究に功績を残したフィリップ・フランツ・フォン・シーボルトに対する献名である。
特徴
成虫の腹長はオス70mm・メス80mm、後翅長はオス55mm・メス65mmほど。頭部から腹の先端までは9-11cmほどに達する。メスはオスより大きく、尾部に産卵弁が突き出る。
左右の複眼は頭部中央でわずかに接する。生体の複眼は鮮やかな緑色だが、標本にすると黒褐色に変色してしまう。体色は黒だが、胸の前に「ハ」の字模様、胸の側面に2本の斜め帯、腹の節ごとに1本の細い横しまと、体の各所に黄色の模様が入る。
なお、コオニヤンマ Sieboldius albardae Sélys,1886 は名前に「オニヤンマ」とあるが、オニヤンマ科ではなくサナエトンボ科に分類される。成虫の複眼が頭部の左右に離れて接しないことや、幼虫は体が上から押しつぶされたように平たくて円盤状をしており、渓流の石につかまって生活することはサナエトンボ科の特徴である。また頭部の小ささや後足の長さなど、一目見てもオニヤンマとは決して似ていない。オニヤンマは(オニヤンマ科であり)ヤンマ科でないことと併せて、分類上注意が必要である。
分布と地域変異
北海道から八重山諸島まで、日本列島に広く分布する。本土では市街地から少し外れた小規模な河川でみられるなど、かなり広範囲に生息している。一方南西諸島では河川の発達した限られた島々に分布し吐噶喇列島・徳之島・慶良間諸島・宮古列島などには分布せず、分布する島々でもそれほど個体数は多くなく特に沖縄本島では個体数が少ない。
地域個体群によって体の大きさや体色に差異がある。例えば北海道、御蔵島、屋久島、鹿児島県黒島産などは体長8cmほどと他地域より小型になることが知られる。また奄美大島以南のものはオスの複眼が青緑色で、オスメスとも腹部の黄色が腹面で広がる(奄美大島産はオレンジ色を帯びる)などの変異がある。八重山諸島のものはオスは腹部の形が他の日本産のものと明らかに違い、メスは翅の付け根が顕著にオレンジ色を帯びるなど、共に一目でわかる違いがある。
生態
成虫がよく見られるのは、水のきれいな小川の周辺や森林のはずれなど日陰の多い涼しい場所だが、活動域は広く平地の湿地から山間部の渓流まで見られる。これらに隣接する都市部にも出現し、人々を驚かせることもある。一方南西諸島では生息域が山地の源流部とかなり局限される。
成虫は6月-9月頃に発生し、未熟時期には山頂付近や丘陵地の林道などでよく目撃され、また、都市部では車道や歩道に沿って飛行する姿を見かける。成熟すると流水域に移動して、オスは流れの一定の区域をメスを求めて往復飛翔する。従来、この往復飛翔は縄張り維持とされていたが、最近の研究で、オスは羽ばたくものはすべてメスと見なしてしまい、出会うオスをメスと見なして追いかけ、縄張り維持でないことがわかった。この羽ばたくものをメスと見なす行動は成熟したオスに見られるもので、他には回転しているもの(扇風機や円盤や製材所のノコギリなど)やブラウン管テレビの映像にも反応して、その前でホバリングしたり周囲を回ったり、たまにぶつかったりする。製材所では製材中にノコギリにからみついてバラバラになることが日経のコラムで紹介されている。また、水の小さな落ち込みに日が差した時にも反応したことが報告されているので、光のフラッシュをメスの羽ばたきと認識してしまうようである。
- この性質を利用して、色々の色の回転円板を利用して色覚を実験したところ、緑色に最も高い反応を示した。つまり、オニヤンマは緑色までしか見えないと言える。また、円板のサイズは大きい程オスの反応が高く、メスが大きい程オスを引きつけることを示唆しており、トンボでは異例なメスがオスよりも大きい理由と推定される。
- 大柄にもかかわらず飛行中の体温は他のヤンマ類と同じか若干低めで40℃前後、パトロール速度は平均して2メートル/秒で、朝晩の気温の低いときは速く、日中の気温が高いと遅くなる。また、パトロール時の水面からの飛行高度は概ね20センチ以下で、気温が低くなる時期には飛行高度は低くなる。これは地面効果を利用しているからで、体温調節と飛行に要するエネルギー消費をバランスさせてパトロールしているといえる。
- 草木に止まって休むときは、ふつうのトンボのように腹を水平方向に持ち上げて止まることはなく、他のヤンマ類同様脚の爪を草木に引っかけて大きな体をぶらさげる体勢をとる。
上に書いたように本種に限らず、トンボ類は家庭で使用する扇風機などの回転体にしばしば反応して接近するものがあるが、本種の採集方法の一つにひもの先に小石などをくくりつけたものをぐるぐる回して採集する技法が知られている。このことから、トンボは大きな複眼を持っているので動体視力は抜群に良いが、それにもかかわらず視力が低く、きちんとものを見分けられないことが示唆される。ちなみにこの方法で採集できるものはオスが殆どで、動かなければ見分けられないので、メスの場合は回転するものは捕食者と認識して動かなくなる。トンボの前に指をぐるぐる回すと簡単に捕れるというのはこの性質を利用したものである。
トンボ一般に同じく食性は肉食性で、ガ、ハエ、アブ、ハチなどを空中で捕食する。樹の枝にとまりニイニイゼミを捕食していた事例がある。大顎の力も強く、咬まれると出血することもあるので捕獲した際などは注意が必要である。一方、天敵は鳥類、コウモリなどだが、オオスズメバチや自分より小さいシオヤアブに捕食された記録もある。
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福島県産・メス。体をぶら下げて止まる
生活史
オニヤンマのオスは流れの一定区域をパトロールし、侵入する同種個体に接触をはかる。オスに出会うと激しく追いかけて排除し、メスに出会うと捕まえて交尾をおこなう。
交尾の終わったメスはオスから離れ、単独で水のきれいな小川や湧き水の流れ込む水たまりなどに向かう。産卵が行われ幼虫が育つ水域は大規模な河川や湖沼ではなく、巨大な体に似合わず小規模で緩やかに水が流れ、あるいは入れ替わる小水域である。メスは適度な産卵場所を見つけると、体を立てて飛びながら、ストンと体を落下させるようにして水際ぎりぎりの浅い水底の柔らかい泥や砂の中に産卵弁を腹の先ごと何度も突き立てる動作を行う。泥に産卵弁が突き立った瞬間に、泥の中に産卵する。
卵は1ヶ月ほどかかって孵化する。孵化した幼虫(ヤゴ)は半透明の白色で、成虫のような翅がなく、腹部も短い。オニヤンマのヤゴは、ヤンマ類とは異なり、途中にくびれがなく、足も太短く、全身に細かい毛が生えている。幼虫は水底の砂泥に浅く潜って泥に同化し、目だけを出して獲物を待ち伏せる。獲物が上を通りかかると、鋏がついた下唇を伸ばしてすばやく捕獲し、大顎で齧って食べる。最初はミジンコやアカムシ、ボウフラなどを捕食するが、やがてオタマジャクシや小魚、他のヤゴなどを捕食するようになり、えさが少ないと共食いもして、強いものが大きくなる。
オニヤンマが成虫になるまでの期間は5年といわれ、その間に10回ほど脱皮する。脱皮を繰り返し成長した幼虫は、複眼が斜め上に飛び出し、下唇の鋏部分がマスクのように口を覆う独特の風貌となる。終齢幼虫は体長が5cmほどになり、背に鱗状の翅ができる。
よく晴れた夏の夜、泥をかぶった幼虫は羽化をするために水面上の石や杭などに姿を現す。体が滑り落ちないように爪を立てたあとに、背が割れて薄緑色の成虫が現れる。成虫は頭部と胸部を抜き、腹だけで逆さ吊り状態までいったあと、起き上がって腹部を抜く。白いうろこ状をし、アコーディオン状、ないし細かいちりめん状に縮んだ翅に体液を送り込んで伸ばし、さらに腹部を伸ばす。
朝になる頃には体が固まって黒と黄色の模様ができ、翅も固まって透明になる。抜け殻を残して飛び立った成虫は1-2ヶ月の間に小昆虫を捕食して生殖巣を成熟させ、繁殖行動を行う。
近縁種
- カラスヤンマ Chlorogomphus brunneus brunneus Oguma,1926
- 体長7.5cmほど。オスの翅はほぼ透明だが、メスの翅は基部から3分の2くらいまで黒褐色になるものから、翅全体が黒褐色になるものまでみられる。「カラス」の名はこのメスの翅に因んだものである。沖縄本島のみに分布する。慶良間諸島(渡嘉敷島)には別亜種アサトカラスヤンマ C. b. keramensis Asahina,1972 が分布する。
- ミナミヤンマ C. b. costalis Asahina,1949
- カラスヤンマの亜種。体長7.5-8.5cm(一般に本土のものは大きく、南西諸島産は小さい)。オスの翅はほぼ透明で、メスの翅には前縁に黒褐色の縁取りがある。メスの翅の模様には著しい地域変異があり(一般に南へ行くほど黒褐色の縁取りが濃い)、メスを見れば採集地がほぼわかるといわれるが、同じ生息域での個体変異も著しい。四国南部・九州南部から徳之島にかけて分布する。
- オキナワミナミヤンマ C. okinawensis Ishida,1964
- 体長7.5cmほど。オスの翅は透明で、メスの翅には前縁にごく薄い縁取りがある。オス・メス共に腹部の黄斑が顕著である。台湾にすむヒロバヤンマ C. brevistigma Oguma,1926 に近縁で、ヒロバヤンマの亜種とする見解もある。沖縄本島北部のごく限られた場所に分布する。
- イリオモテミナミヤンマ C. iriomotensis Ishida,1972
- 体長8cmほど。オスの翅はほぼ透明で、メスの翅には全体を取り囲むように縁取りがある。オス・メス共に腹部の黄斑が顕著である。台湾のタイワンミナミヤンマ C. risi Chen,1950 に近縁である。西表島のみに分布する。
参考文献
- 井上清・谷幸三『トンボのすべて』トンボ出版 ISBN 4-88716-112-3
- 朝比奈正二郎監修『野外観察図鑑1 昆虫』旺文社 ISBN 4-01-072421-8
- 伊藤修四郎他監修『学生版 日本昆虫図鑑』北隆館 ISBN 4-8326-0040-0
- 福田晴夫他 『昆虫の図鑑 採集と標本の作り方』南方新社 ISBN 4-86124-057-3
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