μ10 (イオンエンジン)

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μ10(ミューテン)は、日本の宇宙科学研究所が開発したイオンエンジンである。

概要

イオンエンジンの中でも無電極プラズマ推進器英語版に分類され、マイクロ波放電を用いるものとしては初めて実用化されたものである。イオン源・中和器共にマイクロ波放電式を採用したことでプラズマ生成時に電極が不要になり、他の方式と比較して単純・軽量・高信頼・長寿命となった。また、加速グリッドに炭素繊維強化炭素複合材料を採用したことでモリブデン製の2〜3倍の寿命を確保し、耐久試験では20,000時間以上の稼働時間を誇る。

名称は直径10cmのマイクロ波放電式を用いたミューロケット最上段高比推力モーターであることを示している。

仕様

  • タイプ:イオンエンジン/無電極プラズマ推進器英語版
  • 推進剤:キセノン65kg
  • 推力:8.5mN(改良後10mN)
  • 比推力:1,700s〜3,400s可変
  • イオンビーム口径:100mm
  • ビーム電圧:1.5kV
  • ビーム電流:140mA
  • アクセル電圧:-350V
  • マイクロ波電力:32W
  • イオン生成コスト:230W/A
  • 推力電力比:22mN/kW
  • 推力発生時消費電力:250W/500W/750W/1kW(4段階切替)
  • 推進剤利用効率:0.85
  • 乾燥重量:36kg
  • 設計寿命:14,000時間(稼働20,000時間実証済)

採用宇宙機

  • はやぶさ」 - 2003年平成15年)打ち上げ。2010年(平成22年)の6月13日22時51分帰還。従来の宇宙機用エンジンにはない特徴によって、惑星の重力圏外を飛ぶ探査機「はやぶさ」用の推進機関としてμ10エンジンが採用された。
  • はやぶさ2」 - 改良によって推力10mNとなったものを使用予定[1]

その他、小型人工衛星宇宙探査機に採用されることを目標とし、日本電気はエアロジェット社と開発及び販売において協業することを発表した[2]。2010年以降アメリカ市場での提案活動を行い、2011年から販売を開始する予定である。

はやぶさでの運用

打ち上げ後の運転開始当初は、探査機周囲に残っている大気の影響で放電現象が多発したため、探査機全体を暖めて脱ガスを行うベーキングを2回行った結果、安定して運転が行えるようになった[3]。試験運転を続ける中でスラスタAを予備とし、残りの3台(スラスタB〜D)を使用することになった。

連続加速を続ける中で毎日追跡作業を行い、位置と速度の確認を行う。そして一定期間連続運転をするとμ10は一時その運転を停止し、連続運転時の動作履歴を高速通信する。それらの結果を踏まえてはやぶさの軌道計画を決定し、μ10の運転計画が作成される[4]。当初の予定では、μ10の運転を続けながら軌道決定を行うことになっていたが、エンジンの推力が想定以上に変動が大きく、運転を続けながらの軌道決定が困難であったために、軌道決定時にμ10は一時停止する運用がなされることになった[5]

またμ10の運転に欠かせない電力は、探査機の太陽からの距離によって太陽電池の出力が大きく変化するため、μ10は出力の調整、そして運転台数を調整して運用を行った[6]

予定外の運用

はやぶさの運用において姿勢制御用のX・Y軸リアクションホイール及びヒドラジンスラスタ2系統が故障した際、中和器からキセノンガスを噴射することで姿勢制御を行った。イトカワ着陸前後に相次いだトラブルの影響で、当初の予定より遅れて地球帰還のための軌道変換を開始。設計寿命以上の長時間運用を行うことになった。

2007年4月にスラスタBが、2009年11月にスラスタDがどちらも中和器の劣化により停止した。残るスラスタCだけでは2010年の地球帰還は困難になったが、スラスタBのイオン源とスラスタAの中和器を組み合わせて1台分の推力を得ることで補った[7]。はやぶさを設計する際、制御回路にダイオード[8]を1個追加して2台のエンジンを接続できるようにしておいたのが功を奏したもの[9]。探査機自体が帯電した状態になるため地上での試験は行っていなかった。予定されたミッションに必要な量以上の推進剤を搭載していたことも、直接噴射による姿勢制御やエンジン2台の複合モード(推力は1台分でも推進剤は2台分消費する)といった予定外の運用を行う余裕を生んだ。

出典・脚注

参考文献

  • 国中均、中山宜典、西山和孝『イオンエンジンによる動力航行』、コロナ社、2006年 ISBN 4-339-01228-9

関連項目

外部リンク