菖蒲池駅
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| 菖蒲池駅 | |
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難波方面駅舎
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| あやめいけ - AYAMEIKE | |
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◄学園前 (1.0km)
(2.2km) 大和西大寺►
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| 所在地 | 奈良県奈良市あやめ池南二丁目2-1 |
| 所属事業者 | 近畿日本鉄道(近鉄) |
| 所属路線 | ■奈良線 |
| キロ程 | 20.1km(布施起点) 大阪難波から26.2km |
| 電報略号 | アヤ |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 2面2線 |
| 乗降人員 -統計年度- |
11,408人/日 -2005年- |
| 開業年月日 | 1923年(大正12年)9月9日 |
菖蒲池駅(あやめいけえき)は、奈良県奈良市あやめ池南二丁目にある、近畿日本鉄道(近鉄)奈良線の駅。近鉄が開発したあやめ池遊園地、ならびにOSK日本歌劇団劇場のアクセス駅として開設された。
かつては近鉄自身も駅名を「あやめ池」と表記することが多かったが、2004年に全線で正式な駅名表記に改めてからは「菖蒲池」と書かれるようになった。ただし奈良きたまちには奈良市「菖蒲池町」という町名があり、こちらは「しょうぶいけちょう」と読み、当駅とは関係がない。当駅前は「あやめ池北・南」という町名。
目次 |
[編集] 駅構造
改札は上下線で分離されており、構内踏切等の連絡線はない。1番ホームの改札口は遊園地跡の正面に位置しており、現在も臨時発券所の跡が残っている(但し現在は板で塞がれている)。また、傾斜面上に駅があるため、1番ホーム側改札口とホームへは段差がある。近年、車いす利用者のためにスロープが設置された。
なお自動改札機は東芝製が設置されている。赤い自動改札機(EG-2000)は、出場時2枚一括処理、PiTaPa・ICOCAに対応する。
[編集] のりば
| 1 | ■奈良線(下り) | 大和西大寺・奈良・天理・京都方面 |
|---|---|---|
| 2 | ■奈良線(上り) | 学園前・布施・大阪難波・尼崎・甲子園・三宮方面 |
かつては遊園地の利便性を図るため、一部のシーズンを除いた土休日の朝から夕方の時間に快速急行と急行(天理臨含む)を臨時停車させていた。
[編集] 利用状況
- 2008年11月18日の調査結果によると、1日の利用客は10,593人(前回2005年11月8日の調査では11,408人)。この数字は…
- 近鉄の全調査対象駅の中では287駅中71位。
- 奈良線・難波線の駅(大阪線複々線区間や他線接続駅含む)としては24駅中21位。
- 奈良県内の近鉄の駅としては90駅中18位。
[編集] 駅周辺
- 近鉄あやめ池遊園地跡(2004年6月6日をもって閉園)
- 東洋民族博物館
- 奈良あやめ池郵便局
- 奈良県立奈良工業高等学校・奈良県立奈良朱雀高等学校(秋篠校舎)
- 奈良自動車学校
駅周辺の道路は非常に狭く、近隣の自動車学校の教習コースにも含まれている。
駅北側の道路は私道である為、走行時は注意が必要。
昭和の始め頃まで、秋になると駅周辺でマツタケ狩りが行われた。
[編集] バス
奈良交通による運行。駅南口にバス乗り場がある。
[編集] 歴史
1923年(大正12年)9月9日開業。近鉄によるあやめ池の開発は前身の大阪電気軌道時代にさかのぼり、乗客の誘致を図るため大阪から芸者を迎え、この地に住まわせ茶屋等を開かせたことが始まりとされる。いわば近鉄の沿線開発のルーツとも呼べるであろう場所である。
その後1926年に近鉄(当時は大阪電気軌道)は当地にあやめ池遊園地を開園。間もなくOSK日本歌劇団の劇場も併設し、あやめ池遊園地を同劇団の本拠地とした。当時関西では宝塚に匹敵する規模の行楽地として関西一円から利用客を集め、大正年間から昭和中期まで当地に人が絶えることは無いとまで言われた。
しかしそれ以後、多くの人々の行楽場所として親しまれてきた「あやめ池」は、昭和後期頃から設備投資に目新しさが薄れ、さらに劇団経営の不振や近鉄の業績悪化により2003年に劇団は解散、次いで巨大テーマパークの台頭で利用客数の回復が見込めない等の理由で、2004年に遊園地は78年の歴史に幕を閉じた。同年、同じく近鉄の文化事業で上本町ターミナル核事業の一つであった近鉄劇場も閉鎖されている。
なお、遊園地跡へは2010年を目処に、近畿大学の付属幼稚園・小学校が移転を予定している。
[編集] 隣の駅
[編集] 関連項目
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