月読神社 (京都市)
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| 月読神社 | |
|---|---|
| 所在地 | 京都府京都市西京区松室山添町15 |
| 位置 | 北緯34度59分47秒 東経135度41分10秒 |
| 主祭神 | 月読尊 |
| 社格等 | 式内社(名神大) |
| 創建 | 顕宗天皇3年(487年) |
| 本殿の様式 | 流造 |
| 例祭 | 10月3日 |
月読神社(つきよみじんじゃ)は、京都府京都市西京区にある神社である。式内社(名神大社)で、現在は松尾大社摂社。
目次 |
[編集] 歴史
『日本書紀』によれば、阿閉臣事代が任那に遣わされる途中、壱岐で月讀尊の神託があったのでこれを天皇に奏上し、顕宗天皇3年(487年)、「山城国葛野郡歌荒樔田」に神領を賜って壱岐の月読神社の神を勧請し、壱岐県主・押見宿禰に祀らせたのに始まる。歌荒樔田の比定地は、上野村、桂里、有栖川流域説など諸説ある。斉衡3年(856年)、水害の危険を避けるために、現在地の松尾山麓に遷座された。押見宿禰の子孫は卜部氏を称し、代々神職をつとめた。
大宝元年(701年)には例祭が勅祭と定められ(『続日本紀』)、延喜6年には最高位となる正一位の神階を受けている(『扶桑略記』)。延喜式神名帳では「葛野坐月読神社」と記載され、名神大社に列している。天慶4年(942年)には神宮号の宣下を受けた。このように歴史も古く、高い格式を持つ独立の神社であったが、松尾大社の勢力圏内にあることから古くからその影響下にあり、「松尾七社」の一社とされた。明治10年(1877年)3月21日に松尾大社の境外摂社と定められた。
[編集] 祭神
[編集] 施設
現在の本殿・拝殿は江戸時代に建てられたものである。境内社として以下のものがある。
- 聖徳太子社 -- 月読尊を崇敬した聖徳太子を祀る
- 御船社 -- 天鳥船神を祀る。神幸祭の前には、この社において渡御安全祈願祭が行われる。
- 月延石(安産石) -- 元は筑紫にあり、神功皇后が応神天皇を産む際にこの石で腹を撫でて安産したものと伝えられ、舒明天皇の時代に月読尊の神託によって当社に奉納された。安産の霊験があるといわれている。
[編集] 外部リンク
- 松尾大社(公式サイト)