平井伸和
| 平井 伸和 | |
|---|---|
| プロフィール | |
| リングネーム | スーパー・ヘイト 平井 伸和 クラッシャー・バンバン・ヒライ ミツ・ヒライJr. 平井・ビッグセクシー・伸和 ヘイト |
| 本名 | 平井 伸和 |
| ニックネーム | 炎の番人 超嫌われ者 突貫ファイター二世 全日本の隠し味 ミスター・ナチュラルヒール |
| 身長 | 185cm |
| 体重 | 85kg |
| 誕生日 | 1969年12月30日(43歳) |
| 出身地 | 東京都目黒区 |
| 所属 | 全日本プロレス |
| スポーツ歴 | 野球 サッカー |
| トレーナー | 天龍源一郎 |
| デビュー | 1991年 |
平井 伸和(ひらい のぶかず、男性、1969年12月30日 - )は、日本のプロレスラーである。東京都目黒区出身、血液型はA型、リングネームはスーパー・ヘイト、平井 伸和など、父はプロレスラーのミツ・ヒライである。1991年4月25日、SWS所属としてデビュー、SWS崩壊後はWAR等で活躍、事故発生まで全日本プロレスに所属し出場。
目次 |
来歴 [編集]
1990年7月、SWSの入門テストに合格し、第一期の練習生となった。
1991年4月25日、畠中浩戦でデビューし、天龍源一郎率いるレボリューションで活動。
1992年、SWSの崩壊後、WARに参加。
1994年、WAR代表として新日本プロレスのヤングライオン杯に出場し、徐々に頭角を現す。WWF(現WWE)のマニアツアーにも参戦した。
1997年10月、WAR世界6人タッグを獲得。
1998年、WARが所属選手を解雇、フリーとなりIWAジャパンに参戦。
1999年5月、三沢光晴体制となった全日本プロレスに新弟子扱いとして入団し、試合をする事のないまま退団するも、フリー活動を続け三沢離脱後の全日本に再入団する。
2004年末、荒谷望誉と世界最強タッグ決定リーグ戦に出場するも、リーグ戦全敗で終わる。
2005年1月3日、渕の提案により同じくリーグ戦全敗の本間朋晃&諏訪間幸平(現諏訪魔)と対戦し敗北。渕から「圏外タッグ」の称号を与えられる。
2007年、NOSAWA論外興行でクラッシャー・バンバン・ヒライを復活させ、その後も限定的に使用する。VOODOO-MURDERSから因縁を付けられることが多くなり、7月のシリーズで近藤修司と抗争。10月18日の代々木体育館大会ではTARU&近藤組と対戦する。
ヒールターン [編集]
全日本プロレスでは第一試合での暖め役となっていたが、2008年10月11日後楽園ホール大会、第四試合にブードゥーマスクとして乱入。まさかのVOODOO-MURDERS入りとなりヒールターンとなる。
2008年11月3日、リングネームをヘイトに変える。黒いフェイスペイントに専用の椅子がトレードマークとなり、TARUからは「北尾光司以上のナチュラルヒール」と評された。
2009年10月25日、85kgまで減量し、カズ・ハヤシの持つ世界ジュニアヘビー級王座へ挑戦したが敗北。以降は体重を戻さず、ジュニアヘビー級の選手として活動する。
2010年10月10日、近藤修司、大和ヒロシとの抗争の最中、一方的に引退をかけられた試合を組まれる。ヘイト、近藤両者リングアウトに終わるが、直後に和田京平レフェリーが駆けつけ再試合となり、近藤のキングコングラリアットに敗れる。これにより引退となるはずであったが、10月のシリーズには出場し続けた。
スーパー・ヘイト [編集]
2011年1月2日、VOODOOの総帥TARUが『近藤にゆかりある元W○○の選手を新メンバーにする』と言い放ち、選手名はXと表記されていたが、結果はバージョンアップが完了したというスーパー・ヘイトであった。コスチュームは金色のロングタイツ、金髪、黒いフェイスペイントに黄金の消火器である。
同年5月29日の全日本プロレス・神戸大会に出場、試合後のインタビュー中に嘔吐し吐血が強く疑われ直ちに救急車で病院へ搬送される。受診により脳卒中と診断され(後に急性硬膜下血腫と改められる)、同日中に緊急手術を受けた[1]。手術は成功し、5月31日現在自発呼吸や親族の問いかけに対する反応はあるものの、意識は回復していない[2]。
試合中に頭部を打撲する場面がなかったにも関わらず、脳に損傷を受けたことが当初より疑問視されていたが、後に同日の試合前に控室でTARUより暴行を受けていた[3]ことが明らかになり、11月にTARUとMAZADAが逮捕[4][5]された。
得意技 [編集]
- ヒライ・エンド
- 下記ヒライ・ボトムの後相手の上体を起こし、横十字固めに移行する。平井のテクニックがうかがえる丸め込み技。間違われやすいが、ロック・ボトムからの一連の流れをヒライ・エンドという。
- ヒライ・ボトム
- ザ・ロックのロック・ボトムと同じ。
- WARスペシャル
- 師匠であった天龍源一郎の技。自ら開発した裏WARスペシャル(変形羽折り固め)も好んで使用する。
- 横入り式エビ固め
- 立っている相手の後方で自ら倒れ込むと同時に、相手の股下に後ろから手を入れて、相手を後方に倒してそのままエビ固めで押さえ込む技。
- エクスプロイダー
- 投げ技の一種。
- これでも食らえっ!
- 見得を切ってからのランニング・ニーバット。ヒールターン前はお客さんと「これでも食らえっ!」と大合唱してから行う技だった。この掛け声がそのまま技名称として呼ばれるようになった。
- セクシームーンサルト
- 大一番用の大技。コンディションが良いときにたまに使うことがある。
- ダイビング・エルボー・ドロップ
- 元来、頻発していた技だが、ヒールターン後から「特製サポーター」を当てての攻撃となった。荒谷に食らわせたのが初披露である。
- 凶器攻撃
- イス攻撃
- 入場時に「平井」と書かれた赤と黒のカラーのイスを持って入場してくる。そのイスによって相手を攻撃する。
- 消火器攻撃
- 試合中、どこから出したか判らない消火器によって攻撃する。カズ・ハヤシや鈴木みのるなどが主な犠牲者。中身は猛毒が入っているという設定。噴霧後は鈍器として使用する。
- 黄金の消火器攻撃
- スーパー・ヘイトとなってから使用。使用法は上記と同様。
タイトル歴 [編集]
- WAR世界6人タッグ
- 第15代…パートナーは北尾光司、望月成晃。
入場テーマ曲 [編集]
- 現在使用中のもの
「ファッキンガム宮殿」 - 三代目の曲
- 過去に使用したもの
- 初代 - 「Revolution」
- 二代目 - 「スピード」
エピソード [編集]
- 中日ドラゴンズのファンである。
関連項目 [編集]
脚注 [編集]
- ^ “Sヘイトが開頭手術で一命取り留めた”. ニッカンスポーツ・コム (東京: 日刊スポーツ新聞社). (2011年5月31日) 2012年8月26日閲覧。
- ^ “スーパー・ヘイト選手の病状に関して 5/31” (プレスリリース), 全日本プロ・レスリング株式会社, (2011年5月31日) 2012年8月26日閲覧。
- ^ “TARU、試合前ヘイトに暴行していた”. ニッカンスポーツ・コム (東京: 日刊スポーツ新聞社). (2011年6月1日) 2012年8月26日閲覧。
- ^ “TARU、MAZADAは容疑認める「反省の色が見られず殴った」”. スポニチアネックス (東京: スポーツニッポン新聞社). (2011年11月22日) 2012年8月26日閲覧。
- ^ “ヘイト殴打でTARUとMAZADA逮捕”. デイリースポーツオンライン (神戸: 株式会社神戸新聞社). (2011年11月23日) 2012年8月26日閲覧。