富山連続婦女暴行冤罪事件
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富山連続婦女暴行冤罪事件(とやまれんぞくふじょぼうこうえんざいじけん)とは、2002年4月15日に起きた婦女暴行未遂容疑を始めとした2件の容疑において、2度に渡って逮捕された男性が懲役3年の刑に服した後に、本2件を含めた一連の暴行事件の真犯人が見つかった事件である。
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[編集] 事件の経過
2002年4月15日、同年3月に当時16歳の少女に暴行を働こうとしたとして、当時タクシー運転手だった34歳の男性が婦女暴行未遂容疑で富山県警察管轄の氷見警察署に逮捕され、5月には別の少女への婦女暴行容疑により再逮捕された。逮捕のきっかけはこの男性が少女らの証言と似ていたこと、とされている。
任意捜査として行われた取調べが4月8日以降断続的に3日間朝から晩まで行われ、4月15日の3回目の任意捜査において、既に何が何だかわからなくなり疲れ切っていた男性は、「おまえの家族も『おまえがやったに違いない。どうにでもしてくれ』と言っている」などという、取り調べ警察官の真実に反する誤導により、容疑を認め、自白したものとして逮捕された。逮捕状は既に準備されていた。
この逮捕には氷見署内においても、男性の「自白」に「秘密の暴露が全くない」ことや、男性には犯行当時の明白なアリバイ(男性が犯行時刻とされた時間帯に自宅から知人に電話をかけたというNTTの通話記録など。)が存在したこと、現場証拠である足跡が28センチであるのに対し、男性の足が24.5センチと全く合わないことなどから、この男性に対する立件は無理ではないか、という声も強かったようである。それでも捜査は強行され、富山地検が男性を立件した。
富山地裁における裁判の席でも、男性は容疑を認め、結局男性の自白と少女らの証言が重要視され有罪判決が下り同年11月に懲役3年が確定。男性は刑を服し2005年1月に出所した。
富山県警が男性に冤罪事件について謝罪したとされる2007年1月23日夜の翌日、24日昼に、男性は富山地方検察庁に呼び出され、「当時の取り調べ捜査官、担当検事を恨んでいません」などという内容の調書を意思に反して作成させられた上、男性が知らないはずの事件の詳細についての自白書類が富山県警により捏造され、署名・指印させたことが判明している。
[編集] 真犯人判明後
男性が出所した後の2006年11月、別の容疑で他県警察に逮捕された51歳の男の自供により真犯人が判明。2007年1月17日に男性の親族へ経緯を説明し富山県警察が謝罪、1月19日に記者会見で事実が判明した。また、これを受けては、男性の無罪判決を求める再審請求を富山地裁に行った。また、1月29日に富山地検の検事正が男性に直接謝罪した。
再審の論告公判は8月22日に行われ、検察側は無罪を求刑し、2007年10月10日に無罪判決が言い渡された。
無実となった男性は真犯人発覚後にマスコミのインタビューに答え、尋問した刑事から「身内が間違いないと認めている」と告げられ弁明しても聞いて貰えず、罪を認めざるを得ない状況に陥ったと答えている。また、同意すること以外は意見を述べることを刑事から禁じられた上で、刑事の言うことが事実だという念書を書かされ署名させられていたとも告白している。同様の捜査手法は、同じく冤罪が確定した志布志事件でも採られている。すなわち、「お前の家族も、お前が犯人だと言っている」と告げたり、偽造まがいの手法により作られた家族の手紙を見せることで、被疑者を絶望に追い込み、自暴自棄になったところで自白を採るという手法が行われた。
平成19年10月10日富山地方裁判所高岡支部にて無罪判決が確定(検察側が控訴する権利を放棄したため)。但し無罪判決が確定したものの、取調べをした警察官等の証人尋問及び処分が実施されていないなど冤罪事件が発生した真実が解明されておらず、今後、国家賠償訴訟を起こすことを男性側が明らかにしているため、この訴訟によって真相についての解明は待たれる見通しである。だが、平成21年現在、訴訟は起こされていない。
再審では尋問した取調官の証人尋問が却下されている。藤田敏裁判長が「ただ単に無罪判決を出す手続きにすぎない」と理由を述べたためで、この発言に対し、「本気で真相を究明し、反省する気があるのか」という疑問や非難が出た。さらに判決公判でも謝罪は裁判所側からは一切行われておらず、判決中述べた裁判官のあまりにも他人事な発言に男性は「むかついた」と裁判長に対し怒りをあらわにした。
[編集] その後
冤罪事件の被害者たちが同じような証言をしている事から、このような方法は冤罪を生み出す手法として時代や場所を選ばずに行われている方法であるとも指摘される。6月6日には、日弁連主催で「えん罪を生み出す取調べの実態」というシンポジウムが緊急に開かれている。日弁連側は取調べを録画・録音(「可視化」)する事でこのような事態を防ぐべしと主張している。
また、当時尋問した取調官の一部はすでに民間企業などに天下っており、「天下りに有利になり、かつ警察の責任を回避させるためにこのような取調べ方法がとられている」という批判がある。だが、警察庁、検察庁、各裁判所ならびに法務省はこれらの問題に対しては一切触れることは無かった。また、再発防止策に対しての発言はあったが、その後、警察庁、検察庁、各裁判所及び法務省のいずれにおいても、発言自体が無かったことにされてしまった。
さらに、長勢甚遠法務大臣(当時)が再審前の平成19年1月26日に男性に対し謝罪した際、男性が述べた自白の強要については違法性が無いと述べ、当時の捜査員に対して処分は行わないことを決定している。その上、長勢法相が感情を抑えきれずに声を出して笑う場面も報じられており、批判を集めている。
なお、男性の父親は男性の逮捕当時入院中で、息子の逮捕は知らされず男性の服役中に亡くなっている。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 母の遺影持たせ自供強要 県警誤認逮捕の男性告白(北日本新聞2007年03月22日付)

