九段下ビル

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九段下ビル(九段坂より望む)

九段下ビル(くだんした - )は、東京都千代田区神田神保町3丁目にある雑居ビル。旧称:今川小路共同建築

関東大震災で被災した近隣の商店主達が共同出資して組合を作り、公庫低利融資を受けて建設したもので、当初は出資額に応じて持ち分が割り振られていた。南省吾が設計し1927年に竣工。同潤会アパート復興小学校聖橋などと同じく、東京復興のランドマークになった。

鉄筋コンクリート造の中規模ビルディングで、1階は路面店舗、2階には商店主の居宅、3階は貸事務所という配置であった。看板建築の個人商店が立ち並ぶ町を立体化することで、土地の有効活用や災害耐性の強化などを図る目論見で、同種の企画は他にも立てられていたが、商業施設兼用の復興住宅として実現に至ったのは九段下ビルだけであった。

1935年にはニットー・タイヘイ東京吹込處が置かれ、多くの流行歌がここで収録された。また戦後の昭和30年代以降、大原簿記学校が当ビルで永らく開校していた。その後3階は区割りされ賃貸住宅に転用された。

都心の超一等地にあるため地上げの格好のターゲットにされ地権が複雑化したが、バブル崩壊によって沙汰止みになり、補修の手を加えられぬまま老朽化が進んだ。

屋上付帯設備を含め地上4階で、磁器タイル仕上げ。2009年現在、剥落事故防止の観点から外構をネットで覆っている。