中華民国臨時政府 (北京)

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中華民国臨時政府
中華民國臨時政府
中華民国
冀東防共自治政府
1937年 - 1940年 汪兆銘政権
中華民国の国旗
国旗
国の標語: 和平、反共、建國
中華民国の位置
公用語 中国語
首都 北京
行政委員長
1937年 - 1940年 王克敏
変遷
1937年12月14日 成立
1940年3月30日 南京国民政府に合流
中華民国臨時政府要人
左から高凌斉燮元王克敏江朝宗董康湯爾和王揖唐王蔭泰

中華民国臨時政府(ちゅうかみんこくりんじせいふ)は、1937年12月14日に、それまで中華民国が支配していた北京で成立し、河北省山東省河南省山西省の華北四省、北京市及び天津青島市といった地区を統括していた政府。

現在の中華民国や中華人民共和国のみならず、日本においても「日本が日中戦争時に樹立した傀儡政権」とされる。

国旗には、中華民国の旧国旗である五色旗が使用されていた。他に「和平、反共、建國」の文字の入った旗があったとも言われる。独自の通貨として中国聯合準備銀行券(聯銀券)を発行し、華北自治軍という軍事組織を保有していた。

歴史[編集]

1935年に成立していた冀東防共自治政府もこの臨時政府に合流した。

日本政府は1938年1月、「国民政府を相手とせず」声明を発表して臨時政府に期待をかけたが、中国民衆の支持を得られず、事変拡大の流れを止めることは出来なかった。1940年南京汪兆銘南京国民政府を樹立すると、臨時政府は解散し、華北政務委員会へと改編された。

行政区画[編集]

下部に4省、3市、2地区を管轄した。

省政府は省公署と称され下部に省長、秘書処、参事室、顧問室、民生庁、財政庁、教育庁、建設庁、警務庁が設置された。市政府には市長、参事、秘書処、社会局、財政局、教育局、工務局、衛生局、警察局が設置されていた。

華北政務委員会に改編される際に追加された行政区

政権人事[編集]

政府委員長は王克敏。臨時政府の構成員は、元北京政府の官僚が多数を占めていた。

人 名 臨時政府官職 北京政府での前職
王克敏 Wang Kemin.jpg 行政委員会委員長兼行政部総長 財政総長
湯爾和 Tang Erhe.jpg 議政委員会委員長兼教育総長 財政総長
董康 Dong Kang.jpg 司法委員会委員長 司法総長・財政総長
王揖唐 Wang Yitang.JPG 内政総長 内務総長
斉燮元 Qi Xieyuan.jpg 治安総長兼華北治安軍司令 江蘇督軍
王蔭泰 Wang Yintai.jpg 実業総長 外交総長・司法総長
江朝宗 Jiang Chaozong.jpg 北京特別市長 歩軍統領
高凌 高凌霨.jpg 天津特別市長 内務総長・代理国務総理

関連項目[編集]