中正紀念堂

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世界測地系25°2′4″N, 121°31′18″E

中正紀念堂
National Chiang Kai-shek Memorial Hall
中正紀念堂
中正紀念堂
各種表記
繁体字: 中正紀念堂
簡体字: 中正纪念堂
: Zhōngzhèng Jìniàntáng
通用: Jhongjhēèng Jìniàntáng
注音符号: ㄓㄨㄥ ㄓㄥˋ ㄐ|ˋ ㄋ|ㄢˋ ㄊㄤˊ
台湾語: Tiong chèng kí liām tnag
英文: National Chiang Kai-shek Memorial Hall
  
総統蔣介石座像と儀杖隊
国家音楽庁

中正紀念堂(ちゅうせいきねんどう)は中華民国台北市中正区に位置する総統蒋介石の顕彰施設。中国の伝統的な宮殿陵墓式が採用されている。

目次

[編集] 概要

中正紀念堂は中華民国の初代総統蒋介石を顕彰し1980年に竣工した。中正紀念堂の「中正」は蒋介石の本名であり、介石は(あざな)である。

初代から第5代にわたって総統職を務めていた蒋介石が1975年に死去した際、行政院日本の内閣に当たる政府組織)が全国民の哀悼の意を表すことを目的として、同年6月に紀念堂建設を決定、中正紀念堂籌備小組籌備委員(後に中正紀念堂籌建指導委員会と改称)が建設準備を推進、蒋介石生誕90年に当たる1976年10月31日に起工され、1980年3月31日に完成した。一般公開されたのは同年の4月5日である。


午前6時30分に儀杖隊が中正紀念堂に進駐し、午前9時より警護および毎時交代儀式が再開された。なお、儀杖隊の交代儀式は、1日に10時、11時、12時、13時、14時、15時、16時、17時の8回挙行されている。

[編集] 施設

中正紀念堂の敷地面積は25万m²にのぼり、日本統治時代の山砲隊、歩兵第一連隊の軍用地跡地である。敷地中には本堂のほかに国家戯劇院国家音楽庁、台湾民主公園広場、休息所や回廊、庭園、池(光華池・雲漢池)なども併設されている。本堂を始めとするこれらの施設は市民達の憩いの場となっているほか、公園広場は政治的な集会の場として使用されることも多く、特に1987年の戒厳令解除後には学生運動やストライキの集合地点としてしばしば使用された。また、中正紀念堂の最寄駅である台北捷運(Taipei Metro)の中正紀念堂站(站=駅)はホームが中正紀念堂を意識したデザインになっているほか、出入口も紀念館へ向かうことを配慮した設計となっている。

敷地の東側に位置する紀念本堂の面積は約1万5千m&sup2で、西にある中国大陸を臨むように設計されている。建物の高さが70mにも及ぶ本堂にはという高さ30メートルの正門と他2つの門があり、その内部はメインフロアと地階に分けられている。メインフロアの奥には巨大な蒋介石の銅像が設置されており、銅像の上部には蒋介石の基本政治理念であった「倫理民主科学」という三民主義の本質が、像の土台にはいう蒋介石の遺言がそれぞれ記されている。日中は像の両脇で儀杖隊が警護しており、1時間ごとに交代の儀式が行われる。なお、フロアの天井の最上部には国章である「青天白日」の徽章が描かれている。

また、地階には以下のような施設が設置されており、それぞれが蒋介石の顕彰施設としての役割を果たしている。

  • 文物展示室 - 蒋介石の衣服、文献、写真などを陳列しており、蒋介石の一生または業績に従って11のユニットに分けられている。
  • 中央通路 - 蒋介石が生前乗用した2台のキャディラックと台湾民主公園の模型が展示してある。
  • 中正紀念図書館 - 床面積が2418m&sup2にも及ぶ図書館で、蒋介石の著作や彼に関連する書物を中心とした3万冊以上の書籍、150冊以上の定期刊行物が収蔵されている。また、館内には視聴覚エリアがあり、文化、歴史などに関連するビデオテープなどの視聴覚教材が利用できる。
  • 故蒋介石総統紀念室 - 1994年10月31日に完成した施設で、蒋介石が総統として勤務していた執務室を当時の文物を用いて再現したものである。陳列物は宋美齢夫人が描いた水墨画以外はほとんどが外国からの贈答品で占められている。

なお、地階にはこの他にも講演ホールや懐恩ギャラリー、中正ギャラリーや端元ホールといった施設がある。

[編集] 建築テーマ

蒋介石を追悼する場であると同時に、中国文化・精神と中華民国の思想イデオロギー)を示す場でもあるため、建物の各部分がさまざまなテーマに基づいて設計されている。

  • 屋根 - 北京天壇を模して造られた本堂の屋根は八角形で、「」の八徳を象徴している。また、「人」の字が重なって天に達するように見える設計もされており、これによって「天人合一」(天と人が一つになる)という中国の思想を反映している。その他にも、頂の黄金色が栄光ある昇華を象徴している。
  • ひさし - 二重のひさし(簷)のことを中国語では「複簷」と言うが、この「」は「」と発音が同じであることから、中華民国の復興と大陸の回復(国共内戦で中華民国政府が失った中国大陸の領土の奪還)という目標を表わしている。
  • 階段 - 本堂の三方には花崗岩の階段が84段あるが、正面の階段にある5段を加えると89段になるので、これによって蒋介石の享年である89を表わしている。また、正面階段の中央には国徽(国の象徴)であることを示す「御路」(中国の伝統建築において、宮殿や廟堂にのみ用いられる参拝路)があるほか、3層ある階段によって蔣介石と中華民国が奉ずる三民主義の「民権民族民生」を表わしている。
  • 基礎 - 3層からなる本堂の広い基礎部分はすべて正方形であり、これによって蒋介石の本名である「中正」を象徴している。
  • 外装 - 本堂の外装は屋根瓦として用いられている青色の瑠璃瓦、壁に用いられている白色の大理石によって中華民国の国章である「青天白日」を表している。更には、紀念館前の伝統図案による花壇も含めることによって、「自由、平等、博愛」を象徴する「青天白日満地紅」(中華民国の国旗の図柄)を表すような配慮もされている。ちなみに、「青天白日」は蒋介石が所属していた中国国民党の党章でもある。
  • 山並み - 敷地内にある国家戯劇院の屋根は「廡殿」、国家音楽庁の屋根は「歇山」と呼ばれる中国の伝統的な設計にそれぞれなっており、紀念館の八角形の屋根を「主峰」として3つの山が立ち並ぶように配置されている。

[編集] 外部リンク

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