マルマライ

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マルマライ(Marmaray)はボスポラス海峡を横断する海底鉄道トンネルにより、イスタンブルヨーロッパ側とアジア側を接続する事業の名称である。Marmarayの名称は事業区域のすぐ南にあるマルマラ海 (Marmara) と、トルコ語で鉄道を意味するrayポートマントー(混成語)である。

概要[編集]

赤い部分が事業区間であり、点線部分がトンネルとなる。

イスタンブルは人口1300万人を有し一大経済圏を形成し、またアジアとヨーロッパ結ぶという地理的な要因によって交通の要所として栄える、イスラム圏最大級の世界都市である。そのイスタンブルにおいて都市形成に大きなインパクトを与えているのが、ヨーロッパとのアジアとを分断する全長約30kmのボスポラス海峡であった。

この海峡には第一ボスポラス大橋ファーティフ・スルタン・メフメト橋という2本の道路橋やフェリーなどの船舶があるものの、人口増加や経済発展に伴い深刻化するイスタンブルの交通事情のボトルネックとなっていた。そのため地下トンネルによって両岸を鉄道で結ぶ事で街の混雑緩和を図り、海峡で二分された街の一体化によって名実ともに“アジアとヨーロッパの結合点”として成長させる、トルコ国家を挙げての大事業がマルマライであった。

計画自体はオスマン帝国時代の1860年に設計図が描かれて以降、何度も計画が立ち上がたものの、政治的あるいは技術的理由により頓挫した経緯を持ち、トルコ国内では“トルコ150年の夢”として国民の関心も高い[1]

事業区間はボスポラス海峡下を沈埋トンネル(ボスポラス海峡横断トンネル)によって横断する13.6 kmの区間と、既存設備を改良する63 kmの郊外区間に分けられ、ゲブゼハルカル間、計76.3 kmは高頻度運転路線となる予定である。日本大成建設と現地トルコのガマ重工業、ヌロール社の3社によるJV[1]、高度な技術を必要とする沈埋トンネル部分を主に大成建設が、近隣対策が必要な郊外部分を主にガマ重工業およびヌロール社が施工している。

トンネル[編集]

海峡区間は、11個の函を組み立てた全長1,387mの沈埋トンネルにより横断する[2]。これらの函はもっとも深いところで海面下約60mの場所に置かれる。海水部分が55m、海底部分が4.6mである[3]。世界有数といわれる海流速(約2.5m/秒)という厳しい条件下での施工であったが、2004年5月に着工し、2008年8月には海中60mでの沈埋函接続を、2010年2月には海底トンネル(沈埋工法)とアジア側のアイルルクチェシュメから掘られた陸地トンネル(シールド工法NATM工法)との接続をそれぞれ成功させた。2011年2月にはヨーロッパ側のカズルチェシュメから掘られたトンネルとも接合され、トンネル全体が貫通した。

なお、海底トンネル沈設完了の公式セレモニーは2008年10月13日[4]、貫通記念セレモニーは2011年2月26日にそれぞれ執り行われた[2][注釈 1]

鉄道[編集]

地下駅としてユスキュダル駅(新設)、シルケジ駅、イェニカプ駅が建設され、37駅は改築あるいは改装される[5][6]。イェニカプ駅ではイスタンブル地下鉄およびライトレールと接続予定である[7][8]。郊外線の改良区間では3線目の線路が追加され、両方向とも輸送能力が 7万5000人/時に増やされる。ゲブゼ‐ハルカル間を104分で結ぶ予定である[6]

2013年8月4日に、試運転が始まり、トルコ共和国建国から90周年に当たる2013年10月29日に開業し、開業記念式典・開通式典には日本の安倍晋三首相も出席した[9]

この完成によってイスタンブルでの公共交通の鉄道利用率が3.6%から27.7%に上昇し、東京の60%、ニューヨークの31%に次いで世界第3位になるとされている。従前フェリーで30分間かかっていた海峡間の移動は、4分に短縮される[1]

2008年11月11日現代ロテムはこのプロジェクト向けの車両の供給を5.8億ユーロで契約したと公表した。現代ロテムは交通省が提示した440両の製造に関する競争入札において、アルストムCAFボンバルディアシーメンス・Nurolのコンソーシアムに勝利した。

全長 22m のステンレス車は5両編成または10両編成で組成される。現代ロテムとトルコの車両製造メーカーTÜVASAŞの合弁会社ユーロテムにより製造される車両もある。車両は3次に渡って製造され、最初の2011年には160両製造され、2014年に完了する予定である。

工事[編集]

遺跡の出土[編集]

事業は2010年時点で、2年以上の遅れが発生していた。この遅れは海底トンネルのヨーロッパ側の終端予定地でのビザンティン帝国時代の遺跡の発掘が大いに関係している。(2005年に、4世紀のコンスタンティノープルの港「ポルトゥス・テオドシアクス(Portus Theodosiacus テオドシウス港)」の遺跡を掘り当てた[10]。)さらに発掘により、アンフォラを含む古器物加工品、陶器の欠片、貝殻、骨、馬の頭蓋骨、袋の中に入った9つの人間の頭蓋骨等、イスタンブルにおける定住の最古の証拠が掘り出され、紀元前5000年より前から人間がイスタンブルに住んでいたことが分かった[11]

工事中の地震対策[編集]

トンネルは北アナトリア断層から18kmしか離れていないため、心配する技術者や地震学者もいる。1万人以上が死亡した巨大地震が知られているだけでも2桁は発生している。30年以内にマグニチュード7.0以上の地震に見舞われる可能性が最大77%になると科学者により見積もられている[12]。トンネルが建設される場所の下の水を多く含み泥のような土壌は地震で液状化することが知られており、技術者は安定にするために海底下24mに工業用セメントを注入している[13]。トンネルの壁面は防水コンクリートと鋼鉄のシェルでできており、それぞれが独立して水の浸透を防ぐ。地震が発生した場合に、高層建築物のように曲がるように造られている。壁が壊れた場合には、函の接続部にある水門が閉まり、水を隔離できる[14]

建設工事を監督している国際コンソーシアム Avrasyaconsult のプロジェクトマネージャー Steen Lykkeはそのことを要約して「このプロジェクトに欠けているチャレンジは思いつかない」と発言している[10]

援助[編集]

マルマライに対し、国際協力機構欧州投資銀行が主に援助している。2006年4月までに、旧国際協力銀行が1110億円の円借款を[15]欧州投資銀行が10億5000万ユーロを融資している。マルマライの総工費は約25億ユーロ(約4100億円)と見積もられている。

関連項目[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 貫通式典には同国のレジェップ・タイイップ・エルドアン首相など政府要人も駆けつけており、このプロジェクトの重要性が窺える。

出典[編集]

  1. ^ a b c “ボスポラス横断トンネル、29日開通式典”. 建設通信新聞 (日刊建設通信新聞社). (2013年10月11日) 
  2. ^ a b 大成建設 | プレスリリース - ボスポラス海峡横断鉄道トンネル貫通 2012年1月30日閲覧。
  3. ^ Smith Julian, "The Big Dig" Wired Magazine. Sept. 2007
  4. ^ [1]
  5. ^ Facts and figures, web page at the Marmaray web site. 2007年9月24日閲覧。
  6. ^ a b Travel time and alignment, web page at the Marmaray web site. 2007年9月24日閲覧。
  7. ^ Istanbul, web page at urbanrail.net. 2008年9月4日閲覧。
  8. ^ Istanbul Metro and LRT, web page at the Marmaray web site. 2007年9月24日閲覧。
  9. ^ 日-トルコ「友情のシンボルに」 首相、ボスポラス海峡横断地下鉄開通で祝辞
  10. ^ a b Smith Julian, 前掲誌 p. 157.
  11. ^ Smith Julian, 前掲誌 p. 159.
  12. ^ Heightened odds of large earthquakes near Istanbul: An interaction-based probability calculation, web page at the USGS web site. 2008年9月6日閲覧。(日本語版PDFファイル
  13. ^ PowerPoint Slide (PDF file, p. 6), web page at the ita-aites web site. 2008年9月6日閲覧。
  14. ^ Smith Julian, 前掲誌 p. 158.
  15. ^ 2008年の政府系金融機関改組で円借款は国際協力機構に移管された。

外部リンク[編集]