ブラッド・スウェット・アンド・ティアーズ

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ブラッド・スウェット・アンド・ティアーズ (Blood, Sweat & Tears、BS&T)は、アメリカで1960年代後半から1970年代にかけて活躍したロックバンドである。バンド名は、ジョニー・キャッシュの曲名をそのまま拝借したもの[1]

来歴[編集]

1967年アル・クーパーボーカルキーボード)を中心に結成され、同年にはコロムビア・レコードとの契約を得て、1968年にデビュー。ロックジャズを融合させ、リズム・セクションに重厚なホーンを加えたサウンドで、人気を博した、全員が大卒というインテリバンドだった。しかし、デビューから間もなくアル・クーパー、ランディ・ブレッカートランペット)、ジェリー・ワイス(トランペット)の3人が脱退し、以降メンバー・チェンジを繰り返した。アルの後任としてローラ・ニーロを勧誘したが、これは実現せず、デヴィッド・クレイトン・トーマス等が加入。 オリジナルメンバーの中のドラムス担当だったボビー・コロンビーは、その類いまれなるドラミングセンスにより、バンドはミュージシャンたちからも注目され、支持されるようになる。そんなドラミングのレコーディングは、実際は、その当時から名スタジオミュージシャンだった、バーナード・パーディによる演奏だったとパーディ自身も広言していたが、数々のライブでコロンビー本人のプレイであることが明らかとなっている。コロンビーは、有名大卒のMBA取得者でもあり、後にコロンビアレコードの副社長にまでなった。

セカンド・アルバム『Blood, Sweat & Tears』は1969年グラミー賞の最優秀アルバムを受賞し、ブラス・ロックの中心的バンドとなった。しかしながら、バンドメンバーの中で唯一、大卒ではないトーマスのフロントマンとしてのワンマンバンド的なふるまいにプレイヤーの多くが反発。しかしながら、彼の力強い個性的なヴォーカルがバンドの名物であったため、多くのメンバーがクレイトン・トーマスのヴォーカル時代にバンドを去った。そして、まだまだロックがビッグビジネス化する前の時代ゆえ、その多くは音楽ではなく実業界のほうに転出していった。1971年には初来日し、武道館でコンサートを行なっている。

現在も、メンバーはオリジナルから大幅に代わっており、新曲の発表もないものの、ヴォーカルのデヴィッド・クレイトン・トーマスを中心としたメンバーで、アメリカや世界各地でライブ活動などを行っている。

主な作品[編集]

  • Child Is Father To The Man(1968年)
  • Blood, Sweat, and Tears (1969年)
  • BS&T 3 (1970年)
  • BS&T 4 (1971年)
  • New Blood (1972年)
  • No Sweat (1973年)

脚注[編集]

  1. ^ ジョニー・キャッシュのアルバム'Blood, Sweat and Tears'に基づいていて、これは1940年にドイツとの戦いを鼓舞するウィンストン・チャーチル首相の名言Blood, toil, tears, and sweat(「血と苦労と涙と汗しか与えることができません」)に基づいた命名である。

外部リンク[編集]