フィーダー (バンド)

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フィーダー (Feeder)
Renegades Camden.JPG
基本情報
出身地 ウェールズの旗 ウェールズ
日本の旗日本
ジャンル オルタナティブ・ロック
インディー・ロック
ポスト・グランジ
グランジ(初期)
ポスト・ブリットポップ
活動期間 1994年-
レーベル Big Teeth Music(2010年-)
Echo(1994年-2008年)
ポニーキャニオン(1997年-2007年)
ビクターエンタテインメント(2008年-)
メンバー
グラント・ニコラス
タカ・ヒロセ
カール・ブラジル
旧メンバー
ジョン・ヘンリー・リー
マーク・リチャードソン

フィーダー(Feeder)はイギリスロックバンド1994年ニューポートにて結成。

現メンバー[編集]

過去メンバー[編集]

  • マーク・リチャードソン (Mark Richardson 1970-) ドラム (4th-6th)
  • ジョン・ヘンリー・リー (John Henry Lee 1968-2002) ドラム (1st-3rd)

来歴[編集]

3人の出会いと結成(1992年-1996年)[編集]

ウェールズニューポート出身のグラント・ニコラスとジョン・ヘンリー・リーは20歳の時に出会う。2人は"Temper Temper"というバンドを結成し、その後 "Rain Dancer"と名前を変えて、ウェールズ人のメンバーと共に活動していた。その後のフィーダーの源流ともいえるバンドだったが、うまくいかずに挫折してしまう。その後、グラントはロンドンで働きながら新たな音楽性を模索し、ジョンもグラントを追いかけるようにロンドンへ出てくる。


そうした中、岐阜県穂積町出身の日本人で、中日新聞のロンドン支局で働く傍らグラフィックデザインを学んでいたタカ・ヒロセが、1994年に雑誌"Loot"に出したバンドメンバー募集の告知にグラントとジョンが反応したことで、新たなバンドである"Real"を結成するが、その名前をグラントが気に入らなかったことから"Feeder"(グラントが飼っていた金魚の名前から取ったという)と改称した。
結成直後から精力的にライブ活動を行い、同年にはイギリスの新興インディーズレーベル、Echo Recordsと契約する。1995年9月には最初のシングルとして、2曲から構成される自主制作EP『トゥー・カラーズ(Two Colours)』をリリースする。ライブ会場での手売りのみで、現在では非常にレアなアイテムとなっている。
デモテープも積極的に製作し、翌年の1996年6月には、6曲から構成されるミニアルバム『スイム(Swim)』がリリースされ、イギリスで本格的にデビューする。

『ポリシーン』(1997年-1998年)[編集]

1997年5月、初のフルアルバム『ポリシーン(Polythene)』がリリースされ、日本でもデビューする。グランジの影響を強く受けたヘヴィなサウンドを特徴としていたため、UKの音楽メディアには「スマッシング・パンプキンズに対するイギリスからの回答」と評されることが多かった。

同年10月にUKでリリースされたシングル「ハイ(High)」はスマッシュヒットとなり、『ポリシーン』に追加収録されることとなった。フィーダーの代表曲のひとつで、日本でもミニアルバムとしてリリースされている。この曲が収録された『ポリシーン』は、アメリカでもエレクトラ・レコードからリリースされている。1998年はほぼUK・USを周るツアーが中心となったが、このツアーはかなり過酷なものだったという。

『イエスタディ・ウェント・トゥー・スーン』(1999年-2000年)[編集]

1999年7月、前述したツアーの合間にレコーディングが行なわれ、2ndアルバム『イエスタディ・ウェント・トゥー・スーン(Yesterday Went Too Soon)』がリリースされる。シングルカット曲の中でも、ツアーでの経験からインスパイアされた曲だという「インソムニア(Insomnia)」と「イエスタディ・ウェント・トゥー・スーン」は、共にUKチャートで「ハイ」を上回るヒット曲となり、BBCの番組「トップ・オブ・ザ・ポップス」にも出演した。
そして、同年に開催されたフジ・ロック・フェスティバルに初出演し、これが初来日となった。それ以前からUKでライブバンドとしての地位を固めていたこともあって大成功を収め、タカにとっては凱旋帰国と言うべきものであった。2000年1月には初の単独来日公演が行なわれている。

『エコー・パーク』(2001年)[編集]

2001年4月にリリースされた3rdアルバム『エコー・パーク(Echo Park)』は、プロデューサーにピクシーズフー・ファイターズなどを手掛けたギル・ノートンを起用。先行シングル「バック・ロジャーズ(Buck Rogers)」「セヴン・デイズ・イン・ザ・サン(Seven Days In The Sun)」が立て続けにヒットし、アルバムも初登場5位を記録している。特に"Buck Rogers" "Seven Days In The Sun"の2曲と、「ジャスト・ア・デイ(Just A Day)」は、プレイステーション2のゲーム「グランツーリスモ3 A-spec」に使用されたことで爆発的ヒットとなる。"Just A Day"はシングルのB面曲として既にリリースされていたものの、あまりの反響の大きさからA面曲としてリリースされた。

11月には『エコー・パーク』のヒットにより、デビュー当初からフィーダーを取り上げていた雑誌「ケラング!」が主催する"2001 Kerrang! awards"で"Best British Live Act"を受賞した。

ジョンの死と『コンフォート・イン・サウンド』(2002年-2004年)[編集]

2002年1月、ジョンがマイアミの自宅で自殺する。グラントは「メロディよりもジョンの不在が寂しい」と語ったものの、バンド活動を継続することを表明。この決断にはジョンの家族からの説得もあったといわれる。

ジョンの自殺という大きな悲しみの中で製作され、10月にリリースされた4thアルバム「コンフォート・イン・サウンド(Comfort in Sound)」は、UKでは50万枚を売り上げ、フィーダー最高のヒット作となった。このアルバムからの楽曲「ファインド・ザ・カラー(Find The Colour)」が、2003年に日産・エルグランドのCM曲として使用され、日産自動車のCM曲を集めたコンピレーションアルバムSHIFT-NISSAN CM TRACKS-」にも収録された。
この年には『コンフォート・イン・サウンド』のヒットが契機となり、"2003 Kerrang! awards"で"Best British Band"を受賞している。 また同年にはUKと日本でツアーを行い、2004年はほぼ新作のレコーディングに集中した。

『プッシング・ザ・センシズ』・『ザ・シングルズ』(2005年-2007年)[編集]

2005年2月、5thアルバム『プッシング・ザ・センシズ(Pushing The Senses)』をリリースする。このアルバムから、ジョン死去後にサポートのドラマーとして協力していたマーク・リチャードソンが正式メンバーとなった。 同年には3度目となるフジ・ロック・フェスティバルへ出演し、タカがNHKの番組「トップランナー」に出演した。

2006年5月にはこれまでを総括するとともに、新曲3曲を加えたベストアルバム『ザ・シングルズ(The Singles)』がリリースされ、2007年7月には、シングルB面曲を集めた裏ベストアルバムともいえる『ピクチャー・オブ・パーフェクト・ユース(Picture of Perfect Youth)』がリリースされた。

『サイレント・クライ』(2008年)[編集]

2008年3月、新曲「ミス・ユー(Miss You)」がフィーダー公式サイトで配信され、3ヵ月後の6月に、6thアルバムとなる『サイレント・クライ(Silent Cry)』がリリースされる。前作までプロデューサーを務めていたギル・ノートンの手を離れ、ほぼセルフプロデュースで製作された。7月には4度目となるフジ・ロック・フェスティバルに出演し、2009年2月には5度目となる来日公演が行なわれた。

マークの脱退と『レネゲイズ』(2009年-2010年)[編集]

来日公演後の5月6日、公式サイトを通じて、マークが脱退することが発表される。マークの脱退後には、後任ドラマーであるカール・ブラジルと共にUKでのツアーを続行した。 秋には結成時からの所属レーベルだったEcho Recordsの倒産により、自主レーベルであるBig Teeth Musicを立ち上げている。
2009年の暮れには、サイドプロジェクト"Renegades"名義で新曲を発表し、2010年に入ってからは小規模のライブツアーを積極的に行ないながら、EPを2枚リリースした。
そして、6月には『レネゲイズ(Renegedes)』のタイトルで7枚目のアルバムがリリースされている。 タイトルトラック「Renegades」はゲームSaints Row: The Thirdに使用されている。

2010年9月には6度目となる来日公演を行なった。代官山UNITでの最終公演はUstreamを使って生中継され、アンコールではLUNA SEAのメンバー・INORANが登場し、メンバーと共にニルヴァーナの曲「ブリード」をカバーしている。

『ジェネレイション・フリークショウ』(2011年-2012年)[編集]

2011年3月11日に発生した東日本大震災を受け、3月27日には新曲「サイド・バイ・サイド(Side By Side)」をiTunes Storeで配信した。シングルの売り上げは日本赤十字社を通し、義援金として寄付された。

2012年4月には、8枚目のスタジオ・アルバムとなる最新作『ジェネレイション・フリークショウ(Generation Freakshow)』がリリースされた。日本盤ボーナストラックとして前述の"Side By Side"が収録されたほか、 メンバーと親交のある後藤正文(ASIAN KUNG-FU GENERATION)と細美武士(the HIATUS)が、それぞれ収録曲2曲をカバーしている。

7月には、ショウケースライブとして東京と仙台で来日公演を行った。

ディスコグラフィ[編集]

スタジオアルバム[編集]

その他[編集]

  • トゥー・カラーズ(Two Colours)/1995年(デビューEP:日本未発売)
収められている2曲はその後再アレンジが施され、シングル"Cement"のB面に収録されたほか、日本でも『ポリシーン』のボーナストラック、日本編集盤『ハイ』に収録されている。
  • スイム(Swim)/1996年(ミニアルバム)
2001年には、オリジナルの6曲に同時期にリリースされたシングルB面曲とPVを追加したものがUKで再発され、2006年には来日記念盤の形で日本でも発売された(PVは省略されている)。
初のベストアルバム。限定盤ではDVD付きでリリースされ、シングル曲のPVが収録されている。
2枚組みB面集。元々は公式サイトのみで2004年に限定販売されていた。

日本編集盤[編集]

それぞれのスタジオアルバムと対になる日本編集盤がリリースされている。

  • ハイ(High)/1997年
日本初EP。UK盤『ポリシーン』に収録された表題曲の他に、"Crash" のシングルバージョン、同時期のシングルB面曲5曲が収録されている。
2000年来日記念盤。『イエスタデイ・ウェント・トゥー・スーン』のアルバム収録から漏れた曲をメンバー自らが選んでいる。アルバムのブックレットには、タカから日本のファンへ向けたメッセージカードが入っている。
  • セヴン・デイズ・イン・ザ・サン(Seven Days In The Sun)/2001年
2001年来日記念盤。『エコー・パーク』の日本盤には収録されなかった"Satellite News"が収録されている。
『ポリシーン』から『エコー・パーク』までの代表曲を収録した編集盤。日本盤発売元だったポニーキャニオンのプロモーション用として作られたため、公式にはリリースされていない。
  • ファインド・ザ・カラー(Find The Colour)/2003年
2003年来日記念盤。『ポリシーン』の収録曲"Suffocate"のシングルバージョンや、フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドポリスのカバー曲などが収録されている。
  • フィール・イット・アゲイン(Feel It Again)/2005年
2005年来日記念盤。シングル "Feeling A Moment" のB面曲や、『ピクチャー・オブ・パーフェクト・ユース』からの収録曲で構成されている。
2009年来日記念盤。『サイレント・クライ』の発売後にギル・ノートンのプロデュースでレコーディングされた新曲2曲や、パブリック・イメージ・リミテッドのカバー曲などが収録されている。

来日公演[編集]

名古屋CLUB QUATTRO
心斎橋CLUB QUATTRO
新宿LOFT
名古屋CLUB QUATTRO
心斎橋CLUB QUATTRO
SHIBUYA-AX
名古屋CLUB QUATTRO
SHIBUYA-AX
心斎橋CLUB QUATTRO
SHIBUYA-AX
名古屋CLUB QUATTRO
大阪BIGCAT
広島CLUB QUATTRO
福岡DRUM Be-1
赤坂BLITZ・渋谷CLUB QUATTRO
名古屋CLUB QUATTRO
大阪BIGCAT
福岡DRUM Be-1
当初は2008年10月に予定されていたが、直前にグラントの喉の不調で公演が延期され、2009年2月に無事行なわれた。
代官山UNIT
  • 2010年9月
福岡DRUM Be-1
大阪BIGCAT
名古屋CLUB QUATTRO
渋谷O-EAST
仙台JUNK BOX
代官山UNIT
  • 2012年7月
渋谷CLUB QUATTRO
仙台JUNK BOX
2公演とも、細美武士がゲストとして登場している。

外部リンク[編集]

  • Feeder - 公式ウェブサイト(英語)