ナッティ・ナイドハート

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ナッティ・ナイドハート
ナッティ・ナイドハートの画像
プロフィール
リングネーム ナタリヤ
ナッティ・ナイドハート
ナタリア・ナイドハート
ナディア・ハート
本名 ナタリー・キャサリン・ナイドハート
身長 165cm
体重 61kg
誕生日 1982年5月27日(32歳)
出身地 カナダの旗 カナダ
アルバータ州カルガリー
所属 WWE
トレーナー ブルース・ハート
ロス・ハート
デビュー 2000年
テンプレートを表示

ナッティ・ナイドハートNattie Neidhart1982年5月27日 - )は、カナダの女子プロレスラーアルバータ州カルガリー出身。

近年はナタリヤNatalya)のリングネームWWEに所属している。ハート・ファミリーの出身で祖父はスチュ・ハート、父はジム・ナイドハートという3代目プロレスラーである。

来歴[編集]

カナダのプロレス名門ハート・ファミリーに生まれ、ハート家の地下にある "ハート・ダンジョン" でトレーニングを重ねる。2003年には、1999年に復活したスタンピード・レスリングで活動を始めた。2004年には自らの技術向上のためイギリスの団体に参加し、2005年にはAtoZNEO女子プロレスなど日本のリングにも登場(リングネームは「ナディア・ハート」)。その後はカナダへ戻り、活動を続けた。

2007年にWWEと契約し、DSWに所属。その後FCWへ移動。FCWではいとこのハリー・スミステディ・ハートと共に活動した。

2008年4月にスマックダウンに初登場。ビクトリアと共にディーヴァコンテストに乱入し、ミシェル・マクールチェリーを襲撃する。この時点ではまだ素性は不明で、謎の女性とされていた。翌週、ビクトリアによって、名前は「ナタリア・ナイドハート」でジム・ナイドハートの娘であると明らかにされた(後にファミリーネームを省き、「ナタリア」の名義で活動する)。

以後はビクトリアとのコンビでミシェル・マクール&チェリーと抗争を開始。6月にはスマックダウンGMのヴィッキー・ゲレロによりディーヴァズ王座が新設されることとなり、その王座挑戦資格を勝ち取るが、同年のグレート・アメリカン・バッシュでミシェル・マクールに敗退、初代ディーヴァズ王者を逃した。

2009年2月からスマックダウン所属ながら主にECWで活動するようになる。ECWではタイソン・キッドと共にヒールとして活動し、4月の追加ドラフトにより正式にECWに移籍。その後同じくECWに移籍してきたデビッド・ハート・スミス(DHスミス)を加え、ハート・ダイナスティThe Hart Dynasty)を結成する(結成直後は「ハート・トリロジー」と呼ばれていた)。6月のトレードでキッド、スミスと共に再びスマックダウンへ移籍し、クライム・タイムと抗争を展開した。

デビュー当時からヒールとして活動していたが、2010年レッスルマニア26ブレット・ハートビンス・マクマホンの一戦をきっかけにフェイスターンする。その後追加ドラフトによりキッド&スミスと共にRAWへ移籍。9月から統一ディーヴァズ王座をめぐりレイ・クール(ミシェル・マクール&レイラ)と抗争。その頃からシングルプレイヤーとしての活動が多くなり、11月15日にはキッドとスミスの仲間割れが原因でハート・ダイナスティは解散となった。11月21日のサバイバー・シリーズの2対1のハンディキャップマッチ形式の統一ディーヴァズ王座戦で勝利し、初の王座を獲得した。

2011年8月に再びヒールターンし、その後はベス・フェニックスディーバズ・オブ・ドゥームDivas of Doom)を結成したが、彼女自身は不調となり、徐々にベスに見放されていく。その後DODが自然消滅し、ベビーターンしグレート・カリと恋人ギミックとなり、ホーンスワグルも携えて行動を共にし活躍したが、2013年にキッドと婚約すると同時にこれまた自然消滅的に袂を分かった。 それからはNXTで女子王座を狙って戦ったり、2014年にはキッドと行動を共にすることも増えた。

その他[編集]

得意技[編集]

現在のフィニッシャー。
普通に放つのではなく一度ターンをしてから放つ。以前はフィニッシャーとして使用していた。
  • 垂直スープレックス
担ぎ上げて落とすまでの時間が長く、担ぎながらスクワットもする。

獲得タイトル[編集]

入場曲[編集]

  • Yea Baby
  • New Foundation - 現在使用中

外部リンク[編集]