ディディエ・オリオール
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| WRCでの経歴 | |
|---|---|
| 国籍 | |
| 活動時期 | 1984 - 2005 |
| 所属チーム | オースチン・ローバー、フォード、ランチア、トヨタ、スバル、三菱、セアト、プジョー、シュコダ |
| 出走回数 | 152 |
| チャンピオン回数 | 1 (1994) |
| 優勝回数 | 20 |
| 表彰台回数 | 53 |
| ステージ勝利数 | 554 |
| 通算獲得ポイント | 747 |
| 初戦 | 1984 ツール・ド・コルス |
| 初勝利 | 1988 ツール・ド・コルス |
| 最終勝利 | 2001 ラリー・カタルニア |
| 最終戦 | 2005 ラリー・モンテカルロ |
ディディエ・オリオール(Didier Auriol, 1958年8月18日 - )は、フランスのラリードライバー。フランス南部のモンペリエ出身。1994年にフランス人初のWRCドライバーズチャンピオンに輝く。
目次 |
[編集] 経歴
彼は16歳でアマチュア・ラリードライバーであった兄のジェラールに車の運転を教わる。1979年に初めてラリーに参戦。四戦に出場するが全てリタイアする。1984年にツール・ド・コルスに出場、初のWRC参戦となるが、リタイアに終わる。1986年にフランス国内選手権全戦出場し、初のタイトルを得る。1987年、88年とフォードでフランス国内選手権を連覇し、88年のツール・ド・コルスで優勝、初のWRC勝利となる。ちなみにこのときのチームメイトはカルロス・サインツである。
翌1989年にはランチア・ワークスと契約、翌90年もワークスランチアを駆り年間3勝するもカルロス・サインツに及ばずドライバーズタイトルを逃す。1991年にはサテライトチームのジョリークラブに移籍する。1992年にはランチアワークスに復帰し、全14戦のうち10戦に参戦、当時の年間最多勝である6勝及び最多連勝記録である5連勝を記録する。しかしスポット参戦および後半戦になると技術支援を行っていたアバルトが開発から手を引いてしまったため、マシンの戦闘力が低下し、カルロス・サインツにまたも及ばず、ドライバーズタイトルはまたしても獲得できなかった。
1993年にランチアは活動を縮小、戦闘力が衰えた為にトヨタ・チーム・ヨーロッパ(TTE)に移籍。同年のタイトルはチームメイトのユハ・カンクネンが得るものの、翌94年はサインツとの争いに競り勝ち、三勝を挙げフランス人初のWRCタイトルを獲得する。
1995年は前年のサンレモラリーから投入されていたトヨタ・セリカST-205で本格的に戦うこととなるが、カタルーニャ・ラリーに於いてフィニッシュしたオリオールのマシンのターボ・リストリクターがレギュレーションに抵触することが判明、トヨタは1996年、97年のWRC活動を停止することとなり、オリオールは96年のシートを失ってしまう。しかしオベ・アンダーソン監督からマシン開発能力を高く評価されており、翌年4月にTTEと再契約。すぐにカローラWRCの開発テストに携わることとなる。
トヨタは1997年のカローラWRCでの復帰に向け、サテライトチームを使いセリカST-205での参戦を行い、オリオールも97年の第7戦アルゼンチン・ラリーにイタリアのプライベーター、グリフォーネからセリカST-205で参加し五位に入賞。同年の第10戦ラリー・フィンランドからTTEは完全復帰する。1998年からはカルロス・サインツと共にカローラWRCを操るものの、同年と翌年共に一勝のみにとどまる。
1999年末でのトヨタの撤退に伴い、2000年オリオールはセアトに移籍するがセアト・コルドバは戦闘力が低く、セアトは同年でWRCを撤退。2001年はプジョーに移籍、カタルーニャで優勝するもののマシン開発をめぐって、担当エンジニア、マリオ・フォルナリス(後に三菱に移籍)と対立してチームを離脱することとなる。2002年シーズンはプライベーターとしてカローラWRCでモンテカルロに参戦。翌2003年はシュコダにシートを得るものの、同チームの活動縮小のあおりでシートを失った。
[編集] エピソード
- 前職は救急車のドライバーだった。
- ラリーを始める前までグラベルラリーを知らなかったという。
- 人ごみの中でも見つけ出せる独特な風貌と、明るくユーモアセンスあふれる性格から日本でも人気は高い。
[編集] タイトル
| 年 | タイトル | 車 |
|---|---|---|
| 1986 | フランス国内選手権 | Austin Metro 6R4 |
| 1987 | フランス国内選手権 | Ford Sierra RS Cosworth |
| 1988 | フランス国内選手権 | Ford Sierra RS Cosworth |
| 1994 | 世界ラリー選手権 | Toyota Celica Turbo 4WD |
[編集] 世界ラリー選手権での優勝
| 年 | ラリー | 開催国 | コ・ドライバー | 車 |
|---|---|---|---|---|
| 1988 | Tour de Corse - Rallye de France | フランス | ベルナール・オチェッリ | Ford Sierra RS Cosworth |
| 1989 | Tour de Corse - Rallye de France | フランス | ベルナール・オチェッリ | Lancia Delta Integrale |
| 1990 | Rallye Automobile de Monte-Carlo | モナコ | ベルナール・オチェッリ | Lancia Delta Integrale 16V |
| 1990 | Tour de Corse - Rallye de France | フランス | ベルナール・オチェッリ | Lancia Delta Integrale 16V |
| 1990 | Rallye Sanremo - Rallye d'Italia | イタリア | ベルナール・オチェッリ | Lancia Delta Integrale 16V |
| 1991 | Rallye Sanremo - Rallye d'Italia | イタリア | ベルナール・オチェッリ | Lancia Delta Integrale 16V |
| 1992 | Rallye Automobile de Monte-Carlo | モナコ | ベルナール・オチェッリ | Lancia Delta HF Integrale |
| 1992 | Tour de Corse - Rallye de France | フランス | ベルナール・オチェッリ | Lancia Delta HF Integrale |
| 1992 | Acropolis Rally | ギリシア | ベルナール・オチェッリ | Lancia Delta HF Integrale |
| 1992 | Rally Argentina | アルゼンチン | ベルナール・オチェッリ | Lancia Delta HF Integrale |
| 1992 | 1000 Lakes Rally | フィンランド | ベルナール・オチェッリ | Lancia Delta HF Integrale |
| 1992 | Telecom Rally Australia | オーストラリア | ベルナール・オチェッリ | Lancia Delta HF Integrale |
| 1993 | Rallye Automobile de Monte-Carlo | モナコ | ベルナール・オチェッリ | Toyota Celica Turbo 4WD |
| 1994 | Tour de Corse - Rallye de France | フランス | ベルナール・オチェッリ | Toyota Celica Turbo 4WD |
| 1994 | Rally Argentina | アルゼンチン | ベルナール・オチェッリ | Toyota Celica Turbo 4WD |
| 1994 | Rallye Sanremo - Rallye d'Italia | イタリア | ベルナール・オチェッリ | Toyota Celica Turbo 4WD |
| 1995 | Tour de Corse - Rallye de France | フランス | デニス・ジロウデ | Toyota Celica GT-Four |
| 1998 | Rallye Catalunya-Costa Brava (Rallye de España) | スペイン | デニス・ジロウデ | Toyota Corolla WRC |
| 1999 | China Rally | 中国 | デニス・ジロウデ | Toyota Corolla WRC |
| 2001 | Rallye Catalunya-Costa Brava (Rallye de España) | スペイン | デニス・ジロウデ | Peugeot 206 WRC |
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