スーパーノヴァ・レーシング

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2008年のGP2アジアシリーズに参戦したスーパーノヴァ・レーシングのクリスチャン・バッケラード

Super Nova International Racing Ltd(スーパーノヴァ・インターナショナル・レーシング・リミテッド)は、イギリスのレーシングチーム。本拠地をノーフォークに置く。

概要[編集]

デイヴィッド・シアーズ

ジョーダンF3チームなどで活躍したイギリスの元レーシングドライバー、デイヴィッド・シアーズ (David Sears) が、日本で英会話教室などを運営するNOVAと提携し、1991年に設立した。チームオーナーは当時NOVAに勤務していた井上隆智穂中野信治などの若手と、オーナーである井上隆智穂を擁して全日本F3選手権に参戦。日本のレースにダラーラのシャシーを初めて持ち込み、ダラーラのワークスとして1993年シーズンまで参戦した。

F1参戦を視野に入れて、1993年末に国際F3000チームを結成。井上とヴィンセンツォ・ソスピリを擁して、1994年より国際F3000選手権に参戦した。1995年にはソスピリがシリーズチャンピオン、リカルド・ロセットがシリーズ2位を獲得。その後もリカルド・ゾンタ(1997年)、ファン・パブロ・モントーヤ(1998年)、セバスチャン・ボーデ(2002年)らがチャンピオンを獲得した。 1994年には元トムスGBのスタッフとともにF1マシンのデザインをおこすまでになっていたが、実際にステップアップするまでには至らなかった。

国際F3000選手権の後を継いだGP2には、初年度の2005年から2011年まで参戦。2006年を除いては毎年必ず1勝以上しており、優勝7回、ポールポジション5回、ファステストラップ8回をとっている強豪チームである。2008年から2011年まではGP2アジアシリーズにも出場した。

1996年にはイギリスF2(イギリスF3000)でチャンピオンを獲得。同年をもってシリーズが終了したため、最後のタイトル獲得チームとなった。

1997年にはF1ローラチーム撤退によりレースシートを失っていたヴィンセンツォ・ソスピリを擁してフォーミュラ・ニッポンにチーム・MIRAIとタッグを組んで富士と鈴鹿の2戦に参戦。しかし、ポイント獲得とはならなかった。

1998年にはフォーミュラ・ニッポンTeam TMSに「SUPER NOVA」としてスポンサード。馴染みのロゴがマシンやレーシングスーツに掲げられた。

A1グランプリではドイツチーム、パキスタンチーム、ニュージーランドチーム、ブラジルチームの運営を行い、2006-2007シーズンにはニコ・ヒュルケンベルグを擁するドイツチームが優勝した。

また、ベネトンルノーウィリアムズジョーダンB・A・RメルセデスといったF1チームのジュニアドライバープログラムにも協力してきた。

2005年にはGP2で下田隼成を起用する予定が開幕直前に変更された。

2006年末に吉本大樹をテスト。移籍の可能性も大きかったが吉本はフォーミュラ・ニッポン参戦を選んだ。

2007年にNOVAが会社更生法の適用を申請。スーパーノヴァ・レーシングもNOVA GROUPを構成するグループ企業ではあったが、独立性が保たれていることから解体などは免れたものの、NOVA GROUPからの支援を失った。現在は新旧NOVAとの関係は絶たれているがチームロゴやチーム名の変更は行われなかった。

2011年末にはゲルハルト・ベルガーがチーム買収のために視察に入るなどの動きがあったものの交渉は決裂し、GP2から撤退することになった。

GP2撤退後はAuto GPに参戦しており、2012年にはエイドリアン・クアイフ=ホッブスがチャンピオンを獲得した。また、2014年9月より開催されたFIA フォーミュラE選手権に参戦しているトゥルーリ・フォーミュラEチームの運営を委託することになった[1]

2013年に関連会社SUPER NOVA TUNINGを設立し、市販車のECUの開発やリマッピング事業を行っている。

国際F3000選手権のおもな所属ドライバー[編集]

なお、1998年末には立川祐路がテストを受けている。

GP2での成績[編集]

2005年[編集]

2006年[編集]

2007年[編集]

2008年[編集]

2009年[編集]

2010年[編集]

A1GPでの成績[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]