スウィフト (駆逐艦・初代)
| 艦歴 | |
|---|---|
| 発注 | キャメル・レアード社バーケンヘッド造船所に1928年3月15日発注 |
| 起工 | 1905年 |
| 進水 | 1907年12月7日 |
| 就役 | 1910年8月 |
| 退役 | |
| その後 | 1921年12月9日に解体 |
| 除籍 | 1921年 |
| 前級 | - |
| 次級 | ファークナー級駆逐艦 |
| 性能諸元 | |
| 排水量 | 常備:1,825トン 満載:2,207トン |
| 全長 | 107.8m |
| 水線長 | 105.15m |
| 全幅 | 10.5m |
| 吃水 | 3.2m |
| 機関 | ヤーロー式重油専焼水管缶12基 +パーソンズ式直結タービン4基4軸推進 |
| 最大出力 | 通常:30,000hp 公試:50,000hp |
| 最大速力 | 通常:34.0ノット 公試:38.5ノット |
| 航続性能 | -ノット/-海里 |
| 燃料 | 重油 常備:280トン 満載:385トン |
| 乗員 | 138名 |
| 兵装 | 新造時(1910年): Mk.VIII 10.2cm(45口径)単装速射砲4基 4cm(39口径)単装ポンポン砲1基 45cm水上魚雷発射管単装2基 |
| 改装後(1917年): Mk.XII 15.2cm(45口径)単装速射砲1基 Mk.VIII 10.2cm(45口径)単装速射砲2基 4cm(39口径)単装ポンポン砲2基 53.3cm水上魚雷発射管単装2基 |
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スイフト(HMS Swift Flotilla Leader Destroyer) は、イギリス海軍が始めて建造した嚮導駆逐艦で同型艦はない。
目次 |
概要 [編集]
本艦は第一次大戦前のジャッキー・フィッシャー提督の命令で誕生した嚮導駆逐艦である。当時の駆逐艦は沿岸用の小型であるものが主流であったが、フィッシャーは本国艦隊の巡洋戦艦と共に外洋で行動可能な大型駆逐艦を欲した。
1904年10月にフィッシャーによる仕様書が海軍から国内の主要造船所に発注され、キャメル・レアード社、ソーニクロフト社、フェアフィールド社、ジョン・ブラウン社、アームストロング・ホイットワース社などが名乗りを上げた。アームストロング社は284,000ポンドの価格を提示したが、これは1905年に建造されたトライバル級駆逐艦 (初代)「アフリディ」が139,881ポンドの価格の約2倍で高価であった。
最終的に要求性能はキャメル・レアード社が10.2cm速射砲4門と45.7cm(18インチ)単装魚雷発射管2門を搭載して排水量1,680トンに収まる艦を建造するというデザインで契約した。本館に匹敵するサイズの駆逐艦は第一次大戦後に建造されたトライバル級駆逐艦 (2代)まで存在しなかった。
艦形 [編集]
本艦の船体形状は艦首乾舷のみ高い短船首楼型船体である。艦の構造を前部から記述すると、艦首甲板上に主砲の10.2cm速射砲を単装砲架で1番・2番主砲を並列配置で2基を搭載、その背後に露天の操舵艦橋と簡素な前部マストが立った所で船首楼は終了し、そこから甲板1段分下がった場所には3本煙突が等間隔に立つ。その周囲には丈の低い煙管型の通風塔が立ち並び、舷側部は艦載艇置き場となっており、艦載艇は2本1組のボート・ダビッドが片舷3組ずつ計6組で運用された。3番煙突の後方に1番45.7cm単装魚雷発射管が1基と3番主砲、後部マストから後部甲板上に2番45.7cm魚雷発射管1基と後ろ向きに4番主砲が1基配置された。
イギリス海軍取得後の1916年に攻撃力の改善のために艦首の1番・2番10.2cm砲2門を撤去し、そこに軽巡洋艦なみの口径である15.2cm速射砲1基に換装すると共に、艦橋構造を大型化し船橋(ブリッジ)が設けられ前後マスト上に見張り所が設けられた。この時に15.2cm砲も10.2cm砲も単装砲架に波避けのカバーがついた。魚雷は45.7cmから新型の53.3cm魚雷を搭載できるようになった。その他に2丁の対空砲を搭載した後、10.2cm砲2門に戻された。
艦歴 [編集]
本艦は第一次世界大戦時に本国艦隊の第4駆逐艦隊の旗艦として割り当てられた。本艦は大型であったたので北海の天気の多くを活動することが出来た。1915年に本艦はドーバー海峡の哨戒任務に移り、1917年4月20~21日の夜に、ドーバー海峡での戦いにおいて本艦はドイツ海軍の6隻の駆逐艦を相手取って戦った。この時に配下のファークナー級駆逐艦「ブルック(HMS Brooke)」とドイツ駆逐艦「G42」が衝突して双方ともに離れられなくなった位の乱戦であった。
そのうちドイツ駆逐艦「G85」に魚雷攻撃を行ない撃沈した。本艦はなおも、、撤退するドイツ駆逐艦の追撃の追撃に移ろうとしたが既に被弾して機関にダメージを受けて速力低下していた本艦は、沈没したドイツ駆逐艦「G42」の乗員を救助してから味方駆逐艦「ブルック」を曳航してプリマスに退避して修理を受けた。
1918年の春に、本艦は第1次オーステンデ襲撃の時に沿岸戦隊と共に行動していた。その後は戦隊から外され、終戦後は除籍されて解体処分された。
関連項目 [編集]
参考図書 [編集]
- 「Conway All The World's Fightingships 1906–1921」(Conway)
外部リンク [編集]
- Destroyers leader 'Swift' (1906)「スウィフト」の写真とスペックがあるページ。
- Swift本艦の写真があるページ。(英語)