ジルマ・ルセフ

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ジルマ・ヴァナ・ルセフ
Dilma Vana Rousseff
Dilma Rousseff - foto oficial 2011-01-09.jpg

任期 2011年1月1日
副大統領 ミシェル・チメール

出生 1947年12月14日(66歳)
ミナスジェライス州ベロオリゾンテ
政党 労働者党
署名 Signature of Dilma Rousseff.svg

ジルマ・ヴァナ・ルセフ: Dilma Vana Rousseff1947年12月14日- )は、ブラジルエコノミスト及び政治家。現在、同国大統領(第36代、2011年 - )。ブラジル史上初めての女性大統領

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姓のRousseffはブルガリア人の父がブルガリア姓のRussevをフランス語風に改めたもの。日本ではルセーフ、ルセフィとも書かれる。ブラジル人にとって読みにくい綴りで、国民にはファーストネームでジルマ大統領と呼ばれることが多い[1]

経歴[編集]

学歴[編集]

主要職歴[編集]

  • 1986年~1988年:ポルトアレグレ市リオグランデ・ド・スル州都)財務局長
  • 1991年~1993年:“リオグランデ・ド・スル州経済・統計財団”総裁
  • 1993年~1994年:リオグランデ・ド・スル州鉱山・エネルギー・通信長官
  • 1999年~2002年:リオグランデ・ド・スル州鉱山・エネルギー・通信長官
  • 2003年~2005年:鉱山エネルギー大臣
  • 2005年~2010年3月:大統領首席補佐官
  • 2011年1月~:ブラジル連邦共和国大統領

人物[編集]

ミナスジェライス州ベロオリゾンテ出身。ブルガリア人の父親とブラジル人の母親の間に生まれる。

1960年代の軍事政権時代において非合法左翼ゲリラ組織の武力闘争に参加、秘密警察に拘禁された経験もある。1967年9月、同じゲリラ組織で活動していたジャーナリストと結婚するも、70年代末に離婚。その後、政治活動家の男性と再婚するも、2000年に離婚している。

1979年の政党改革法制定で政党結成が自由化されるとブラジル労働党(PTB)の再編に参加したが、その後離党し民主労働党(PDT)に参加した。1999年に労働者党(PT)へ参加した。

ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァ政権下で鉱業エネルギー相、官房長官を務めた。大統領の右腕的存在としても知られ、PAC(経済成長加速計画)の推進役として活動、ルーラ大統領からは「PACの母親」と呼ばれた。

2010年に大統領選挙に出馬し、ジョゼ・セラ英語版決選投票で下して当選[2]2011年1月1日に就任、ブラジル史上初の女性大統領となった。就任式にはヒラリー・クリントン米国務長官や麻生太郎内閣総理大臣らが出席している。

2013年2013年ブラジル抗議運動が起きる

脚註[編集]

  1. ^ 堀坂浩太郎『ブラジル 跳躍の軌跡』2-4頁。
  2. ^ ブラジル大統領選はルセフ候補が勝利、現政権の路線継承へ ロイター・ジャパン 2010年11月1日閲覧

参考文献[編集]

  • 堀坂浩太郎『ブラジル 跳躍の軌跡』、岩波書店(岩波新書)、2012年。

外部リンク[編集]


公職
先代:
ルーラ・ダ・シルヴァ
ブラジルの旗 ブラジル連邦共和国大統領
第36代:2011 -
次代:
(現職)
先代:
ホセ・ジルセウ英語版
ブラジルの旗 ブラジル連邦共和国
官房長官

2005 - 2010
次代:
エレニセ・ゲーラ英語版
先代:
フランシスコ・ゴミデ英語版
ブラジルの旗 ブラジル連邦共和国
鉱業エネルギー大臣

2003 - 2005
次代:
サイラス・ロンデアル英語版
党職
先代:
ルーラ・ダ・シルヴァ
労働者党大統領選挙候補者
2010
次代:
(直近)