ガイウス・ケスティウスのピラミッド

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ガイウス・ケスティウスのピラミッド
別の方向から(裏側)
別の方向から(左横)
当時の風景
横にある城門(Porta San Paolo

ガイウス・ケスティウスのピラミッド: Pyramid of Cestius: Piramide di Caio Cestio or Piramide Cestia)とは、イタリアローマオスティエンセオスティエンセ街道サン・パオロ広場にあるピラミッド

概要[編集]

このピラミッドは、紀元前18年から12年の間に建造されたもので、古代ローマ執政官法務官を務めていたガイウス・ケスティウス・エプロのである。建造された年は、後年、周辺部の発掘により奢侈禁止令が出ていた時代と判明したことからの推測。本人の遺言により造られたことは碑文により判明しているが、なぜ古代エジプトのピラミッドに興味を持ち、自分の墓として用いたかなどは不明。

3世紀アウレリアヌスの時代には、ピラミッドの付近に城壁およびが築かれ、一時、ピラミッドも城壁の一部として取り込まれた。現在も、これらはピラミッドの真横に現存している(砦はピラミッドより高い)。

また、碑文には1663年に、当時のローマ教皇アレクサンデル7世により修復工事が行われたことも記されている。

構造[編集]

外観は、本場エジプトのピラミッドよりも急勾配で、ヌビアのピラミッドに近い。外部は、白色の大理石により化粧が施されている。

交通[編集]

近隣にローマ地下鉄B線ピラーミデ駅が存在する。駅名の由来は、ガイウス・ケスティウスのピラミッドである。

関連項目[編集]