チルコ・マッシモ

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キルクス・マクシムス
(チルコ・マッシモ)
Circus Maximus
Circus max 1978.jpg
所在地 アヴェンティヌスパラティヌスの間の谷間
建設年 王政ローマ
建築様式 キルクス(戦車競技場)
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チルコ・マッシモラテン語: Circus Maximus キルクス・マクシムス,イタリア語: Circo Massimo)は、古代ローマ時代のキルクス(戦車競技場)跡である。

概要[編集]

帝政ローマ初期の歴史家ハリカルナッソスのディオニュシオスによれば、全長約621m(2,037ローマン・フィート)、幅約118m(387ローマン・フィート)、収容人員は15万人[1][2]である。収容人員については諸説あり、大プリニウスによれば25万人[2]とされている。

ラテン語で「キルクス」は「競技場」を意味し「マクシムス」は「最大の」とという意味で、ハリカルナッソスのディオニュシオスはこの施設のことを『ローマで最も美しく壮大な施設だ』と称えた[2]

アヴェンティヌスの丘とパラティヌスの丘の間にあり、北隣は皇帝の官邸(パラティヌス)の施設群が、南東隣にはアッピア街道ラティーナ街道の起点であるカペーナ門があった。伝承によれば王政期ローマの王でエトルリア系とされるタルクィニウス・プリスクスによって建造されたとされる。その後、カエサルや後のローマ皇帝によって拡大されていった。チルコ・マッシモで最も有名なイベントは、映画『ベンハー』でもおなじみの戦車レースであった。現在は単なる野原となっている。

2006年7月9日に行われたサッカーのワールドカップで優勝したイタリア代表の祝勝会や、ロックバンドなどのコンサートが行われたり、現代でもイベント会場として利用されている。

アクセス[編集]

関連項目[編集]

ギャラリー[編集]

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パラティーノからの眺め

参考文献[編集]

  1. ^ University of Virginia, Institute for Advanced Technology in the Humanities Circus Maximus
  2. ^ a b c University of Chicago, Encyclopaedia Romana, Essays on the History and Culture of Rome Circus Maximus

座標: 北緯41度53分09秒 東経12度29分09秒 / 北緯41.8859度 東経12.4857度 / 41.8859; 12.4857