オクトーバーサプライズ

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オクトーバーサプライズOctober surprise)とは、アメリカ合衆国大統領選挙が実施される年において、本選挙投票の1ヶ月前の10月に選挙戦に大きな影響を与えるサプライズ(出来事)のことを指す[1]

最も注目を浴びたのが1980年アメリカ合衆国大統領選挙であり、この選挙以降米マスメディアの間で「10月の驚く出来事」という意味で頻繁に使われるようになった。

オクトーバーサプライズと言われる事例[編集]

1980年アメリカ合衆国大統領選挙[編集]

1980年アメリカ合衆国大統領選挙では、現職ジミー・カーター大統領(民主党)とロナルド・レーガン候補(共和党)の間で接戦が繰り広げられていた。当時米国は、イラン革命で過激派の学生によりテヘランのアメリカ大使館が占拠され、大使館員52人が人質にとられるという試練を抱えていた(イランアメリカ大使館人質事件)。1980年4月、米デルタ・フォースによる人質救出作戦は失敗し、2期続投を目指すカーター政権への大きな打撃となった。このため、カーター政権の外交姿勢を「弱腰」と批判する共和党を勢いづかせる結果となった。

この事件に関して、ロナルド・レーガン政権の副大統領へ転身を企むジョージ・H・W・ブッシュとレーガンの選挙チーム責任者ウイリアム・ケイシー(後のCIA長官)が、1980年10月18、19日にパリで密かにイラン政府関係者と会談し、ホメイニ他イラン政府関係者に賄賂と武器供給を約束し、人質解放時期をレーガン大統領就任時まで延長するように交渉したという疑惑があるとされる。この交渉の目的は、カーターの在任中に人質事件を解決させないことで彼の人気を落とし、レーガン大統領就任時に人質解放を実現することで「強いレーガン大統領」を演出することであったとされる。

結局、この選挙でカーターは敗北し、1981年1月20日、ロナルド・レーガンが第40代アメリカ合衆国大統領に就任した。同日、人質となっていたテヘランのアメリカ大使館員らも無事解放され、生還した。

2004年アメリカ合衆国大統領選挙[編集]

2004年アメリカ合衆国大統領選挙では、共和党の現職のジョージ・W・ブッシュ大統領に民主党のジョン・ケリー候補が追いすがる状況となっていたが、10月30日にアメリカ同時多発テロの首謀者とされるアルカイダオサマ・ビンラディンが犯行への関与を指摘する報道が流れたことから、これがブッシュ陣営に有利に働いたという見方がある[要出典]

2012年アメリカ合衆国大統領選挙[編集]

2012年アメリカ合衆国大統領選挙では選挙直前の2012年10月下旬にハリケーン・サンディアメリカ合衆国東部を襲い、民主党のバラク・オバマ候補は現職大統領としての災害対応が評価されて追い風となった一方で、共和党のミット・ロムニー候補はアメリカ合衆国連邦緊急事態管理庁(FEMA)の予算縮小や廃止に言及した過去を取り上げられて逆風となったという見方がある[2]

脚注[編集]

  1. ^ オクトーバーサプライズ? NEWS WEEK 池上彰コラム 2012年11月01日
  2. ^ 米大統領選:サンディ対応明暗 オバマ氏に追い風 毎日新聞 2012年11月1日

関連項目[編集]