アブグレイブ刑務所における捕虜虐待

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アブグレイブ刑務所における捕虜虐待2004年アブグレイブ刑務所で発覚したイラク戦争における大規模な虐待事件である。米国国防省は、17人の軍人及び職員を解任した。2004年5月から2005年9月までの間に、7人の軍人が軍法会議で有罪となった。

経緯[編集]

この事件について米国陸軍のジョセフ・ダービー兵長による内部告発が起こったのは2004年1月であった。その付近にいた兵士らの間では当時から虐待の噂が流れていたが、この告発の後に陸軍が内部調査を行い始める。そして、4月28日CBSの「60 Minutes II」がこの事件の第一報を流した[1]。同事件は日本国内では初めはインターネット経由などでしか情報が届かず、大手マスコミが報道したのは、CBSの番組放映から一週間後の5月のことであった。

5月1日シーモア・ハーシュが「ザ・ニューヨーカー」で米国防総省の内部報告書を報道し、組織的であった事が明らかとなり、CIAの関与を兵士が証言しているとも報じた。ブッシュ大統領は組織的関与を否定するが、アラブ連盟事務局長は戦争犯罪と非難。ジョージ・ウォーカー・ブッシュ大統領は2004年5月5日「不快感を持っていることを知ってほしい」と個人的な感想を述べたが、同時に「民主主義は完全なものではない」とも言い謝罪は無かった[2]

ドナルド・ラムズフェルドによれば、アブグレイブの虐待には更に多くの写真、及び、ビデオテープが存在する。2004年5月12日に6000ページ(マスコミには53ページしか示されなかった)に及ぶ米国陸軍の秘密報告書は米議会で非公開で議員たちに披露されたが、それは議員達の顔色が変わるほど悲惨なものであった。そこで示された1800枚の写真とビデオはイラクの女性立法者が男性捕虜に同性愛行為を強制させる性的拷問を加えていたことを示した[3]

この虐待はラムズフェルドが承認していたとザ・ニューヨーカー電子版は2004年5月15日に報道した[4]。そのため、アメリカの道義的威信を大きく損ねたことをラムズフェルドは非難される事になる。これに対しラムズフェルドはアブグレイブでの虐待行為は「例外」で「常習化したものでも習慣でもない」と主張した。アメリカ政府はこの問題に対し、2004年5月20日米国下院で308-114の圧倒的多数で、4220億ドルの国防予算法案に、アブグレイブ刑務所を取り壊し新しく近代的拘置施設を建設する計画を可決した。だが、証拠隠滅、責任転嫁の批判が起こる。

2004年5月29日BBCは被害者は男性だけではないと報じる[5]。この件に関しては、イラクでは強姦は家族全体の名誉を汚すことになり、死んだ方がいいと考えられていることが指摘された。フランスの日曜紙ジュルナル・デュ・ディマンシュは2004年5月30日、イラクのアブグレイブ刑務所などで米国人看守らに性的虐待を受けた多くの女性収容者は釈放後に自殺したり家族に殺されたりしたと報じた。

米誌『タイム』(2004年6月28日付け)は2003年11月に自宅から同収容所に誤った密告で連行され、性器に電気ショックを3度受け、出血したにもかかわらず治療を拒否され、2人の男性兵士に押さえつけられ、女性兵士に強姦された男性と、2003年10月の深夜に性的虐待を尋問という名目で加えられた、17歳と18歳の2人の女性収容者を取り上げた[6]

さらに、ドイツでは2004年7月に赤十字国際委員会の調査を報道し、2004年の1月から5月までの間にアブグレイブを含む6箇所の米軍管理の収容施設で、100人以上の子供が拘留され性的虐待をされていることを報道した[7]。 2004年8月末、この事件に関する陸軍及び特別調査員会の2つの最終調査報告書が出され、ブッシュ政権はこれで「幕引き」を行おうとした[8]。だが、それでもなお新事実は明らかになり続ける。

2005年3月8日、AP通信は米軍はこの刑務所を手放すらしいと報じた[9]。だが、これは当分の間は行われなかった。AP通信などは、2005年4月2日夕方に「イラク聖戦アルカイダ組織」の武装グループ40-60人が刑務所を攻撃し、少なくとも米兵44人と収容者13人が負傷したと報じる。

2006年2月15日、オーストラリアのSBSテレビはイラク人に対して行われた拷問、暴行を示す新たな写真や映像を公開したが、SBSは「露骨すぎて放映できないものもあった」として一部の性的虐待の写真の放映を見送った。

米政府は2006年3月9日、アブグレイブ刑務所に拘束している約4500人の収容者をバグダッド空港近くに新設する収容所に移し、2〜3か月以内にイラク政府に移管と発表した。しかしこれも時間がかかった。「イスラム・メモ」は2006年7月25日昼12時30分の速報で獄中9ヶ月になる女性収容者が謎の死をとげたと報じ、イスラム・メモ通信員は、アブグレイブでは毎月4、5人の収容者が死んでいると伝えた[10]

2006年8月29日、英紙タイムズはイラクの人権省幹部の話を伝え、米軍は2006年8月15日に最後の収容者をバグダッド国際空港近くに新設された施設に移送し、旧アブグレイブ刑務所をイラク側に返還したと伝える[11]。2006年9月2日イラク政府はアブグレイブ刑務所の管轄権が駐留米軍からイラク側に移管されたと公式に発表した。

2006年11月、2003年6月から2004年1月まで、アブグレイブを含む様々な刑務所の管理を担当していた米国のジャニス・リー・カルピンスキ准将が証言台に立つことになったと報じられた。彼女は、虐待がないといいながら捕虜の極秘移送が行われていた事実、行方不明のイラク人が多数存在すること、恐怖統治の指示をイラク占領軍司令官のサンチェス中将が出していた事を述べている。ドナルド・ラムズフェルド前国防長官の責任問題が現在注目されている。      

軍法会議[編集]

軍法会議の結果、兵士達には以下のような処分が下った。

  • イヴァン・フレデリック軍曹:禁固8年の上、不名誉除隊
  • ジャバル・デービス軍曹:禁固6ヵ月の上、不品行除隊
  • チャールズ・グレイナー伍長:禁固10年の上、不名誉除隊
  • ジェレミー・シビッツ上等兵:禁固1年の上、不品行除隊[12]
  • サブリーナ・ハーマン上等兵:禁固8ヵ月の上、不品行除隊
  • メーガン・アンブル上等兵:戒告処分
  • リンディ・イングランド上等兵:禁固3年の上、不名誉除隊[13]

出典[編集]

関連書籍[編集]

  • 「アメリカの秘密戦争―9・11からアブグレイブへの道」(シーモア・ハーシュ,伏見威蕃訳,2004年) ISBN 4532164893

関連項目[編集]

外部リンク[編集]