こども自然公園
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| こども自然公園 (大池公園) | |
|---|---|
| 所在地 | |
| 分類 | 都市公園(広域公園) |
| 面積 | 481,453m² |
| 運営者 | 横浜市 |
| 設備・遊具 | バーベキュー広場、とりでの森、教育水田、ホタルの生息地、万騎が原ちびっこ動物園、青少年野外活動センター、野球場、売店 |
| 駐車場 | 第1駐車場 95台、第2駐車場 182台、第3駐車場 47台、臨時駐車場 49台 |
| 告示 | 1957年12月7日 |
| 事務所 | 横浜市北部公園緑地事務所 |
| 公式サイト | 横浜市環境創造局こども自然公園 |
こども自然公園は、神奈川県横浜市旭区に所在する都市公園である。別名、大池公園とも呼ばれる。
目次 |
[編集] 所在地
[編集] 概要
横浜市が管理する都市公園であり、横浜市旭区最大の面積を持つ。大池と呼ばれる池が公園の中心にあり、この池にちなんで「大池公園」とも呼ばれる。
相鉄二俣川駅南口から伸びる「自然公園通り」の突き当たりにあり、二俣川駅南口から相鉄バスも利用できる。バス停は「万騎が原大池」または「万騎が原中央」が近い。
こども自然公園の南側には戸塚カントリークラブが、南東側には横浜カントリークラブが隣接している。周辺は住宅街であるが、相鉄二俣川駅・緑園都市駅と東海道線東戸塚駅の中間の位置に、広大な緑地帯を形成している。
公園内には、横浜市立野毛山動物園の分園である、「万騎が原ちびっこ動物園」や、バーベキュー広場のような家族向けの施設が充実している。また、教育水田やホタルの生息地、青少年野外活動センターなど、教育向けの施設も多い。
公園の中央の大池は約6,600m²の広さがある。古くから二俣川村本宿のため池であったが、江戸時代の中頃に地頭渡辺氏の命により六兵衛親子が現在の大きさに拡張したと伝えられている。池のほとりには「めだかの学校」の歌碑がある。
横浜市旭区の中心的な公園であり、野球場は、1990年以来「旭ジャズまつり」の会場としても使用されている。
[編集] 施設
- 大池
- 中池
- 野球場
- 桜山
- 梅林
- 売店
- バーベキュー広場
- 青少年野外活動センター
- 教育水田
- ホタルの生息地
- 万騎が原ちびっこ動物園(野毛山動物園の分園)
- コンタクトコーナ
- 家畜展示コーナ
- とりでの森(平成19年1月24日閉鎖し再整備の後、平成20年5月に新たな大型遊具として完成した)
- ピクニック広場
- ドーナッツ広場
[編集] 歴史
- 1202年(元久2年) 6月 - 畠山重忠と北条時政の軍勢が、この池で炊き出しをしたと伝えられている。
- 1700年頃 - 地頭の渡辺氏の命により、百姓の六兵衛親子が灌漑池として大池を現在の大きさに造成した。
- 1790年(寛政2年) 2月 - 大池のほとりにある、弁財天の石祠に建立の日付として刻まれている[1]。
- 1968年(昭和43年) - 相模鉄道が寄付した23.6haの土地に、横浜市が隣接地を買収し、公園の整備に着手。
- 1972年(昭和47年) 6月5日 - 横浜市によりこども自然公園が開園。
- 1979年(昭和54年) - 万騎が原ちびっこ動物園が、横浜市立野毛山動物園の分園として開園。
- 1990年(平成2年) 8月12日 - こども自然公園野球場で 第1回 旭ジャズまつり 開催。以降 2009年8月2日の 第20回まで、継続して開催中。
- 2005年(平成17年) 4月 - 「めだかの学校歌碑」が完成。
- 2007年(平成19年) 6月25日 - ちびっこ動物園の和牛を市原ぞうの国へ移譲。
- 2008年(平成20年) 1月28日 - ちびっこ動物園のポニー、ヤギ、ヒツジを横浜市立金沢動物園へ移譲。
- 2008年 5月 - とりでの森の新規大型遊具が完成。
[編集] 大池の行事
この池では古くから毎年5月5日になると、村人により弁天様に御神酒上げがされ豊作を祈る行事があった。また、干ばつになると大山の阿夫利(雨降)神社へ村の代表者数人が参拝し、そこで戴いた御神水を池に注ぎ弁天様に雨乞いをしていた。これらの行事は、1958年(昭和33年)頃まで行われていた[2]。
[編集] 交通アクセス
[編集] 注釈
- ^ 1783年(天明3年)の大飢饉で多くの犠牲者が出て、その供養のために建立されたと伝えられている。また、ある男が鴨と間違えて池の主である大蛇を殺害してしまい、祟りを恐れて建立したという伝説もある。
- ^ 相鉄沿線案内:こども自然公園(大池の歴史)