「腕 (頭足類)」の版間の差分

出典: フリー百科事典『ウィキペディア（Wikipedia）』
履歴の双方向閲覧
← 古い編集新しい編集 →
削除された内容 追加された内容
ビジュアルウィキテキスト
m Template:Vanchor適用
内部構造について
タグ: サイズの大幅な増減
4行目: 4行目:
[[オウムガイ]]類では腕は特に'''触手'''（しょくしゅ、{{lang|en|cirrus}}）とも呼ばれ、数十本の短い触手が2列になって口の周囲を取り囲む<ref name="Shokabo">[[#Shokabo|上島 2000, pp.169-188]]</ref>。オウムガイ類の触手には吸盤がなく、粘着性の分泌物で付着する<ref name="Museum"/>。
[[オウムガイ]]類では腕は特に'''触手'''（しょくしゅ、{{lang|en|cirrus}}）とも呼ばれ、数十本の短い触手が2列になって口の周囲を取り囲む<ref name="Shokabo">[[#Shokabo|上島 2000, pp.169-188]]</ref>。オウムガイ類の触手には吸盤がなく、粘着性の分泌物で付着する<ref name="Museum"/>。


[[タコ]]（八腕形類）や[[イカ]]（十腕形類）からなる[[鞘形亜綱]]では、背側から腹側に向かって左右それぞれ'''第1腕'''、'''第2腕'''、'''第3腕'''、'''第4腕'''の4対の腕が口を取り囲むようにあり、更にイカ（十腕形類）では第3腕と第4腕の間から'''[[触腕]]'''と呼ばれる特殊な腕が伸びる<ref name="glossary"/><ref name="NewLegends"/><ref name="Museum">[[#Museum|佐々木 2002]]</ref>。この2本の触腕の有無および、下記の吸盤の形状により八腕形類と十腕形類が区別される<ref name="Museum"/>。鞘形類の腕には'''[[#吸盤|吸盤]]'''（きゅうばん、{{lang|en|sucker}}）や'''{{Anchor|鉤}}'''（かぎ、{{lang|en|hook}}）がある<ref name="Museum"/>。また[[コウモリダコ]] {{snamei||Vampyroteuthis infernalis}}
[[タコ]]（八腕形類）や[[イカ]]（十腕形類）からなる[[鞘形亜綱]]（鞘形類、二鰓類）では、背側から腹側に向かって左右それぞれ'''第1腕'''、'''第2腕'''、'''第3腕'''、'''第4腕'''の4対の腕が口を取り囲むようにあり、更にイカ（十腕形類）では第3腕と第4腕の間から'''[[触腕]]'''と呼ばれる特殊な腕が伸びる<ref name="glossary"/><ref name="NewLegends"/><ref name="Museum">[[#Museum|佐々木 2002]]</ref>。この2本の触腕の有無および、下記の吸盤の形状により八腕形類と十腕形類が区別される<ref name="Museum"/>。鞘形類の腕には'''[[#吸盤|吸盤]]'''（きゅうばん、{{lang|en|sucker}}）や'''{{Anchor|鉤}}'''（かぎ、{{lang|en|hook}}）がある<ref name="Museum"/>。また[[コウモリダコ]] {{snamei||Vampyroteuthis infernalis}}
{{AUY|Chun|1903}}では2番目の腕が長く糸状の構造となっており、これは[[タコ]]類では欠いている<ref name="glossary"/>。雄では一部の腕に生殖のための特殊化が見られ、'''[[#交接腕|交接腕]]'''となる<ref name="Museum"/>。
{{AUY|Chun|1903}}では2番目の腕が長く糸状の構造となっており、これは[[タコ]]類では欠いている<ref name="glossary"/>。雄では一部の腕に生殖のための特殊化が見られ、'''[[#交接腕|交接腕]]'''となる<ref name="Museum"/>。


== 通常腕 ==
== 通常腕 ==
[[File:Todarodes pacificus arm.jpg|thumb|400px|スルメイカ {{snamei||Todarodes pacificus}}の腕]]
腕は触腕に対して'''通常腕'''と書かれることもある<ref name="NewLegends"/>。頭足類は[[雌雄異体]]であり、全ての種ではないが、外部形態に[[性的二形]]を示すものが多い<ref>[[#FAO|FAO 2005, p.7]]</ref>。特に雄では腕が不等長になるのに対し、雌は腕がほぼ等長 ({{lang|en|subequal}})となるものが多い。
腕は触腕に対して'''通常腕'''と書かれることもある<ref name="NewLegends"/>。頭足類は[[雌雄異体]]であり、全ての種ではないが、外部形態に[[性的二形]]を示すものが多い<ref>[[#FAO|FAO 2005, p.7]]</ref>。特に雄では腕が不等長になるのに対し、雌は腕がほぼ等長 ({{lang|en|subequal}})となるものが多い。


種によっては腕の間に'''{{Anchor|傘膜}}'''（さんまく、{{lang|en|umbrella}}）または'''{{Anchor|腕間膜}}'''（わんかんまく、{{lang|en|interbrachial membrane, interbrachial web}}<ref name="Continental">[[#Continental|奥谷・田川・堀川 1987, pp.25-29]]</ref>）と呼ばれる膜が発達する<ref name="Museum"/>。タコ類では腕を拡げたとき[[傘]]状の見た目をなすが、多くのイカ類では腕間膜は小さいか、欠如する<ref name="glossary"/>。
種によっては腕の間に'''{{Anchor|傘膜}}'''（さんまく、{{lang|en|umbrella}}）または'''{{Anchor|腕間膜}}'''（わんかんまく、{{lang|en|interbrachial membrane, interbrachial web}}<ref name="Continental">[[#Continental|奥谷・田川・堀川 1987]], pp.25-29</ref>）と呼ばれる膜が発達する<ref name="Museum"/>。タコ類では腕を拡げたとき[[傘]]状の見た目をなすが、多くのイカ類では腕間膜は小さいか、欠如する<ref name="glossary"/>。


=== 第1腕 ===
=== 第1腕 ===
'''第1腕''' ({{lang|en|first arm, dorsal arm}})は最も背側に位置する1対の腕である。英語では{{lang|en|dorsal pair, upper pair}}<ref name="glossary"/>とも呼ばれ、しばしば'''Ⅰ'''<ref name="glossary"/>と略記される。
'''第1腕''' ({{lang|en|first arm, dorsal arm}})は最も背側に位置する1対の腕である。英語では{{lang|en|dorsal pair, upper pair}}<ref name="glossary"/>とも呼ばれ、しばしば'''Ⅰ'''<ref name="glossary"/>と略記される。


[[コウイカ属]] {{snamei||Sepia}} [[エゾハリイカ亜属]]<ref>[[#Continental|奥谷・田川・堀川 1987, p.19]]</ref> {{snamei||Doratosepion}}に属する、[[ボウズコウイカ]] {{snamei||Sepia erostrata}} <small>{{AUY|[[佐々木望 (動物学者)|Sasaki]]|1929}}</small>や[[ウスベニコウイカ]] {{snamei||Sepia lorigera}} <small>{{AUY|Wülker|1910}}</small>、[[ウデボソコウイカ]] {{snamei||Sepia tenuipes}} <small>{{AUY|[[佐々木望 (動物学者)|Sasaki]]|1929}}</small>などの雄では第1腕が伸長し、最も長くなる<ref>[[#Continental|奥谷・田川・堀川 1987, pp.44-45]]</ref><ref>[[#Continental|奥谷・田川・堀川 1987, pp.50-51]]</ref><ref name="tenuipes">[[#Continental|奥谷・田川・堀川 1987, pp.54-55]]</ref>。特に[[トサウデボソコウイカ]] {{snamei||Sepia subtenuipes}} <small>{{AUY|[[奥谷喬司|Okutani]] & Horikawa|1987}}</small>の成熟雄では、第1腕が触腕より長く伸びる<ref>[[#Continental|奥谷・田川・堀川 1987, pp.56-59]]</ref>。
[[コウイカ属]] {{snamei||Sepia}} [[エゾハリイカ亜属]]<ref>[[#Continental|奥谷・田川・堀川 1987]], p.19</ref> {{snamei||Doratosepion}}に属する、[[ボウズコウイカ]] {{snamei||Sepia erostrata}} <small>{{AUY|[[佐々木望 (動物学者)|Sasaki]]|1929}}</small>や[[ウスベニコウイカ]] {{snamei||Sepia lorigera}} <small>{{AUY|Wülker|1910}}</small>、[[ウデボソコウイカ]] {{snamei||Sepia tenuipes}} <small>{{AUY|[[佐々木望 (動物学者)|Sasaki]]|1929}}</small>などの雄では第1腕が伸長し、最も長くなる<ref>[[#Continental|奥谷・田川・堀川 1987]], pp.44-45</ref><ref>[[#Continental|奥谷・田川・堀川 1987, pp.50-51]]</ref><ref name="tenuipes">[[#Continental|奥谷・田川・堀川 1987]], pp.54-55</ref>。特に[[トサウデボソコウイカ]] {{snamei||Sepia subtenuipes}} <small>{{AUY|[[奥谷喬司|Okutani]] & Horikawa|1987}}</small>の成熟雄では、第1腕が触腕より長く伸びる<ref>[[#Continental|奥谷・田川・堀川 1987, pp.56-59]]</ref>。


[[ダンゴイカ]] {{Snamei||Sepiola birostrata}} <small>{{AUY|[[佐々木望 (動物学者)|Sasaki]]|1918}}</small>や[[ミミイカ]] {{snamei||Euprymna morsei}} <small>({{AUY|Verrill|1881}})</small>では雄の左第1腕が交接腕化する<ref name="San-in"/>。それに対し[[ボウズイカ]] {{Snamei||Rossia pacifica}} <small>{{AUY|Berry|1911}}</small>では雄の左右第1腕がともに交接腕となる<ref name="San-in"/>。
[[ダンゴイカ]] {{Snamei||Sepiola birostrata}} <small>{{AUY|[[佐々木望 (動物学者)|Sasaki]]|1918}}</small>や[[ミミイカ]] {{snamei||Euprymna morsei}} <small>({{AUY|Verrill|1881}})</small>では雄の左第1腕が交接腕化する<ref name="San-in"/>。それに対し[[ボウズイカ]] {{Snamei||Rossia pacifica}} <small>{{AUY|Berry|1911}}</small>では雄の左右第1腕がともに交接腕となる<ref name="San-in"/>。
32行目: 33行目:


イカでは左第4腕が交接腕化することが多い。[[アオリイカ]] {{snamei||Sepioteurhis lessoniana}} <small>{{AUY|Férussac|1831}}, ''in'' {{AU|Lesson}}, [[1830年|1830]]-[[1831年|1831]]</small>では、雄左第4腕の先端1/4の吸盤が消失し、円錐形の肉質突起が2列に並んで交接腕となる。
イカでは左第4腕が交接腕化することが多い。[[アオリイカ]] {{snamei||Sepioteurhis lessoniana}} <small>{{AUY|Férussac|1831}}, ''in'' {{AU|Lesson}}, [[1830年|1830]]-[[1831年|1831]]</small>では、雄左第4腕の先端1/4の吸盤が消失し、円錐形の肉質突起が2列に並んで交接腕となる。

=== 行動 ===
イカの腕は獲物や物体の操作、遊泳、そして[[繁殖]]に重要な役割を果たす<ref name="Musculature"/>。獲物を捕らえるのに特化した触腕とは違い、腕はあまり大きな長さの変化はない<ref name="Musculature"/>。その代わり、多くのことをこなすのに屈曲運動が必要であり、腕全体を曲げることも、腕の一部だけを使うこともある<ref name="Musculature"/>。前後軸方向のねじりも普通である<ref name="Musculature"/>。

タコの8本の腕は獲物の捕捉、移動、物体の操作、[[毛繕い]]、埋没、[[交接]]、防御、[[化学感知]]、そして[[触覚]]など様々な機能に使われる<ref name="Musculature"/>。タコの腕は十腕類の腕と触腕のもつ全ての運動を両方とも合わせたものである<ref name="Musculature"/>。腕は顕著に伸長および短縮され、曲げたり巻いたりする複雑で多様な運動ができ、また両方向への[[ねじり運動]]を作り出す<ref name="Musculature"/>。加えて腕は硬さを能動的に制御できる<ref name="Musculature"/>。実際、タコの腕は新しい型の[[ロボットアーム]]の構造とデザインの着想となり、[[ロボット工学]]の材料となる<ref name="Musculature"/>。


== 腕長式 ==
== 腕長式 ==
37行目: 43行目:


表記方法にはバリエーションがあり、[[#monograph|Sasaki (1929)]]や[[#Continental|奥谷ら (1987)]]などでは、算用数字を使って1>4>2>3のように表される。また、1>2>3≒4のように「≒」を用いてほぼ等長を表したり<ref name="misakiensis">[[#Continental|奥谷・田川・堀川 1987, p.47]]</ref>、1>2≧3≧4のように「≧」が用いられたりする<ref>[[#Continental|奥谷・田川・堀川 1987, p.51]]</ref>。[[#Continental|奥谷ら (1987)]]の欧文部分では、Ⅰ, Ⅱ, Ⅲ≒Ⅳのように[[ローマ数字]]を[[コンマ]]で区切って表記される<ref name="misakiensis"/>。[[#FAO|FAO (2005)]]では、用語集にはⅣ>Ⅲ>Ⅱ>Ⅰのようにローマ数字および不等号で例示されている<ref name="glossary"/>が、本文中では、Ⅳ, Ⅲ, Ⅱ, Ⅰのように奥谷ら (1987)の欧文と同じ表記<ref>[[#FAO|FAO 2005, p.110]]</ref>や3, 4, 2, 1のように算用数字とコンマを使った表記<ref>[[#FAO|FAO 2005, p.190]]</ref>、3:2:1=4のような表記<ref>[[#FAO|FAO 2005, p.194]]</ref>が見られる。
表記方法にはバリエーションがあり、[[#monograph|Sasaki (1929)]]や[[#Continental|奥谷ら (1987)]]などでは、算用数字を使って1>4>2>3のように表される。また、1>2>3≒4のように「≒」を用いてほぼ等長を表したり<ref name="misakiensis">[[#Continental|奥谷・田川・堀川 1987, p.47]]</ref>、1>2≧3≧4のように「≧」が用いられたりする<ref>[[#Continental|奥谷・田川・堀川 1987, p.51]]</ref>。[[#Continental|奥谷ら (1987)]]の欧文部分では、Ⅰ, Ⅱ, Ⅲ≒Ⅳのように[[ローマ数字]]を[[コンマ]]で区切って表記される<ref name="misakiensis"/>。[[#FAO|FAO (2005)]]では、用語集にはⅣ>Ⅲ>Ⅱ>Ⅰのようにローマ数字および不等号で例示されている<ref name="glossary"/>が、本文中では、Ⅳ, Ⅲ, Ⅱ, Ⅰのように奥谷ら (1987)の欧文と同じ表記<ref>[[#FAO|FAO 2005, p.110]]</ref>や3, 4, 2, 1のように算用数字とコンマを使った表記<ref>[[#FAO|FAO 2005, p.190]]</ref>、3:2:1=4のような表記<ref>[[#FAO|FAO 2005, p.194]]</ref>が見られる。

== 特殊な腕 ==
=== 触腕 ===
{{Main|触腕}}
'''[[触腕]]'''（しょくわん、{{lang-en-short|tentacle}}）は[[イカ]]（十腕）類のみがもつ、伸縮自在で、餌を捕獲するための特殊な腕<ref name="NewLegends"/><ref name="glossary"/>であり、左右の[[腕 (頭足類)#第3腕|第3腕]]（Ⅲ）と[[腕 (頭足類)#第4腕|第4腕]]（Ⅳ）の間から伸びる<ref name="Anatomy">[[#Anatomy|佐々木 2008, pp.86-95]]</ref>。

イカでは、口を取り囲む10本の付属肢のうち、触腕と呼ばれる1対のみが獲物を捕らえるのに特化している<ref name="Musculature"/>。捕食行動は急激な触腕の伸長が関与し、吸盤を具えた触腕掌部が獲物を攻撃する<ref name="Musculature"/>。[[ヤリイカ科]]では、20–40[[ミリ秒]]で獲物に到達し、2 m/s以上の最大伸長速度、約250 m/s<sup>2</sup> の最大加速度で触腕の40–80%に伸長する<ref name="Musculature"/>。吸盤で獲物に引っ付き、触腕柄が短くなり、消化するために獲物を動かす8本の腕の内側まで獲物を持ってくる<ref name="Musculature"/>。一度獲物が捕捉され腕まで移動されると、触腕は獲物を離し、獲物を操作しなくなる<ref name="Musculature"/>。

=== 交接腕 ===
[[File:FMIB 48755 Hetocotylised arm (h,a) of Sepia officinalis L, shown in contrast to one of the ordinary sessile arms.jpeg|thumb|350px|[[ヨーロッパコウイカ]] {{snamei|||Sepia officinalis}} {{AUY|Linnaeus|1758}}の普通腕と交接腕 (h.a.)]]
{{Main|交接腕}}
'''[[交接腕]]''' （こうせつわん、'''ヘクトコチルス'''、{{lang|en|hectocotylus, hectocotylized arm}}）は雄が持つ、雌に[[精包]]およびその中の精子を渡すために変形した腕（普通腕）である<ref name="iwanami452">[[#iwanami|巌佐ほか 2013, p.452]]</ref>。'''化茎腕'''や'''生殖腕'''とも呼ばれる<ref name="iwanami452"/>。成熟とともに一定の腕が交接腕に変形する現象を'''化茎現象'''（かけいげんしょう、{{lang|en|hectocotylization}}）<ref name="iwanami452"/>または'''交接腕化'''という。交接腕はその種によって変化の様式と腕の位置が決まっている<ref name="iwanami452"/>。

イカでは腕の末端よりの吸盤のいくつかが消失し、吸盤柄が櫛の歯状に並ぶものや特別な膜や突起が生じるものがある<ref name="iwanami452"/>。タコでは腕の先端が匙状になり、そこまで精包が通る溝が走るものがある<ref name="iwanami452"/>。普通[[コウイカ類]]のもつ交接腕は再利用できるが、[[アオイガイ科]]や[[アミダコ科]]の雄では一生に一度しか交接できず、精子を満載した交接腕が雌の体内に挿入されると、切り離され雌の外套腔内に残る<ref name="iwanami452"/>。

英名 {{lang|en|hectocotylus}}の名は、ギリシア語で100を意味する{{lang|grc|[[:wikt:en:ἑκατόν|ἑκατόν]]}} ({{lang|grc-Latn|hekatón}})に由来する[[接頭辞]] ''{{lang|en|hecto-}}''と小さな器を意味するギリシア語の{{lang|grc|[[:wikt:en:κοτύλη|κοτύλη]]}} ({{lang|grc-Latn|kotýlē}})からなり<ref>[[#Webster|Webster 1958]], p.840</ref>、1829年、[[ジョルジュ・キュヴィエ]]が[[アオイガイ]]の交接腕を[[寄生虫]]と誤認し百疣虫 {{snamei||Hectocotylus octopodis}} {{AUY|Cuvier|1829}}と命名したことによる<ref name="iwanami452"/>。

== 吸盤 ==
[[File:Cephalopod suckers and configuration of suckers (schematic) on tentacular club.jpg|thumb|250px|タコとイカの吸盤の違いと[[#触腕掌部|触腕掌部]]の吸盤列]]
'''[[吸盤]]'''（きゅうばん、{{lang|en|sucker}}）は腕および触腕の口側 ({{lang|en|oral}})に一定に配列し、他物に吸着するための盤状構造<ref name="iwanami313">[[#iwanami|巌佐ほか 2013, p.313]]</ref>。イカ類（十腕形類）の吸盤は基部が柄のように細くなっており、吸盤の内部には'''{{Anchor|角質環}}'''（かくしつかん、{{lang|en|chitinous ring, horny ring}}）と呼ばれる硬い有機質のリングがある<ref name="Museum"/>。一般に4縦列 ({{lang|en|quadserial}})で配置される<ref name="iwanami313"/>。タコ類には柄も角質環もなく、この吸盤の構造の違いが「イカ」と「タコ」を区別する最も重要な形質である<ref name="Museum"/><ref name="iwanami313"/>。[[メンダコ]]類の腕には吸盤に加えて'''{{Anchor|触毛}}'''（しょくもう、{{lang|en|cirrus}}）が生えている<ref name="Museum"/>。タコ類の吸盤は吸着によって、イカ類の吸盤は角質環でしがみつくことによって機能する<ref name="Museum"/>。

== 内部構造 ==
<!--この分野における日本語の資料はなく、創作和訳となってしまっている可能性がある。-->
鞘形類の腕は硬い骨格を持たず、'''筋肉流体静力学装置'''{{Refnest|group=註|シュミット＝ニールセン (2007)中にある大阪市立大学教授の[[宮田真人]]による訳<ref name="Physiology"/><ref name="Physiology-en">[[#Physiology-en|Schmidt-Nielsen 1997]], p.429</ref>。}}（{{lang|en|muscular hydrostat}}、筋肉包骨格<ref name="Robotics">[[#Robotics|新山 2019]], pp.16-21</ref>）と呼ばれる骨格支持機構による[[筋線維]]の三次元的な配列な構造を持つ<ref name="Musculature">[[#Musculature|Kier 2016]], pp.1-16</ref><ref name="Physiology">[[#Physiology|シュミット=ニールセン 2007]], p.404</ref>。更に、多くの[[無脊椎動物]]が持つ[[水力学的骨格]]（{{lang|en|hydrostatic skeleton}}、流体包骨格<ref name="Robotics"/>、流体静力学的な骨格<ref name="Physiology-402">[[#Physiology|シュミット=ニールセン 2007]], p.402</ref>）として働く完全に液体に満たされた[[体腔]]を持たない<ref name="Musculature"/><ref name="Physiology"/>。そのため支持、力の伝達、筋肉の反発、そして力の増幅や置換は典型的な硬い骨格や水力学的骨格からもたらされるのではなく、代わりに以下に示す筋肉が運動の[[効果器]]として、また骨格の支持に働く<ref name="Musculature"/>。[[筋組織]]が体積変化に反発することにより腕が支持され、運動できる<ref name="Musculature"/>。頭足類の筋肉細胞は小さく、ふつう長さは1 mm以下である<ref name="Musculature"/>。腕の機構は基本的に、「付属肢の体積は基本的に一定であるため、ある面が縮小すると他の面が拡大する」という非常に単純な原理からなる<ref name="Musculature"/>。

筋線維は互いに垂直な3方向に配列しているため、3次元方向に全て能動的に制御され、運動と変形が顕著に多様となる。鞘形類の腕と触腕では以下の3つの主要な筋肉の配向が観察されている<ref name="Musculature"/>。
* '''横走筋線維''' ({{lang|en|transverse muscle fiber}}) - 前後軸に垂直な面に配列される
* '''縦走筋線維''' ({{lang|en|longitudinal muscle fiber}}) - 典型的に前後軸に平行な束で配列される
* 螺旋状または斜めに配列される筋線維 - 右巻き螺旋、左巻き螺旋両方の配列がある
これらの筋肉のグループの選択的な活動により、付属肢の伸長、短縮、屈曲、ねじれおよび硬直が生み出され得る<ref name="Musculature"/>。最も多い筋線維の種類は[[斜紋筋]]である<ref name="Musculature"/>。[[横紋筋]]線維は獲物を捕捉するイカの触腕の横走筋塊でのみ見られる<ref name="Musculature"/>。これらの線維は普通短い[[ミオフィラメント]]および[[サルコメア]]を持ち、触腕の急速な伸長に必要な高い収縮速度を生み出す<ref name="Musculature"/>。鞘形類は収縮速度を調節するために組織特異的な[[ミオシン]]の[[アイソフォーム]]ではなく超微細構造の修飾 ({{lang|en|ultrastructural modifications}})を用いるらしい<ref name="Musculature"/>。

=== 十腕類の触腕 ===
==== 筋肉組織の形態学と微小解剖学 ====
'''{{lang|en|axial nerve cord}}'''（以降、ANC<ref group="註">訳が存在しないため、この語を使う</ref>）は触腕柄の中心を縦に走り、'''横走筋''' ({{lang|en|transverse muscle}})の大きな塊に囲まれる。この塊の中にある筋線維の束は触腕の径を横断し、その前後軸と直行するように拡がる。横走筋線維の束が周辺に向かって拡がるときに、それらは触腕の前後軸と平行に配列した'''縦走筋''' ({{lang|en|longitudinal muscle}})線維の束の間を通る。それらが触腕柄の外表面に至る際、横走筋塊の筋線維の束の中には横走筋および縦走筋の中心部を取り囲む薄い輪走筋 ({{lang|en|circular muscle}})層の一部となって見られるものもある。輪走筋層は1対の螺旋状に並んだ筋線維の薄層により囲まれる。内側の層と外側の層は巻き方に対置され、'''{{lang|en|fiber angle}}'''（螺旋状の線維と前後軸がなす角）は[[アメリカケンサキイカ]] {{snamei||Doryteuthis pealeii}} ({{AUY|Lesueur|1821}})では、触腕を縮小させたときの最大約67°から、触腕を完全に伸ばした際の最少約36°となる。螺旋筋 ({{lang|en|helical muscle}})の層は表層の縦走筋の層に取り囲まれる。

結合組織はANCを取り囲む層にあり、上記の様々な筋肉群の接合面に存在している。結合組織も様々な筋肉塊の中にある筋線維の間に存在している。触腕柄を一周取り囲んでいるのは、[[色素胞]]、[[血管]]、そして[[神経]]を含んだ疎性[[真皮結合組織]]である。[[単層立方上皮]]および[[単層円柱上皮]]が触腕柄を完全に覆う。

==== 支持と運動の生体力学 ====
筋組織や他の組織は圧力変化に応じて体積変化しにくいため、触腕の支持および運動ができる。触腕の体積は基本的に一定であるため、ある面の縮小により別の面の拡大が起こる。捕食行動の際の急激な触腕の伸長は、横走筋およびそれと連携した輪走筋の変化により起こる。その短縮により横断面積が減少するが、体積は少ししか減少しないため、触腕長は増加する。触腕の短縮は縦走筋の収縮により、縦走筋は横断面を増加させることによって横走筋組織を再び拡張する。従って、横走筋と縦走筋は脊椎動物の関節の裏側の筋肉と類似した拮抗筋として働く。

横走筋は直交するパターンで並び、横走筋の収縮により触腕の高さと幅がともに減少するため、横走筋および輪走筋線維の変位と収縮速度が増幅される。この横断面の減少は触腕の伸長 (長さの1乗) をもたらす面積 (長さの2乗) の減少を表し、よって横走筋と輪走筋の短縮が増幅される。放射軸方向の張力{{math|''ε<sub>r</sub>''}}と前後軸方向の張力{{math|''ε<sub>l</sub> ''}}の関係は、下式のように表せる。

{{math|''ε''<sub>''r''</sub> {{=}} (1+''ε''<sub>''l''</sub>)<sup>−{{Sfrac|1|2}}</sup>−1}}

例えば、直径のたった25%の減少のみで、典型的な獲物の捕捉の際の、触腕の伸長の約80%になる。この変位の増幅は出力よりも入力の方が比較的短い、硬い骨格（[[外骨格]]および[[内骨格]]）の[[てこ]]装置と類似している。機械的な増幅は触腕の素早さに一部寄与し、それに加え、横走筋および輪走筋線維は高い短縮速度への特化を示す。

右巻きまたは左巻きの螺旋筋の層 ({{lang|en|helical muscle layers}})は前後軸を中心とする触腕のねじれの原因となる。触腕の攻撃における伸長の相では、触腕はよくねじれ、獲物の向きによってどちらの方向にも曲がる能力があることが確認されている。このねじれは、触腕が付いた面で獲物を捕捉するため、触腕掌部の方向を変えるのは重要である。生体工学的分析では、螺旋筋の層の収縮の巻き方によりねじれがおこるとされる。螺旋筋の層は、触手が伸長したり短縮したりする際に、螺旋の経路長の変化に対応しなければならない。触腕が完全に収縮した状態から伸長すると、螺旋筋は短くなり、 54°44′までに達する。触腕がこの点を超え、 fiber angleがさらに減少すると、螺旋筋が伸長される。周縁部の螺旋筋の層はより中央部の位置に比べ、トルクを適用することができるより大きなモーメントをもたらす。

=== 十腕類の腕 ===
==== 筋肉組織の形態学と微小解剖学 ====
上記の触腕で述べたように、腕の中心軸に沿って前後軸に走るANCは横走筋塊に囲まれている。横走筋塊の筋線維は腕の前後軸に垂直に扁平に並んでいる。これらの筋線維の束はGraziadei (1965)により'''肉柱'''<ref>[[#zen-ika|奥谷 2015]], p.119</ref> ({{lang|en|trabeculae}})と呼ばれた線維の薄膜として、縦走筋の束の間に拡がっている。口側と反口側<ref group="註">吸盤の付いた腕の表面を「口側」{{lang|en|oral}}と呼ぶ</ref>の縦走筋の束の間を通った後、肉柱は線維状結合組織の薄層に入り込む。側方に拡がる筋線維の束は腕の斜走筋を取り囲む結合組織に入り込む。

腕の両側に位置する斜走筋 (oblique muscle) は口側と反口側の線維性結合組織に起源し、そこに挿入されている。結合組織の線維は交叉した線維配列に並んでおり、その半分は右巻き螺旋を描き、もう半分は左巻き螺旋となっている。その線維は腕の前後軸に対し72°のfiber angleをなしている。 斜走筋対の筋線維はともに結合している結合組織の線維と同じfiber angleをなしている。そのため、斜走筋およびそれと結合する結合組織の層は筋線維及び結合組織の線維の右巻き螺旋と左巻き螺旋の複合体を形成している。

斜走筋とそれに結合する結合組織を取り囲んでいるのは、3つの縦走筋の束で、1本は口側に、残りの2本は側面に位置している。腕の反口側の表面は泳膜と呼ばれる前後軸に沿った鰭状の突起も含んでいる。泳膜の核心部は非線維性結合組織から構成され、泳膜の横方向に拡がる散在した筋肉塊と 核心部を覆う薄膜として拡がる縦走筋線維からなる。 吸盤列が腕の口側表面から突出しており、保護膜によって両側を取り込まれている。

腕は色素胞や虹色素胞、血管や神経を含む疎性結合組織の真皮に覆われている。単層立方表皮から単層円柱上皮がその真皮を覆う。

==== 支持と運動の生体力学 ====
腕の最も重要な運動の一つである屈曲は腕の曲げた部分の内側半径側の縦走筋の選択的な収縮を必要とする。横断面の口側に存在し、口側方向に力強く曲がる特に大きな縦走筋の束は獲物の操作に特別重要であるが、縦走筋の束は横断面の全周を取り囲み存在しているため、あらゆる面への屈曲が可能である。縦走筋の収縮は、この力に反発するいくつかのメカニズム以外の、曲げるよりも単に腕を短くする傾向のある前後軸方向の圧縮力を作り出す。腕の組織の体積変化への反発は前後軸方向の圧縮への反発をもたらすのに重要である。腕の体積は基本的に一定なので、あらゆる短縮は径の増加をもたらす;前後軸の圧縮力に反発するため直径の増加は妨げられるに違いない。横走筋は腕の直径を制御することができるように並び、屈曲に必要な前後軸の圧縮への反発をもたらす。それゆえ、能動的な腕の屈曲には腕の縦走筋および横走筋線維をともに同時に収縮する運動を必要とする。上記のような状況では、横走筋は縦方向の線維が腕の1側面を短くするとき、直径を維持し、前後軸の圧縮に抵抗する. 屈曲はまた、腕の1側面(屈曲の内側半径)の縦走筋が伸長に反発する限り、横走筋を短くすることにより直径を減少させることで起こりうる。屈曲のための横走筋または縦走筋の短縮の相対寄与は変化し、上記のような2つの状況は連続体の終点を代表する。縦走筋の束は、中立面に近いより中央の位置に比べ、曲げモーメントを増加させる腕の周縁部に位置する{{refnest|group=註|梁の中立面は普通中心にあり、全ての[[曲げ応力]]が0になる場所}}。

腕をねじるのに必要な捻り力は斜走筋と、連携した交叉した線維結合組織の薄層によりもたらされる。右巻きの筋肉および左巻きの筋肉と結合組織線維層が存在する。任意の巻き方の線維は腕の全長を螺旋状に覆う筋線維と交互に並ぶ結合組織線維の複合体と見なされる。その複合体系の一つの収縮は螺旋線維系の巻き方に応じたねじり方向に腕をねじる。腕のねじり剛性は右巻きと左巻き両方の斜走筋系の収縮活性とともに増加しうる。捩り剛性の能動制御は もがく獲物を操作するのに特に重要である。斜走筋の配置は中立軸に近いより中央の位置 (中立軸はねじれの梁の中心に位置し、[[剪断応力]]を受けない) よりも、トルクが適用できるより大きいモーメントをもたらす周縁部に位置する。

=== 八腕類の腕 ===
==== 筋肉組織の形態学と微小解剖学 ====
タコの腕の筋肉組織はGraziadei (1965, 1971)により、吸盤内在筋組織 ({{lang|en|intrinsic musculature of the suckers}})、腕内在筋組織 ({{lang|en|intrinsic musculature of the arms}})、腕の筋組織と吸盤を結び付ける腕吸盤筋組織 ({{lang|en|acetabulo-brachial musculature}})の3つに分けられている。腕内在筋組織は従来、{{snamei||Octopus bimaculoides}}、{{snamei||Octopus briareus}}そして{{snamei||Octopus digueti}}で観察されてきた。

上記のような十腕類の腕と触腕のように、ANCは腕に沿って前後軸に拡がり、腕の前後軸に垂直な面に配列した線維とともに横走筋塊の筋線維を取り囲む。横走筋塊の筋線維の束はほぼ直交して配列し、どちらも口側から反口側の表面に拡がるか、これに対し直角となって、左右に拡がる。口側から反口側表面に拡がる横走筋線維の束は腕の口側と反口側で厚い交叉線維結合組織の薄膜上にできる。その線維の束は縦走筋線維の束の間に拡がる肉柱という前後軸の薄膜中で腕の中心軸に向かって突出する。多くはANCを取り囲む線維性結合組織の層上に入り込むか、腕の逆側の線維性結合組織の薄膜上に入り込んで拡がる。腕の左右に拡がる横走筋線維の束は腕の両側に位置する外側斜走筋を取り囲む結合組織で、縦走筋の束の間の肉柱という形で、または斜走筋を通る個別の束として縦走筋と斜走筋を通る。多くはANCを取り囲む結合組織上に入り込む。左右に走る横走筋線維の束の一部は口側を通り、特に反口側ではANCに向かい、外側斜走筋を取り囲む結合組織上に入り込み逆側に拡がる。しかし、腕の長軸に対し垂直な横走筋線維の方向はタコの種類によって一般的でないかもしれない。Feinstein et al. (2011) により、{{snamei||Octopus vulgaris}}の腕の横走筋線維は腕の横断面に限定されないことを報告されている。

縦走筋線維の束は横走筋の肉柱の間の腕の全長に拡がる。反口側部分の象限の横断面積は他の象限に比べ大きいにも拘らず、縦走筋線維の束は横走筋塊の全方向に存在し、横断面の全周は縦走筋の束を含む。三日月形の縦走筋の層が中央および外側斜走筋の間に存在する。

斜走筋線維の3セットは 腕の両側に存在している。外側斜走筋は腕の内在筋を取り囲み、最も表面にある。中央斜走筋は葉より中央に位置し外、上記の縦走筋線維により外側斜走筋と分断されている。内側斜走筋は最も中心にあり、横走筋の核心部の両側に位置する。任意の斜走筋の巻き方は腕の反対側の対のthe other member のそれに対して反対にある。加えて、任意の側で、外側斜走筋および内側斜走筋の巻き方は同じで、内側斜走筋の巻き方と逆になっている。外側および中央の斜走筋は口側および反口側の結合組織の薄膜上に起源し、そこに入り込んでいる。中央の斜走筋および外側斜走筋のfiber angleはそれらが接着している線維性結合組織の層のものと類似している。特に{{snamei|O. bimaculoides}}の平均の角度は 63°–74°である。内側斜走筋の線維は明確な起源と挿入を示さず、代わりに縦走筋組織および横走筋組織と咬合して見られる。内側斜走筋のfiber angleは中央斜走筋および外側斜走筋のfiber angle に比べ小さい[測定された種では平均42° から56°までの範囲]。

腕の内在筋を取り囲んでいるのは腕の周りを一周並ぶ線維とともに輪走筋の薄層である. その層は腕の反口側で最も厚くなり、反口側の結合組織の薄膜と外側斜走筋を包み、口側の結合組織の薄膜上に入り込む腕の口側に向けて拡がる。

==== 支持と運動の生体力学 ====
タコの腕における支持と運動は上記の十腕類の腕と触腕と同様に、腕の筋肉組織の体積変化への反発による。タコの腕は顕著な運動の多様さと複雑さをもち、全ての運動は前述の伸長、短縮、屈曲そして捩れといった 4つの基本的な腕の変形の組合せによって生み出される. タコの腕は一部分だけに限って変形したり、腕の全長に亘って変形したりするため、注目に値する。加えて、その変形は個々の腕の1つの場所または複数の場所でおこる。屈曲運動はあらゆる面でおこりうるし、捩れ運動は両方向で観察される。緊張、収縮、屈曲とねじれの剛性は能動的に制御できる。

腕の組織が体積変化に反発すると、横断面の減少は長さの増加をもたらす。横断面のこの減少は横走筋塊の筋線維の収縮により作り出されるようである。 その伸長は局所的で横走筋の一部のみと腕の全長に亘っての両方でおこる。輪走筋の薄層もその収縮が腕を伸長させるように方向づけられるが、その生理学上の横断面積はほんの小さく、そのため伸長のために作られる力も小さい。輪走筋の層の働きの一つに姿勢を維持するための腕の緊張をもたらすことがありうる。

短縮は腕の全長に拡がる縦走筋の束の収縮に関与するらしい。腕が体積変化に反発するため、腕の短縮は横断面の増加をもたらし、それにより横走筋線維および輪走筋線維の伸長の原因となる。従って、横走筋線維と縦走筋線維は拮抗筋として働き、互いに再び伸長するために必要な力を生み出す。

屈曲運動に必要な筋肉の活性化は上記のイカの腕の屈曲と同様である。能動的な屈曲は屈曲の内側半径を示す腕の側面に沿った縦走筋の束の選択的な収縮を必要とする. 単に腕を短くする前後軸の圧縮力に反発することを必要とする支持は横走筋塊によりもたらされる. 従って、能動的な屈曲運動 は同時に横走筋と縦走筋の収縮を必要とする。また腕の片側(屈曲の内側半径)の縦走筋が一定の長さを維持する際、横走筋が横断面を減少させると屈曲が起こることがある。上記の十腕類の腕のように、ここで与えられる2つの例は恐らく横走筋及び縦走筋の相対的な短縮の連続体上の終点を表している。突然の屈曲は、いくつかの行動で観察されているように、より軽い屈曲がより幅広く分布する筋肉活動に関与するため、選択的に局在する腕の縦走筋および横走筋の筋肉組織の収縮が恐らく関与している。

タコの腕は十腕類の触腕と腕の両方と興味深い対照をもたらす。前述のように、触腕は主に伸長と短縮に機能するが、対して十腕類の腕は殆ど長さが変化せず、代わりに屈曲運動を行う。タコの腕は屈曲と長さの変化を併せ持つ。タコの腕は横走筋および縦走筋線維といった同じ筋肉組織を用いて、活動パターンを変えるだけで伸長と短縮のときの連続した活動と屈曲中に同時に起こる活動を行うことができる。

単純な工学的考察に基づいて、屈曲運動の際、腕により生み出される力は縦走筋線維が腕の中立面からできるだけ遠くに位置しているとより大きくなる。確かに、縦走筋は腕の中心軸から離れて位置している。加えて、縦走筋の束はあらゆる面で働く曲げ応力を与える内在筋の横断面の全周を取り囲むように位置している。横走筋は腕の反口側部分でもっとも強靭で、口側の縦走筋の束と合わせて口側の屈曲(力強い屈曲のもっとも一般的な形態)を産み出し、支持する役割をもつことと矛盾しない。

能動的な屈曲運動に加え、横走筋と縦走筋の共収縮は腕の[[曲げ剛性]]を増加させる。このような活動パターンはHochner、Flashおよび共著者により報告された到達行動の一種である。いくつかの腕の運動では、腕は硬くなり、腕の基部にある傘膜の筋肉組織の基底で回転する.

十腕類の腕で見られるように, ねじれ運動は斜走筋の収縮により生み出される。交叉した 線維の螺旋結合組織の配列は斜走筋により生み出される力を伝達する結合組織と筋肉の螺旋系の主要成分である. 腕の両側の外側斜走筋と中央斜走筋の対およびそれと連携した交叉線維結合組織の配列は左巻き及び右巻き螺旋系の両方を示し、それによって、両方向に生みだされるねじり力を与える。これは腕の両方向のねじれの観察と相違ない。外側斜走筋及び中間斜走筋系の共収縮は腕のねじれ合成を増やしているようである. ねじれモーメントは斜走筋ができるだけ中立面から遠くに位置しているほどより大きくなる。実際、外側斜走筋及び中間斜走筋は中立面から遠くに位置している。内側斜走筋の機能的役割は明らかでないが、最も内側にあるため、ねじれモーメントを産み出すのに非効率で、外側斜走筋と同じ巻き方をしている。

タコの腕は高い局所運動および筋肉流体静力学装置のメカニズムによる付属肢で可能な変形の1例となっている。典型的な静水力学的骨格と違い、筋線維の局所的な活動は巨大な体液に満たされた体腔の静水圧を増大するより一般化された効果よりもより局所的な作用を示す。 変形は全ての位置または複数の位置で多くの方向に向けて起こるため、腕は筋線維の選択的に小さな集団を活性化し、筋力の発生を精密に調節することが必要な神経筋制御を行わなければならない。実際、横走筋および縦走筋の[[運動単位]]は小さく、線維同士の電気的結合は見られない。加えて、筋線維の活動は直接神経活動に制御され、筋力の発生を精密に調節する。しかし、このようなシステムの難しさは必要な運動制御の複雑さである。近年の研究は運動路、機械受容メカニズムと腕の神経筋制御を簡単にするメカニズムへの重要な洞察を示している。


== 腕の再生と奇形 ==
== 腕の再生と奇形 ==
頭足類の腕は捕食や移動、自切、交接や競争に加え、攻撃や共食いにより傷つくことがあり、再生能力を持つことが知られている<ref name="Regeneration">[[#pathogen10|Zullo & Impedadore 2019, pp.193-199]]</ref><ref>[[#aomori|野呂2017, 131-133]]</ref>。頭足類は体の損傷に応答して再生を始めるが、腕が損傷すると遊泳、捕食、威嚇行動などの機能に支障を来すため、腕の再生は特に重要である<ref name="Regeneration"/>。
頭足類の腕は捕食や移動、自切、交接や競争に加え、攻撃や共食いにより傷つくことがあり、再生能力を持つ<ref name="Regeneration">[[#pathogen10|Zullo & Impedadore 2019, pp.193-199]]</ref><ref>[[#aomori|野呂2017, 131-133]]</ref>。このことは[[アリストテレス]]のころから知られている<ref name="Musculature"/>。頭足類は体の損傷に応答して再生を始めるが、腕が損傷すると遊泳、捕食、威嚇行動などの機能に支障を来すため、腕の再生は特に重要である<ref name="Regeneration"/>。


傷口の治癒の後、腕の再生が始まり、損傷後3日で既に傷口に小さな瘤が見られるようになる<ref name="Regeneration"/>。これは後に伸長し、小さな突起を形成する。最初のよく識別できる構造は損傷後17日で現れ、鉤状をなす<ref name="Regeneration"/>。組織学的な分析によると、未分化な細胞の非常に薄い層が最初の観察できる瘤を形成する<ref name="Regeneration"/>。その後、よりはっきりとした、急激に増殖する「芽体 ({{lang|en|blastema}})」が瀰漫性の血管の一部とともに腕の先端に現れる<ref name="Regeneration"/>。そしてこの構造が消えると、組織は分化状態に入り、組織形成の過程が始まる<ref name="Regeneration"/>。普通50-60日後のそれより後のステージでは、完全な構造が現れ、典型的な腕が回復する<ref name="Regeneration"/>。このステージでは、神経と筋肉がともにはっきりと観察され、よく組織されている<ref name="Regeneration"/>。
傷口の治癒の後、腕の再生が始まり、損傷後3日で既に傷口に小さな瘤が見られるようになる<ref name="Regeneration"/>。これは後に伸長し、小さな突起を形成する。最初のよく識別できる構造は損傷後17日で現れ、鉤状をなす<ref name="Regeneration"/>。組織学的な分析によると、未分化な細胞の非常に薄い層が最初の観察できる瘤を形成する<ref name="Regeneration"/>。その後、よりはっきりとした、急激に増殖する「芽体 ({{lang|en|blastema}})」が瀰漫性の血管の一部とともに腕の先端に現れる<ref name="Regeneration"/>。そしてこの構造が消えると、組織は分化状態に入り、組織形成の過程が始まる<ref name="Regeneration"/>。普通50-60日後のそれより後のステージでは、完全な構造が現れ、典型的な腕が回復する<ref name="Regeneration"/>。このステージでは、神経と筋肉がともにはっきりと観察され、よく組織されている<ref name="Regeneration"/>。
50行目: 149行目:
以降も以下のような記録がある（鳥羽水族館に保管されている標本は別途記述）。
以降も以下のような記録がある（鳥羽水族館に保管されている標本は別途記述）。
* [[1900年]]、[[:it:Corrado Parona|Corrado Parona]] による、[[地中海]]で獲られた[[ジャコウタコ]] {{snamei||Eledone moschata}} <small>{{AUY|Lamarck|1798}}</small> の腕と{{snamei||Octopus vulgaris}} <small>{{AUY|Lamarck|1798}}</small> の第1腕が2叉に分枝しているという記述<ref name="Abnormality"/>。
* [[1900年]]、[[:it:Corrado Parona|Corrado Parona]] による、[[地中海]]で獲られた[[ジャコウタコ]] {{snamei||Eledone moschata}} <small>{{AUY|Lamarck|1798}}</small> の腕と{{snamei||Octopus vulgaris}} <small>{{AUY|Lamarck|1798}}</small> の第1腕が2叉に分枝しているという記述<ref name="Abnormality"/>。
* [[1929年]][[6月22日]]、動物学教室の学生(Ichizo Asami)により発見され、[[東京帝国大学]]動物学教室博物館に持ち込まれた[[コウイカ]] {{snamei||Sepia esculenta}} <small>{{AUY|Hoyle|1885}}</small>の右第4腕<ref name="Okada">[[#Sepia esculenta|Okada 1938, pp.93-94]]</ref>。2度分枝し、3本となっている<ref name="Okada"/>。
* [[1929年]][[6月22日]]、動物学教室の学生(Ichizo Asami)により発見され、[[東京帝国大学]]動物学教室博物館に持ち込まれた[[コウイカ]] {{snamei||Sepia esculenta}} <small>{{AUY|Hoyle|1885}}</small>の右第4腕<ref name="Okada">[[#Sepia esculenta|Okada 1938]], pp.93-94</ref>。2度分枝し、3本となっている<ref name="Okada"/>。
* [[1950年]]3月、[[静岡県]][[清水港]]外にて右第2・第3・第4腕が分枝し、腕数22本となっているマダコが記録<ref name="deformed"/>。
* [[1950年]]3月、[[静岡県]][[清水港]]外にて右第2・第3・第4腕が分枝し、腕数22本となっているマダコが記録<ref name="deformed"/>。
* [[1960年]]、Kumpfによる、左第3腕が2つに分かれている雄{{snamei||Octopus briareus}} <small>{{AUY|Robson|1929}}</small>の記述<ref name="Abnormality"/>。この個体では、通常の腕の基部に見られるような腕間膜が発達している<ref name="Abnormality"/>。
* [[1960年]]、Kumpfによる、左第3腕が2つに分かれている雄{{snamei||Octopus briareus}} <small>{{AUY|Robson|1929}}</small>の記述<ref name="Abnormality"/>。この個体では、通常の腕の基部に見られるような腕間膜が発達している<ref name="Abnormality"/>。
58行目: 157行目:
* [[1990年]][[3月27日]]、神奈川県横須賀市[[猿島]]沖にて柴崎正二によって捕獲された、全ての腕が1回以上分岐した腕55本のマダコの報告<ref name="deformed"/>。横須賀市東部漁業協同組合で1990年[[4月2日]]まで飼育された<ref name="deformed"/>。
* [[1990年]][[3月27日]]、神奈川県横須賀市[[猿島]]沖にて柴崎正二によって捕獲された、全ての腕が1回以上分岐した腕55本のマダコの報告<ref name="deformed"/>。横須賀市東部漁業協同組合で1990年[[4月2日]]まで飼育された<ref name="deformed"/>。
* [[2004年]]春、[[フォークランド諸島]]沖でスペインの[[トロール漁]]船によって漁獲された雌の[[ミナミニュウドウイカ]] {{snamei||Onykia (Moroteuthis) ingens}} <small>({{AUY|E. A. Smith|1881}})</small>の2叉分枝した触腕<ref name="bifurcation">[[#bifurcation|González & Guerra 2008, pp.1-6]]</ref>。
* [[2004年]]春、[[フォークランド諸島]]沖でスペインの[[トロール漁]]船によって漁獲された雌の[[ミナミニュウドウイカ]] {{snamei||Onykia (Moroteuthis) ingens}} <small>({{AUY|E. A. Smith|1881}})</small>の2叉分枝した触腕<ref name="bifurcation">[[#bifurcation|González & Guerra 2008, pp.1-6]]</ref>。
* [[2012年]]、[[メキシコ]]のEl Faro Puerto Angelで獲られた雌{{snamei||Octopus hubbsorum}} <small>{{AUY|Berry|1953}}</small>の2叉分岐している第2腕<ref name="Abnormality">[[#Abnormality|Alejo-Plata & Valencia-Méndez 2014, pp.1-3]]</ref>。
* [[2012年]]、[[メキシコ]]のEl Faro Puerto Angelで獲られた雌{{snamei||Octopus hubbsorum}} <small>{{AUY|Berry|1953}}</small>の2叉分岐している第2腕<ref name="Abnormality">[[#Abnormality|Alejo-Plata & Valencia-Méndez 2014]], pp.1-3</ref>。
* [[ギリシャ]]、[[イラクリオン]]の[[:w:Cretaquarium|Cretaquarium]]におけるタコの腕の3叉分枝（Panagiotis Grigoriou による報告）<ref name="Regeneration"/>。野生での傷害により形成された<ref name="Regeneration"/>。
* [[ギリシャ]]、[[イラクリオン]]の[[:w:Cretaquarium|Cretaquarium]]におけるタコの腕の3叉分枝（Panagiotis Grigoriou による報告）<ref name="Regeneration"/>。野生での傷害により形成された<ref name="Regeneration"/>。


71行目: 170行目:


また、腕の数が少ないタコも発見されている<ref name="deformed"/>。1960年9月には[[明石海峡]]にて腕数6本のマダコ {{snamei|O. sinensis}}、同年11月にはそれぞれ腕数7本のマダコ及び[[イイダコ]] {{snamei||Amphioctopus fangsiao}} <small>({{AUY|d'Orbigny|1839}})</small>が発見されている<ref name="deformed"/>。
また、腕の数が少ないタコも発見されている<ref name="deformed"/>。1960年9月には[[明石海峡]]にて腕数6本のマダコ {{snamei|O. sinensis}}、同年11月にはそれぞれ腕数7本のマダコ及び[[イイダコ]] {{snamei||Amphioctopus fangsiao}} <small>({{AUY|d'Orbigny|1839}})</small>が発見されている<ref name="deformed"/>。

== 特殊な腕 ==
{{See|交接腕|触腕}}

== 吸盤 ==
[[File:Cephalopod suckers and configuration of suckers (schematic) on tentacular club.jpg|thumb|250px|タコとイカの吸盤の違いと[[#触腕掌部|触腕掌部]]の吸盤列]]
'''[[吸盤]]'''（きゅうばん、{{lang|en|sucker}}）は腕および触腕の口側 ({{lang|en|oral}})に一定に配列し、他物に吸着するための盤状構造<ref name="iwanami313">[[#iwanami|巌佐ほか 2013, p.313]]</ref>。イカ類（十腕形類）の吸盤は基部が柄のように細くなっており、吸盤の内部には'''{{Anchor|角質環}}'''（かくしつかん、{{lang|en|chitinous ring, horny ring}}）と呼ばれる硬い有機質のリングがある<ref name="Museum"/>。一般に4縦列 ({{lang|en|quadserial}})で配置される<ref name="iwanami313"/>。タコ類には柄も角質環もなく、この吸盤の構造の違いが「イカ」と「タコ」を区別する最も重要な形質である<ref name="Museum"/><ref name="iwanami313"/>。[[メンダコ]]類の腕には吸盤に加えて'''{{Anchor|触毛}}'''（しょくもう、{{lang|en|cirrus}}）が生えている<ref name="Museum"/>。タコ類の吸盤は吸着によって、イカ類の吸盤は角質環でしがみつくことによって機能する<ref name="Museum"/>。


== 脚注 ==
== 脚注 ==
{{脚注ヘルプ}}
{{脚注ヘルプ}}
=== 註釈 ===
{{Reflist}}
<references group="註"/>
=== 出典 ===
{{Reflist|30em}}


== 出典・参考文献 ==
== 出典・参考文献 ==
* {{Cite journal|first1=María del Carmen|last1=Alejo-Plata|first=2=Omar|last2=Valencia-Méndez|title=Arm Abnormality in ''Octopus hubbsorum'' (Mollusca: Cephalopoda: Octopodidae)|date=2014-10|journal=American Malacological Bulletin|volume=32|issue=2|pages=1-3|doi=10.4003/006.032.0212}} {{Anchors|Abnormality}}
* {{Cite journal|first1=María del Carmen|last1=Alejo-Plata|first=2=Omar|last2=Valencia-Méndez|title=Arm Abnormality in ''Octopus hubbsorum'' (Mollusca: Cephalopoda: Octopodidae)|date=2014-10|journal=American Malacological Bulletin|volume=32|issue=2|pages=1-3|doi=10.4003/006.032.0212|ref=Abnormality}}
* {{cite journal|author=[[国際連合食糧農業機関|Food and Agriculture Organization of the United Nations]]|title=Cephalopods of the World: An Annotated and Illustrated Catalogue of Cephalopod Species Known to Date Volume 1 Chambered Nautiluses and Sepioids (Nautilidae, Sepiidae, Sepiolidae, Sepiadariidae, Idiosepiidae and Spirulidae)|editors=P. Jereb & C.F.E. Roper|date=2005}} {{Anchors|FAO}}
* {{cite journal|author=[[国際連合食糧農業機関|Food and Agriculture Organization of the United Nations]]|title=Cephalopods of the World: An Annotated and Illustrated Catalogue of Cephalopod Species Known to Date Volume 1 Chambered Nautiluses and Sepioids (Nautilidae, Sepiidae, Sepiolidae, Sepiadariidae, Idiosepiidae and Spirulidae)|editors=P. Jereb & C.F.E. Roper|date=2005|ref=FAO}}
* {{Cite journal|first1=Ángel F. |last1=González |first2=Ángel|last2=Guerra|title=First observation of double tentacle bifurcation in cephalopods|date= 2008-01|journal=Marine Biodiversity Records 1|doi=10.1017/S175526720600529X|pages=1-6}} {{Anchors|bifurcation}}
* {{Cite journal|first1=Ángel F. |last1=González |first2=Ángel|last2=Guerra|title=First observation of double tentacle bifurcation in cephalopods|date= 2008-01|journal=Marine Biodiversity Records 1|doi=10.1017/S175526720600529X|pages=1-6|ref=bifurcation}}
* {{Cite journal|first1=William M.|last1=Kier|date=2016-02-18|title=The Musculature of Coleoid Cephalopod Arms and Tentacles|journal=Front. Cell Dev. Biol.|volume=4|number=10|pages=1-16|doi=10.3389/fcell.2016.00010|ref=Musculature}}
* {{cite journal|author=[[池田作次郎]] (S. Ikeda)|date=1890-11-15|title=理科大學動物學敎室備附頭脚類目錄 (A List of Japanese Cephalopoda in the Zoological Institute of Imperial University.)|journal=動物學雜誌|volume=2|pages=479-482}}
* {{cite journal|author=今井正昭|title=東京湾の奇形マダコについて|journal=神水試研報|volume=13|date=1992|pages=19-25}} {{anchors|deformed}}
* {{cite journal|last=Kumpf|first=Herman E.|date=1960|title=Arm abnormality in ''Octopus''|journal=Nature|volume=185|pages=334-335}}
* {{cite journal|last=Kumpf|first=Herman E.|date=1960|title=Arm abnormality in ''Octopus''|journal=Nature|volume=185|pages=334-335}}
* {{Cite journal|first=Yo K.|last=Okada|author-link=岡田要|date=1938|title=An Occcurence of Branched Arms in the Decapod Cephalopod, ''Sepia esculenta'' Hoyle|journal=Annot. Zool. Japan|volume=17|number=1|pages=93-94|ref=Sepia esculenta}}
* {{Cite journal|author=野呂恭成|title=腕の一部が短いミズダコの形態観察|journal=平成２７年度青森県産業技術センター水産総合研究所事業報告|date=2017|pages=131-133}} {{anchors|aomori}}
* {{Cite journal|first=Yo K.|last=Okada|author-link=岡田要|date=1938|title=An Occcurence of Branched Arms in the Decapod Cephalopod, ''Sepia esculenta'' Hoyle|journal=Annot. Zool. Japan|volume=17|number=1|pages=93-94}} {{Anchors|Sepia esculenta}}
* {{Cite journal|first=Yo K.|last=Okada|author-link=岡田要|date=1965|title=On Japanese octopuses with branched arms, with special reference to their capture from 1884-1964|journal=Proceedings of the Japanese Academy|volume41|pages=618-623}}
* {{Cite journal|first=Yo K.|last=Okada|author-link=岡田要|date=1965|title=On Japanese octopuses with branched arms, with special reference to their capture from 1884-1964|journal=Proceedings of the Japanese Academy|volume41|pages=618-623}}
* {{cite journal|first=Corrado|last=Parona|author-link=:it:Corrado Parona|date=19001|title=Sulla dicotomía delle braccia nei cephalopodi|journal=Atti della Società di Scienze e Geografia di Genova|volume=9|pages=224-230}}
* {{cite journal|first=Corrado|last=Parona|author-link=:it:Corrado Parona|date=1900|title=Sulla dicotomía delle braccia nei cephalopodi|journal=Atti della Società di Scienze e Geografia di Genova|volume=9|pages=224-230}}
* {{Cite|first=Madoka|last=Sasaki|author-link=佐々木望 (動物学者)|title=A Monograph of the Dibranchiate Cephalopods of the Japanese and Adjacent Waters|publisher=Coll. Agric. Hokkaido Imp. Univ.|place=Sapporo|Volume=20|Suppl. No. |date=1929|pages=}} {{Anchors|monograph}}
* {{Cite|first=Madoka|last=Sasaki|author-link=佐々木望 (動物学者)|title=A Monograph of the Dibranchiate Cephalopods of the Japanese and Adjacent Waters|publisher=Coll. Agric. Hokkaido Imp. Univ.|place=Sapporo|Volume=20|Suppl. No. |date=1929|pages=|ref=monograph}}
* {{cite journal|first=Letizia|last=Zullo|first2=Pamela|last2=Impedadore|title=14 Regeneration and Healing|date=2019}} in {{Cite book|first=Camino|last=Gestal|first2=Santiago|last2=Pascual|first3=Ángel|last3=Guerra|first4=Graziano|last4=Fiorito|first5=Juan M.|last5=Vieites|title=Handbook of Pathogens and Diseases in Cephalopods|pages=193-199|publisher=Springer|date=2019|isbn=978-3-030-11329-2|doi=10.1007/978-3-030-11330-8}} {{Anchors|pathogen10}}
* {{cite journal|last=Schmidt-Nielsen|first=Knut|title=Animal Physiology — Adaptation and environment|edition=fifth edition|publisher=Cambridge University Press|date=1997|isbn=0-521-57098-0|page=429|ref=Physiology-en}}
* {{cite journal|first=Letizia|last=Zullo|first2=Pamela|last2=Impedadore|title=14 Regeneration and Healing|date=2019}} in {{Cite book|first=Camino|last=Gestal|first2=Santiago|last2=Pascual|first3=Ángel|last3=Guerra|first4=Graziano|last4=Fiorito|first5=Juan M.|last5=Vieites|title=Handbook of Pathogens and Diseases in Cephalopods|pages=193-199|publisher=Springer|date=2019|isbn=978-3-030-11329-2|doi=10.1007/978-3-030-11330-8|ref=pathogen10}}
* {{cite journal|author=[[池田作次郎]] (S. Ikeda)|date=1890-11-15|title=理科大學動物學敎室備附頭脚類目錄 (A List of Japanese Cephalopoda in the Zoological Institute of Imperial University.)|journal=動物學雜誌|volume=2|pages=479-482|ref=zool}}
* {{cite book|和書|author=巌佐庸・倉谷滋・[[斎藤成也]]・[[塚谷裕一]]|title=岩波生物学辞典 第5版|publisher=[[岩波書店]]|date=2013-2-26|pages=|isbn=9784000803144}} {{Anchors|iwanami}}
* {{cite journal|author=今井正昭|title=東京湾の奇形マダコについて|journal=神水試研報|volume=13|date=1992|pages=19-25|ref=deformed}}
* {{cite book|和書|author=巌佐庸・倉谷滋・[[斎藤成也]]・[[塚谷裕一]]|title=岩波生物学辞典 第5版|publisher=[[岩波書店]]|date=2013-2-26|pages=|isbn=9784000803144|ref=iwanami}}
* {{Cite book|和書|editor=[[岩槻邦男]]・[[馬渡峻輔]] 監修、[[白山義久]] 編集|author=[[上島励]] [21章 軟体動物門執筆]|title=無脊椎動物の多様性と系統|series=バイオディバーシティ・シリーズ|publisher=[[裳華房]]|page=169-188|date=2000-11-30|isbn=4785358289}} {{Anchors|Shokabo}}
* {{Cite book|和書|editor=[[岩槻邦男]]・[[馬渡峻輔]] 監修、[[白山義久]] 編集|author=[[上島励]] [21章 軟体動物門執筆]|title=無脊椎動物の多様性と系統|series=バイオディバーシティ・シリーズ|publisher=[[裳華房]]|page=169-188|date=2000-11-30|isbn=4785358289}} {{Anchors|Shokabo}}
* {{Cite book|和書|author=[[奥谷喬司]]・[[田川勝]]・[[堀川博史]]|title=日本陸棚周辺の頭足類 大陸棚斜面未利用資源精密調査|date=1987|publisher=社団法人 日本水産資源保護協会|pages=36-39}} {{Anchors|Continental}}
* {{Cite book|和書|author=[[奥谷喬司]]・[[田川勝]]・[[堀川博史]]|title=日本陸棚周辺の頭足類 大陸棚斜面未利用資源精密調査|date=1987|publisher=社団法人 日本水産資源保護協会|pages=36-39|ref=Continental}}
* {{cite book|和書|author=[[奥谷喬司]]|date=2009-8-20|title=イカはしゃべるし、空も飛ぶ|publisher=[[講談社]]|series=講談社ブルーバックス|isbn=978-4-06-257650-5|pages=}} {{Anchors|bluebacks}}
* {{cite book|和書|author=[[奥谷喬司]]|date=2009-8-20|title=イカはしゃべるし、空も飛ぶ|publisher=[[講談社]]|series=講談社ブルーバックス|isbn=978-4-06-257650-5|pages=|ref=bluebacks}}
* {{cite book|和書|author=[[奥谷喬司]]|title=日本のタコ学|publisher=[[東海大学]]出版会|date=2013-6-1|isbn=9784486019411|pages=2-27}} {{Anchors|octopus}}
* {{cite book|和書|author=[[奥谷喬司]]|title=日本のタコ学|publisher=[[東海大学]]出版会|date=2013-6-1|isbn=9784486019411|pages=2-27|ref=octopus}}
* {{cite book|和書|author=[[奥谷喬司]]|title=新鮮イカ学|publisher=[[東海大学]]出版会|date=2010-7-20|pages=2-34}}{{Anchors|NewLegends}}
* {{cite book|和書|author=[[奥谷喬司]]|title=新鮮イカ学|publisher=[[東海大学]]出版会|date=2010-7-20|pages=2-34|ref=NewLegends}}
* {{cite book|date=2002|author=[[佐々木猛智]]|title=貝の博物誌|publisher=[[東京大学総合研究博物館]]|url=http://umdb.um.u-tokyo.ac.jp/DPastExh/Publish_db/2002Shell/01/01200.html}} {{Anchors|Museum}}
* {{cite book |和書|author=[[奥谷喬司]]|title=新編 世界イカ類図鑑|publisher=東海大学出版部|date=2015-1-20|pages=|isbn=9784486037347|url=http://www.zen-ika.com/zukan/pdf/cs004.pdf?idx=1|ref=zen-ika}}
* {{cite book|和書|author=[[クヌート・シュミット＝ニールセン]] ([[:en:Knut Schmidt-Nielsen|Knut Schmidt-Nielsen]])|title=動物生理学 環境への適応[原著第5版]|date=2007-09-20|edition=初版|translator=[[沼田英治]]・[[中島康裕]]|publisher=[[東京大学出版会]]|isbn=9784130602181|page=404|ref=Physiology}}
* {{cite journal|date=2008|author=[[佐々木猛智]]|title=軟体動物の解剖：コウイカ・サザエ・ホタテガイ|journal=化石|publisher=日本古生物学会|volume=84|pages=86-95}} {{Anchors|Anatomy}}
* {{cite book|date=2002|author=[[佐々木猛智]]|title=貝の博物誌|publisher=[[東京大学総合研究博物館]]|url=http://umdb.um.u-tokyo.ac.jp/DPastExh/Publish_db/2002Shell/01/01200.html|ref=Museum}}
* {{cite journal|author=[[和田年史]]・[[増田修]]|date=2013|title=山陰沖日本海における頭足類相|journal=Bulletin of the Tottori Prefectural Museum|volume=50|pages=1-43}} {{Anchors|San-in}}
* {{cite journal|date=2008|author=[[佐々木猛智]]|title=軟体動物の解剖：コウイカ・サザエ・ホタテガイ|journal=化石|publisher=日本古生物学会|volume=84|pages=86-95|ref=Anatomy}}
* {{cite journal|author=新山龍馬|date=2019|title=ソフトロボティクスはどこからきてどこへ行くのか|journal=日本ロボット学会誌|volume=37|issue=1|pages=16-21|ref=Robotics}}
* {{Cite journal|author=野呂恭成|title=腕の一部が短いミズダコの形態観察|journal=平成２７年度青森県産業技術センター水産総合研究所事業報告|date=2017|pages=131-133|ref=aomori}}
* {{cite journal|author=[[和田年史]]・[[増田修]]|date=2013|title=山陰沖日本海における頭足類相|journal=Bulletin of the Tottori Prefectural Museum|volume=50|pages=1-43|ref=San-in}}
=== 外部サイト ===
=== 外部サイト ===
* {{cite web|title=あわせて141本足！「多足ダコ」の標本展示再開|url=https://www.aquarium.co.jp/topics/index.php?id=62&archive=2012|publisher=鳥羽水族館|date=2012-04-29|accessdate=2020-03-31}} {{Anchors|Toba}}
* {{cite web|title=あわせて141本足！「多足ダコ」の標本展示再開|url=https://www.aquarium.co.jp/topics/index.php?id=62&archive=2012|publisher=鳥羽水族館|date=2012-04-29|accessdate=2020-03-31|ref=Toba}}


== 関連項目 ==
== 関連項目 ==
* [[腕]]
* [[腕]]
* [[足]]
* [[足]]
* [[頭足類の体]]


{{DEFAULTSORT:うて}}
{{DEFAULTSORT:うて}}

2020年6月24日 (水) 03:09時点における版

コウモリダコ Vampyroteuthis infernalis。2本の触毛が第1腕-第2腕間からのびる。

頭足類における腕（うで、arm）は、口の周りにある付属体である[1]。これは他の動物における足であるが、餌を捕らえたり、雌を抱きかかえたり、物を運ぶ機能を持つため、慣習的に「腕」と呼ぶ[2]。「軟体動物における足」 （-あし、molluscan foot）は軟体動物の形態の中で主要な構造である[1]。腹足類では足は這うための筋肉質の足（sole）となっているのに対し、頭足類では、足は漏斗、そしておそらく腕および触腕に分化している[1]。ただし、腕の進化的起源は未確定であり、神経の接続という解剖学的証拠に裏付けられる、頭部の変形によるとする説と腕原基の移動という発生学的証拠に裏付けられる、軟体動物における足が口の周囲に移動し変形したものとする説がある[1]。

オウムガイ類では腕は特に触手（しょくしゅ、cirrus）とも呼ばれ、数十本の短い触手が2列になって口の周囲を取り囲む[3]。オウムガイ類の触手には吸盤がなく、粘着性の分泌物で付着する[4]。

タコ（八腕形類）やイカ（十腕形類）からなる鞘形亜綱（鞘形類、二鰓類）では、背側から腹側に向かって左右それぞれ第1腕、第2腕、第3腕、第4腕の4対の腕が口を取り囲むようにあり、更にイカ（十腕形類）では第3腕と第4腕の間から触腕と呼ばれる特殊な腕が伸びる[1][2][4]。この2本の触腕の有無および、下記の吸盤の形状により八腕形類と十腕形類が区別される[4]。鞘形類の腕には吸盤（きゅうばん、sucker）や鉤（かぎ、hook）がある[4]。またコウモリダコ Vampyroteuthis infernalis Chun, 1903では2番目の腕が長く糸状の構造となっており、これはタコ類では欠いている[1]。雄では一部の腕に生殖のための特殊化が見られ、交接腕となる[4]。

通常腕

スルメイカ Todarodes pacificusの腕

腕は触腕に対して通常腕と書かれることもある[2]。頭足類は雌雄異体であり、全ての種ではないが、外部形態に性的二形を示すものが多い[5]。特に雄では腕が不等長になるのに対し、雌は腕がほぼ等長 (subequal)となるものが多い。

種によっては腕の間に傘膜（さんまく、umbrella）または腕間膜（わんかんまく、interbrachial membrane, interbrachial web[6]）と呼ばれる膜が発達する[4]。タコ類では腕を拡げたとき傘状の見た目をなすが、多くのイカ類では腕間膜は小さいか、欠如する[1]。

第1腕

第1腕 (first arm, dorsal arm)は最も背側に位置する1対の腕である。英語ではdorsal pair, upper pair[1]とも呼ばれ、しばしばⅠ[1]と略記される。

コウイカ属 Sepia エゾハリイカ亜属[7] Doratosepionに属する、ボウズコウイカ Sepia erostrata Sasaki, 1929やウスベニコウイカ Sepia lorigera Wülker, 1910、ウデボソコウイカ Sepia tenuipes Sasaki, 1929などの雄では第1腕が伸長し、最も長くなる[8][9][10]。特にトサウデボソコウイカ Sepia subtenuipes Okutani & Horikawa, 1987の成熟雄では、第1腕が触腕より長く伸びる[11]。

ダンゴイカ Sepiola birostrata Sasaki, 1918やミミイカ Euprymna morsei (Verrill, 1881)では雄の左第1腕が交接腕化する[12]。それに対しボウズイカ Rossia pacifica Berry, 1911では雄の左右第1腕がともに交接腕となる[12]。

アオイガイ Argonauta argo Linnaeus, 1758の雌では、第1腕は殻分泌のために背側（反口側）の保護膜が著しく拡張して半扇形となり、腕の末端がこの膜と癒合している[13]。保護膜により第1腕基部の断面は三角形になる[14]。

第2腕・第3腕

第2腕 (second arm)は第1腕の外側に位置する1対の腕で、しばしばⅡ[1]と略記される。第3腕 (third arm)は第2腕の外側に位置する1対の腕で、しばしばⅢ[1]と略記される。第2腕と第3腕と併せてlateral armsと呼ばれることもある[14]。

コウイカ属 Sepia エゾハリイカ亜属 Doratosepionの雄は第1腕が伸長することが多いが、シシイカ Sepia peterseni Appellöf, 1886やエゾハリイカ Sepia andreana Steenstrup, 1875の雄では第2腕が最も長く伸びる[15][16]。シシイカの雄の第2腕は、最も長いものでは外套長の3.8倍となり[15]、触腕長を優に超す。生時のシシイカは第2腕をコイル状に巻き、コンパクトに収納している[12]。テナガコウイカ Sepia longipes Sasaki, 1913はウスベニコウイカのように第1腕が伸長するが、それと同時に第2腕も伸長する[12]。ウデボソコウイカ Sepia tenuipes Sasaki, 1929の雌では第2腕、第3腕の先端がともに急に細まり、糸状になる[10]。

第4腕

第4腕 (fourth arm, ventral arm[1])は他の腕と違い、唯一最も腹側に位置する1対の腕（ventral pair）である。しばしばⅣ[1]と略記される。

世界最小級であるヒメイカ Idiosepius paradoxus (Ortmann, 1881)では、左右両第4腕とも交接腕化するが、うち右第4腕には肉襞が見られ、左第4腕の先端には半月形の膜を生じる[12]。

イカでは左第4腕が交接腕化することが多い。アオリイカ Sepioteurhis lessoniana Férussac, 1831, in Lesson, 1830-1831では、雄左第4腕の先端1/4の吸盤が消失し、円錐形の肉質突起が2列に並んで交接腕となる。

行動

イカの腕は獲物や物体の操作、遊泳、そして繁殖に重要な役割を果たす[17]。獲物を捕らえるのに特化した触腕とは違い、腕はあまり大きな長さの変化はない[17]。その代わり、多くのことをこなすのに屈曲運動が必要であり、腕全体を曲げることも、腕の一部だけを使うこともある[17]。前後軸方向のねじりも普通である[17]。

タコの8本の腕は獲物の捕捉、移動、物体の操作、毛繕い、埋没、交接、防御、化学感知、そして触覚など様々な機能に使われる[17]。タコの腕は十腕類の腕と触腕のもつ全ての運動を両方とも合わせたものである[17]。腕は顕著に伸長および短縮され、曲げたり巻いたりする複雑で多様な運動ができ、また両方向へのねじり運動を作り出す[17]。加えて腕は硬さを能動的に制御できる[17]。実際、タコの腕は新しい型のロボットアームの構造とデザインの着想となり、ロボット工学の材料となる[17]。

腕長式

腕長式（わんちょうしき、arm formula）は4対の腕の相対的な長さを降順に並べたもの[1]。Ⅳ>Ⅲ>Ⅱ>Ⅰのように、最も長い腕を最初に、最も短い腕を最後に並べる[1]。また、第4腕が最長で第2腕、第3腕が等長、そして第1腕が最短であるときⅣ>Ⅲ=Ⅱ>Ⅰのように表す[1]。八腕類（タコ）では、第3腕は交接腕でない方を腕長式に用いる[1]。

表記方法にはバリエーションがあり、Sasaki (1929)や奥谷ら (1987)などでは、算用数字を使って1>4>2>3のように表される。また、1>2>3≒4のように「≒」を用いてほぼ等長を表したり[18]、1>2≧3≧4のように「≧」が用いられたりする[19]。奥谷ら (1987)の欧文部分では、Ⅰ, Ⅱ, Ⅲ≒Ⅳのようにローマ数字をコンマで区切って表記される[18]。FAO (2005)では、用語集にはⅣ>Ⅲ>Ⅱ>Ⅰのようにローマ数字および不等号で例示されている[1]が、本文中では、Ⅳ, Ⅲ, Ⅱ, Ⅰのように奥谷ら (1987)の欧文と同じ表記[20]や3, 4, 2, 1のように算用数字とコンマを使った表記[21]、3:2:1=4のような表記[22]が見られる。

特殊な腕

触腕

詳細は「触腕」を参照

触腕（しょくわん、英: tentacle）はイカ（十腕）類のみがもつ、伸縮自在で、餌を捕獲するための特殊な腕[2][1]であり、左右の第3腕（Ⅲ）と第4腕（Ⅳ）の間から伸びる[23]。

イカでは、口を取り囲む10本の付属肢のうち、触腕と呼ばれる1対のみが獲物を捕らえるのに特化している[17]。捕食行動は急激な触腕の伸長が関与し、吸盤を具えた触腕掌部が獲物を攻撃する[17]。ヤリイカ科では、20–40ミリ秒で獲物に到達し、2 m/s以上の最大伸長速度、約250 m/s2 の最大加速度で触腕の40–80%に伸長する[17]。吸盤で獲物に引っ付き、触腕柄が短くなり、消化するために獲物を動かす8本の腕の内側まで獲物を持ってくる[17]。一度獲物が捕捉され腕まで移動されると、触腕は獲物を離し、獲物を操作しなくなる[17]。

交接腕

ヨーロッパコウイカ Linnaeus, 1758の普通腕と交接腕 (h.a.)
詳細は「交接腕」を参照

交接腕 （こうせつわん、ヘクトコチルス、hectocotylus, hectocotylized arm）は雄が持つ、雌に精包およびその中の精子を渡すために変形した腕（普通腕）である[24]。化茎腕や生殖腕とも呼ばれる[24]。成熟とともに一定の腕が交接腕に変形する現象を化茎現象（かけいげんしょう、hectocotylization）[24]または交接腕化という。交接腕はその種によって変化の様式と腕の位置が決まっている[24]。

イカでは腕の末端よりの吸盤のいくつかが消失し、吸盤柄が櫛の歯状に並ぶものや特別な膜や突起が生じるものがある[24]。タコでは腕の先端が匙状になり、そこまで精包が通る溝が走るものがある[24]。普通コウイカ類のもつ交接腕は再利用できるが、アオイガイ科やアミダコ科の雄では一生に一度しか交接できず、精子を満載した交接腕が雌の体内に挿入されると、切り離され雌の外套腔内に残る[24]。

英名 hectocotylusの名は、ギリシア語で100を意味するἑκατόν (hekatón)に由来する接頭辞 hecto-と小さな器を意味するギリシア語のκοτύλη (kotýlē)からなり[25]、1829年、ジョルジュ・キュヴィエがアオイガイの交接腕を寄生虫と誤認し百疣虫 Hectocotylus octopodis Cuvier, 1829と命名したことによる[24]。

吸盤

タコとイカの吸盤の違いと触腕掌部の吸盤列

吸盤（きゅうばん、sucker）は腕および触腕の口側 (oral)に一定に配列し、他物に吸着するための盤状構造[26]。イカ類（十腕形類）の吸盤は基部が柄のように細くなっており、吸盤の内部には角質環（かくしつかん、chitinous ring, horny ring）と呼ばれる硬い有機質のリングがある[4]。一般に4縦列 (quadserial)で配置される[26]。タコ類には柄も角質環もなく、この吸盤の構造の違いが「イカ」と「タコ」を区別する最も重要な形質である[4][26]。メンダコ類の腕には吸盤に加えて触毛（しょくもう、cirrus）が生えている[4]。タコ類の吸盤は吸着によって、イカ類の吸盤は角質環でしがみつくことによって機能する[4]。

内部構造

鞘形類の腕は硬い骨格を持たず、筋肉流体静力学装置[註 1]（muscular hydrostat、筋肉包骨格[29]）と呼ばれる骨格支持機構による筋線維の三次元的な配列な構造を持つ[17][27]。更に、多くの無脊椎動物が持つ水力学的骨格（hydrostatic skeleton、流体包骨格[29]、流体静力学的な骨格[30]）として働く完全に液体に満たされた体腔を持たない[17][27]。そのため支持、力の伝達、筋肉の反発、そして力の増幅や置換は典型的な硬い骨格や水力学的骨格からもたらされるのではなく、代わりに以下に示す筋肉が運動の効果器として、また骨格の支持に働く[17]。筋組織が体積変化に反発することにより腕が支持され、運動できる[17]。頭足類の筋肉細胞は小さく、ふつう長さは1 mm以下である[17]。腕の機構は基本的に、「付属肢の体積は基本的に一定であるため、ある面が縮小すると他の面が拡大する」という非常に単純な原理からなる[17]。

筋線維は互いに垂直な3方向に配列しているため、3次元方向に全て能動的に制御され、運動と変形が顕著に多様となる。鞘形類の腕と触腕では以下の3つの主要な筋肉の配向が観察されている[17]。

  • 横走筋線維 (transverse muscle fiber) - 前後軸に垂直な面に配列される
  • 縦走筋線維 (longitudinal muscle fiber) - 典型的に前後軸に平行な束で配列される
  • 螺旋状または斜めに配列される筋線維 - 右巻き螺旋、左巻き螺旋両方の配列がある

これらの筋肉のグループの選択的な活動により、付属肢の伸長、短縮、屈曲、ねじれおよび硬直が生み出され得る[17]。最も多い筋線維の種類は斜紋筋である[17]。横紋筋線維は獲物を捕捉するイカの触腕の横走筋塊でのみ見られる[17]。これらの線維は普通短いミオフィラメントおよびサルコメアを持ち、触腕の急速な伸長に必要な高い収縮速度を生み出す[17]。鞘形類は収縮速度を調節するために組織特異的なミオシンのアイソフォームではなく超微細構造の修飾 (ultrastructural modifications)を用いるらしい[17]。

十腕類の触腕

筋肉組織の形態学と微小解剖学

axial nerve cord（以降、ANC[註 2]）は触腕柄の中心を縦に走り、横走筋 (transverse muscle)の大きな塊に囲まれる。この塊の中にある筋線維の束は触腕の径を横断し、その前後軸と直行するように拡がる。横走筋線維の束が周辺に向かって拡がるときに、それらは触腕の前後軸と平行に配列した縦走筋 (longitudinal muscle)線維の束の間を通る。それらが触腕柄の外表面に至る際、横走筋塊の筋線維の束の中には横走筋および縦走筋の中心部を取り囲む薄い輪走筋 (circular muscle)層の一部となって見られるものもある。輪走筋層は1対の螺旋状に並んだ筋線維の薄層により囲まれる。内側の層と外側の層は巻き方に対置され、fiber angle（螺旋状の線維と前後軸がなす角）はアメリカケンサキイカ Doryteuthis pealeii (Lesueur, 1821)では、触腕を縮小させたときの最大約67°から、触腕を完全に伸ばした際の最少約36°となる。螺旋筋 (helical muscle)の層は表層の縦走筋の層に取り囲まれる。

結合組織はANCを取り囲む層にあり、上記の様々な筋肉群の接合面に存在している。結合組織も様々な筋肉塊の中にある筋線維の間に存在している。触腕柄を一周取り囲んでいるのは、色素胞、血管、そして神経を含んだ疎性真皮結合組織である。単層立方上皮および単層円柱上皮が触腕柄を完全に覆う。

支持と運動の生体力学

筋組織や他の組織は圧力変化に応じて体積変化しにくいため、触腕の支持および運動ができる。触腕の体積は基本的に一定であるため、ある面の縮小により別の面の拡大が起こる。捕食行動の際の急激な触腕の伸長は、横走筋およびそれと連携した輪走筋の変化により起こる。その短縮により横断面積が減少するが、体積は少ししか減少しないため、触腕長は増加する。触腕の短縮は縦走筋の収縮により、縦走筋は横断面を増加させることによって横走筋組織を再び拡張する。従って、横走筋と縦走筋は脊椎動物の関節の裏側の筋肉と類似した拮抗筋として働く。

横走筋は直交するパターンで並び、横走筋の収縮により触腕の高さと幅がともに減少するため、横走筋および輪走筋線維の変位と収縮速度が増幅される。この横断面の減少は触腕の伸長 (長さの1乗) をもたらす面積 (長さの2乗) の減少を表し、よって横走筋と輪走筋の短縮が増幅される。放射軸方向の張力εrと前後軸方向の張力εl の関係は、下式のように表せる。

εr = (1+εl)−1/2−1

例えば、直径のたった25%の減少のみで、典型的な獲物の捕捉の際の、触腕の伸長の約80%になる。この変位の増幅は出力よりも入力の方が比較的短い、硬い骨格（外骨格および内骨格）のてこ装置と類似している。機械的な増幅は触腕の素早さに一部寄与し、それに加え、横走筋および輪走筋線維は高い短縮速度への特化を示す。

右巻きまたは左巻きの螺旋筋の層 (helical muscle layers)は前後軸を中心とする触腕のねじれの原因となる。触腕の攻撃における伸長の相では、触腕はよくねじれ、獲物の向きによってどちらの方向にも曲がる能力があることが確認されている。このねじれは、触腕が付いた面で獲物を捕捉するため、触腕掌部の方向を変えるのは重要である。生体工学的分析では、螺旋筋の層の収縮の巻き方によりねじれがおこるとされる。螺旋筋の層は、触手が伸長したり短縮したりする際に、螺旋の経路長の変化に対応しなければならない。触腕が完全に収縮した状態から伸長すると、螺旋筋は短くなり、 54°44′までに達する。触腕がこの点を超え、 fiber angleがさらに減少すると、螺旋筋が伸長される。周縁部の螺旋筋の層はより中央部の位置に比べ、トルクを適用することができるより大きなモーメントをもたらす。

十腕類の腕

筋肉組織の形態学と微小解剖学

上記の触腕で述べたように、腕の中心軸に沿って前後軸に走るANCは横走筋塊に囲まれている。横走筋塊の筋線維は腕の前後軸に垂直に扁平に並んでいる。これらの筋線維の束はGraziadei (1965)により肉柱[31] (trabeculae)と呼ばれた線維の薄膜として、縦走筋の束の間に拡がっている。口側と反口側[註 3]の縦走筋の束の間を通った後、肉柱は線維状結合組織の薄層に入り込む。側方に拡がる筋線維の束は腕の斜走筋を取り囲む結合組織に入り込む。

腕の両側に位置する斜走筋 (oblique muscle) は口側と反口側の線維性結合組織に起源し、そこに挿入されている。結合組織の線維は交叉した線維配列に並んでおり、その半分は右巻き螺旋を描き、もう半分は左巻き螺旋となっている。その線維は腕の前後軸に対し72°のfiber angleをなしている。 斜走筋対の筋線維はともに結合している結合組織の線維と同じfiber angleをなしている。そのため、斜走筋およびそれと結合する結合組織の層は筋線維及び結合組織の線維の右巻き螺旋と左巻き螺旋の複合体を形成している。

斜走筋とそれに結合する結合組織を取り囲んでいるのは、3つの縦走筋の束で、1本は口側に、残りの2本は側面に位置している。腕の反口側の表面は泳膜と呼ばれる前後軸に沿った鰭状の突起も含んでいる。泳膜の核心部は非線維性結合組織から構成され、泳膜の横方向に拡がる散在した筋肉塊と 核心部を覆う薄膜として拡がる縦走筋線維からなる。 吸盤列が腕の口側表面から突出しており、保護膜によって両側を取り込まれている。

腕は色素胞や虹色素胞、血管や神経を含む疎性結合組織の真皮に覆われている。単層立方表皮から単層円柱上皮がその真皮を覆う。

支持と運動の生体力学

腕の最も重要な運動の一つである屈曲は腕の曲げた部分の内側半径側の縦走筋の選択的な収縮を必要とする。横断面の口側に存在し、口側方向に力強く曲がる特に大きな縦走筋の束は獲物の操作に特別重要であるが、縦走筋の束は横断面の全周を取り囲み存在しているため、あらゆる面への屈曲が可能である。縦走筋の収縮は、この力に反発するいくつかのメカニズム以外の、曲げるよりも単に腕を短くする傾向のある前後軸方向の圧縮力を作り出す。腕の組織の体積変化への反発は前後軸方向の圧縮への反発をもたらすのに重要である。腕の体積は基本的に一定なので、あらゆる短縮は径の増加をもたらす;前後軸の圧縮力に反発するため直径の増加は妨げられるに違いない。横走筋は腕の直径を制御することができるように並び、屈曲に必要な前後軸の圧縮への反発をもたらす。それゆえ、能動的な腕の屈曲には腕の縦走筋および横走筋線維をともに同時に収縮する運動を必要とする。上記のような状況では、横走筋は縦方向の線維が腕の1側面を短くするとき、直径を維持し、前後軸の圧縮に抵抗する. 屈曲はまた、腕の1側面(屈曲の内側半径)の縦走筋が伸長に反発する限り、横走筋を短くすることにより直径を減少させることで起こりうる。屈曲のための横走筋または縦走筋の短縮の相対寄与は変化し、上記のような2つの状況は連続体の終点を代表する。縦走筋の束は、中立面に近いより中央の位置に比べ、曲げモーメントを増加させる腕の周縁部に位置する[註 4]。

腕をねじるのに必要な捻り力は斜走筋と、連携した交叉した線維結合組織の薄層によりもたらされる。右巻きの筋肉および左巻きの筋肉と結合組織線維層が存在する。任意の巻き方の線維は腕の全長を螺旋状に覆う筋線維と交互に並ぶ結合組織線維の複合体と見なされる。その複合体系の一つの収縮は螺旋線維系の巻き方に応じたねじり方向に腕をねじる。腕のねじり剛性は右巻きと左巻き両方の斜走筋系の収縮活性とともに増加しうる。捩り剛性の能動制御は もがく獲物を操作するのに特に重要である。斜走筋の配置は中立軸に近いより中央の位置 (中立軸はねじれの梁の中心に位置し、剪断応力を受けない) よりも、トルクが適用できるより大きいモーメントをもたらす周縁部に位置する。

八腕類の腕

筋肉組織の形態学と微小解剖学

タコの腕の筋肉組織はGraziadei (1965, 1971)により、吸盤内在筋組織 (intrinsic musculature of the suckers)、腕内在筋組織 (intrinsic musculature of the arms)、腕の筋組織と吸盤を結び付ける腕吸盤筋組織 (acetabulo-brachial musculature)の3つに分けられている。腕内在筋組織は従来、Octopus bimaculoides、Octopus briareusそしてOctopus diguetiで観察されてきた。

上記のような十腕類の腕と触腕のように、ANCは腕に沿って前後軸に拡がり、腕の前後軸に垂直な面に配列した線維とともに横走筋塊の筋線維を取り囲む。横走筋塊の筋線維の束はほぼ直交して配列し、どちらも口側から反口側の表面に拡がるか、これに対し直角となって、左右に拡がる。口側から反口側表面に拡がる横走筋線維の束は腕の口側と反口側で厚い交叉線維結合組織の薄膜上にできる。その線維の束は縦走筋線維の束の間に拡がる肉柱という前後軸の薄膜中で腕の中心軸に向かって突出する。多くはANCを取り囲む線維性結合組織の層上に入り込むか、腕の逆側の線維性結合組織の薄膜上に入り込んで拡がる。腕の左右に拡がる横走筋線維の束は腕の両側に位置する外側斜走筋を取り囲む結合組織で、縦走筋の束の間の肉柱という形で、または斜走筋を通る個別の束として縦走筋と斜走筋を通る。多くはANCを取り囲む結合組織上に入り込む。左右に走る横走筋線維の束の一部は口側を通り、特に反口側ではANCに向かい、外側斜走筋を取り囲む結合組織上に入り込み逆側に拡がる。しかし、腕の長軸に対し垂直な横走筋線維の方向はタコの種類によって一般的でないかもしれない。Feinstein et al. (2011) により、Octopus vulgarisの腕の横走筋線維は腕の横断面に限定されないことを報告されている。

縦走筋線維の束は横走筋の肉柱の間の腕の全長に拡がる。反口側部分の象限の横断面積は他の象限に比べ大きいにも拘らず、縦走筋線維の束は横走筋塊の全方向に存在し、横断面の全周は縦走筋の束を含む。三日月形の縦走筋の層が中央および外側斜走筋の間に存在する。

斜走筋線維の3セットは 腕の両側に存在している。外側斜走筋は腕の内在筋を取り囲み、最も表面にある。中央斜走筋は葉より中央に位置し外、上記の縦走筋線維により外側斜走筋と分断されている。内側斜走筋は最も中心にあり、横走筋の核心部の両側に位置する。任意の斜走筋の巻き方は腕の反対側の対のthe other member のそれに対して反対にある。加えて、任意の側で、外側斜走筋および内側斜走筋の巻き方は同じで、内側斜走筋の巻き方と逆になっている。外側および中央の斜走筋は口側および反口側の結合組織の薄膜上に起源し、そこに入り込んでいる。中央の斜走筋および外側斜走筋のfiber angleはそれらが接着している線維性結合組織の層のものと類似している。特にO. bimaculoidesの平均の角度は 63°–74°である。内側斜走筋の線維は明確な起源と挿入を示さず、代わりに縦走筋組織および横走筋組織と咬合して見られる。内側斜走筋のfiber angleは中央斜走筋および外側斜走筋のfiber angle に比べ小さい[測定された種では平均42° から56°までの範囲]。

腕の内在筋を取り囲んでいるのは腕の周りを一周並ぶ線維とともに輪走筋の薄層である. その層は腕の反口側で最も厚くなり、反口側の結合組織の薄膜と外側斜走筋を包み、口側の結合組織の薄膜上に入り込む腕の口側に向けて拡がる。

支持と運動の生体力学

タコの腕における支持と運動は上記の十腕類の腕と触腕と同様に、腕の筋肉組織の体積変化への反発による。タコの腕は顕著な運動の多様さと複雑さをもち、全ての運動は前述の伸長、短縮、屈曲そして捩れといった 4つの基本的な腕の変形の組合せによって生み出される. タコの腕は一部分だけに限って変形したり、腕の全長に亘って変形したりするため、注目に値する。加えて、その変形は個々の腕の1つの場所または複数の場所でおこる。屈曲運動はあらゆる面でおこりうるし、捩れ運動は両方向で観察される。緊張、収縮、屈曲とねじれの剛性は能動的に制御できる。

腕の組織が体積変化に反発すると、横断面の減少は長さの増加をもたらす。横断面のこの減少は横走筋塊の筋線維の収縮により作り出されるようである。 その伸長は局所的で横走筋の一部のみと腕の全長に亘っての両方でおこる。輪走筋の薄層もその収縮が腕を伸長させるように方向づけられるが、その生理学上の横断面積はほんの小さく、そのため伸長のために作られる力も小さい。輪走筋の層の働きの一つに姿勢を維持するための腕の緊張をもたらすことがありうる。

短縮は腕の全長に拡がる縦走筋の束の収縮に関与するらしい。腕が体積変化に反発するため、腕の短縮は横断面の増加をもたらし、それにより横走筋線維および輪走筋線維の伸長の原因となる。従って、横走筋線維と縦走筋線維は拮抗筋として働き、互いに再び伸長するために必要な力を生み出す。

屈曲運動に必要な筋肉の活性化は上記のイカの腕の屈曲と同様である。能動的な屈曲は屈曲の内側半径を示す腕の側面に沿った縦走筋の束の選択的な収縮を必要とする. 単に腕を短くする前後軸の圧縮力に反発することを必要とする支持は横走筋塊によりもたらされる. 従って、能動的な屈曲運動 は同時に横走筋と縦走筋の収縮を必要とする。また腕の片側(屈曲の内側半径)の縦走筋が一定の長さを維持する際、横走筋が横断面を減少させると屈曲が起こることがある。上記の十腕類の腕のように、ここで与えられる2つの例は恐らく横走筋及び縦走筋の相対的な短縮の連続体上の終点を表している。突然の屈曲は、いくつかの行動で観察されているように、より軽い屈曲がより幅広く分布する筋肉活動に関与するため、選択的に局在する腕の縦走筋および横走筋の筋肉組織の収縮が恐らく関与している。

タコの腕は十腕類の触腕と腕の両方と興味深い対照をもたらす。前述のように、触腕は主に伸長と短縮に機能するが、対して十腕類の腕は殆ど長さが変化せず、代わりに屈曲運動を行う。タコの腕は屈曲と長さの変化を併せ持つ。タコの腕は横走筋および縦走筋線維といった同じ筋肉組織を用いて、活動パターンを変えるだけで伸長と短縮のときの連続した活動と屈曲中に同時に起こる活動を行うことができる。

単純な工学的考察に基づいて、屈曲運動の際、腕により生み出される力は縦走筋線維が腕の中立面からできるだけ遠くに位置しているとより大きくなる。確かに、縦走筋は腕の中心軸から離れて位置している。加えて、縦走筋の束はあらゆる面で働く曲げ応力を与える内在筋の横断面の全周を取り囲むように位置している。横走筋は腕の反口側部分でもっとも強靭で、口側の縦走筋の束と合わせて口側の屈曲(力強い屈曲のもっとも一般的な形態)を産み出し、支持する役割をもつことと矛盾しない。

能動的な屈曲運動に加え、横走筋と縦走筋の共収縮は腕の曲げ剛性を増加させる。このような活動パターンはHochner、Flashおよび共著者により報告された到達行動の一種である。いくつかの腕の運動では、腕は硬くなり、腕の基部にある傘膜の筋肉組織の基底で回転する.

十腕類の腕で見られるように, ねじれ運動は斜走筋の収縮により生み出される。交叉した 線維の螺旋結合組織の配列は斜走筋により生み出される力を伝達する結合組織と筋肉の螺旋系の主要成分である. 腕の両側の外側斜走筋と中央斜走筋の対およびそれと連携した交叉線維結合組織の配列は左巻き及び右巻き螺旋系の両方を示し、それによって、両方向に生みだされるねじり力を与える。これは腕の両方向のねじれの観察と相違ない。外側斜走筋及び中間斜走筋系の共収縮は腕のねじれ合成を増やしているようである. ねじれモーメントは斜走筋ができるだけ中立面から遠くに位置しているほどより大きくなる。実際、外側斜走筋及び中間斜走筋は中立面から遠くに位置している。内側斜走筋の機能的役割は明らかでないが、最も内側にあるため、ねじれモーメントを産み出すのに非効率で、外側斜走筋と同じ巻き方をしている。

タコの腕は高い局所運動および筋肉流体静力学装置のメカニズムによる付属肢で可能な変形の1例となっている。典型的な静水力学的骨格と違い、筋線維の局所的な活動は巨大な体液に満たされた体腔の静水圧を増大するより一般化された効果よりもより局所的な作用を示す。 変形は全ての位置または複数の位置で多くの方向に向けて起こるため、腕は筋線維の選択的に小さな集団を活性化し、筋力の発生を精密に調節することが必要な神経筋制御を行わなければならない。実際、横走筋および縦走筋の運動単位は小さく、線維同士の電気的結合は見られない。加えて、筋線維の活動は直接神経活動に制御され、筋力の発生を精密に調節する。しかし、このようなシステムの難しさは必要な運動制御の複雑さである。近年の研究は運動路、機械受容メカニズムと腕の神経筋制御を簡単にするメカニズムへの重要な洞察を示している。

腕の再生と奇形

頭足類の腕は捕食や移動、自切、交接や競争に加え、攻撃や共食いにより傷つくことがあり、再生能力を持つ[32][33]。このことはアリストテレスのころから知られている[17]。頭足類は体の損傷に応答して再生を始めるが、腕が損傷すると遊泳、捕食、威嚇行動などの機能に支障を来すため、腕の再生は特に重要である[32]。

傷口の治癒の後、腕の再生が始まり、損傷後3日で既に傷口に小さな瘤が見られるようになる[32]。これは後に伸長し、小さな突起を形成する。最初のよく識別できる構造は損傷後17日で現れ、鉤状をなす[32]。組織学的な分析によると、未分化な細胞の非常に薄い層が最初の観察できる瘤を形成する[32]。その後、よりはっきりとした、急激に増殖する「芽体 (blastema)」が瀰漫性の血管の一部とともに腕の先端に現れる[32]。そしてこの構造が消えると、組織は分化状態に入り、組織形成の過程が始まる[32]。普通50-60日後のそれより後のステージでは、完全な構造が現れ、典型的な腕が回復する[32]。このステージでは、神経と筋肉がともにはっきりと観察され、よく組織されている[32]。

多腕

特殊なケースでは、傷ついた腕が2叉または3叉に分枝し異常な腕となって再生することがある[32]。頭足類の腕または触腕が異常な再生を示す例は珍しくない[32]。最初の記録は、1884年9月、相模の観音崎沖にて今井少将が漁獲したマダコ Octopus sinensis d'Orbigny, 1841を1890年、池田作次郎が動物学雑誌にて報告したものとされる[34][35][36]。この個体は各腕の1/2-1/3のところから分枝しはじめ、少ないものでは2本（右第2腕）、多いものでは20個以上の分枝に分かれ、腕数は90本を数える[34][36]。またこの個体はSasaki (1929)のPlate IVに写真が載せられている[37][35]。

このような奇形タコが発生する原因は、岡田 (1966)では先天的なものと推定しているが、遺伝的であると断言する確証もないとしている[36]。井上 (1969)では、過剰再生というより遺伝的なものとしている[36]。

以降も以下のような記録がある（鳥羽水族館に保管されている標本は別途記述）。

また、鳥羽水族館には三重県沖から漁獲された多腕となったマダコ Octopus sinensis d'Orbigny, 1841が度々持ち込まれ、うち85本と56本の2標本が展示されている[40]。この2標本のうち、85本のものは1955年の開館直後から展示されている[40]。またその数年後に国立科学博物館に貸し出され、昭和天皇がご覧になった「天覧標本」として知られる[40]。鳥羽水族館には以下の標本が保管されている[40]。

また、腕の数が少ないタコも発見されている[36]。1960年9月には明石海峡にて腕数6本のマダコ O. sinensis、同年11月にはそれぞれ腕数7本のマダコ及びイイダコ Amphioctopus fangsiao (d'Orbigny, 1839)が発見されている[36]。

脚注

[脚注の使い方]

註釈

  1. ^ シュミット＝ニールセン (2007)中にある大阪市立大学教授の宮田真人による訳[27][28]。
  2. ^ 訳が存在しないため、この語を使う
  3. ^ 吸盤の付いた腕の表面を「口側」oralと呼ぶ
  4. ^ 梁の中立面は普通中心にあり、全ての曲げ応力が0になる場所

出典

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s FAO 2005, pp.20-36
  2. ^ a b c d 奥谷 2010, pp.2-34
  3. ^ 上島 2000, pp.169-188
  4. ^ a b c d e f g h i j 佐々木 2002
  5. ^ FAO 2005, p.7
  6. ^ 奥谷・田川・堀川 1987, pp.25-29
  7. ^ 奥谷・田川・堀川 1987, p.19
  8. ^ 奥谷・田川・堀川 1987, pp.44-45
  9. ^ 奥谷・田川・堀川 1987, pp.50-51
  10. ^ a b 奥谷・田川・堀川 1987, pp.54-55
  11. ^ 奥谷・田川・堀川 1987, pp.56-59
  12. ^ a b c d e 和田・増田 2013, pp.1-43
  13. ^ 奥谷・田川・堀川 1987, pp.184-185
  14. ^ a b Sasaki 1929, p.23-25
  15. ^ a b 奥谷・田川・堀川 1987, pp.42-43
  16. ^ 奥谷・田川・堀川 1987, pp.60-61
  17. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa Kier 2016, pp.1-16
  18. ^ a b 奥谷・田川・堀川 1987, p.47
  19. ^ 奥谷・田川・堀川 1987, p.51
  20. ^ FAO 2005, p.110
  21. ^ FAO 2005, p.190
  22. ^ FAO 2005, p.194
  23. ^ 佐々木 2008, pp.86-95
  24. ^ a b c d e f g h 巌佐ほか 2013, p.452
  25. ^ Webster 1958, p.840
  26. ^ a b c 巌佐ほか 2013, p.313
  27. ^ a b c シュミット=ニールセン 2007, p.404
  28. ^ Schmidt-Nielsen 1997, p.429
  29. ^ a b 新山 2019, pp.16-21
  30. ^ シュミット=ニールセン 2007, p.402
  31. ^ 奥谷 2015, p.119
  32. ^ a b c d e f g h i j k l m Zullo & Impedadore 2019, pp.193-199
  33. ^ 野呂2017, 131-133
  34. ^ a b 池田 1890, pp.479-482
  35. ^ a b c González & Guerra 2008, pp.1-6
  36. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 今井 1992, pp.19-25
  37. ^ Sasaki 1929, Plate IV
  38. ^ a b c d Alejo-Plata & Valencia-Méndez 2014, pp.1-3
  39. ^ a b Okada 1938, pp.93-94
  40. ^ a b c d 鳥羽水族館 2012

出典・参考文献

  • Alejo-Plata, María del Carmen; Valencia-Méndez (2014-10). “Arm Abnormality in Octopus hubbsorum (Mollusca: Cephalopoda: Octopodidae)”. American Malacological Bulletin 32 (2): 1-3. doi:10.4003/006.032.0212. 
  • Food and Agriculture Organization of the United Nations (2005). P. Jereb & C.F.E. Roper. ed. Cephalopods of the World: An Annotated and Illustrated Catalogue of Cephalopod Species Known to Date Volume 1 Chambered Nautiluses and Sepioids (Nautilidae, Sepiidae, Sepiolidae, Sepiadariidae, Idiosepiidae and Spirulidae). 
  • González, Ángel F.; Guerra, Ángel (2008-01). “First observation of double tentacle bifurcation in cephalopods”. Marine Biodiversity Records 1: 1-6. doi:10.1017/S175526720600529X. 
  • Kier, William M. (2016-02-18). “The Musculature of Coleoid Cephalopod Arms and Tentacles”. Front. Cell Dev. Biol. 4 (10): 1-16. doi:10.3389/fcell.2016.00010. 
  • Kumpf, Herman E. (1960). “Arm abnormality in Octopus”. Nature 185: 334-335. 
  • Okada, Yo K. (1938). “An Occcurence of Branched Arms in the Decapod Cephalopod, Sepia esculenta Hoyle”. Annot. Zool. Japan 17 (1): 93-94. 
  • Okada, Yo K. (1965). “On Japanese octopuses with branched arms, with special reference to their capture from 1884-1964”. Proceedings of the Japanese Academy: 618-623. 
  • Parona, Corrado (1900). “Sulla dicotomía delle braccia nei cephalopodi”. Atti della Società di Scienze e Geografia di Genova 9: 224-230. 
  • Sasaki, Madoka (1929), A Monograph of the Dibranchiate Cephalopods of the Japanese and Adjacent Waters, Sapporo: Coll. Agric. Hokkaido Imp. Univ. 
  • Schmidt-Nielsen, Knut (1997). Animal Physiology — Adaptation and environment (fifth edition ed.). Cambridge University Press. p. 429. ISBN 0-521-57098-0. 
  • Zullo, Letizia; Impedadore, Pamela (2019). 14 Regeneration and Healing.  in Gestal, Camino; Pascual, Santiago; Guerra, Ángel; Fiorito, Graziano; Vieites, Juan M. (2019). Handbook of Pathogens and Diseases in Cephalopods. Springer. pp. 193-199. doi:10.1007/978-3-030-11330-8. ISBN 978-3-030-11329-2 
  • 池田作次郎 (S. Ikeda) (1890-11-15). “理科大學動物學敎室備附頭脚類目錄 (A List of Japanese Cephalopoda in the Zoological Institute of Imperial University.)”. 動物學雜誌 2: 479-482. 
  • 今井正昭 (1992). “東京湾の奇形マダコについて”. 神水試研報 13: 19-25. 
  • 巌佐庸・倉谷滋・斎藤成也・塚谷裕一『岩波生物学辞典 第5版』岩波書店、2013年2月26日。ISBN 9784000803144。 
  • 上島励 [21章 軟体動物門執筆] 著、岩槻邦男・馬渡峻輔 監修、白山義久 編集 編『無脊椎動物の多様性と系統』裳華房〈バイオディバーシティ・シリーズ〉、2000年11月30日、169-188頁。ISBN 4785358289。 
  • 奥谷喬司・田川勝・堀川博史『日本陸棚周辺の頭足類 大陸棚斜面未利用資源精密調査』社団法人 日本水産資源保護協会、1987年、36-39頁。 
  • 奥谷喬司『イカはしゃべるし、空も飛ぶ』講談社〈講談社ブルーバックス〉、2009年8月20日。ISBN 978-4-06-257650-5。 
  • 奥谷喬司『日本のタコ学』東海大学出版会、2013年6月1日、2-27頁。ISBN 9784486019411。 
  • 奥谷喬司『新鮮イカ学』東海大学出版会、2010年7月20日、2-34頁。 
  • 奥谷喬司『新編 世界イカ類図鑑』東海大学出版部、2015年1月20日。ISBN 9784486037347。http://www.zen-ika.com/zukan/pdf/cs004.pdf?idx=1。 
  • クヌート・シュミット＝ニールセン (Knut Schmidt-Nielsen) 著、沼田英治・中島康裕 訳『動物生理学 環境への適応[原著第5版]』（初版）東京大学出版会、2007年9月20日、404頁。ISBN 9784130602181。 
  • 佐々木猛智 (2002). 貝の博物誌. 東京大学総合研究博物館. http://umdb.um.u-tokyo.ac.jp/DPastExh/Publish_db/2002Shell/01/01200.html 
  • 佐々木猛智 (2008). “軟体動物の解剖：コウイカ・サザエ・ホタテガイ”. 化石 (日本古生物学会) 84: 86-95. 
  • 新山龍馬 (2019). “ソフトロボティクスはどこからきてどこへ行くのか”. 日本ロボット学会誌 37 (1): 16-21. 
  • 野呂恭成 (2017). “腕の一部が短いミズダコの形態観察”. 平成２７年度青森県産業技術センター水産総合研究所事業報告: 131-133. 
  • 和田年史・増田修 (2013). “山陰沖日本海における頭足類相”. Bulletin of the Tottori Prefectural Museum 50: 1-43. 

外部サイト

関連項目

「https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=腕_(頭足類)&oldid=78153109」から取得