松本恵子
1891年1月8日 - 1976年11月7日)は、日本の翻訳家・推理作家・エッセイスト。
(まつもと けいこ、『中野圭介』の筆名でもミステリを発表している。
父は北海道庁初代水産課長の伊藤一隆。推理作家・翻訳家松本泰の妻。タレントの中川翔子は曾姪孫(姉の曾孫)にあたる。
来歴
[編集]現在の北海道函館市(一部文献では札幌市[1][2])に生まれ、東京、直江津(現在の新潟県上越市)で育つ[3]。直江津への移住は、父・伊藤一隆が、当時直江津で石油事業を手がけていたエドウィン・ダンの招聘を受諾して、一家で移り住んだためである[4]。青山女学院英文専門科を卒業。ロンドンに日本語の家庭教師として赴任し、松本泰(本名は松本泰三)と知り合い、1918年結婚[5]。翌1919年に帰国し、夫婦で東京・谷戸で貸家業を始め、傍ら夫が刊行した『秘密探偵雑誌』に翻訳や小説を発表。1928年には、同棲中だった小林秀雄と長谷川泰子の大家でもあった。この家の向かいに田河水泡が住んでいたことから、妹の小林潤子との仲を取り持ち、夫婦で二人の仲人を務めた[6]。1939年に夫と死別後中国に渡り、北京でキリスト教婦人団体施設『愛隣館』の事業を助ける。終戦後帰国し、横浜で翻訳に従事。また、一時桜美林大学でも教鞭を取った。
『若草物語』など数多くの児童文学や、アガサ・クリスティなどの英米ミステリの翻訳書がある。1974年、第16回日本児童文芸家協会児童文化功労賞を受賞[7]。1976年11月7日死去。墓所は青山霊園にある。
創作活動
[編集]結婚前から、伊藤恵子名義で『開拓者』や『六合雑誌』などのキリスト教主義雑誌に「咲子」(『六合雑誌』1915年2月号)などの小説や翻訳を発表しており、ロンドン時代に『三田文学』に創作「ロンドンの一隅で」(高野恵名義)を寄稿。 帰国後、同誌に「故国を離れて」「泣きおどり」、研究評論「ダンテ・ガブリエル・ロゼチ」などを寄稿している[8]。
夫の主催する『秘密探偵雑誌』の第1巻第4号(1923年8月号)に、中野圭介名義で初の創作探偵小説『皮剥獄門』を発表、日本の女性探偵小説家の草分けの一人となる[9][10]。中野圭介名義で発表された探偵小説の創作には、このほか『真珠の首飾り』(『探偵文芸』第1巻第2号=1925年4月号)、『白い手』(同誌第1巻第3号=同年5月号)、『万年筆の由来』(同誌第1巻第9号=同年11月号)があり、その後は松本恵子名義で『手』(『サンデー毎日』第6年第2号=1927年1月2日号)などを発表している[11]。また、長谷川時雨の主催した『女人芸術』にも参加し、創作や随筆、翻訳を発表したほか、座談会にも出席している[12]。
作品
[編集]翻訳
[編集]- 『四人姉妹』(上・下)(ルイーザ・メイ・オルコット、新潮社、新潮文庫)原著1868
- 『王子と乞食』(マーク・トウェイン、新潮社、新潮文庫)原著1881
- 『アクロイド殺し』(アガサ・クリスティ、平凡社、世界探偵小説全集)原著1929
- 『アクロイド殺し』(雄鶏社、雄鶏みすてりーず)1950
- 『アクロイド殺し』(早川書房、Hayakawa Pocket Mystery)1955
- 『アクロイド殺し』(角川書店、角川文庫)1957
- 『ジェニイ・ブライス事件』(The Case of Jennie Brice、メアリ・ロバーツ・ラインハート、春陽堂、探偵小説全集16)1930
- 『ヂッケンス物語全集』(中央公論社):翻案。夫・松本泰との合作
- 漂泊の孤兒(Oliver Twist、オリバー・ツイスト)1936
- 北溟館物語(Bleak House、荒涼館)1936
- 謎の恩惠者(Great Expectation、大いなる遺産)1936
- 少女瑠璃子(The Old Quriosity Shop、骨董屋)1937
- 千鶴井家の人々(Martin Chuzzlewit、マーティン・チャズルウィット)1937
- 二都物語(A Tale of Two Cities、二都物語)1937
- 開拓者(Nicholas Nickleby、ニコラス・ニクルビー)1937
- 鐵の扉(Dombey and Son、ドンビー父子)1937
- 男の一生(David Copperfield、デイヴィッド・コパフィールド)1937
- 貧富の華(Little Dorrit、リトル・ドリット)1937
- 『小さな石炭が話した石炭のおはなし』(エセル・エリオット、鄰友社)1941
- 『小熊のプー公』(A・A・ミルン、新潮社)1941
- 『プー公横町の家』(新潮社、新潮文庫)1942
- 『良き妻たち』(Good Wives、オールコット、新潮社、新潮文庫)1943
- 『ノートルダムの鐘つき男』(ヴィクトル・ユーゴー、大日本雄弁会講談社、世界名作物語) 1949
- 『薔薇物語』(An Old Fashioned Girl、ルイーザ・メイ・オルコット、湘南書房)1950
- 『薔薇物語』(ポプラ社、世界名作物語31)1953
- 『ばら物語』(ポプラ社、世界の名作11)1968
- 『あしながおじさん』(ジーン・ウェブスター、新潮社、新潮文庫)1954
- 『鉄の門』(The Iron Gate、マーガレット・ミラー、早川書房、ハヤカワポケットミステリ)1954
- 『青列車殺人事件』(アガサ・クリスティ、日本出版共同、異色探偵小説選集10)1954
- 『青列車殺人事件』(角川書店、角川文庫)1966
- 『小公子』(バーネット夫人、講談社、名作物語文庫4)1955
- 『ベンハー物語』(ルー・ウォーレス、講談社、世界名作全集)1955
- 『紅はこべ物語』(バロネス・オルツィ、講談社、名作物語文庫)1955
- 『クリスティー探偵小説 ポワロ探偵シリーズ』(講談社)
- 青列車殺人事件(The Mystery of the Blue Train)1955
- スタイルズ荘の怪事件(The Mysterious Affair at Styles)1955
- アクロイドを殺したのは誰か?(The Murder of Roger Ackroyd)1956
- 三幕の殺人事件(Three Act Tragedy)1956
- E男爵の死(Lord Edgware Dies)1956
- オリエント・エキスプレス(Murder on the Orient Express)1956
- ABC殺人事件(The ABC Murders)1956
- みさき荘の秘密(Peril at End House)1956
- 雲の中の殺人(Death in the Clouds)1956
- ゴルフ場の殺人事件(The Murder on the Links)1956
- ザ・ビッグ・4(The Big Four)1956
- 『シェイクスピア物語』(チャールズ・ラム、新潮社)1957
- 『スージー・ウォンの世界』(リチャード・メイソン、英宝社)1960
- 『探偵少女ジュディー』(The Vanishing Shadow、マーガレット・サットン、講談社、世界少女小説全集)1966
- 『情婦』(アガサ・クリスティ、角川書店、角川小説新書)1958
- 『情婦』(角川書店、角川文庫)1969
- 『二都物語』(チャールズ・ディケンズ、旺文社)1971
- 『イット』(IT、エリナ・グリーン、奢霸都館、アール・デコ文学双書)1983
小説
[編集]- 『松本恵子探偵小説選』 (『論創ミステリ叢書』7、論創社、2004年5月) ISBN 4-8460-0419-8
- 「皮剥獄門」
- 「真珠の首飾」
- 「白い手」
- 「万年筆の由来」
- 「手」
- 「無生物がものを云ふ時」
- 「赤い帽子」
- 「子供の日記」
- 「雨」
- 「黒い靴」
- 「ユダの嘆き」
- 「節約狂」
- 「盗賊の後嗣」
- 「拭はれざるナイフ」
- 「懐中物御用心」
- 『紙芝居 もずのくつやさん』 (1965年)
随筆
[編集]- 『猫』(1962年)
脚注
[編集]- ^ 『日本人名大事典』(平凡社、1979年7月)
- ^ 松本恵子『猫』(講談社、1978年)。著者紹介より
- ^ 松本恵子『思い出の黒井村』(上):『季刊 直江の津』通巻30号(上越なおえつ信金倶楽部発行、平成20年6月)、15-17頁、同(下):『季刊 直江の津』通巻31号(上越なおえつ信金倶楽部発行、平成20年9月)、13‐17頁。
- ^ 『日本海沿いの町 直江津往還―文学と近代からみた頸城野―』(監修/頸城野郷土資料室、編集/直江津プロジェクト、発行/社会評論社、平成25年11月、ISBN 9784784517206)、146-152頁。
- ^ 横井 2004, p. 340.
- ^ 高見沢潤子『長く生きてみてわかったこと』大和書房、1998年
- ^ 横井 2004, p. 343.
- ^ 横井 2004, p. 341.
- ^ 横井 2004, pp. 340–341.
- ^ 日本の女性探偵小説家としては、1925年に初の創作を発表した小流智尼(一条栄子)、1934年から探偵小説の創作を始めた大倉燁子よりも早い。
- ^ 横井 2004, pp. 346–347.
- ^ 横井 2004, p. 342.
参考文献
[編集]- 『松本惠子遺稿『豊平川』より』(『彷書月刊』1988年5月号 - 12月号)
- 『日本人名大事典』(平凡社、1979年7月)
- 横井司「解題」『松本恵子探偵小説選』論創社〈論叢ミステリ叢書〉、2004年5月30日、339-350頁。ISBN 4-8460-0419-8。