コンテンツにスキップ

アジ・ダハーカ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ダマーヴァンド山

アジ・ダハーカ (Aži Dahāka) はゾロアスター教に登場する怪物である。アヴェスター語ではアジ・ダハー (Aži Dahā) と呼ばれ、中世ペルシア語形ではアジ・ダハーグ[1]、現代ペルシア語形ではアズダハー[2]

概要

[編集]

名前について、アジは「」という意味だが、ダハーカの意味はよくわかっていない。インド神話の敵対的種族ダーサと同語源であるという説、「人」という意味で「人-蛇」を意味するという説[3]などがある。文献的には『アヴェスター』(紀元前12世紀 - 紀元前6世紀ごろ?)が最古のものだが、図像表現に限るならば紀元前2100年 - 紀元前1800年バクトリアにさかのぼる[4]

比較神話学的には、アジ・ダハーカはインドの蛇の怪物ヴリトラに対応すると考えられている[5]。ヴリトラの別名であるサンスクリット語アヒ (ahi) も、アヴェスター語のアジ (aži) と同じく蛇を意味して言語学的に対応する[6]

現代では、「アジ・ダハーカ」はペルシア語で「ドラゴン」の意味で使われている[7]

伝承

[編集]

アジ・ダハーカは、ゾロアスター教以前の古代ペルシア神話からすでに登場している[7]。『アヴェスター』は3頭3口6目の容姿だと描写している[7][8][9]が、頭はそれぞれが苦痛、苦悩、死を表しているとも言われている。その翼は広げると天を隠すほどに巨大である。蛇とドラゴンの両方のイメージを備えた「有翼の龍蛇」だとみなされていた[7]

バビロン(古代メソポタミア地方)にあるとされている[要出典]クリンタ城 (Kuirinta) に棲む暴君[5][注釈 1] 。悪神アンラ・マンユに創造され[9]、その配下であり[1]、あらゆる悪の根源を成すものとして恐れられた。

神話においては、千の魔法などを駆使して敵対する勢力を苦しめ[9][11]アフラ・マズダー配下の火の神アータルなどとも激しく戦った[1][11]。讃歌『ザムヤード・ヤシュト英語版』においては、アジ・ダハーカはアータルと光輪(クワルナフ)を奪い合った。アジ・ダハーカは光輪を奪い取るべく罵詈雑言を吐きながらアータルに迫ったが、アータルから「自分がアジ・ダハーカの体の中に入って口の中で燃え上がり、アジ・ダハーカが地上に来られないように、決して世界を破壊できないようにする」と言われると、萎縮して退いたという[12][13]

その後、アジ・ダハーカは英雄スラエータオナによって討伐された[9]。戦いにおいては、アジ・ダハーカの体に剣を刺してもそこから爬虫類などの邪悪な生き物が這い出すため、スラエータオナはアジ・ダハーカを殺すことができなかった。そのため最終手段としてダマーヴァンド山の地下深くに幽閉したといわれている。そして、終末の時に解き放たれて人や動物の3分の1を貪ることも、最終的には神話的英雄であるクルサースパ英語版に殺されることも、すでに決まっているとされている[7][14]

『シャー・ナーメ』

[編集]

時代が下ると、アジ・ダハーカの姿は竜から人間に変わっていく。そして、イスラム教化後のイランでは、フェルドウスィーの『シャー・ナーメ』に、両肩から蛇を生やした悪王ザッハークという名前で登場し[1]フェリドゥーン(ゾロアスター教におけるスラエータオナのこと)に退治される。

脚注

[編集]

注釈

[編集]
  1. ^ ブンダヒシュン』によれば、アズダハーグ (Azdahāg) はバーベール(バビロン)にクラング・ドゥシト (Kulang Dušit) という城を建てたという[10]

出典

[編集]
  1. ^ a b c d 青木 (2013)、31頁。
  2. ^ カーティス,薩摩訳 (2002)、38頁。
  3. ^ Martin Schwartz, 1980, Manfred Mayrhofer, Iranisches Personennamenbuch. Band I... (review article), Orientalia (n.s.) 49(1):123-26.
  4. ^ G. Azarpay, 1991, The Snake-Man in the Art of Bronze Age Bactria, Bulletin of the Asia Institute(n.s.) 5: 1-10.
  5. ^ a b 伊藤訳 (1967)、385頁。(「ホーム・ヤシュト 1(ヤスナ第9章)」第7節の注釈11)
  6. ^ 竹原 (1998)、119頁。
  7. ^ a b c d e ローズ, 松村訳 (2004)、12頁。
  8. ^ 竹原 (1998)、118頁。
  9. ^ a b c d 伊藤訳 (1967)、386頁。(「ホーム・ヤシュト 1(ヤスナ第9章)」第8節) "...ダハーカ竜...は三口あり、三頭あり、六眼あり、千術あり、...いとも強きこと第一なるドゥルジは...アンラ・マンユがつくり出したものであった。"
  10. ^ 野田 (2011)、209頁。
  11. ^ a b 久保田ら (2002)、114頁。
  12. ^ カーティス,薩摩訳 (2002)、24頁。
  13. ^ ヒネルズ,井本ら訳 (1993)、68-69頁。
  14. ^ 久保田ら (2002)、116頁。

参考文献

[編集]
  • 青木健 著「アジ・ダハー」、松村一男他 編『神の文化史事典』白水社、2013年2月、31-32頁。ISBN 978-4-560-08265-2 
  • 伊藤義教 訳「アヴェスター」『ヴェーダ アヴェスター』訳者代表 辻直四郎筑摩書房〈世界古典文学全集 第3巻〉、1967年1月、325-395頁。全国書誌番号:55004966NCID BN01895536 
  • カーティス, ヴェスタ・サーコーシュ『ペルシャの神話』薩摩竜郎訳、丸善〈丸善ブックス 096〉、2002年2月。ISBN 978-4-621-06096-4 
  • 久保田悠羅F.E.A.R.「アジ・ダハーカ」『ドラゴン』新紀元社Truth In Fantasy 56〉、2002年5月、113-117頁。ISBN 978-4-7753-0082-4 
  • 竹原新 著「ペルシア 解説」、竹原, 威滋、丸山, 顯德 編『世界の龍の話』(初版)三弥井書店〈世界民間文芸叢書 別巻〉、1998年7月10日、118-120頁。ISBN 978-4-8382-9043-7 
  • 野田恵剛「ブンダヒシュン (III) [含 中期ペルシア語文]」『貿易風 - 中部大学国際関係学部論集』第6号、中部大学国際関係学部、2011年4月、165-232頁、NAID 40018845814  中部大学WebOPAC
  • ヒネルズ, ジョン・R.『ペルシア神話』井本英一、奥西峻介訳、青土社、1993年10月。ISBN 978-4-7917-5272-0 
  • ローズ, キャロル「アジ・ダハーカ」『世界の怪物・神獣事典』松村一男監訳、原書房〈シリーズ・ファンタジー百科〉、2004年12月、12頁。ISBN 978-4-562-03850-3 

関連資料

[編集]
  • 野田恵剛 「ブンダヒシュン (II) [含 中期ペルシア語文]」、『貿易風 - 中部大学国際関係学部論集』第5号、中部大学国際関係学部、2010年4月、120-171頁、NAID 40017106062。 中部大学WebOPAC
  • 吉村直子 「ヴリトラ龍退治の諸相、及びアジ・ダハーカ (ザッハーク) 退治との比較」 『神話・象徴・図像 3』 篠田知和基、GRMC編集委員会編、楽瑯書院、2013年。全国書誌番号:22345313NCID BB08648880

関連項目

[編集]