ISSAY

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ISSAY
2016年 第29回東京国際映画祭オープニングセレモニーにて
基本情報
生誕 (1962-07-06) 1962年7月6日
出身地 日本の旗 日本静岡県沼津市
死没 (2023-08-05) 2023年8月5日(61歳没)
ジャンル
職業
担当楽器 ボーカル
活動期間 1983年 - 2023年
共同作業者
公式サイト issay official website

ISSAY(イッセイ、本名:藤崎一成[1]1962年7月6日 - 2023年8月5日)は、日本歌手作詞家俳優パントマイミスト静岡県出身。

プロフィール[編集]

1962年7月6日、長男として生まれる。

高校在学中、谷川俊太郎の詩集を読み、詞を書き始める[2]。友人からレコードを借りたデヴィッド・ボウイをはじめに、ルー・リードドアーズセックス・ピストルズなどを聴き、T・レックスを聴いたのをきっかけに音楽の道を志す[3]。大学進学とともに上京。ミュージシャンとして、ソロ活動をはじめ、DER ZIBETを中心に多数のバンドやユニットに参加する。音楽活動と並行して、映画やテレビドラマにも出演。また、1983年よりパントマイミスト望月章に師事し、望月の公演活動にも参加[4]

2023年8月5日、不慮の事故により急逝[5]。61歳没。翌2024年、死去の半年後に当たる2月5日に追悼・献花の会が執り行われ[6][7]、また誕生日である7月6日には『ISSAY gave life to FLOWERS - a tribute to Der Zibet -』と題され40名を越えるアーティストによる追悼盤となるDER ZIBETのトリビュートアルバムがリリースされる予定[8][9]

キャリア[編集]

ミュージシャンとして[編集]

19歳の頃、初めてのバンドISSAY and SUICIDESを結成、その後ソロ名義で活動[10]

1985年、DER ZIBETとしてシングル『待つ歌』でデビュー[11]

1991年、TATSUYAと、打ち込みによるユニット・HAMLET MACHINEを結成。

1994年、初のソロ・アルバム『FLOWERS』を発表。

1998年、広瀬さとしらとΦファイを結成し、ミニ・アルバム『PhI』を発表。2000年、Φ解散。

2003年、元SHI-SHONENの福原まりとともにネオ・キャバレー・ミュージックをコンセプトにしたISSAY meets DOLLYを結成。

2004年、X JAPANHEATHらとLynxを結成。2007年、Lynx解散。

2013年、土屋昌巳率いるKA.F.KAに参加。

俳優として[編集]

1985年、手塚眞監督作品『星くず兄弟の伝説』で映画デビュー。この時、プロデューサーであった近田春夫に見初められ、DER ZIBETデビューへと繋がる[12]

映画

オリジナルビデオ

  • ダンディーとわたし(1991年2月1日、日本ビデオ映画、監督:神代雅喜) - 片岡平助 役

ミュージカル

テレビドラマ

パントマイミストとして[編集]

望月章に師事し、1983年より舞台を踏む[13]

1983年
1984年
  • 稚児草子 ※1988年、1996年に再演
1985年
  • MIRAGE -幼子たちの古えの声-
1986年
  • 夜のオペラ ※1989年に再演
1987年
  • 夏天空の伝説 -タオルミナへ-
1990年
1993年
  • Jean et Jean -ただ一度の- ※1994年に再演
1994年
1995年
  • NOTRE-DEME DE PARIS
1996年
1997年
  • Love Songs -思い出はほろ苦く-
1998年
  • エディプ -答えのない質問-
1999年
2005年
  • 最後の晩餐
2006年
  • ロルカの末裔[14]
2007年
  • "BERLIN" ベルリン

ディスコグラフィ[編集]

アルバム・シングルいずれもカバー作品

アルバム[編集]

発売日 タイトル 規格 規格品番 発売元 収録曲
1994年9月21日 FLOWERS CD BVCR-678 BMGビクター
  1. あかずの踏切り
  2. いとしのマックス
  3. 夜と朝のあいだに
  4. 悲しくてやりきれない
  5. 恋のハレルヤ
  6. 時には母のない子の様に
  7. 朝までまてない
  8. 時の過ぎゆくままに
  9. 宵待草
  10. 花が咲いて
  11. シーサイドバウンド

シングル[編集]

発売日 タイトル 規格 規格品番 発売元 収録曲
1994年8月24日 あかずの踏切り 8センチCD BVDR-278 BMGビクター
  1. あかずの踏切り
  2. FLOWERS
  3. あかずの踏切り(SONGLESS VERSION)
1995年2月22日 いとしのマックス 12センチCD BVCR-8804
  1. いとしのマックス Extended Version
  2. いとしのマックス Distorted Tokyo Version
  3. いとしのマックス New York Version
  4. いとしのマックス Plugged Version

参加作品[編集]

オムニバス / サウンドトラック

発売日 収録アルバム 楽曲タイトル 規格 規格品番 発売元
1985年6月5日 「星くず兄弟の伝説」オリジナル・サウンド・トラック ピースマーク・ベイビー
(「虹カヲル」名義)
LP SM28-5417 SMSレコード
2018年1月10日 『星くず兄弟の伝説』/『星くず兄弟の新たな伝説』オリジナル・サウンドトラック CD(2枚組) DDCZ-2186 NEONTETRA / SPACE SHOWER MUSIC
1996年9月4日 LIFE IN TOKYO〜a tribute to JAPAN FALL IN LOVE WITH ME
森岡賢とによる「SUICIDE」名義)
CD BVCR-764 BMGビクター
1997年1月22日 This is Love〜江戸屋百歌撰1997 丑/USHI〜 DANCE FOR YOU 〜悪夢をください〜
ちわきまゆみとのコラボ)
CD EDCR-30009 江戸屋レコード

その他

脚注[編集]

出典[編集]

  1. ^ ロックバンド「DER ZIBET」のISSAYさんが「不慮の事故により」61歳で急死 : スポーツ報知”. スポーツ報知 (2023年8月11日). 2023年8月18日閲覧。
  2. ^ 『ハダカのロック』ジェイロックマガジン社、1996年12月1日、222頁
  3. ^ 『ROCK JET Vol.37』シンコー・ミュージック・エンタテイメント、2009年9月7日
  4. ^ Profile”. 2023年8月29日閲覧。
  5. ^ der zibet on X (2023年8月10日). “"去る8月5日(土)、DER ZIBETのヴォーカリストISSAYが不慮の事故により永眠いたしました。 葬儀に関しましては、ご遺族のご意向により近親者にて家族葬として、しめやかに執り行われ、 訃報のご連絡も法要後とさせていただきました。 DER ZIBET メンバー、スタッフ一同"”. 2023年8月29日閲覧。
  6. ^ ISSAY追悼 献花の会を2月5日に開催 。『別冊 音楽と人 櫻井敦司』には過去の対談記事を掲載”. 音楽と人.com. 2024年3月31日閲覧。
  7. ^ 2月5日 Flowers for ISSAY ご報告 & more | 来世紀に語り継ぐ〜孤高のロック詩人ISSAY追悼、DER ZIBETトリビュートアルバム制作プロジェクト”. DER ZIBETトリビュートプロジェクト. 2024年3月31日閲覧。
  8. ^ ISSAY追悼、DER ZIBETトリビュートアルバムにSUGIZOなど40名を越える参加アーティスト”. BARKS. 2024年3月31日閲覧。
  9. ^ DER ZIBET トリビュート プロジェクト(DZTP)(@DZ__TP)の2024年2月29日20時10分のポスト2024年3月31日閲覧。
  10. ^ 今井智子 (2023年8月15日). “【追悼 ISSAY】またいつかSad Cafeで”. 音楽と人. 2023年8月18日閲覧。
  11. ^ DER ZIBET”. BUCK-TICK Tribute Album「PARADE III 〜RESPECTIVE TRACKS OF BUCK-TICK〜」Special Site. 2023年8月18日閲覧。
  12. ^ 星くず兄弟の新たな伝説 公式サイト”. 星くず兄弟の新たな伝説 公式サイト. 2023年8月18日閲覧。
  13. ^ workspage”. issay-works. issay official website. 2023年8月18日閲覧。
  14. ^ History”. Solomon Grandy (2006年6月10日). 2023年9月25日閲覧。

外部リンク[編集]