コンテンツにスキップ

1970年自由民主党総裁選挙

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
1970年自由民主党総裁選挙

1968年 
1970年10月29日
 1972年

選挙制度 決選投票制
有権者数 党所属衆議院議員:(不明)
党所属参議院議員:(不明)
地方代議員票  :46
合計      :(不明)

 
候補者 佐藤栄作三木武夫千葉三郎
投票 353 111 1




 
候補者 宇都宮徳馬 藤山愛一郎
投票 1 1

選挙前総裁

佐藤栄作

選出総裁

佐藤栄作

1970年自由民主党総裁選挙(1970ねんじゆうみんしゅとうそうさいせんきょ)は、1970年昭和45年)10月29日に行われた日本自由民主党党首である総裁選挙である。

概要

[編集]

現職の佐藤栄作総裁の任期満了に伴うものである。

佐藤総裁は3期6年政権の座にあり、沖縄返還日米安保条約の自動延長等、戦後政治の懸案事項を片付ける道筋をつけたことから、花道退陣の可能性があったが、佐藤自身は去就をしばらく明かさなかった[1]

この時、自民党の派閥の中で一定の規模を保っていたのは周山会(佐藤派)、宏池会前尾繁三郎派)、清和政策研究会福田赳夫派)の三派(保守本流)であり、佐藤の後継は、前尾、福田、自派の有力議員で会った田中角栄であった。佐藤の周辺は、福田が最有力との見立てであったが、当時幹事長であった田中は、福田禅譲の目を潰すべく、佐藤四選に向けて佐藤派内を固めて既定路線化することにより、佐藤直系を自認する福田も四選支持せざるを得なくなるとともに、佐藤派内に田中の影響力を構築、次期政権を目指しての工作の機会となった。1970年1月、第3次佐藤内閣発足の政権人事においても、福田系の保利茂を退けて、自身の幹事長留任を勝ち取る[2]

残った宏池会は、前回の総裁選で領袖の前尾への支持が集まらず、小派閥である番町政策研究所を率いる三木武夫の後塵を喫し三位に終わり、後継の大平正芳が自前で事務所や派員を抱えるようになり、派内からは"戦闘意欲に欠ける"として、求心力を失っていた。そのような状態で田中からの立候補引き留め工作を受ける。派内の親前尾系は、福田と田中が拮抗した際は自身が中間派として漁夫の利をえる可能性があるという希望的観測の下、立候補を取りやめる。そして、前尾は総裁選後の恒例となっていた内閣改造でポストの厚遇を受ける見通しもあった[3]

結局立候補したのは、佐藤と、前回に引き続きの挑戦となる三木の二人となり、佐藤批判の票を掘り起こした三木は353対111と善戦。三木は「今日は敗北ではない。二年後の総裁選挙の勝利のための新たなる一歩だ」と総括し、総裁の有力候補に名を連ねた[4]

選挙後、佐藤は恒例の内閣改造を行わなかった。結果として、前尾との密約は空手形となった。宏池会では若手議員が前尾の体たらくに反旗を翻し、前尾を引きずり下ろす形で大平へと代替わり、ポスト佐藤の争いに加わることとなった[5]

選挙データ

[編集]

総裁

[編集]
  • 選挙前:佐藤栄作(第5代)
  • 選挙後:佐藤栄作(第5代)

投票日

[編集]
  • 1970年(昭和45年)10月29日
    第24回臨時党大会で実施。

選挙制度

[編集]
投票方法
秘密投票、単記投票、1票制
選挙権
党所属国会議員、党都道府県支部連合会地方代議員[注 1][注 2][6]
被選挙権
党所属国会議員
有権者
(不明)
  • 党所属衆議院議員:(不明)
  • 党所属参議院議員:(不明)
  • 地方代議員   :46

選挙活動

[編集]

候補者

[編集]

立候補制ではなかったものの、選挙活動した国会議員。

佐藤栄作 三木武夫
衆議院議員
(8期・山口2区
内閣総理大臣(1963-現職)
党総裁(1963-現職)
衆議院議員
(13期・徳島全県区
外務大臣(1966-1968)
党幹事長(1964-1965)
周山会
(佐藤派)
政策研究会
(三木派)
山口県 徳島県

選挙結果

[編集]

第1回総裁選から1972年(昭和47年)の第12回総裁選までは立候補制ではなかったため、自民党所属の国会議員への票はすべて有効票として扱われた。

候補者別得票数

[編集]
e  d  1970年自由民主党総裁選挙 1970年(昭和45年)10月29日
候補者得票数得票率
佐藤栄作35375.59%
三木武夫11123.77%
千葉三郎10.21%
宇都宮徳馬10.21%
藤山愛一郎10.21%
総計 467 100.0%
有効投票数(有効率) 467 %
無効票・白票数(無効率) %
投票者数(投票率) %
棄権者数(棄権率) %
有権者数 100.0%
出典:朝日新聞

脚注

[編集]

注釈

[編集]
  1. 各都道府県支部連合会に1票ずつ。
  2. 米軍統治下の沖縄県の代議員は選出されてない。

出典

[編集]
  1. 升味 1985, p. 181.
  2. 升味 1985, pp. 182–185.
  3. 升味 1985, pp. 185–187.
  4. 升味 1985, p. 187.
  5. 升味 1985, pp. 187–189.
  6. 上神貴佳「党首選出過程の民主化:自民党と民主党の比較検討」『年報政治学』第59巻第1号、日本政治学会、2008年6月、1_220-1_240、doi:10.7218/nenpouseijigaku.59.1_220ISSN 0549-41922023年4月17日閲覧

参考文献

[編集]

外部リンク

[編集]