1989年8月自由民主党総裁選挙

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1989年8月自由民主党総裁選挙(1989ねんじゆうみんしゅとうそうさいせんきょ)は、1989年8月8日に行われた自由民主党総裁選挙である。

概要[編集]

第15回参議院議員通常選挙で自民党が過半数を下回る大敗をし総裁宇野宗佑が退陣を表明。宇野内閣発足からわずか2か月後に実施された。リクルート事件の影響で事件に関与した安倍晋太郎宮澤喜一渡辺美智雄といった派閥の長が立候補できない中にあって、竹下派が影響力を残せる候補が模索された結果、「時計の針を戻さず進めず」(高齢だった河本敏夫のように世代交代に逆行するわけでもなく、当選回数がより少ない橋本龍太郎のように世代交代が進んで竹下登安倍晋太郎といった世代の出番がなくなることもない)として年齢の割に当選回数が多かった元文部大臣河本派海部俊樹が擁立された。竹下・安倍・河本の三派連合により海部の当選は確定的であったが、旧田中派二階堂グループの林義郎宮澤派の支援のもと立候補し、他に安倍派を除名されていた亀井静香は海部・林には投票する気がなかった為に平沼赳夫園田博之と共に安倍派の石原慎太郎を担ぎ出したが推薦人集めに苦労したものの太田誠一山中貞則などが石原の20人の推薦人になったが、48票に終わった[1]

この時の総裁選から、総裁候補がテレビ番組に出演して政見を語るなどをして、総裁選において総裁候補と国民との距離を縮める手法が行われるようになってきている。

立候補者[編集]

選挙結果[編集]

候補者 得票数
海部俊樹 279票
林義郎 120票
石原慎太郎 48票

当選者[編集]

備考[編集]

脚注[編集]

出典[編集]

  1. ^ 週刊現代、2018年12月22日号, 64-65頁、亀井静香の政界交差点/石原慎太郎-総裁選の推薦人集めで奔走した深夜

外部リンク[編集]