飯塚幸三

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飯塚 幸三
人物情報
生誕 (1931-06-01) 1931年6月1日(87歳)[1][2]
日本の旗 日本東京府[1]
居住 日本の旗 日本東京都板橋区[3]
出身校 東京府立第四中学校 (旧制)
浦和高等学校 (旧制)
東京大学
学問
研究分野 計量学計測工学
研究機関 通商産業省工業技術院(中央計量検定所、計量研究所[注釈 1]
イギリス国立物理学研究所[4][5]
機械振興協会技術研究所[6]
クボタ技術開発本部[7]
指導教員 日置隆一[8]
学位 工学博士(東京大学)[9]
主な業績 ショア硬さの研究
形状測定における測定器誤差と形状誤差の分離
計量計測の国際標準活動
世界計量記念日の提案
影響を
受けた人物
山本健太郎[8]、吉澤武雄[8]、佐藤豪[10]
影響を
与えた人物
今井秀孝、後藤充夫[10][11]
学会 精密工学会計測自動制御学会日本機械学会応用物理学会、日本計量史学会
主な受賞歴 精機学会「青木記念論文賞」[11]、計測自動制御学会「功績賞」[12]
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飯塚 幸三(いいづか こうぞう、1931年(昭和6年)6月1日[1][2] - )は計量学を専門とする日本の研究者、通商産業省技官東京大学工学博士[9]。硬さ測定[13][14]や形状誤差[11][15][16]の研究に実績があり、計測の国際標準化活動にも貢献した。 計量研究所所長、工業技術院長、クボタ取締役(常務、専務、副社長)を歴任。15年間委員を務めた国際度量衡委員会では日本人初の副委員長にも就任し[17][18]世界計量記念日を提案した[19]日本計量振興協会計測自動制御学会国際計測連合英語版(IMEKO)などで会長を歴任し[20][21]日本工学アカデミー日本工業標準調査会の副会長も務めた[20][21]。2015年秋、瑞宝重光章を受勲[3][21]

来歴・人物[編集]

生い立ち・学生時代[編集]

1931年6月1日、現在の東京都中野区に生まれる[8]太平洋戦争末期は旧制中学生で、空襲により自宅を焼失している[8]。好きな科目は理科で、旧制の東京府立第四中学校浦和高等学校を経て、新制の東京大学理科1類に進学[8]工学部応用物理学科の計測工学専修に進み、卒業研究は日置隆一の元で光学に関するテーマに取り組んだ[8][注釈 2]

計量研究所時代[編集]

1953年に東京大学を卒業し、通商産業省工業技術院に就職し、後の計量研究所[注釈 1]である中央計量検定所に配属される[8][23](のちに茨城県新治郡桜村[24]、現在のつくば市に移転するが[10]、当時は東京都板橋区にあった[25])。計量研究所では各種硬さ標準の研究を手掛けることになり、飯塚はショア硬さの研究に従事(ロックウェル硬さには矢野宏が取り組んだ)[8][13]。振り子型の試験機を試作し[8][26]、ハンマーや圧子の変形が影響すること[27]など、ショア硬さの諸条件を実験的に解明した[14]。なお1958年3月から1959年6月まで、飯塚は政府在外研究員としてイギリス国立物理学研究所(NPL)に滞在した[4][5]

1967年7月開催の第4回から飯塚は国際計測連合英語版(IMEKO)の総会に参加するようになり[8][28]、技術委員会のTC5「硬さ測定」やTC8「測定学」で代表委員を務めるようになる[29]。さらに同連合に対する日本の加盟団体であった計測自動制御学会では「IMEKO委員会」が組織され、飯塚が委員長を務めていた[30][31](2011年から日本学術会議が加盟団体[32])。後に会長を務める飯塚らの影響で、日本人のIMEKO総会参加が増えたと言われている[33]

今井秀孝とは微小球面の曲率半径を求める手法を開発し[34]、英語論文は論文賞も受賞[11]。1972年には『ショアかたさ目盛の精度向上に関する研究』のテーマにより、論文博士として東京大学工学博士学位を取得[9]。さらに形状誤差(幾何公差)の研究にも取り組んでいき[10]、後藤充夫とは真円度測定や円筒形状測定に取り組み、測定器誤差と形状誤差を分離することに成功した[15][16][35]。円筒度に関する論文は1975年、精機学会の第9回青木記念論文賞を受賞し[11]、精度分離可能な真円度測定器は東京精密で製品化された[35]

また、飯塚は部下や学生とともに、物性計測の研究にも従事[10][注釈 3]。この間、3年ほど研究企画官も務める[10][38]。さらに計量研究所力学部の部長を3年ほど務めた後、1983年に飯塚は所長に就任[39]。所長就任に伴い、国際法定計量委員会委員やISO/REMCO(標準物質委員会[40][41])の日本代表委員も務める[39]1986年2月からは国際度量衡委員会の委員を務めることになり[39][42]、以後15年間委員を務め、名誉員も含めると17年間関与した[39][43][17]

行政・経営・国際事業における貢献[編集]

1986年、工業技術院の院長に着任[1]。飯塚は基礎研究の重要性を強調し[39][44]、新しいNEDOの発足(「新エネルギー・産業技術総合開発機構」への改組)や新規事業導入(研究基盤整備事業、研究開発事業、国際研究協力事業)を推進[44][45]。「脳機能の解明のための基礎研究」や「生体機能のための分子論的アプローチのための基礎研究」を支援する国際ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラム機構英語版[46][注釈 4]の設立を推進した[39]

1989年に工業技術院を退官し、機械振興協会の副会長に着任[1]。同年8月から1991年5月まで、同協会の技術研究所長も務めた[6]。その後クボタ常務取締役[47]専務取締役[20]、副社長[48][49]を歴任。クボタでは技術開発本部を組織し[39]、籍を置いた[7]。この間、文部省学術用語集「計測工学編」における増補改訂のための調査研究にも関与し[50]計測自動制御学会では1992年度に会長を務めた[47]

1995年度から4年間、国際ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラム機構の会長を担当し[46][51][52]日本工業標準調査会では副委員長に就任[20][48][49]1996年から1999年には中華民国台湾)の行政院科学技術部で国外顧問も務めた[53]。さらに、国際度量衡委員会では日本人初の副委員長に選出され[17][43]1999年の委員会では世界計量記念日を提案した[19]。また、日本初開催であった2000年のIMEKO世界大会において、飯塚は大会委員長を務めている[48]

2000年、飯塚はクボタ副社長を退き、顧問に就任[54]。その後は日本計量振興協会で会長を務めており[55][56](少なくとも2003年[57]から)、計量士の教育や計量・トレーサビリティの普及・教育を推進する事業を展開した[58]。また、経済産業省11月1日計量記念日に実施する行事において、計量記念日組織委員長を務めていた[59]田中耕一が特別講演を務めた2003年の「計量標準100周年記念講演会・記念式典」では、飯塚も「計量の一世紀を振り返って」と題して招待講演を務めている[57]

計量史の語り部[編集]

その後は日本計量振興協会の会長も退き、顧問に就任(2011年までは会長[56]で、遅くとも2013年には顧問[60][60]。理事を務める日本計量史学会では、2014-2015年のメートル原器調査研究委員会で委員長を務める[61]2015年秋には瑞宝重光章を受章[3][21]。同年12月には日本計量史学会と計測自動制御学会力学量計測部会の合同で祝賀会が催された[62]。2016年3月には1時間半に及ぶ特別講演で、日本の計量技術や国際計測連合の歴史を語っていた[62]

2016年に今井秀孝らが国際計測連合英語版2021年世界大会の日本招致を勝ち取った際には、飯塚は関係者と喜びを共にするとともに招致の経緯を寄稿し[63]、2017年には日本のメートル原器の歴史についても講演した[64]。2017年(85歳)以降も、日本計量振興協会 顧問[65]、日本計量史学会 理事[66]、計測自動制御学会力学量計測部会 顧問[67]日本工学アカデミー 顧問[68]、三豊科学技術振興協会 理事[69]、光科学技術研究振興財団 評議員[65]などを務めていた。

しかし2018年に足を痛め、杖を使って歩くようになる[70]。医者からは運転を控えるように言われ[71]、自動車の車庫入れも手間取っていた[70]。2019年3月には日本計量史学会の定期総会に出席していたが[72]、同年4月19日に東京都豊島区東池袋において、自身が運転する乗用車で死者2名、重軽傷者10名(飯塚と妻を含む)の自動車事故を起こしてしまう[70][73]。(詳細は東池袋自動車暴走死傷事故を参照

受賞・栄典[編集]

社会的活動[編集]

(学術団体)

(国際団体)

(国家関係)

(その他、協会など)

趣味[編集]

学生時代にオーケストラに在籍したことがあり[91]クラシック音楽[2][91]テニス[2]ゴルフ[2]を趣味とした。

主な著作[編集]

学位論文[編集]

  • 『ショアかたさ目盛の精度向上に関する研究』 東京大学博士学位論文(乙第2820号)、1972年7月7日。NAID 500000383733

著書[編集]

(共著・分担執筆)

(編集・監修)

解説記事[編集]

(硬さ試験・標準)

(物性計測・精密測定)

(測定・計量標準)

(その他)

(回想)

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ a b 計量研究所は1903年農商務省の中央度量衡器検定所として発足。中央度量衡検定所、中央計量検定所(Central Inspection Institute of Weights and Measure[92])への改名を経て、1961年から計量研究所(National Research Laboratory of Metrology[92][93])となる[92][94]。この間、所管は農商務省から商工省(工業技術庁)、通商産業省(工業技術庁、後 工業技術院)へと変わっており[95]1979年には東京都板橋区から茨城県つくば市へ移転した[10]筑波研究学園都市も参照)。2001年4月、通産省工業技術院の再編に伴い、産業技術総合研究所計測標準研究部門に改組[95][93]。この部門には計量研究所だけでなく、計量教習所や電子技術総合研究所標準部、物質工学工業技術研究所標準部も一緒に統合されている[93]
  2. ^ 応用物理学科は後に物理工学科と計数工学科に再編される。応用物理学科で日置は計測専修であったが、学科再編では物理工学科に所属していた[22]
  3. ^ 超音波により応力を測定する技術[36]や、レーザー干渉計で材料の線膨張係数[37]縦弾性係数[24]を計測する技術などを開発した。
  4. ^ a b ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラム機構[20]との訳し方もあるが、日本医療研究開発機構[79]文部科学省[80]の表現に習った。
  5. ^ 受賞論文 - Iizuka, K. and Imai, H. (1970).“Form Measurement of Small Spherical Surfaces by means of the Method of Least Squares”. Bullutten of JSPE. 4(1). 今井秀孝との共著[11]
  6. ^ 受賞論文 - 後藤充夫、飯塚幸三「円筒形状誤差の一解析法」、『精密機械』第41巻第5号、1973年、477-482頁。[11]
  7. ^ 「ものづくりヒューマンルネサンス」作業部会委員[84]
  8. ^ 副題は“ proceedings of the 10th International Conference of the IMEKO Technical Committee TC-3 on Measurement of Force and Mass, Kobe, Japan, September 11-14, 1984”で、小野敏郎との共同編集(NCID BB15874970)。
  9. ^ 第1巻 - ISBN 4542251217、第2巻 - ISBN 4542251225、第3巻 - ISBN 4542251233、第4巻 - ISBN 4542251241

出典[編集]

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  33. ^ 山崎敬則「国際計測連合第3,第5,第22技術委員会国際会議」『精密工学会誌』第77巻第4号、2011年、438頁。
  34. ^ 飯塚幸三、後藤充夫、今井秀孝「透過型顕微干渉法による微小球面の形状測定」『精密機械』第35巻第412号、1969年、307-313頁。および飯塚幸三、今井秀孝「最小二乗法による曲面形状の測定(第2報) ― 光学測定器による断面形状測定の場合 ―」『計量研報告』第19巻第1号、1970年、17-27頁。(「光学文献集No.113」『光学ニュース』第113号、1971年、29-40頁。参照)
  35. ^ a b 江川満「真円度測定器における回転軸系の設計と問題点」『精密機械』第45巻第538号、1979年、1210-1214頁。
  36. ^ 特開昭56-090228 特願昭54-167600 1979/12/25 1981/07/22 超音波による応力の測定方法
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  90. ^ 一般社団法人 日本淘道会 概要”. 2011年7月22日時点のアーカイブ. Wayback machine. 2019年5月18日閲覧。
  91. ^ a b 時評 28 (7)(287) p.70-74「国際化に貢献する21世紀型技術政策 工業技術院長 飯塚幸三氏に聞く」
  92. ^ a b c 青木保「日本の精密工学の発達」『精密機械』第25巻第288号、1959年、18-21頁。
  93. ^ a b c 田中充「計量標準の変遷」『計測と制御』第40巻第1号、2001年、50-55頁。
  94. ^ 田幸敏治「研究所紹介」『光学ニュース』第76号、1964年、25-26頁。
  95. ^ a b 沿革”. 産業技術総合研究所. 2019年5月19日閲覧。

関連文献[編集]

  • 飯塚幸三「私の出会い(63) 内外の研究所と共に立ち上げた新しい組織」『時評』第45巻第7号、2003年7月、122-127頁、NAID 40005864067
  • 松本栄寿「オーラルヒストリー・インタビュー報告「計量標準の日本における確立と進展」飯塚幸三 氏」『計測と制御』第47巻第12号、2008年、1061-1062頁、NAID 10023997261