藤枝明誠中学校・高等学校

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藤枝明誠中学校・高等学校
Fujieda-Meisei-Chuko.jpg
国公私立の別 私立学校
設置者 学校法人藤枝学園
設立年月日 1982年12月20日
共学・別学 男女共学
中高一貫教育 併設型
課程 全日制課程
設置学科 普通科
英数科
学期 2学期制
高校コード 22542J
所在地 426-0051
静岡県藤枝市大洲二丁目2番1号
外部リンク 公式サイト
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藤枝明誠中学校・高等学校(ふじえだめいせいちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、静岡県藤枝市大洲二丁目にある私立中学校高等学校

特徴[編集]

普通科と英数科が設置されており、有名大学に毎年10名程度の合格者を輩出している。しかし2003年頃から学校側が成績優秀生徒に対し、受験料を肩代わりした上で、志望とは関係ない有名私立大学の学部・学科を多数受験させ、大学合格実績水増しをしていたことが2007年に判明した[1]

水準の高い文武両道を掲げており運動部では陸上競技駅伝サッカーバスケットボールバレーボールが全国出場をしている強豪のほか、全国的にも珍しい中学校の硬式野球がある。また文化部では棋道部(将棋)や囲碁部といった部活動が全国大会で上位入賞の常連である。

校歌[編集]

作詞・小山一重 作曲・多賀須節

校歌は1番のみではあるが、その長さは2分50秒に及ぶ。なお、藤枝明誠の校歌は学校の公式ホームページで試聴できる。

沿革[編集]

部活動[編集]

サッカー部[編集]

2009年、これまで上位に進出しては敗れて涙を呑んできた明誠ではあったが、県大会決勝へと進出し、大会注目選手であった風間宏希を擁する清水商を2-0で下し、第88回全国高等学校サッカー選手権大会への出場を決めた。静岡県からの初出場校は2005年常葉橘以来で、藤枝市からは藤枝東藤枝北に続く3校目の出場経験校である。
藤枝明誠は1回戦で今大会で大会最多の38回の出場を誇る古豪の徳島商(徳島)と対戦、この試合は幸先よく先制するも、徳島商が伝統の意地を見せ1-1の同点とされる。延長戦がないためにPK戦となり、3-2でPK戦を制した。2回戦では、長崎の強豪で優勝候補の国見(長崎)と対戦。試合前に田村監督はインタビューに答え「国見は高校サッカー界の横綱であり、明誠は新入幕みたいなもの」と発言。試合は前半20分までに3点をリードし国見を圧倒するも、後半に1点を返され、一時は国見にペースを握られるが、すぐさま突き放して4-1で国見を下した。続く3回戦の岐阜工(岐阜)戦は岐阜工の堅守に阻まれ、前半を無得点で折り返すが、後半立ち上がりの岐阜工の守備の乱れを突き、1点を先制。その後は岐阜工の猛攻に耐えて1-0で勝利した。準々決勝へと進出を果たすも、関大一(大阪)の運動量と高さに圧倒され、0-2とされる。前半終了間際に1点を返すが、後半は焦りからか守備が崩壊し、関大一伝統のカウンターに屈した。この大会では前後半の開始直後と、終了間際の得点が目立った。

バスケットボール部[編集]

2005年9月に鹿島学園(茨城)から西塚建雄監督が就任するとわずか1ヶ月後の新人戦で県大会出場、2006年の夏には県内外から有望な選手が集まり1年生が主力ながら前年度地区予選敗退から県大会準優勝と飛躍しインターハイへの出場を決めた。

2007年2月に行われた新人戦では名門飛龍高校を下し初の県制覇をすると、続く東海大会では強豪愛知県勢を倒し初出場で初優勝の快挙を成し遂げる。12月には初めてJOMOウィンターカップに出場し全国大会初勝利を挙げるが3回戦で今大会優勝候補の並里成擁する福岡第一(福岡)とあたり、前半こそ接戦を繰り広げたが惜敗しベスト16に終わった。

2008年の埼玉インターハイでは3回戦で日本高校バスケ界を代表する強豪の能代工業(秋田)に敗れるもインターハイ初勝利を飾りベスト16の成績を残した。2008年12月に行われたJOMOウィンターカップでは2回戦で海部高校(徳島)相手に162-79の大差で勝利しこの試合で男子の歴代1試合最多得点と歴代最多得点差、両チーム最多合計得点を記録している(女子の1試合最多得点は2016年に桜花学園に破られるまで同じく西塚建雄監督が率いていた当時の昭和学院(千葉)の記録である)。またこの試合で当時2年生の藤井祐眞が79得点を記録して歴代1試合個人得点記録の1位になり、当時3年生の藤井佑亮が54得点で歴代1試合個人得点記録で3位になっている。この時に西塚建雄監督はインタビューで「歴代の記録の事は知らなかったが藤井(祐)には80得点を目指せと試合前に言った」と話している。

2009年のインターハイで2回戦に優勝候補の京北高校(東京)を破ると続く3回戦では名門福岡大学附属大濠高(福岡)に勝利し静岡県勢としてはおよそ60年ぶりとなる3位入賞を果たした。

2012年には当時まだ入学から1ヶ月の角野亮伍が15歳という史上最年少記録での全日本代表選手に選ばれている。

2013年度から元JOMOサンフラワーズ(現JX-ENEOSサンフラワーズ)監督であった三上監督へと指揮権が引き継がれ新たな体制で新チームがスタートしている。

著名な関係者[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 2007年7月26日付の各新聞報道による(http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070726i304.htm)
  2. ^ INC., SANKEI DIGITAL (2017年7月26日). “【高校野球静岡大会】藤枝明誠が初優勝” (日本語). 産経ニュース. http://www.sankei.com/sports/news/170726/spo1707260043-n1.html 2018年7月31日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]