三輪テツヤ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
三輪 テツヤ
出生名 三輪 徹也
生誕 (1967-05-17) 1967年5月17日(50歳)
日本の旗 日本 静岡県静岡市
出身地 日本の旗 日本 静岡県藤枝市
学歴 文化服装学院卒業
ジャンル J-POP
ロック
職業 ミュージシャン
担当楽器 ギター
コーラス
活動期間 1987年 -
レーベル ポリドール
1991年2001年
ユニバーサルJ
2002年~)
事務所 Road & Sky
共同作業者 スピッツ

三輪 テツヤ(みわ てつや、本名:三輪 徹也(読み同じ)、1967年5月17日-)は、スピッツギタリスト静岡県静岡市生まれ、藤枝市出身。

人物[編集]

概要[編集]

  • 身長は168cmと、メンバーの中で最も高い。
  • 二卵性双生児の姉がいる。また、12歳下の弟がいる。
  • 既婚者で一児の父。
  • 毎年変わる個性的な髪型とサングラスがトレードマーク。メンバー曰く、スピッツの写真はテツヤの髪型を見るだけで、いつの時代かが分かるようになっているという。
  • エビアレルギーである。

来歴[編集]

  • 生まれは静岡市。幼少時代は転校を繰り返しており、茨城県に住んでいたこともある。
  • ベースの田村明浩とは小学校6年生のときに出会った幼なじみ。
  • 中学時代はバレーボール部に所属。その関係で坊主頭だったが、天然パーマが目立つため嫌だったという。この頃ギターを始め、田村及び他のもう一名と初めてのバンド「田村バンド」を結成する。
  • 藤枝明誠高等学校では周りの推薦で生徒会長をつとめた。
  • 文化服装学院ファッション工科専門課程アパレルデザイン科卒業。フォークソング部にて、ドラムの崎山龍男と知り合った。
  • インディーズ時代はかなりの貧乏であったため、腐ったモヤシを食べ続けて、栄養失調になったことがある。しかし、それがきっかけでアレルギー性鼻炎が治った。
  • 2008年9月26日のファンクラブ会報にて、2006年肺癌の手術を受けたことを告白。現在も、定期的に通院しながら音楽活動を続けていくと発表。

音楽的影響[編集]

  • 少年時代はHR/HMファンで[1]キッスのコピーバンドを結成していた。また、レインボーのファンで、中でもディストーションギターによるクラシック調のアルペジオで展開されるバッキングを好んでおり、後のアルペジオ好きに繋がっていった。
  • レゲエファンでもあり、主にファッション面での影響が強く見られる。

音楽活動[編集]

  • アルペジオの名手として知られる。ブレイク前はアルペジオ一辺倒のプレイスタイルを危惧していたが、「ロビンソン」がヒットしてからは、アルペジオに自信を持つようになったと語っている。
  • 月に帰る」「死神の岬へ」「鈴虫を飼う」「リコシェ号」「花泥棒」「宇宙虫」の作曲を手がけている。作曲の際は草野マサムネ同様本名の「三輪徹也」を用いる。
  • デビュー初期の頃は、本人曰く、ギタリストとしての立場をたたせるという不純な動機で作曲をしていた、という。
  • メンバーの中で一際目立つ風貌と裏腹にライブ等で派手な動きをすることはなく、演奏も基本に忠実で丁寧なプレイスタイルである。

脚注[編集]

  1. ^ PROFILE”. 2015年6月7日閲覧。

関連項目[編集]