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{{出典の明記|date=2015年5月12日 (火) 06:26 (UTC)}}
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[[ファイル:Pointe shoes.jpg|thumb|230px|right|<center>pointe shoes</center>]]
[[ファイル:En pointe ballet dancer closeup.jpg|thumb|150px|right|<center>ポワント</center>]]
<!--[[Image:PointeShoes.jpg|thumb|120px|right| ]]-->
'''トウシューズ'''([[英語|英]]:toe shoes, 正式にはpointe shoes, [[フランス語|仏]]:chaussons de pointe, pointes)は、[[バレエ]]を踊る時に履く[[靴]]。


[[File:Ballet shoes (Russian ballet school М. Исаева).jpg|thumb|200px|right|トウシューズ(ポワント)]]
この靴の特徴には爪先の先端の平たく造った部分があり、これをプラットフォームという。床との着地面に使用され、これにより足の先で立つことができる。この[[爪先]]で立つことを'''ポワント'''といい、甲に足の筋肉が出て履くことができれば、きれいに見えるとされる。履く際には指先部分に布などを詰めたり、専用のパッド(トウパッド)を使用したりする。一般の靴と同様にフィッティングを行い、足の形やアーチ、骨格にあったものを選択する。
[[File:Sissonne.ogv|thumb|280px|right|トウシューズを履き、ポワント技法を用いて踊る[[バレエダンサー]]]]
'''トウシューズ'''または'''ポワント'''({{lang-en-short|''pointe shoes''}}, {{lang-fr-short|''pointes''}})とは、[[バレエダンサー]]が用いる[[靴]]の一種である{{Sfn|富永|2018|p=107}}{{Sfn|マイルズ|2015|pp=36-37}}。トウシューズは、先端が平らで、足指を入れる部分と靴底が硬くなっているのが特徴である{{Sfn|マイルズ|2015|pp=36-37}}。これを履くことによって、足指をまっすぐに伸ばした[[爪先]]立ちの状態で踊ることが可能になる{{Sfn|富永|2018|pp=116-117}}。


なお、「ポワント」(''pointe'')とは元々[[フランス語]]で「先端」の意であり、トウシューズそのものと、トウシューズを履いて爪先立ちをした状態の両方を指す{{Sfn|クロワゼ |2009|p=17}}。ポワント技法は、他の[[ダンス|舞踊]]ジャンルには見られない、[[バレエ]]独特の技法の一つである{{Sfn|鈴木|2002|p=48}}。
ただし、誰もが靴を履き爪先で立つことができる訳ではない。鍛練を繰り返し、バレエシューズでの正しい足の形が出来た上、それでも基本的なバレエを踊れる下地の段階であり、下腿にある程度の筋力がつき、体の重心を引き上げることができるようになって、初めて履くことができる。


==トウシューズとバレエシューズ==
もしも若年者であれば、[[解剖学]]上において足骨の成長[[軟骨]]の骨化が完成する年齢までは、バレエシューズを履くことも、足先で立ったりしてもならない。教師の許可も出ていないのにトウシューズを履いて立つと、骨折やねん挫などの怪我をしたり、変な位置の筋肉を肥大させ、間違った立ち方の癖がつく可能性がある。しかし、完全に正しいテクニックでポワントで立つことを習得したならば、後年まで故障などの悪影響をきたすことはないとされる。ただし、正しく履いていても、ポアントでは多かれ少なかれ足が痛む状態はある。
{{Double image aside|right|Ballet feet 1st position.png|160|First position turned out.jpg|160|トウシューズ|バレエシューズ}}
バレエダンサーが用いる靴には、主にトウシューズとバレエシューズの2種類がある<ref name="シューズ" group="注釈" />{{Sfn|ワーレン|2008|p=12}}。初心者は男女ともにバレエシューズを用いるが、女性はある程度上達するとトウシューズを履いて踊るようになる{{Sfn|ワーレン|2008|p=12}}。トウシューズは伝統的には女性ダンサーのみが使うものであり、男性は基本的にバレエシューズを用いる<ref name="バレエシューズ" group="注釈" />{{Sfn|ワーレン|2008|pp=12,15}}。


[[File:Xero pied danseuse.jpg|thumb|100px|left|トウシューズで立った足の[[X線写真]]]]
トウシューズにはいろいろな種類があり、それによって、硬さ・固められている範囲・ポワントで立つ時床に接する面の広さなどが異なる上、ほぼ手仕事で作られているため、同じ種類で同じサイズのものでも立ったときの感覚が微妙に違うことがあるので、[[バレエダンサー]]は自分に合ったトウシューズを探すことに苦労するという。また、爪先の固めてある部分は主に布を接着剤で固めているので、長期間の使用でつぶれる。そのために、長持ちするよう爪先に[[ニス]]や瞬間接着剤を流すことがある。
{{Double image aside|right|Natalie Nguyen - La Belle, Aurore - Prix de Lausanne 2010-3.jpg|160|Aaron Sharratt - La Belle, Prince Désiré - Prix de Lausanne 2010-4.jpg|160|トウシューズでの<br />ポワント|バレエシューズでの<br />ドゥミ・ポワント}}
トウシューズとバレエシューズはいずれも[[布]]や[[皮革|革]]などでできているが、トウシューズは足指を入れる部分と靴底が硬くなっており、先端が平らなのが特徴である{{Sfn|マイルズ|2015|pp=36-37}}{{Sfn|富永|2018|pp=116-117}}。トウシューズを履くと、足指が硬い覆いで包まれるとともに、頑丈な靴底によって[[土踏まず|足裏のアーチ]]が支えられるため、足指をまっすぐに伸ばした状態で足の先端に全体重をかけて立つこと(ポワント)が可能になる{{Sfn|マイルズ|2015|pp=36-37}}{{Sfn|富永|2018|pp=116-117}}。一方、バレエシューズは柔らかいため、爪先立ちをしようとしても、足指の付け根を折り曲げて立つこと(ドゥミ・ポワント)になる<ref name="ドゥミ" group="注釈" />{{Sfn|富永|2018|pp=108,127}}。


トウシューズを履くためには、バレエシューズを履くときよりも一層強い足裏の筋力が必要となる{{Sfn|ワーレン|2008|p=12}}。また、ポワントで立つ際は、足にかかる負担を軽減するため、全身の筋肉を使って体全体を上に引き上げておかなければならない{{Sfn|富永|2018|pp=116-117}}。そのため、初心者がトウシューズを履きこなすことは難しく、訓練によって必要な筋力を養ってから履くべきであるとされる{{Sfn|ダンスマガジン|2001|pp=94-95}}。なお、プロの女性ダンサーでも、普段のレッスンはバレエシューズを履いた状態で始め、足裏の筋肉をほぐしたり、体を引き上げたりする訓練を十分に行ってからトウシューズでのレッスンを行う{{Sfn|ダンスマガジン|2001|pp=94-95}}{{Sfn|富永|2018|p=118}}。
なお、基本的には舞台でポワントワークを用いた振り付けで踊るのは女性のみだが、[[トロカデロ・デ・モンテカルロバレエ団]]のようなコミックバレエや、また『[[シンデレラ (プロコフィエフ)|シンデレラ]]』や『[[明るい小川]]』のように男性が女装して踊る際など、稀にトウシューズを履いて踊ることもある<ref name=":0">{{Cite web|title=There's a New Pointe Shoe Designed Specifically for Men|url=https://www.dancemagazine.com/male-pointe-shoes-2628758581.html|website=Dance Magazine|date=2019-02-12|accessdate=2020-05-06|language=en}}</ref>。[[フレデリック・アシュトン]]振付による『[[夏の夜の夢 (メンデルスゾーン)|夏の夜の夢]]』のボトム(途中でロバに変身する)や『[[ピーターラビットと仲間たち/ザ・バレエ|ピーターラビットと仲間たち]]』に出てくるブタのピグリン・ブランドは男性だがトウシューズを履いて踊る珍しい役である


== 歴史 ==
==トウシューズの歴史==
===18世紀まで===
{{節スタブ}}
[[File:Madlle. La Camargo, born 1710, - died 1770 (NYPL b12147534-5073612).jpg|thumb|150px|right|[[マリー・カマルゴ]]]]
今日世界中で知られているバレエの基礎は、17世紀のフランスで築かれた{{Sfn|クレイン|2010|p=402}}。当初、バレエを踊るのは主に男性のみであったが、17世紀後半からは女性もプロのダンサーとして舞台に立つようになった{{Sfn|鈴木|2013|pp=80-81}}{{Sfn|クレイン|2010|p=571}}。当時のバレエダンサーは[[ヒール (靴)|ヒール]]のついた靴を履いていたが、18世紀前半に活躍した[[マリー・カマルゴ]]は、自らが得意とする細かい足さばきの技巧を目立たせるため、当時床まであったスカートの丈をくるぶしまで短くするとともに、靴のヒールを極限まで低くしたと言われている{{Sfn|長野|2020|p=54}}{{Sfn|鈴木ほか|2012|p=39}}。その後、舞踊技術の高度化と共に衣装の簡素化が進んだ結果、18世紀末頃には、現在のバレエシューズに近いような、靴底が平らでヒールのない靴が用いられるようになった{{Sfn|長野|2020|pp=55-56}}。


===19世紀・トウシューズの誕生===
== 脚注 ==
{{Double image aside|right|Fanny Bias en pointes.jpg|150|Sylphide -Marie Taglioni -1832 -2.jpg|150|ファニー・ビアス(1821年)|[[マリー・タリオーニ]](1832年)}}
19世紀に入ると、一部の女性ダンサーが、瞬間的に、またはワイヤーで体を吊ることなどによって、爪先立ち(ポワント)のポーズを披露するようになった{{Sfn|長野|2020|p=56}}。ポワント技法をいつ誰が創始したのかは定かではないが、1810年代から20年代にかけて普及していったと考えられている{{Sfn|鈴木ほか|2012|pp=50-51}}。例えば、[[シャルル・ディドロ]]振付によるバレエ『[[フローラ|フロール]]と[[アネモイ#西風ゼピュロス|ゼフィール]]』([[1796年]]初演)は、ワイヤーで吊るされたダンサーが空中を飛行するという演出を取り入れた作品であるが、本作が[[1815年]]に[[パリ・オペラ座]]で上演された際、フロール役の女性ダンサーがポワントで立ったのではないかと推測されている{{Sfn|鈴木|2002|pp=49-54}}。また、[[1821年]]に描かれた『フロールとゼフィール』の[[リトグラフ]]では、フロール役のファニー・ビアスがポワントで立っている様が描かれている{{Sfn|鈴木|2002|pp=52-53}}。ただし、この頃のポワント技法は、一部のダンサーが得意とする珍しい[[曲芸]]の類に過ぎなかった{{Sfn|鈴木|2002|p=58}}{{Sfn|鈴木ほか|2012|p=51}}。

ポワント技法を単なる曲芸から芸術表現へと昇華させたのは、[[振付師|振付家]]の[[フィリッポ・タリオーニ]]と、その娘でダンサーの[[マリー・タリオーニ]]である{{Sfn|長野|2020|p=56}}{{Sfn|鈴木ほか|2012|pp=51,56}}。ポワント技法の可能性に着目したフィリッポは、その技術を娘のマリーに厳しく教え込んだ{{Sfn|鈴木|2002|pp=43-45,58-59}}。マリーは1827年からパリ・オペラ座の舞台に立つようになったが、その名声を確固たるものにしたのが、フィリッポが振り付けたバレエ『[[ラ・シルフィード]]』([[1832年]]初演)であった{{Sfn|鈴木|2002|pp=60,66}}。マリーは本作で空気の精[[シルフ|シルフィード]]を演じたが、ポワント技法を用いたその踊りは、まるで本当に宙を漂っているかのような印象を観客に与えたという{{Sfn|長野|2020|p=56}}{{Sfn|守山|2004|pp=115-117}}。当時のヨーロッパは、異国や超自然的存在への憧憬を特徴とする[[ロマン主義]]の影響下にあった{{Sfn|守山|2004|pp=115-117}}{{Sfn|鈴木ほか|2012|pp=46-47}}。『ラ・シルフィード』は、妖精という非人間的な存在をポワント技法によって表現し、ロマン主義的な主題を描き出すことに成功したのである{{Sfn|守山|2004|pp=115-117}}。

マリー・タリオーニの踊りは女性ダンサーにとっての新たな規範となり、ポワント技法も女性ダンサーの必須技術として広まっていった{{Sfn|長野|2020|p=56}}{{Sfn|鈴木|2002|p=59}}。ただし、当時のトウシューズは、現在のバレエシューズに似た柔らかいものであった{{Sfn|長野|2020|p=56}}。ダンサーたちは、シューズの先端を糸でかがって補強したり、爪先に綿や布を詰めたりといった工夫を凝らしていたと推測されるが、この頃はまだポワントで長時間静止することはできず、披露できる技の種類も限られていた{{Sfn|長野|2020|p=56}}{{Sfn|芳賀|2014|pp=82-83}}。

===19世紀末から現代まで===
{{Double image aside|right|Legnani-whitepearl.jpg|150|Anna Pavlova 1912.jpg|150|[[ピエリーナ・レニャーニ]](1896年)|[[アンナ・パヴロワ]](1912年)}}
その後、バレエの技術的な発展と共に、トウシューズは安定感と強度の高い形状へと変化していった{{Sfn|長野|2020|pp=56-57}}。具体的には、ポワントで立った時に床と接する平らな面(プラットフォーム)が広がり、足指を包む部分(ボックス)も硬くなっていった{{Sfn|長野|2020|pp=56-57}}。例えば、19世紀末に[[ロシア]]で活躍した[[ピエリーナ・レニャーニ]]は、現代のトウシューズにかなり近い形状の靴を履いている{{Sfn|芳賀|2014|pp=82-83}}。レニャーニが用いていたトウシューズは、[[マリインスキー・バレエ|ロシア帝室バレエ]]が[[イタリア]]から輸入していたもので、白い子山羊の[[皮革|皮]]でできており、爪先には[[コルク]]や[[木屑]]を固めたものが使われていた{{Sfn|芳賀|2014|pp=82-83}}。このトウシューズは、1930年代まで使用されていたことが確認されている{{Sfn|芳賀|2014|pp=82-83}}。[[アンナ・パヴロワ]]ら20世紀初頭前後のダンサーも、同様に頑丈なトウシューズを使用していたが、記録写真においては、爪先が実際よりも細く見えるような[[画像編集]]を施している例が多数見受けられる{{Sfn|芳賀|2014|pp=82-83}}{{Sfn|長野|2020|p=57}}。

1950年頃には、トウシューズの強度は現在とほぼ変わらない程度になった{{Sfn|芳賀|2014|pp=82-83}}。また、20世紀以降、バレエダンサーが演じる役柄が多様化したことに伴い、ポワント技法による表現の幅も広がっていった{{Sfn|長野|2020|p=57}}。妖精のような浮遊感だけではなく、例えば『[[ロメオとジュリエット (プロコフィエフ)|ロメオとジュリエット]]』のような作品ではヒロインの生々しい感情を表現し、[[ウィリアム・フォーサイス (バレエダンサー)|ウィリアム・フォーサイス]]の作品においては床の上に鋭く足先を突き刺す動作がスピード感や不安定感を表すなど、現代ではポワント技法が作品ごとに様々な意味合いで用いられている{{Sfn|長野|2020|p=57}}{{Sfn|長野ほか|2001|p=21}}。

===トウシューズとジェンダー===
トウシューズが生まれた19世紀のヨーロッパにおいて、爪先立ちは男性の[[ジェンダー]]にふさわしくないもの、つまり男らしくないものとみなされたため、ポワント技法は女性だけの技術として広まった{{Sfn|鈴木ほか|2012|p=51}}。20世紀に作られたバレエの中には、男性がトウシューズを履いて演じる役柄もあるが、それらは主に[[喜劇]]的な効果を狙ったものである{{Sfn|クレイン|2010|p=493}}<ref name="TheGuardian">{{Cite web|author=Matilda Martin|title=Men en pointe: ballet dancers kick against gender stereotypes|url=https://www.theguardian.com/stage/2021/mar/10/men-en-pointe-ballet-dancers-kick-down-gender-stereotypes |website=[[ガーディアン]]|date=2021-03-10|accessdate=2021-06-05}}</ref>。例えば、[[フレデリック・アシュトン]]振付『[[夏の夜の夢]]』のボトム役、[[ルドルフ・ヌレエフ]]振付『[[シンデレラ (プロコフィエフ)|シンデレラ]]』の継母役、[[アレクセイ・ラトマンスキー]]振付『[[明るい小川]]』のバレエダンサー役などは、男性がポワントで踊る珍しい役柄である{{Sfn|渡辺|2020|pp=74-75,82-83}}<ref name="NYtimes">{{Cite web|author=Gia Kourlas |title=Have Any Point Shoes In a Man’s Size 9? |url=https://www.nytimes.com/2011/06/05/arts/dance/american-ballet-theaters-bright-stream.html |website=[[ニューヨーク・タイムズ]]|date=2011-06-03 |accessdate=2021-06-05}}</ref>。また、[[1974年]]に設立された[[トロカデロ・デ・モンテカルロバレエ団]]では、男性ダンサーが[[チュチュ (バレエ)|チュチュ]]とトウシューズを身に着けて[[ドラァグ|女装]]し、伝統的なバレエ作品の[[パロディ]]をコミカルに演じる{{Sfn|クレイン|2010|pp=344-345}}。

しかし近年では、コメディや女装といった枠を超えて男性がトウシューズを用いる事例も出てきている<ref>{{Cite web|author=Claudia Bauer |title=The New Company Ballet22 Spotlights Men on Pointe |url=https://www.pointemagazine.com/ballet22-2652561483.html |website=[[:en:Pointe (magazine)|Pointe]]|date=2021-04-14 |accessdate=2021-06-05}}</ref>。例えば、[[2020年]]に[[カリフォルニア]]で設立されたバレエ団であるバレエ22では、ジェンダーに捉われずにトウシューズを履いて踊るという取組を行っている<ref name="TheGuardian" />。また[[2019年]]には、ロシアのシューズメーカーが、男性専用に設計された初のトウシューズを発売している<ref>{{Cite web|author= Moira Macdonald| title=Slowly, more men are dancing on pointe, including in Seattle |url=https://www.seattletimes.com/entertainment/dance/slowly-more-men-are-dancing-on-pointe-including-in-seattle/ |website=[[:en:The Seattle Times|The Seattle Times]]|date=2021-03-25|accessdate=2021-06-05}}</ref>。

==トウシューズの構造と製造方法==
===各部分の名称と構造===
[[File:Something new.jpg|thumb|180px|right|トウシューズ]]
トウシューズは、[[布]]・[[皮革|革]]・[[紙]]などの様々な素材を組み合わせて作られている。足指を入れる部分である'''ボックス'''は、何層にも重ねた布地や紙を[[接着剤]]で塗り固めることで作られており、とても頑丈である{{Sfn|富永|2018|pp=116-117}}{{Sfn|バリンジャー|2015|pp=17-18}}。ボックスの先端の平らな面は、ポワントで立ったときに床と接する部分であり、'''プラットフォーム'''と呼ばれる{{Sfn|バリンジャー|2015|pp=17-18}}{{Sfn|クロワゼ|2020|pp=24,28}}。シューズの中底の下には、'''シャンク'''と呼ばれる硬く細長い板が入っている{{Sfn|富永|2018|pp=116-117}}{{Sfn|バリンジャー|2015|pp=17-18}}。シャンクの素材はメーカーによって異なるが、厚紙や布、革、[[エラストマー]]などでできている{{Sfn|富永|2018|pp=116-117}}{{Sfn|バリンジャー|2015|pp=17-18}}。シューズの外底にあたる'''ソール'''は革製である{{Sfn|富永|2018|pp=116-117}}。シューズの表面は、[[サテン]]などの生地で覆われている{{Sfn|バリンジャー|2015|pp=17-18}}。

トウシューズを履くと、硬いボックスとプラットフォームによって足指が保護され、さらにシャンクが[[土踏まず|足裏のアーチ]]を支えてくれるため、足指をまっすぐに伸ばした状態で足の先端に全体重をかけて立つこと(ポワント)が可能になる{{Sfn|マイルズ|2015|pp=36-37}}{{Sfn|富永|2018|pp=116-117}}{{Sfn|バリンジャー|2015|pp=17-18}}。なお、トウシューズには左右の区別がなく、ダンサーによって、左右を決めて履く者もいれば、左右を交換しながら履く者もいる{{Sfn|バリンジャー|2015|p=67}}。
{{Gallery
|width=200
|height=140
|lines=2
|1=File:Pointe shoe toe box.jpg|2=ボックスとプラットフォーム
|3=File:Pointe shoe shank masked.jpg|4=シャンク
|5=File:Pointe shoe sole.jpg|6=ソール
}}
===トウシューズの製造===
{{External media
| width = 200px
| topic =
| audio1 = '''[https://www.youtube.com/watch?v=-zExmSmO35Q トウシューズの製造工程(動画)]'''<br />
{{仮リンク|フリード・オブ・ロンドン|en|Freed of London}}公式[[YouTube]]より
}}
伝統的なトウシューズは、職人が手作業で製造する{{Sfn|クララ、クロワゼ|2016|p=112}}。製法はメーカーによって異なるが、その一例を簡単に述べる。

まず、シューズの甲皮(足全体を覆う布)を作るため、表地になるサテンと、裏地になる[[帆布]]を裁断して縫い合わせる{{Sfn|グロー|1999|pp=24-25}}{{Sfn|バリンジャー|2015|pp=20-22}}。次に、足の形をした靴型を用意し、底の部分にソールを置いて[[鋲]]で固定する{{Sfn|グロー|1999|pp=24-25}}{{Sfn|バリンジャー|2015|pp=20-22}}。さらに、靴型に甲皮を被せ(この時、裏地が外側になるように被せる)、爪先の部分に[[接着剤]]で[[麻織物|麻布]]や紙を何重にも貼り付ける{{Sfn|グロー|1999|pp=24-25}}{{Sfn|バリンジャー|2015|pp=20-22}}。接着剤が乾いたら、ソールと甲皮を縫い合わせてシューズを裏返し(この時、サテンの表地が外側になる)、シューズの内側にシャンクと中底を入れる{{Sfn|グロー|1999|pp=24-25}}{{Sfn|バリンジャー|2015|pp=20-22}}。最後にシューズ全体の形を整えて乾燥させ、品質検査を終えたら完成である{{Sfn|バリンジャー|2015|pp=20-22}}。このような伝統的な製造工程のうち、裁断や縫製などは自動化されていることもあるが、多くの工程は現在でも手作業で行われている{{Sfn|バリンジャー|2015|pp=19-20}}。ただし、大量生産のために製法を変えているメーカーもある{{Sfn|バリンジャー|2015|pp=19-20}}。また、近年では[[エラストマー]]などの合成素材を使用したトウシューズも作られている{{Sfn|バリンジャー|2015|pp=66-67}}。

トウシューズのメーカーは世界各国にあり、例えば、[[ロシア]]の{{仮リンク|グリシコ|en|Grishko}}、[[イギリス]]の{{仮リンク|フリード・オブ・ロンドン|en|Freed of London}}、[[フランス]]の{{仮リンク|レペット|en|Repetto}}、[[アメリカ]]の{{仮リンク|カぺジオ|en|Capezio}}、[[オーストラリア]]の{{仮リンク|ブロック (シューズメーカー)|label=ブロック|en|Bloch (company)}}などがある{{Sfn|クララ、クロワゼ|2016|pp=114-116}}。日本のトウシューズメーカーとしては、[[チャコット]]、アビニヨン、シルビア、綜芸、ボンジュバレリーナが挙げられる{{Sfn|クララ、クロワゼ|2016|pp=114-116}}<ref>{{Cite web| title=ボンジュバレリーナ 会社概要 |url=https://www.bonju-ballerina.com/gaiyo/ |website=ボンジュバレリーナ|accessdate=2021-06-06}}</ref>。

==使用方法==
===使用前の準備===
[[File:Pointe shoe ribbons.jpg|thumb|190px|right|[[リボン]]と[[ゴムひも]]を縫い付けたトウシューズ]]
{{External media
| width = 200px
| topic =
| audio1 = '''[https://www.youtube.com/watch?v=Mnu3OsYmzk8 ダンサーがトウシューズを加工する様子(動画)]'''<br />
[[ノーザン・バレエ団]]公式YouTubeより}}
トウシューズには様々な種類があり、製品によって、サイズ、幅、ボックスやシャンクの形状や硬さなどが異なる{{Sfn|バリンジャー|2015|pp=29-30}}。したがって、購入に当たってはフィッティングを行い、ダンサーの足に合ったものを選ぶ必要がある{{Sfn|バリンジャー|2015|pp=29-30}}。

新品のトウシューズを履く前には、いくつかの準備が必要である{{Sfn|クララ、クロワゼ|2016|pp=50-51}}。まず、足にシューズを固定するための[[リボン]]と[[ゴムひも]]を縫い付け、シャンクを手で軽く曲げて柔らかくする{{Sfn|クララ、クロワゼ|2016|pp=50-51}}。さらに、シューズを快適に履くために、ダンサーは様々な加工を行う{{Sfn|バリンジャー|2015|p=52}}{{Sfn|クララ、クロワゼ|2016|pp=52-54}}。加工の内容は人によって異なるが、例えば、シューズを踏んだり叩いたりして柔らかくする、足裏にフィットするようにシャンクの一部を切り取る、シューズを長持ちさせるために[[ニス]]や[[瞬間接着剤]]を流し込む、プラットフォームの周りを糸でかがる、滑りを防止するためソールに傷をつける、などの加工方法がある{{Sfn|クララ、クロワゼ|2016|pp=52-54}}。

トウシューズの色は作品によって変わることもあるが、一般的な既製品のシューズは淡い[[ピンク色]]である{{Sfn|バリンジャー|2015|pp=64-65}}<ref>{{Cite web|author= Katherine Brooks| title=This Photo Says Everything About Being A Ballerina Of Color Today |url=https://www.huffpost.com/entry/ballerina-of-color-nude-pointe-shoes_n_57d05ee3e4b06a74c9f22efa |website=[[ハフポスト]]|date=2016-09-09|accessdate=2021-06-05}}</ref>。そのため[[黒人]]のダンサーは、自分の素肌の色に合ったトウシューズを購入することができず、市販のシューズに自分で[[ファンデーション (化粧品)|ファンデーション]]などを塗って染め直す必要があった<ref name="Haffpost">{{Cite web| title=「バレエ史に残る歴史的瞬間だ」老舗メーカーが茶色のトウシューズを開発したわけ。 |url=https://www.huffingtonpost.jp/2018/11/06/ballet-pointe-shoe_a_23581919/ |website=[[ハフポスト]]|date=2018-11-07|accessdate=2021-06-05}}</ref>。この作業は長年黒人ダンサーの負担となっていたが、2017年にアメリカのシューズメーカーである{{仮リンク|ゲイナー・ミンデン|en|Gaynor Minden}}が[[茶色|ブラウン系]]のトウシューズを発売し、翌2018年にはイギリスのフリード・オブ・ロンドンもそれに続いた<ref name="Haffpost" />。その後、他の大手シューズメーカーも、多様な肌の色に対応したトウシューズを発売することを次々に表明した<ref>{{Cite web|author=Chava Pearl Lansky |title=6 Major Dancewear Brands Announce Plans to Release Pointe Shoes in Diverse Shades |url=https://www.pointemagazine.com/bloch-pointe-shoes-diverse-shades-2646166285.html?rebelltitem=1#rebelltitem1 |website=[[:en:Pointe (magazine)|Pointe]]|date=2020-01-09 |accessdate=2021-06-05}}</ref>。

===着用時の工夫===
[[File:Pointe shoe toe pads.jpg|thumb|190px|right|トウパッド]]
トウシューズを着用する際、ダンサーによっては、トウパッドと呼ばれる専用のクッションを使うことがある{{Sfn|ダンスマガジン|2001|p=101}}{{Sfn|バリンジャー|2015|pp=32-33}}。トウパッドは布や[[ゲル|ジェル]]、[[ゴム|ラバー]]、[[シリコーンゴム|シリコン]]などでできており、爪先に装着することで床から受ける衝撃を和らげることができる{{Sfn|ダンスマガジン|2001|p=101}}{{Sfn|クララ、クロワゼ|2016|pp=45-49}}。市販のトウパッドの代わりに、[[ペーパータオル]]や古い[[タイツ]]、[[ストッキング]]などをシューズに詰めて使うダンサーもいる{{Sfn|バリンジャー|2015|p=34}}。また、[[ロシア帝国|帝政下のロシア]]では、シューズに薄切りの[[牛肉]]を詰めていたダンサーもいたと言われている{{Sfn|バリンジャー|2015|p=331}}。

===トウシューズの寿命===
[[File:Pointe shoe wear.jpg|thumb|190px|right|履き古されたトウシューズ]]
トウシューズは、使用しているうちにだんだん足に馴染むようになるが、しばらくするとボックスやシャンクが柔らかくなって型崩れし、足を支えられなくなってしまう{{Sfn|クララ、クロワゼ|2016|p=63}}{{Sfn|バリンジャー|2015|p=40}}。シューズがこのような状態になることを「つぶれる」という{{Sfn|クララ、クロワゼ|2016|p=63}}。つぶれたトウシューズは使えないため、新しいものに買い替える必要がある{{Sfn|クララ、クロワゼ|2016|p=63}}。トウシューズがつぶれるまでの期間には個人差があるが、ダンサーによっては1回の舞台で履きつぶしてしまうこともある{{Sfn|クララ|2006|pp=37-38,47,50}}。

==ポワント技法==
===基本的な立ち方===
[[File:La Mort du Cygne 1 Anna Pavlova 2 Yvette Chauvire 3 Natalia Makarova..mpg.ogv|thumb|220px|right|ポワントで『[[瀕死の白鳥]]』を踊る3人のダンサーの動画(全45秒)。12秒目から13秒目の動きが[[バレエ用語の一覧#ピケ|ピケ]]、40秒目の動きが[[バレエ用語の一覧#ルルヴェ|ルルヴェ]]。]]
{{External media
| width = 230px
| topic =
| audio1 = '''[https://www.youtube.com/watch?v=dim7AaoQrC8 ルルヴェでポワントに立つ様子(動画)]'''<br />
[[ロイヤル・バレエ団|英国ロイヤル・バレエ団]]公式YouTubeより}}
ポワントに立つための方法には、[[バレエ用語の一覧#ピケ|ピケ]]、[[バレエ用語の一覧#ルルヴェ|ルルヴェ]]、[[バレエ用語の一覧#ソテ|ソテ]]の3種類がある{{Sfn|バリンジャー|2015|p=256}}。ピケは、片足を伸ばして直接ポワントに立つ方法である{{Sfn|バリンジャー|2015|p=256}}。ルルヴェは、床に足裏をつけた状態から、足指で床を押して[[かかと]]を持ち上げ、ドゥミ・ポワント(足指の腹を床につけた状態)を通過してポワントに移行する方法である{{Sfn|バリンジャー|2015|p=256}}{{Sfn|クロワゼ|2020|pp=22-23}}。ソテは、[[ジャンプ]]をしてポワントに立つ方法だが、ピケやルルヴェに比べると一般的ではない{{Sfn|バリンジャー|2015|p=256}}。

ポワントで安定して立つためは、足の甲を完全に伸ばし、プラットフォーム(シューズの先端の平らな面)をすべて床につけ、爪先と床が直角になるようにする{{Sfn|クロワゼ|2020|p=28}}{{Sfn|バリンジャー|2015|p=198}}。また、この時、足先のわずかな面積に全体重がかかるので、足への負荷を軽減できるよう、体全体をまっすぐに上方へと引き上げなければならない{{Sfn|クロワゼ|2020|pp=24-25}}。

===トウシューズを履くための条件===
[[File:Balletschool.jpg|thumb|220px|right|バレエシューズを履き、ドゥミ・ポワントで片足立ちの練習をする子供たち]]
ポワントで踊れるようになるためには、一定量以上のバレエの訓練を積み、体のバランスを保つための技術(足と足首周りの関節をコントロールできる、[[股関節]]を[[バレエ用語の一覧#ターンアウト|外旋]]させた姿勢を保つことができる、体幹が強く安定している等)を身に付ける必要がある{{Sfn|バリンジャー|2015|pp=186-188}}。具体的には、ドゥミ・ポワントでよろけずに片足立ちができることや、壁につかまらずに正しい姿勢で[[プリエ|グラン・プリエ]](膝を深く曲げ伸ばす動作)ができることなどが、トウシューズを履くための前提条件となりうる{{Sfn|バリンジャー|2015|pp=186-188}}{{Sfn|クララ、クロワゼ|2016|pp=70-71}}。

また、トウシューズを履くためには、ある程度の年齢に達していることも必要である。人間の[[骨]]は、子供のうちは[[軟骨]]が多く、成長に従って徐々に[[骨化|固い骨へと完成]]していく{{Sfn|クララ、クロワゼ|2016|p=68}}。一般的に、骨は10歳から12歳頃に固まり始めると言われているが、柔らかい状態の骨に外から強い力を加えると変形する可能性があるため、低年齢でトウシューズを履くことは足の成長に悪影響を与える恐れがある{{Sfn|クララ、クロワゼ|2016|p=68}}。

トウシューズを履いてよいとされる年齢には諸説あるが、一般的には10歳以下で履くのは早すぎると考えられている{{Sfn|バリンジャー|2015|p=189}}。例えば、青少年を対象としたバレエコンクールである[[ユース・アメリカ・グランプリ]]では、10歳以下でのトウシューズ着用を禁止し、11歳での着用も極力避けるべきであると規定している<ref>{{Cite web|author=香月圭 |date=2018-11-10 |url=https://www.chacott-jp.com/news/worldreport/others/detail008998.html |title=第47回ローザンヌ国際バレエコンクール出場者とYAGP2019日本予選結果 |website=[[チャコット]] |accessdate=2021-06-12}}</ref>。他方、ロシアの{{仮リンク|ワガノワ・バレエ学校|en|Vaganova Academy of Russian Ballet}}では、入学試験の段階であらかじめ身体的条件に恵まれた女子を選別していることもあり、生徒は10歳から11歳頃にトウシューズを履き始める<ref name="DM">{{Cite web|author= Emma Sandall| title=How Young Is Too Young For Pointe Work? |url=https://www.dancemagazine.com/pointe-shoes-2622511309.html?rebelltitem=1#rebelltitem1 |website=[[:en:Dance Magazine|Dance Magazine]]|date=2018-12-21|accessdate=2021-06-12}}</ref>。このように、トウシューズを履いてよい時期は、生徒一人一人の身体的条件や訓練内容などによっても異なるため、指導者が様々な条件を考慮して判断する必要がある<ref name="DM" />{{Sfn|バリンジャー|2015|pp=182-183}}。

===怪我や疾患===
ポワントで踊ることは足や足首に大きな負担をかけるため、ダンサーは怪我や疾患を抱えるリスクがある{{Sfn|バリンジャー|2015|pp=329-330}}。最も起こりやすい疾患は、シューズと足が擦れることなどでできる[[肉刺|まめ]]・[[胼胝|たこ]]・[[鶏眼|魚の目]]である{{Sfn|クララ、クロワゼ|2016|p=96}}。軽度のまめや魚の目は自分で処置することができるが、感染の恐れがある血豆や、症状の進んだ魚の目は、医療機関で治療することが望ましい{{Sfn|クララ、クロワゼ|2016|p=96}}{{Sfn|バリンジャー|2015|p=332}}。その他のよくある怪我や疾患としては、[[巻き爪]]などが原因で起こる爪周りの炎症、爪の下に血が溜まる爪下血腫、[[外反母趾]]、[[捻挫]]などが挙げられ、いずれも医療機関で適切な処置を受けることが必要である{{Sfn|クララ、クロワゼ|2016|pp=97-99}}。

==脚注==
{{脚注ヘルプ}}
===注釈===
{{Reflist|group="注釈"|refs=
<ref name="シューズ" group="注釈">役柄によっては、キャラクターシューズやキャラクターブーツと呼ばれる[[ヒール (靴)|ヒール]]の付いた靴や、[[ブーツ]]型のバレエシューズ(バレエブーツ)を履くこともある(マイルズ 2015, p. 37)。</ref>
<ref name="ドゥミ" group="注釈" >「ドゥミ」(''demi'')は[[フランス語]]で「半分の」の意である(クロワゼ 2009, p. 16)。</ref>
<ref name="バレエシューズ" group="注釈">女性ダンサーも、作品によってはトウシューズではなくバレエシューズで踊ることがある(守山 2021)。 </ref>
}}
===出典===
{{Columns-list|colwidth=16em|
{{Reflist}}
{{Reflist}}
}}


== 参考文献 ==
== 参考文献 ==
*{{Cite book |和書 |author=デブラ・クレイン|coauthors=ジュディス・マックレル |translator= [[鈴木晶]]・[[赤尾雄人]]・海野敏・長野由紀|year=2010 |title=オックスフォード バレエダンス事典 |publisher=[[平凡社]] |isbn=9784582125221|ref={{SfnRef|クレイン|2010}} }}
* Clara編集部編『知ってる?トウシューズ』新書館、2002年11月、ISBN 4403330088、新版: 2006年5月、ISBN 4403330185
*{{Cite book |和書 |author=クララ |year=2006 |title=知ってる?トウシューズ |publisher=[[新書館]] |isbn=4403330185|ref={{SfnRef|クララ|2006}} }}
* Janice Barringer, ''The Pointe Book: Shoes, Training and Technique'', Princeton Book Co Pub, 2nd edition: Sep 2004, ISBN 087127261X
*{{Cite book |和書 |author=クララ、クロワゼ |year=2016 |title=トウシューズ・パーフェクト・ブック |publisher=新書館 |isbn=9784403330636|ref={{SfnRef|クララ、クロワゼ|2016}} }}
*{{Cite book |和書 |author= アンドレー・グロー |translator=[[宮尾慈良]] |year=1999 |title=舞踊 舞楽からディスコまで世界の舞踊をビジュアルで紹介 |publisher=[[同朋舎]]・[[角川書店]] |isbn=4810425312 |ref={{SfnRef|グロー|1999}} }}
*{{Cite book |和書 |author=クロワゼ |year=2009 |title=バレエ用語集 |publisher=新書館 |isbn=9784403330261|ref={{SfnRef|クロワゼ|2009}} }}
*{{Cite book |和書 |author=クロワゼ |year=2020 |title=美しさを極めるトウシューズ・レッスン 初心者から経験者まで |publisher=新書館 |isbn=9784403330711|ref={{SfnRef|クロワゼ|2020}} }}
*{{Cite book |和書 |author=鈴木晶 |year=2002 |title=バレエ誕生 |publisher=新書館 |isbn=4403230946|ref={{SfnRef|鈴木|2002}} }}
*{{Cite book |和書 |author=鈴木晶ほか |year=2012 |title=バレエとダンスの歴史 欧米劇場舞踊史 |publisher=平凡社 |isbn=9784582125238|ref={{SfnRef|鈴木ほか|2012}} }}
*{{Cite book |和書 |author=鈴木晶 |year=2013 |title=オペラ座の迷宮 パリ・オペラ座バレエの350年 |publisher=新書館 |isbn=9784403231247|ref={{SfnRef|鈴木|2013}} }}
*{{Cite book |和書 |author=ダンスマガジン |year=2001 |title=さあ、バレエを始めよう! |publisher=新書館 |isbn=4403320198|ref={{SfnRef|ダンスマガジン|2001}} }}
*{{Cite book |和書 |author=富永明子 |year=2018 |title=バレエ語辞典 バレエにまつわる言葉をイラストと豆知識で踊りながら読み解く |publisher=[[誠文堂新光社]] |isbn=9784416617953|ref={{SfnRef|富永|2018}} }}
*{{Cite book |和書 |author=長野由紀ほか |year=2001 |title=200キーワードで観る バレエの魅惑 |publisher=[[立風書房]] |isbn=4651820492|ref={{SfnRef|長野ほか|2001}} }}
*{{Cite journal |和書|author=長野由紀 |title=トウ・シューズの歴史 別世界に誘う魔法の靴 |date=2020-12-01 |publisher= 新書館|journal=ダンスマガジン |volume=第30巻第12号|ref={{SfnRef|長野|2020}} }}
*{{Cite book |和書 |author=芳賀直子|year=2014 |title=ビジュアル版 バレエ・ヒストリー バレエ誕生からバレエ・リュスまで |publisher=[[世界文化社]] |isbn=9784418142170|ref={{SfnRef|芳賀|2014}} }}
*{{Cite book |和書 |author= ジャニス・バリンジャー|coauthors=サラ・シュレジンガー |translator=佐野奈緒子 |year=2015 |title=ポアントのすべて トウシューズ、トレーニング、テクニック |publisher=[[大修館書店]] |isbn=9784469267754 |ref={{SfnRef|バリンジャー|2015}} }}
*{{Cite book |和書 |author=リサ・マイルズ |translator=斎藤静代 |year=2015 |title=バレエの世界へようこそ! あこがれのバレエ・ガイド |publisher=[[河出書房新社]] |isbn=9784309275352|ref={{SfnRef|マイルズ|2015}} }}
*{{Cite book |和書 |author=守山実花 |year=2004 |title=もっとバレエに連れてって! |publisher=[[青弓社]]|isbn=4787271784 |ref={{SfnRef|守山|2004}}}}
*{{Cite web |author=守山実花 |date=2021-05-14 |url=https://www.koransha.com/contents/600/ |title=男性バレエダンサーの活躍 ~世界の有名バレエダンサーと、世界で活躍する日本人バレエダンサー~ |publisher=[[光藍社]] |accessdate=2021-05-15}}
*{{Cite book |和書 |author=渡辺真弓 |year=2020 |title=名作バレエ70鑑賞入門 「物語」と「みどころ」がよくわかる |publisher=世界文化社|isbn=9784418202102 |ref={{SfnRef|渡辺|2020}}}}
*{{Cite book |和書 |author= グレッチェン・ワーレン|coauthors=スーザン・コック |translator=谷桃子・里見悦郎 |year=2008 |title=クラシックバレエテクニック |publisher=大修館書店 |isbn=9784469266498 |ref={{SfnRef|ワーレン|2008}} }}


== 外部リンク ==
==外部リンク==
{{Commons|Category:Pointe shoes}}
{{Commons|Category:Pointe shoes}}
* [http://www15.plala.or.jp/miagolare/ ポアント&シューズ・フィッティング・ルーム]
* [http://www.backbaydancewear.com/ Back Bay Dancewear](英語)

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2021年6月18日 (金) 11:23時点における版

トウシューズ(ポワント)
トウシューズを履き、ポワント技法を用いて踊るバレエダンサー

トウシューズまたはポワント: pointe shoes, : pointes)とは、バレエダンサーが用いるの一種である[1][2]。トウシューズは、先端が平らで、足指を入れる部分と靴底が硬くなっているのが特徴である[2]。これを履くことによって、足指をまっすぐに伸ばした爪先立ちの状態で踊ることが可能になる[3]

なお、「ポワント」(pointe)とは元々フランス語で「先端」の意であり、トウシューズそのものと、トウシューズを履いて爪先立ちをした状態の両方を指す[4]。ポワント技法は、他の舞踊ジャンルには見られない、バレエ独特の技法の一つである[5]

トウシューズとバレエシューズ

トウシューズ バレエシューズ
トウシューズ
バレエシューズ

バレエダンサーが用いる靴には、主にトウシューズとバレエシューズの2種類がある[注釈 1][6]。初心者は男女ともにバレエシューズを用いるが、女性はある程度上達するとトウシューズを履いて踊るようになる[6]。トウシューズは伝統的には女性ダンサーのみが使うものであり、男性は基本的にバレエシューズを用いる[注釈 2][7]

トウシューズで立った足のX線写真
トウシューズでの ポワント バレエシューズでの ドゥミ・ポワント
トウシューズでの
ポワント
バレエシューズでの
ドゥミ・ポワント

トウシューズとバレエシューズはいずれもなどでできているが、トウシューズは足指を入れる部分と靴底が硬くなっており、先端が平らなのが特徴である[2][3]。トウシューズを履くと、足指が硬い覆いで包まれるとともに、頑丈な靴底によって足裏のアーチが支えられるため、足指をまっすぐに伸ばした状態で足の先端に全体重をかけて立つこと(ポワント)が可能になる[2][3]。一方、バレエシューズは柔らかいため、爪先立ちをしようとしても、足指の付け根を折り曲げて立つこと(ドゥミ・ポワント)になる[注釈 3][8]

トウシューズを履くためには、バレエシューズを履くときよりも一層強い足裏の筋力が必要となる[6]。また、ポワントで立つ際は、足にかかる負担を軽減するため、全身の筋肉を使って体全体を上に引き上げておかなければならない[3]。そのため、初心者がトウシューズを履きこなすことは難しく、訓練によって必要な筋力を養ってから履くべきであるとされる[9]。なお、プロの女性ダンサーでも、普段のレッスンはバレエシューズを履いた状態で始め、足裏の筋肉をほぐしたり、体を引き上げたりする訓練を十分に行ってからトウシューズでのレッスンを行う[9][10]

トウシューズの歴史

18世紀まで

マリー・カマルゴ

今日世界中で知られているバレエの基礎は、17世紀のフランスで築かれた[11]。当初、バレエを踊るのは主に男性のみであったが、17世紀後半からは女性もプロのダンサーとして舞台に立つようになった[12][13]。当時のバレエダンサーはヒールのついた靴を履いていたが、18世紀前半に活躍したマリー・カマルゴは、自らが得意とする細かい足さばきの技巧を目立たせるため、当時床まであったスカートの丈をくるぶしまで短くするとともに、靴のヒールを極限まで低くしたと言われている[14][15]。その後、舞踊技術の高度化と共に衣装の簡素化が進んだ結果、18世紀末頃には、現在のバレエシューズに近いような、靴底が平らでヒールのない靴が用いられるようになった[16]

19世紀・トウシューズの誕生

ファニー・ビアス(1821年) マリー・タリオーニ(1832年)
ファニー・ビアス(1821年)

19世紀に入ると、一部の女性ダンサーが、瞬間的に、またはワイヤーで体を吊ることなどによって、爪先立ち(ポワント)のポーズを披露するようになった[17]。ポワント技法をいつ誰が創始したのかは定かではないが、1810年代から20年代にかけて普及していったと考えられている[18]。例えば、シャルル・ディドロ振付によるバレエ『フロールゼフィール』(1796年初演)は、ワイヤーで吊るされたダンサーが空中を飛行するという演出を取り入れた作品であるが、本作が1815年パリ・オペラ座で上演された際、フロール役の女性ダンサーがポワントで立ったのではないかと推測されている[19]。また、1821年に描かれた『フロールとゼフィール』のリトグラフでは、フロール役のファニー・ビアスがポワントで立っている様が描かれている[20]。ただし、この頃のポワント技法は、一部のダンサーが得意とする珍しい曲芸の類に過ぎなかった[21][22]

ポワント技法を単なる曲芸から芸術表現へと昇華させたのは、振付家フィリッポ・タリオーニと、その娘でダンサーのマリー・タリオーニである[17][23]。ポワント技法の可能性に着目したフィリッポは、その技術を娘のマリーに厳しく教え込んだ[24]。マリーは1827年からパリ・オペラ座の舞台に立つようになったが、その名声を確固たるものにしたのが、フィリッポが振り付けたバレエ『ラ・シルフィード』(1832年初演)であった[25]。マリーは本作で空気の精シルフィードを演じたが、ポワント技法を用いたその踊りは、まるで本当に宙を漂っているかのような印象を観客に与えたという[17][26]。当時のヨーロッパは、異国や超自然的存在への憧憬を特徴とするロマン主義の影響下にあった[26][27]。『ラ・シルフィード』は、妖精という非人間的な存在をポワント技法によって表現し、ロマン主義的な主題を描き出すことに成功したのである[26]

マリー・タリオーニの踊りは女性ダンサーにとっての新たな規範となり、ポワント技法も女性ダンサーの必須技術として広まっていった[17][28]。ただし、当時のトウシューズは、現在のバレエシューズに似た柔らかいものであった[17]。ダンサーたちは、シューズの先端を糸でかがって補強したり、爪先に綿や布を詰めたりといった工夫を凝らしていたと推測されるが、この頃はまだポワントで長時間静止することはできず、披露できる技の種類も限られていた[17][29]

19世紀末から現代まで

その後、バレエの技術的な発展と共に、トウシューズは安定感と強度の高い形状へと変化していった[30]。具体的には、ポワントで立った時に床と接する平らな面(プラットフォーム)が広がり、足指を包む部分(ボックス)も硬くなっていった[30]。例えば、19世紀末にロシアで活躍したピエリーナ・レニャーニは、現代のトウシューズにかなり近い形状の靴を履いている[29]。レニャーニが用いていたトウシューズは、ロシア帝室バレエイタリアから輸入していたもので、白い子山羊のでできており、爪先にはコルク木屑を固めたものが使われていた[29]。このトウシューズは、1930年代まで使用されていたことが確認されている[29]アンナ・パヴロワら20世紀初頭前後のダンサーも、同様に頑丈なトウシューズを使用していたが、記録写真においては、爪先が実際よりも細く見えるような画像編集を施している例が多数見受けられる[29][31]

1950年頃には、トウシューズの強度は現在とほぼ変わらない程度になった[29]。また、20世紀以降、バレエダンサーが演じる役柄が多様化したことに伴い、ポワント技法による表現の幅も広がっていった[31]。妖精のような浮遊感だけではなく、例えば『ロメオとジュリエット』のような作品ではヒロインの生々しい感情を表現し、ウィリアム・フォーサイスの作品においては床の上に鋭く足先を突き刺す動作がスピード感や不安定感を表すなど、現代ではポワント技法が作品ごとに様々な意味合いで用いられている[31][32]

トウシューズとジェンダー

トウシューズが生まれた19世紀のヨーロッパにおいて、爪先立ちは男性のジェンダーにふさわしくないもの、つまり男らしくないものとみなされたため、ポワント技法は女性だけの技術として広まった[22]。20世紀に作られたバレエの中には、男性がトウシューズを履いて演じる役柄もあるが、それらは主に喜劇的な効果を狙ったものである[33][34]。例えば、フレデリック・アシュトン振付『夏の夜の夢』のボトム役、ルドルフ・ヌレエフ振付『シンデレラ』の継母役、アレクセイ・ラトマンスキー振付『明るい小川』のバレエダンサー役などは、男性がポワントで踊る珍しい役柄である[35][36]。また、1974年に設立されたトロカデロ・デ・モンテカルロバレエ団では、男性ダンサーがチュチュとトウシューズを身に着けて女装し、伝統的なバレエ作品のパロディをコミカルに演じる[37]

しかし近年では、コメディや女装といった枠を超えて男性がトウシューズを用いる事例も出てきている[38]。例えば、2020年カリフォルニアで設立されたバレエ団であるバレエ22では、ジェンダーに捉われずにトウシューズを履いて踊るという取組を行っている[34]。また2019年には、ロシアのシューズメーカーが、男性専用に設計された初のトウシューズを発売している[39]

トウシューズの構造と製造方法

各部分の名称と構造

トウシューズ

トウシューズは、などの様々な素材を組み合わせて作られている。足指を入れる部分であるボックスは、何層にも重ねた布地や紙を接着剤で塗り固めることで作られており、とても頑丈である[3][40]。ボックスの先端の平らな面は、ポワントで立ったときに床と接する部分であり、プラットフォームと呼ばれる[40][41]。シューズの中底の下には、シャンクと呼ばれる硬く細長い板が入っている[3][40]。シャンクの素材はメーカーによって異なるが、厚紙や布、革、エラストマーなどでできている[3][40]。シューズの外底にあたるソールは革製である[3]。シューズの表面は、サテンなどの生地で覆われている[40]

トウシューズを履くと、硬いボックスとプラットフォームによって足指が保護され、さらにシャンクが足裏のアーチを支えてくれるため、足指をまっすぐに伸ばした状態で足の先端に全体重をかけて立つこと(ポワント)が可能になる[2][3][40]。なお、トウシューズには左右の区別がなく、ダンサーによって、左右を決めて履く者もいれば、左右を交換しながら履く者もいる[42]

トウシューズの製造

音楽・音声外部リンク

トウシューズの製造工程(動画)

フリード・オブ・ロンドン英語版公式YouTubeより

伝統的なトウシューズは、職人が手作業で製造する[43]。製法はメーカーによって異なるが、その一例を簡単に述べる。

まず、シューズの甲皮(足全体を覆う布)を作るため、表地になるサテンと、裏地になる帆布を裁断して縫い合わせる[44][45]。次に、足の形をした靴型を用意し、底の部分にソールを置いてで固定する[44][45]。さらに、靴型に甲皮を被せ(この時、裏地が外側になるように被せる)、爪先の部分に接着剤麻布や紙を何重にも貼り付ける[44][45]。接着剤が乾いたら、ソールと甲皮を縫い合わせてシューズを裏返し(この時、サテンの表地が外側になる)、シューズの内側にシャンクと中底を入れる[44][45]。最後にシューズ全体の形を整えて乾燥させ、品質検査を終えたら完成である[45]。このような伝統的な製造工程のうち、裁断や縫製などは自動化されていることもあるが、多くの工程は現在でも手作業で行われている[46]。ただし、大量生産のために製法を変えているメーカーもある[46]。また、近年ではエラストマーなどの合成素材を使用したトウシューズも作られている[47]

トウシューズのメーカーは世界各国にあり、例えば、ロシアグリシコ英語版イギリスフリード・オブ・ロンドン英語版フランスレペット英語版アメリカカぺジオ英語版オーストラリアブロック英語版などがある[48]。日本のトウシューズメーカーとしては、チャコット、アビニヨン、シルビア、綜芸、ボンジュバレリーナが挙げられる[48][49]

使用方法

使用前の準備

リボンゴムひもを縫い付けたトウシューズ
音楽・音声外部リンク

ダンサーがトウシューズを加工する様子(動画)

ノーザン・バレエ団公式YouTubeより

トウシューズには様々な種類があり、製品によって、サイズ、幅、ボックスやシャンクの形状や硬さなどが異なる[50]。したがって、購入に当たってはフィッティングを行い、ダンサーの足に合ったものを選ぶ必要がある[50]

新品のトウシューズを履く前には、いくつかの準備が必要である[51]。まず、足にシューズを固定するためのリボンゴムひもを縫い付け、シャンクを手で軽く曲げて柔らかくする[51]。さらに、シューズを快適に履くために、ダンサーは様々な加工を行う[52][53]。加工の内容は人によって異なるが、例えば、シューズを踏んだり叩いたりして柔らかくする、足裏にフィットするようにシャンクの一部を切り取る、シューズを長持ちさせるためにニス瞬間接着剤を流し込む、プラットフォームの周りを糸でかがる、滑りを防止するためソールに傷をつける、などの加工方法がある[53]

トウシューズの色は作品によって変わることもあるが、一般的な既製品のシューズは淡いピンク色である[54][55]。そのため黒人のダンサーは、自分の素肌の色に合ったトウシューズを購入することができず、市販のシューズに自分でファンデーションなどを塗って染め直す必要があった[56]。この作業は長年黒人ダンサーの負担となっていたが、2017年にアメリカのシューズメーカーであるゲイナー・ミンデン英語版ブラウン系のトウシューズを発売し、翌2018年にはイギリスのフリード・オブ・ロンドンもそれに続いた[56]。その後、他の大手シューズメーカーも、多様な肌の色に対応したトウシューズを発売することを次々に表明した[57]

着用時の工夫

トウパッド

トウシューズを着用する際、ダンサーによっては、トウパッドと呼ばれる専用のクッションを使うことがある[58][59]。トウパッドは布やジェルラバーシリコンなどでできており、爪先に装着することで床から受ける衝撃を和らげることができる[58][60]。市販のトウパッドの代わりに、ペーパータオルや古いタイツストッキングなどをシューズに詰めて使うダンサーもいる[61]。また、帝政下のロシアでは、シューズに薄切りの牛肉を詰めていたダンサーもいたと言われている[62]

トウシューズの寿命

履き古されたトウシューズ

トウシューズは、使用しているうちにだんだん足に馴染むようになるが、しばらくするとボックスやシャンクが柔らかくなって型崩れし、足を支えられなくなってしまう[63][64]。シューズがこのような状態になることを「つぶれる」という[63]。つぶれたトウシューズは使えないため、新しいものに買い替える必要がある[63]。トウシューズがつぶれるまでの期間には個人差があるが、ダンサーによっては1回の舞台で履きつぶしてしまうこともある[65]

ポワント技法

基本的な立ち方

ポワントで『瀕死の白鳥』を踊る3人のダンサーの動画(全45秒)。12秒目から13秒目の動きがピケ、40秒目の動きがルルヴェ
音楽・音声外部リンク

ルルヴェでポワントに立つ様子(動画)

英国ロイヤル・バレエ団公式YouTubeより

ポワントに立つための方法には、ピケルルヴェソテの3種類がある[66]。ピケは、片足を伸ばして直接ポワントに立つ方法である[66]。ルルヴェは、床に足裏をつけた状態から、足指で床を押してかかとを持ち上げ、ドゥミ・ポワント(足指の腹を床につけた状態)を通過してポワントに移行する方法である[66][67]。ソテは、ジャンプをしてポワントに立つ方法だが、ピケやルルヴェに比べると一般的ではない[66]

ポワントで安定して立つためは、足の甲を完全に伸ばし、プラットフォーム(シューズの先端の平らな面)をすべて床につけ、爪先と床が直角になるようにする[68][69]。また、この時、足先のわずかな面積に全体重がかかるので、足への負荷を軽減できるよう、体全体をまっすぐに上方へと引き上げなければならない[70]

トウシューズを履くための条件

バレエシューズを履き、ドゥミ・ポワントで片足立ちの練習をする子供たち

ポワントで踊れるようになるためには、一定量以上のバレエの訓練を積み、体のバランスを保つための技術(足と足首周りの関節をコントロールできる、股関節外旋させた姿勢を保つことができる、体幹が強く安定している等)を身に付ける必要がある[71]。具体的には、ドゥミ・ポワントでよろけずに片足立ちができることや、壁につかまらずに正しい姿勢でグラン・プリエ(膝を深く曲げ伸ばす動作)ができることなどが、トウシューズを履くための前提条件となりうる[71][72]

また、トウシューズを履くためには、ある程度の年齢に達していることも必要である。人間のは、子供のうちは軟骨が多く、成長に従って徐々に固い骨へと完成していく[73]。一般的に、骨は10歳から12歳頃に固まり始めると言われているが、柔らかい状態の骨に外から強い力を加えると変形する可能性があるため、低年齢でトウシューズを履くことは足の成長に悪影響を与える恐れがある[73]

トウシューズを履いてよいとされる年齢には諸説あるが、一般的には10歳以下で履くのは早すぎると考えられている[74]。例えば、青少年を対象としたバレエコンクールであるユース・アメリカ・グランプリでは、10歳以下でのトウシューズ着用を禁止し、11歳での着用も極力避けるべきであると規定している[75]。他方、ロシアのワガノワ・バレエ学校では、入学試験の段階であらかじめ身体的条件に恵まれた女子を選別していることもあり、生徒は10歳から11歳頃にトウシューズを履き始める[76]。このように、トウシューズを履いてよい時期は、生徒一人一人の身体的条件や訓練内容などによっても異なるため、指導者が様々な条件を考慮して判断する必要がある[76][77]

怪我や疾患

ポワントで踊ることは足や足首に大きな負担をかけるため、ダンサーは怪我や疾患を抱えるリスクがある[78]。最も起こりやすい疾患は、シューズと足が擦れることなどでできるまめたこ魚の目である[79]。軽度のまめや魚の目は自分で処置することができるが、感染の恐れがある血豆や、症状の進んだ魚の目は、医療機関で治療することが望ましい[79][80]。その他のよくある怪我や疾患としては、巻き爪などが原因で起こる爪周りの炎症、爪の下に血が溜まる爪下血腫、外反母趾捻挫などが挙げられ、いずれも医療機関で適切な処置を受けることが必要である[81]

脚注

注釈

  1. ^ 役柄によっては、キャラクターシューズやキャラクターブーツと呼ばれるヒールの付いた靴や、ブーツ型のバレエシューズ(バレエブーツ)を履くこともある(マイルズ 2015, p. 37)。
  2. ^ 女性ダンサーも、作品によってはトウシューズではなくバレエシューズで踊ることがある(守山 2021)。
  3. ^ 「ドゥミ」(demi)はフランス語で「半分の」の意である(クロワゼ 2009, p. 16)。

出典

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参考文献

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  • リサ・マイルズ 著、斎藤静代 訳『バレエの世界へようこそ! あこがれのバレエ・ガイド』河出書房新社、2015年。ISBN 9784309275352 
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  • 渡辺真弓『名作バレエ70鑑賞入門 「物語」と「みどころ」がよくわかる』世界文化社、2020年。ISBN 9784418202102 
  • グレッチェン・ワーレン、スーザン・コック 著、谷桃子・里見悦郎 訳『クラシックバレエテクニック』大修館書店、2008年。ISBN 9784469266498 

外部リンク