橘正晃

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たちばな まさあき
橘 正晃
生年月日 (1925-03-18) 1925年3月18日
没年月日 不詳年
出生地 日本の旗日本
ジャンル俳優
活動期間 1951年 - 1969年
活動内容 演劇劇映画時代劇現代劇特撮映画トーキー)、テレビドラマ
主な作品
ゴジラ
フランケンシュタイン対地底怪獣

橘 正晃(たちばな まさあき、1925年3月18日 - 没年不詳)は、日本の元俳優

人物[編集]

大衆劇場ムーランルージュ新宿座に在籍していたが、1950年頃に専属俳優として東宝へ入社し、1951年に映画『愛と憎しみの彼方へ』(谷口千吉監督)でデビュー。1970年に俳優の一斉解雇が行われるまでジャンルを問わず数多くの作品に出演し、新聞記者などを多く演じた。

宝田明によると、俳優仲間からは「バナさん」と呼ばれ親しまれていたという。

第1期ウルトラシリーズをはじめとする円谷プロ作品にも常連的に出演していた。

舞台出身で、司会を特技としていた[1]

俳優引退後は芸能界から離れ一般商社に勤めていたが、1991年の『ゴジラvsキングギドラ』公開直前に放送されたNHKの特番に堺左千夫とともに出演し、インタビューに答えていた。

そのインタビューの中で、1954年公開の『ゴジラ』で演じた実況アナウンサーは、1948年に発生した福井地震で危険を顧みずに実況をするアナウンサーをイメージしており、汗で顔が濡れるシーンでは自らの提案でオリーブオイルを顔に塗り、目の前で火をたいて演技をしたと語っている。

詳細な年月日は不明だが、俳優仲間であった中島春雄が自著の中で「親しい仲間だったけど、二、三年前に亡くなった」と記しており[2]2007年から2008年頃に死去したものと思われる。

出演作品[編集]

映画[編集]

テレビドラマ[編集]

  • ウルトラQ
    • 第4話「マンモスフラワー」(1966年) - 毎日新報記者・橘 ※ノンクレジット
    • 第11話「バルンガ」(1966年) - 日東新聞・橘記者
    • 第17話「1/8計画」(1966年) - 1/8計画係員 ※ノンクレジット
  • ウルトラマン 第24話「海底科学基地」(1966年) - 海底センター職員・金城
  • 快獣ブースカ 第32話「すてきな快獣の日」(1967年) - 泥棒
  • ウルトラセブン 第8話「狙われた街」(1967年) - 町人(友里征二郎弔問客)
  • マイティジャック 第4話「祖国よ永遠なれ!!」(1968年) - 迎賓館警備員
  • 戦え! マイティジャック 第4話「とられたものはとりかえせ!!」(1968年) - エイジア大使秘書
  • 怪奇大作戦 第11話「ジャガーの眼は赤い」(1968年)※出演シーンカットにより未出演[3]

脚注[編集]

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  1. ^ 『ウルトラマン研究読本』洋泉社〈洋泉社MOOK 別冊映画秘宝〉、2013年、[要ページ番号]ISBN 978-4-8003-0262-5
  2. ^ 中島春雄『怪獣人生 元祖ゴジラ俳優・中島春雄』洋泉社、2010年、170頁。ISBN 978-4-86248-589-2
  3. ^ 『円谷プロ怪奇ドラマ大作戦』洋泉社〈洋泉社MOOK〉、2013年、27頁。ISBN 978-4-8003-0174-1